力関係と洞窟の中
「なるほどね。」
男らに囲まれていた経緯を、所々ハロルドに補足してもらいながらメリル達に説明すると、メリルは疲れたように眉間を揉み、アドルフは深く溜め息を吐き、シリルは苦笑していた。
(何、何なの。)
三人の奇妙な反応にハロルドと二人で首を捻っていると、執務机の上に肘をついたメリルが半目でアドルフに話しかけた。
「ねぇアドルフ、もう良いんじゃないの? 自覚なしに歩き回られるより楽だと思うんだけど。」
「……。あいつの気が変わって連れて行かれるかもしれん。」
「今でも年に何回かしか会えないんだよ? 大して変わらないと思うけど。」
「だが……。」
何かを渋っている様子のアドルフと何だか色々投げやりに見えるメリルのやりとりを黙って見つめていると、隣に座っていたハロルドに小声で話しかけられた。
「僕は帰っても大丈夫か?」
「すいません。無理やり連れて来てしまって、ハロルドさんにもまだ用事がありますよね。お邸まで送りします。」
「一人で帰れる。」
「でも危ないです。」
「僕よりお前の方が危ないだろ。」
それを言われてしまうとレイラは何も言えない。
護衛が護衛対象以上に襲撃を受けているのだ。
「そう……ですね。ですが、せめてジェラルド先輩と一緒に帰ってください。」
「それでお前の気が済むなら別に……。」
「ありがとうございます。」
「……。」
急に自らの髪を掻き回したハロルドは、じとりとレイラを睨んできた。走り疲れて眠いのだろうか。
(眠そうな時は機嫌がいつもの倍以上に悪かったわ。)
「おい。今、僕のこと馬鹿にしただろ。」
「してないです。ただ、走り疲れて眠いのかと思っただけです。」
「馬鹿にしてるじゃないか。 僕だって体力なら人並み以上ある!」
普段から総合科の先輩の鍛え上げられた体を見慣れていたせいで、ハロルドは弱そうだと思ってしまった。
「申し訳ないです。」
「本当にそう思ってるなら、この授業が終わっても僕に会いに来い。」
この授業とは、ハロルドの護衛のことだろうか。
「どうしてですか?」
「え、いや。その……。ゆ、友人として!」
その言葉に胸が高鳴る。友人が少ないレイラにそんな事を言ってくれるなんて、嬉しい。ハロルドと少しは仲良くなれていたようだ。しかし、不安もある。ドリスやアルヴィン、エリオットなどの変人はともかく、こんなに感覚が普通なハロルドが変人なレイラと友人になってしまっては、悪い影響を受けてしまうかもしれない。
「私なんかが友人で良いのですか?」
「僕の選んだものに文句を言うのか?」
むっとした様子のハロルドに、慌てて弁解する。
「いいえ、とても……。その、嬉しいです。」
目を細めて俯いたレイラは気付かなかった。花の綻ぶような笑みを浮かべたレイラに、ハロルドの顔が真っ赤になったことに。
そして、それを見たシリルの眉が不愉快そうに顰められたことに。
「レイラ。」
アドルフに呼ばれ、顔を上げると輝く銀色の何かが飛んできた。驚いて咄嗟に身を屈める。レイラの頭の上を飛んでいったそれは後ろにいたシリルが受け取ってくれた。
「ネックレス?」
怪訝そうな声を上げたシリルの手にぶら下げられた銀色のそれは大きな紫水晶のついたネックレスだった。
「後でそれを視ておけ。視た内容は誰にも言うなよ。ああ、そういえば先生は知ってるんでしたね。」
なんだか、シリルへの言葉に刺がある。アドルフとシリルの間に何があったのだろう。
「もしかして……。」
「口を滑らすなよ小僧。」
「……。はい。」
怯えたように身を竦めるシリルを蔑んだような瞳で見つめるアドルフを交互に見る。弱味でも握られたのだろうか。シリルがネックレスを懐におさめるのを眺めていると、アドルフがハロルドを手招きした。
「そっちのガキ。こっちに来い。」
「ガキだと……。まあいい。」
成長している。ガキと呼ばれて怒らないとは。
じろりと睨まれた。成長しているわけではなく元からだというのを目で訴えているのだろうか。
「さっき、あの男に言われたこと『すべて忘れろ。』お前はレイラに誘われて学院まで来たんだ。」
不思議な響きのする声でアドルフが喋った。『言葉』を使ったのだろう。
「なんだ? 用があるから呼んだのではないか?」
「気のせいだった。すまないな。」
「ふ~ん。」
相変わらずアドルフの力は強い。記憶の消去なんてレイラがすれば上手く消せずに、違和感しか残せない。挙げ句に一時間は寝込むだろう。
(何が違うのかしら。年齢?)
「ヴィンセント。今日はもう学院から出るな。」
突然、後ろからそんな言葉が聞こえてきてレイラが振り返ると、神妙な顔をしたシリルと目が合った。
「どうしてですか?」
「さっきの奴らがまだ街に居るかもしれない。」
街に買い物に行くつもりだったのだが、あんな集団に囲まれるのはもう嫌だ。
「そうですね。今日は大人しくしてます。」
「その方が俺も安心するからな。」
そういえば、シリルはレイラの護衛係であった。最近ではすっかりノアのように成ってしまっていたから忘れていた。
それからしばらくして、サンドラーが理事長室までハロルドを迎えに来た。
(サンドラー先生もメリルさんに会えるのね。)
そして、ハロルドを送る予定のジェラルドはメリルに会えない。
(やっぱり、人柄なのかしら。私が知っているだけでも、メリルさんに会える人は良い人が多いわ。)
「では、またな。レイラ。」
「ええ、また。ハロルド。」
若干、頬の赤くなったハロルドと握手を交わし友人らしく喋った。後ろから鋭い視線が突き刺さっている気もするが、気にしたらいけない気がした。
◇◆◇
「この馬鹿息子が! いつまで惚けてるつもりだ。さっさと出てこんか!」
洞窟の中で低い男の声が反響している。
所々、水晶のような透明な石が生えており暗い洞窟を僅かに照していた。どこからか水の流れる音も聴こえてくる。
二つの人影は不思議な紋様の描かれた石の扉の前で話していた。
「父上、もう諦められたらいかがです? 私もすっごく嫌ですが、我慢して跡を継ぎます。」
「諦められるか! あんの馬鹿は勝手に子供を作るわ、勝手にあいつに預けるわ。その所為で子供は壊れてしまったんだ。その責任を取らせる! その後、お前が継げ。」
「私が継ぐのは確定ですか。」
「当たり前だ。」
父上と呼ばれた六十代くらいの男は、黄水晶のような瞳を眇め、扉を苦々しく見つめる。
それを呆れたように四十代くらいの男が見つめていた。
ばたばたと洞窟を走ってくる足音が聞こえ、後ろを振り返る。
「ここに居ましたか!」
その声と共に疲れた顔をした中年の男が姿を現した。
「どうしたんだコナン。」
首を傾げた男を認識すると、コナンは大股で歩いて来て、六十代の男の首根っこを引っ掴む。
「どうしたもなにも、陛下! なにサボってるんです! 帰りますよ!」
そうして、引き摺られていく王を半笑いで見送り、男は扉を見つめる。
「兄上。大切な娘に悪い虫がついても知りませんよ。そこから出てきたら既に結婚しているかもしれませんね。」




