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器とその中にあるモノ

青い薔薇園の中心にレイラは立っていた。

いつもなら東屋の椅子に座ってレイラと瓜二つの少女と向き合っているので驚いた。そっくりな幼女が現れた時より驚いた。

珍しい風景に辺りを見回すと、白金色の髪の女性がレイラに背を向けて青薔薇を眺めている。

「ねぇ。貴女は誰?」

振り返った少女は、レイラと同じ紫水晶アメジストのような瞳をしていた。彼女はレイラと目が合うと桃色の唇を開く。

「私は貴女。貴女は私。」

他の少女と同じ回答をした。それなら同一人物なのだろうか。しかし、以前に会ったそっくりな少女達はレイラと同じ金茶色の髪をしていた。こんなに見事な白金色と見間違えるはずがない。

「どうして髪の色が違うの?」

「貴女は器。私はその中にあるモノ。役割が違うのだもの。形が違うのは当たり前だわ。」

「だけど、今までずっと私と同じ姿だったわ。」

「貴女が気付いたから。」

「何も気づいていないわ。」

「いいえ、貴女は気づいてる。」

もしかして、あの紫水晶アメジストのネックレスのことだろうか。

アドルフからあのネックレスを受け取ってかれこれ四月経つ。一人で視る勇気がなくてシリルと視ようと思ったのだが、いざレイラが視ようとするとシリルに邪魔をされ、未だ視ていない。

いつだったか、銀髪に金色の瞳をした美しい男性が微笑みかけてくる光景を少しだけ視てしまってからは、引き出しの奥深くに封印した。これで不可抗力で視てしまう可能性はなくなった。後はシリルが邪魔をせず一緒に視てくれるまでは、そう思っていたが。

引き出しに入れていると、大概はその存在を忘れてしまうものだ。

実のところネックレスの存在を今思い出した。

「私は何も分からないわ。」

「そうね。意識してしまうと引き寄せてしまうものね。」

なにかに納得した様子の少女は、紫色の薔薇をレイラに差し出した。それを受け取り少女の瞳を見つめる。

「次はどんな姿になるの?」

「分からないわ。」

「次はいつもの子がいいわ。」

「そうなるといいわね。」

少女の言葉を最後に青い薔薇園は消えて、暗い闇が世界を占める静寂の世界が訪れた。手に持っていた紫色の薔薇を眺めて溜め息を吐く。

(紫の薔薇の花言葉は『誇り』『気品』。そして『王座』。さて、私は何に当てはまるのかしら。)

ジョシュア・オーガストの言葉。何かを隠していた祖父。異常に守りを固める家族。普通の生活は無理だというメリル。何かからレイラを守る友人。死んだはずの王女。

さすがにここまで情報が揃うと、一つの仮説がレイラの頭に浮かんでいた。

―リリス王女がレイラ《私》。

昔から違和感は感じていた。レイラが三歳以前の人工物は屋敷を含めて、周りになかった。そう両親の服、小物、壁を含めて一切なかった。

ノアやウォーレンの赤ちゃん時代の様子を視ようとして、屋敷中の人工物に触れて回ったが何もなかった。

分かったことといえば、レイラが三歳くらいの時に引っ越したということだった。『記録』を視る限り、服も家具も建物もすべて真新しいものだった。

(それなら、どうして王女は銀髪なのかしら。私は茶髪なのに。)

リリスは銀髪、紫色の瞳で、生きていればもう少しで十八歳。

レイラは紫色の瞳。しかし年齢と髪の色が違う。

(一年くらいなら何とか誤魔化せるかしら。)

ほとんど分かっていることなのだ。それならさっさとネックレスを視てしまえばいい。

意識が浮上し、瞳を開く。

むっくりと起き上がり、隣のベッドの塊を見る。

今日こそは逃がさない。シリルは知っていることなのだ。何から逃げているのか知らないが、レイラと一緒に視てもらう。

引き出しから紫水晶アメジストのネックレスを取りだし、規則正しい寝息を立てているシリルに、足音を消して忍び寄る。

起きていないのを確認してから、毛布にくるまるシリルの上に飛び乗った。

「ぐぇっ!」

潰された蛙のような声を上げたシリルは寝起きで状況が分かっていないのか、しきりに目を瞬いている。その様子に気持ちがすっきりした。

ぼけっとレイラを見ている橄欖石ペリドットの瞳の前に紫水晶アメジストのネックレスを垂らす。

「今日こそは一緒に視てもらいます。」

「ま、待て。お、おお落ち着くんだヴィンセント。まだ早い。」

朝が弱いシリルにしては覚醒が早い。いつもなら寝惚けて変な事を言うのに。

「早いと言われても……。ネックレスにどんな情報があるのか、何となく分かってますから。」

レイラの言葉に愕然とした表情を見せたシリルは、何かを考えるようにしばらく瞳を閉じていたが、何かを決心したように瞳を開けてレイラを見つめた。

「これからも触っていいか?」

今更なことを言う。それに、不器用なレイラが急に態度を変えられるわけがないだろうに。

「別に構いません。先生の腕の中は安心できま……。」

そこまで言って、驚いた顔をしているシリルの顔に気づいた。

(わ、私は何てことを言ってるの!)

変な感想をカミングアウトしてしまった。

シリルに抱き締められると陽だまりの中にいるような気分になるのだ。それを言うと恥ずかしいから今まで言わなかったのに、ぽろりと洩らしてしまった。

「へぇ。俺の腕の中は安心できるのか。」

おかしい。今はレイラがシリルの上に乗っているのに、下になった気分だ。

恥ずかしくてうつむいても、下に寝転がっているシリルが悪戯っぽい顔をしているのが見える。ものすごく愉しそうな顔をしている。

「と思ってました。い、今は違いますよ?」

必死に誤魔化そうとするが、頑張れば頑張るほどシリルの笑みが深くなっていく。逆効果だった、と気付いたがもう遅い。

シリルの胸についていた手をとられ、手首に口付けられる。

「な、何して……。」

「ん?」

黄緑色の瞳と目が合う。ふっと頬を緩めたシリルにはいつもはない色気が出ている気がする。その表情にレイラの視線が釘付けになっていると、見せつけるようにもう一度口付けられ、羞恥で顔が真っ赤になる。

「ね、寝惚けてるんですね。」

「寝惚けてない。俺はいつも通りだ。」

それなら何故こんなことをしているのか。

赤くなるレイラを面白がって、こういうことをやっているのは分かっているが、確かシリルは女性に触れる必要性を感じていないのではなかったか。それとも『妹』は別なのか。

「どうして……。こんなことするんですか?」

「嫌なのか?」

「え、嫌……。では無いかも? ……。どうなんでしょう。」

「俺に訊かれてもな……。ヴィンセントが嫌ならやめるし、嫌じゃないなら俺は好きなようにする。」

「……。」

もそもそとシリルの上から退いて、横に寝転がる。

同じ高さになった視線に心がざわつく。思ったより顔が近い。寝転がったのを少し後悔する。

この距離で戸惑いは感じるが、嫌悪は感じない。

ということはレイラは『嫌』ではないのだろう。

「よく分かりません。嫌じゃ、ないとは思います。……多分。」

「多分か……。」

「ええ、多分。」

レイラの言葉に項垂れたシリルに抱き寄せられ、大人しく腕のなかにおさまる。

(視るなら今かしら。)

シリルの首に手を回して、逃げられないようにしてから、意識して閉じていた力を解放する。

右手に握られたネックレスから昔の光景が浮かび上がる。

「ヴィンセント!? 今か? 今から視るのか?」

「駄目ですか?」

「いや、駄目じゃない。心の準備とか大丈夫か?」

「大体、予想はついてますから。あくまで確認です。さっきも言いました。」

「え、ああ。そ、そうだったな。」

顔に忘れていた。そう書いてあるが気付かなかったことにしてあげよう。どうせ、また寝惚けていたのだろう。

ネックレスの『記録』が空間に馴染んでいくと、世界の色がはっきりと出てくる。不思議そうにその光景を見回すシリルに、動くなと言いたい。

今、シリルはレイラの腕の中にいる状態だ。

シリルが頭を動かすと頬に髪が当たってくすぐったい。

決して、シリルの顔が近くて恥ずかしいわけではない。決して。

そんなレイラの気持ちも露知らず、呑気に欠伸をしているシリルに苛々してきたが、気にしたら負けだ。

すべての感覚を閉ざして、目の前の光景に集中した。

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