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自習方法と依存

ハロルドが帰った後、大事な用事があるとアドルフもあわただしく帰って行った。

「また会いに来る。」

名残惜しそうに腕の中のレイラの髪を梳くアドルフに、甘えるように体を預けアドルフの胸に頬を擦り寄せる。

「ええ、待ってるわ。お祖父様。」

「……。必ず会いに来る。愛してるよレイラ。」

「私も愛してる。」

いつも以上に口数が多いアドルフは、最後にレイラを強く抱き締めて姿を消した。

最後に見えたアドルフの横顔は険しかった。

おそらく、シリルが今持っている紫水晶アメジストのネックレス。その『記録』を視てほしくなかったのだろう。ハロルドと友人云々の話をしている間にメリルと大分揉めていた。

「じゃあ、後は頼んだよフィンドレイ。主にその後のケアをね。」

「はい。」

その後のケアとは、これまた物騒な響きだ。一体何が隠されているのか。

それにシリルの口振りからして、ネックレスの『記録』に何があるのか知っているようだった。なんだかモヤモヤする。彼が知っていてレイラに知らないことがあるというのが不愉快だ。

(お祖父様の空間よりは弱いけれど、人工物の『記録』だってノア兄様より幅広いのに……。それに先生も何か知っていたなら、私に教えてくれても良いのに。私だけ何も知らないなんて不公平だわ。)

いじけたレイラがじとりと睨んでいると、何を思ったのかシリルが微笑みかけてきた。

「……。」

なんだか無性に恥ずかしくなって、ふいと顔を背ける。

「なに怒ってるんだ?」

「怒ってません。」

そう、怒ってはいない。少し苛ついただけだ。

今までレイラが知らない事なんて何もなかった。

知りたいことがあれば、書物やモノの『記録』から得ることが出来たからだ。それなのに、レイラの知らない事を他の人が知っている。それがとても腹立たしく思う。

「それなら部屋に戻って自習してろ。今晩は早めに帰る。」

「分かりました。」

理事長室から大人しく退室し、とぼとぼと自室へ向けて廊下を歩く。その間、目に入った窓や壁、扉など人工物を触って視る。

(大丈夫。力に異常は無いわ。)

しかし、それならどうしてレイラの『知らない事』があるのだろうか。

自室の鍵を開け、中に入る。

腰に佩いた剣を外しながら、寝室の扉を開く。

壁に剣を立て掛け、重苦しい上着を脱いだ。今日でこの堅苦しい正装ともしばらくさようならだ。

青い石のついたスカーフも外し、スカートも脱ぐ。それから、クローゼットをの前に移動し服を探す。

目についた紫色のワンピースを手に取り、代わりに正装を仕舞う。

ベストとシャツを脱いで紫色のワンピースを着た。

そして、ばたりとベッドに倒れこむ。

レイラはぼんやりと天井を眺めてから、枕元に置いてあった教本をペラペラと捲る。印刷してある文字を目で追いながら、教本の『記録』を再生する。

視えるのは、教壇に立つジンデル。この教本はシリルの物だ。

近いうちに進級試験がある。しかし、特別授業で通常の授業に出席できなかった為、心配になったのかシリルが貸してくれた。

ただ、いつもシリルの教本を視ていると毎回のようにシリルは居眠りをしている。毎回、教師からチョークやら拳骨やらが飛んでくる。これで総合科の生徒だったとは。シリルは天才気質なのだろうか。

『痛っ!』

『なぁ、聞いてるのかシリル・フィンドレイ。』

『聞いてないです。』

『堂々と言ったところで無駄だ。くそ、なんでお前が総合科なんだ。』

『さぁ。』

この日もジンデルから拳骨をくらっていた。

くすり、と笑ったところで額に冷たい掌が置かれた。

手の先にはシリルの顔があった。しかし、『記録』の光景と重なっているため表情が分かりづらい。

「何を視て……。ああ、情報科の。」

「先生。お仕事は……。」

そこまで言って気づく。窓の外は暗くなっていた。半日もの間『記録』を視ていたようだ。

教本から手を離し、シリルの顔を見つめる。

「夕飯食べたか?」

「まだです。」

「もう食堂閉まってるぞ。」

「え……。もうそんな時間ですか。」

時計を見ると既に二十二時をまわっていた。今晩は夕食抜きだ。

無言でシリルに手を伸ばす。するとその意味を察したのかレイラの手を取り、起こしてくれた。

「んぅ。」

ベッドに座り、のびのびと体を伸ばしていると、腰に手を回され抱き締められた。まだ伸びきってないのだが。

中途半端に伸びを中断させられたレイラは大人しくシリルの腰に手を回す。ふっと笑う気配がした後、首に顔を埋められ、びくりと体が震えた。

「ど、どうしたんですか?」

いつもと様子が違う。首筋にシリルの吐息を感じながら、顔に上る血を押さえるのに必死になっていると何か生暖かいものが首に触れた。

「!」

それがシリルの唇だと認識した瞬間。完全にレイラは硬直した。周囲の物音は消え去り、どくどくと心臓の音だけが聴こえる。

瞳だけ動かし、信じられない思いで真下にある蜂蜜色の髪を見つめる。今まで一度も首には口付けられた事はなかった。精々、先ほどのように首に吐息を感じるだけだった。

「な、あの。先生、これは何?」

動揺のあまり片言になってしまった。

「ん? 魔が差した。」

そうか。魔が差したのなら仕方ない。

(いや、仕方ないわけないわ。先生なにがしたいの?)

「そういえば、ネックレス。」

レイラから体を離し、シリルは懐から紫水晶アメジストのネックレスを取り出して、レイラの左手に落とす。紫色の輝きをぼんやりと眺めていると怪訝そうなシリルの声が聞こえた。

「視ないのか?」

こちらは口付けの衝撃から立ち直っていないのに、シリルのほうはあっけらかんとしている。苛立ちを込めて、キッと睨みつける。

「怒ってるのか?」

「怒ってません。いちいち聞かないでください。」

その言葉に愕然とした表情を浮かべたシリルを冷たく見据えていると、痛いくらいの強さで抱き締められた。

勢いよく飛び付かれ、レイラはシリルもろともベッドに倒れこむ。

「痛いです。」

思わず声を上げる。すると、レイラの胸からそろそろと顔を上げ、不安そうに橄欖石ペリドットの瞳を揺らしていた。

「悪い。ヴィンセントに嫌われたらと思うと、恐くなって何も考えられなかった。」

まるで、ノアのような依存ぶりだ。そんなに強く依存されてもレイラは何も返せないのだが。

「それに、ネックレスを視てヴィンセントが変わってしまったら、もう手を出せない。だからその前に俺がしたい事をしとこうかと。」

レイラの胸元に顔を埋めてぼそぼそと喋っているシリルの頭を撫でる。二十二歳の男がまるで子供のような様だ。呆れてしまう。

「先生。女性に興味はないのでしょう? 私の事は気にしないでください。その辺の置物として扱ってください。」

「ヴィンセントは別だ。可愛いから。俺としては卒業しないでほしい。」

(可愛い……。何言ってるのこの人は。)

「世の中はとても広いですから、もっと可愛い女の子がいますよ。それに私は卒業したいです。」

「独り暮らしはもう嫌だ。潤いが欲しい。」

「それならお見合いでもしてください。」

「嫌だ。実家に帰りたくない……。」

「もう、我が儘言ってたらだめですよ。」

その言葉を最後にシリルは静かになった。

「先生?」

呼び掛けても返事がない。すうすうという寝息が聴こえる。どうやらレイラの上で寝てしまったようだ。鍛えてあるシリルの身体はとても重い。抜け出そうと体を捻るが、抜け出せない。離してもらえない。意識がないのに、よくこれだけ力が込められるものだ。

左手に握っていたネックレスを眺める。

(一人で視るのは恐いわ。)

このネックレスの『記録』を視て、レイラが変わってしまうのをシリルは恐れていた。それだけの情報がこのネックレスにある。

昔によく誘拐されそうになった理由も明らかになるかもしれない。

(今度、先生に頼んで一緒に視てもらいましょう。)

そう決めたレイラは、堅く閉じられたシリルの腕の中から抜け出すのを諦め、大人しく瞳を閉じた。

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