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過去の過ちと自覚のないもの

人の気配を感じ、幼い少年は目を覚ました。

太陽はあと数刻もすれば天頂へ届くだろう。昨晩は夜遅くまで作業をしていた所為で寝坊してしまったようだ。

体はまだ睡眠を求めていたが、刺すような視線を感じ、仕方なく身を起こす。

「アレン・シアーズだな。」

声のする方に視線をやると、紫の瞳の老人が幼い少年、アレンを見ていた。

「如何にも、私がアレン・シアーズだ。お前はフィリスのひ孫か。あまり似てないな。」

「話には聞いていたが、奇妙なものだ。」

「安心しろ。老体には何もしない。」

「そうか。俺も今日・・は何もしない。だが、」

老人の手が振られ、アレンは僅かに上体を右に反らす。

白銀の髪が一房舞った。ひらり、ひらりと落ちていくそれらを無感動に眺め、老人を見つめる。

ちらと後ろの壁を見遣れば鋭利な刃物が壁に深く突き刺さっていた。

「下っ端連中まで統率がとれていないようだな。国王暗殺なんて、畏れ多いことを考えるものだ。」

「国王の生き死になんぞ興味がない。それに、あれらは既に私の下から離れた者だ。責任ならケントにとらせろ。」

「そうか。それならいい。」

その言葉を最後に老人は姿を消した。

「まったく。巫女の血筋の者は野蛮だから嫌いなんだ。」

壁に刺さった小刀を引き抜こうとするが、深く突き刺さっていて抜けない。これだから子供の体は不便だ。

ふう、と息を吐いて再びベッドに寝転がる。

壁に突き刺さった小刀は後で力のある大人に頼んで抜いてもらえばいい。

寝返りを打ち、青いカーテンの模様を見つめる。

「会いたい……。」

いつでも眼裏に浮かぶ、眩い白金の髪に、黄水晶シトリン紫水晶アメジストの左右、色の違う瞳。食べたくなるような、愛らしい唇。彼女の微笑みひとつでアレンの心は弾んだ。

枕元に置いてあった小袋を胸に押し付ける。布越しに硬い石の存在を感じるだけで救われる。

アレンが彼女にしてしまった過ちから。


◇◆◇


『ヴィンセント君の出自を勘繰ってる者がいるらしいんだ。だからフィンドレイ、彼女をべレスフォード邸まで迎えに行ってきて。』

『……。分かりました。』

そんな会話をメリルとしてから、二日経った。

そして現在。シリルの目の前には血の繋がり的にはレイラの叔父だというアドルフ・シトリンがいた。元はレイラと同じ金茶色だったのだろう白髪混じりの髪に、紫水晶アメジストのような瞳。隔世遺伝だと言われれば納得できるくらいレイラと似ている。

「アレン・シアーズのところにも居ないとなると、何処だろうね。」

「知らん。そんなことより私は休みたい。ティアに会いたい。」

「それなら早いとこ見つけて来てよ。そしたら私からセオドアに頼んであげる。」

「その言葉、忘れるなよメリル。」

途中に国王陛下の名前が交じっていたような気もするが、シリルは聞いていない。そう、聞こえていないことにする。

(なんだって俺が呼ばれたんだ。関係ない話ばかりなのに。)

朝、士官科の教壇に立っているとミハイルにメリルが呼んでいると言われ、仕方なく理事長室まで来たのだが、扉を開くと部屋は真っ暗。三日月の部屋になっていた。

そして、メリルとアドルフがよく分からない話をしていた。

分かったら危険な気がする話をシリルの前でペラペラとしていたのだ。

「それで、アドルフ。フィンドレイに何の用だったんだい?」

「え……。」

シリルに用があったのはアドルフだったらしい。

「ああ。フィンドレイ先生。貴方にひとつ言いたいことがありまして。」

「な、何でしょう!?」

「貴方はレイラに何をしているのですか?」

アドルフの鋭い視線が突き刺さる。

「え、っと……?」

「レイラの耳を舐めたり噛んだりしていたでしょう。そして、毎日抱きついている。純粋なあの子を弄ばないでくれ。」

……。それらをまるで見てきたかのように話すアドルフをシリルは驚愕の眼差しで見つめた。どうしてそれを知っているのか。まさか、メリルが言ったのか?

そう思い、メリルの方へ視線を向ける。

「未婚の、それも年頃の少女になんてことしてるんだい。」

とても冷ややかな顔をしていた。 その顔に浮かぶのは『軽蔑』の二文字。

違う、誤解だ。と言いたい。弁解しなくては。

「それは事実ですが、疚しい気持ちは一切ないです! なんというか、い、妹みたいで可愛いとは思っていますけど、彼女の体には興味が無い……。訳ではなくて、抱き締めたらその、柔らかくていい匂いがするとか思ったりもします。それで耳を舐めたのは一回きり……。ではないですね。すいません。赤くなる彼女が面白くて何度もやってしまいました……。」

駄目だ。弁解もなにもやってはいけないことをしていた。

「俺を煮るなり焼くなり好きにしてください……。」

刑の執行を待つ罪人のように、膝をついた。

『妹』のように愛しているとはいえ、所詮は人様の妹だ。

限度というものがあるだろう。

レイラが全力で嫌がらなかったため、調子に乗りすぎた。

彼女が本気で嫌がっていたら、シリルは手も足も出せない。

『言葉』に恐怖は持っているが、使えるものは親でも使うとレイラは以前に言っていた。そして、襲ってくる男には容赦をしないようレイラは兄達に言われているのだとも。

「それなら、今すぐ彼女を助けに行ってきてよ。変なのに囲まれてる。これは人間……かな。」

「どこですか?」

「時間が惜しい。『レイラの所まで移動する。』」

不思議なアドルフの声が響いた瞬間、視界は真白に染まりメリルの姿は掻き消えた。風を切る感覚と浮遊感に閉じていた瞳を開く。シリルは自分が落下しているのだと理解すると共に、男らに囲まれているレイラとハロルドが見えた。

「お前らヴィンセントに何してる?」

地面に着地すると足がびりびりと痺れたが、それをおくびにも出さず、レイラの前に立つ。

「先生……。」

レイラの呆けたような声になにも答えず、シリルは目の前にいる黒髪の男を観察する。

(なんだこいつ。胡散臭いな。)

確実にレイラが嫌いなタイプだ。

ここは学院の裏のようだ。この時間ならベレスフォード邸に居るものだと思っていたから意外だ。

「お祖父様? どうしてここに……。」

「孫の顔を見に来ては駄目なのか?」

「それは嬉しいわ。でも、どうして先生と一緒に来たの?」

「近くにいたから連れて来ただけだ。人手があった方が良いだろう?」

祖父と孫の会話に胸がもやもやする。シリルには敬語しか使わないレイラが普通の言葉で喋っている。

(当たり前だよな。俺は他人だし。それに、学院内で一番親しいのに名前も呼んでもらえないしな……。エリオットとは普通に話してたのに。)

考えれば考えるほど、心が荒んでくる。

しかし、十六年と九ヶ月では比べるまでもない。いや、それならエリオットはどうして普通に喋ってもらえるのか。

「今日は諦めましょう。学院の先生とアドルフ殿まで現れては私に勝ち目はありませんからね。」

大袈裟に肩を竦めてみせた胡散臭い男は、そう言って踵を返す。だが、途中でなにかを思い出したように振り返り口を開いた。

「また、お会いしましょう。その際は色好いお返事を期待しておきます。」

目を細めた男は、獲物を狙う蛇のようにレイラを見つめた。

男の言葉に不快そうに眉を顰めたレイラの頭を撫でる。

(まったく。今度の奴は何しに来たんだ。)

メリルが言っていたレイラの出自を疑う者かもしれない。

とりあえず、レイラとハロルドに詳しい話を聞くために理事長室に移動することにした。

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