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真相と兄妹みたいな関係

  秋も近くなりだんだん冷え込んできた。そんな夏の終わりのこと。

「いやぁー、お前も大変だね。 」

  笑いながらだが、労ってくれているだろう同僚リオ・グランデにシリルは近いうちにやって来る予定の生徒のことを話していた。

「おかしいだろ。そんなキレたら危ない生徒を学院に入れるとか、しかも俺に面倒押し付けるって!」

「まぁまぁ落ち着けってシリル、よく考えてみろ!俺は理事長から用事を仰せつかったことなんてないぜ? 信用されてんだよ!」

  休暇から帰ってきたばかりのリオにこんな泣き言のようなものを言うのは心苦しかったが、なにしろ化け物級に手の付けられない奴がやってくるのだ。

  少しくらい愚痴らせて欲しい。

「信用っていってもな、向こうは全力で向かって来るだろ。でも俺は生徒相手に全力で戦っていいのか!」

  怪我でもさせたら大変だ。

  なにしろ相手は金持ちのボンクラ息子、なにを言われるか分かったものではない。

  それに理事長から彼に何かあったら殺す、とまで言われている。

  厳密には「何かあったら分かってるね?」みたいな感じだったが、あの目は殺る気だった。

「でも、普段は大人しいんだろ? そんなら暴れないようにカウンセリングでもしとけよ。」

「リオ…。俺がカウンセリングしてほしいんだが。」

「今度アスティン先生に頼めよ」

「自力でなんとかするよ。あの人に頼んだら馬鹿みたいに高い酒たかられる。」

「白衣の天使にそりゃないぜ。」

  そんなとき、控え目にだがノックの音が聞こえた。

「おっ!奴が遂に来たか!」

「おい!外に聞こえる!」

  それにこんな早い時期から寮に越してくる人は中々いない。

  どうせ帰省しなかった生徒だろうと、扉を開けた。

  「なんか用……。」

  開けた先に少女が立っていた。少女と目が合ったとき、シリルは思わず息を呑んだ。

  少女は端正な顔立ちをしていた。紫水晶をはめ込んだような綺麗な瞳、腰まで届く金茶色の髪。ただ残念なことに表情がない。

  シリルはまるで人形みたいだとそんな感想をもった。

  その人形のような少女はそんなシリルを不思議そうに見たあと、頭を下げた。

  「あの…。すいません。部屋を間違えたようです。」

  そこでシリルは我に返った。見ない顔だしおそらく迷った新入生だろう。

 この学院は無駄に広くて毎年迷子になる新入生がいる。

  「新入生か?」

  「はい。学院から送られた書類通りに自分の部屋を目指して来たのですが、どうやら迷ってしまったみたいです。」

  淡々と質問に応える少女を見ながら、本当に同じ人間なのかと思ってしまう。なんというか浮世離れしている。

  「分かった。とりあえず、俺が女子寮まで案内する。」

  「ありがとうございます。助かります。」

  そこで会話が途切れた。それから歩き始める。

  シリルは話を続けようと思い、口を開いた。

  「…。俺はシリル・フィンドレイ、総合科の担当代理をしている。君は?」

  そこでようやく少女は人間らしい反応を見せた。突然の自己紹介に面食らっている。そんな顔だ。

  シリルが今の入り方は不自然すぎたか?などと反省していると。

  「すいません。私が先に名乗るべきでした。」

  「え? いや気にするな!そういう意味で言ったわけじゃないから。」

  シリルが あたふたしていると、少女はとんでもない爆弾をかました。

  「はい。あの…。私はレイラ・ヴィンセントです。今年から士官科に…。先生?」

  今、少女はなんと言った? ヴィンセント…。

  「え? お前もしかして破落戸十人、余裕で倒せるお兄さんを余裕で倒せるヴィンセント?」

  つい素に戻って「お前」とか言ってしまった。いやそれより少女が例のヴィンセントなわけがない。

  どこからどう見ても華奢な体だ。

  「間違ってはいませんが、随分誇張されてます。まだノア兄様を余裕では倒せません。」

  余裕では倒せないということは、勝てないことはないということだ。

  ……。

  どうやら本当にこの人形みたいな少女は例の同室になる予定のヴィンセントらしい。

  シリルは思う。

  (理事長は馬鹿か!若い男と同じ部屋って!親友のお孫さんならもっと大事にしろよ。大体!俺はまだ二十二歳だぞ!?)

  そんな動揺を顔には出さないようにしながら、シリルは気になったことを聞いてみた。

  「理事長からなにか聞いてないか?」

  「護衛の方が付くと…。護衛の方とは先生ですよね?」

  「ああ…。」

  理事長は悪戯好きらしい。レイラにも必要以上のことを伝えていなかったみたいだ。

  レイラも明らかに戸惑った顔をしている。

  ように見えるのは気のせいではないだろう。

  「元からお断りするつもりでしたので、先生は安心なさってください。」

  まずは諸悪の根元である理事長に会いに行かなければならない。

  「とりあえず、理事長室に行くか。」

  「はい。」



  ◇◆◇

 


  シリルはノックもそこそこに理事長室に入った。

  「理事長!」

  目の前には腹を抱えて笑い転げるメリルの姿がある。

  「いやいや!まさか本当に引っかかるとは思わなかったよ!」

  「ワケありだから、必要以上は知らないで良いって言ったの理事長ですよ?!」

  「名前とか性別とかそういう情報も聞かないとは思わなかったよ!」

  「ヴィンセントって言ってたから、てっきり俺は男だと!」

  理事長の前だというのについ「俺」と言ってしまうぐらいにシリルは冷静ではいられなかった。

  華奢で可愛らしい女の子のことを化け物と言っていたのだ。申し訳なさすぎて吐きそうだ。

  「キミの同級生にいたもんね、ヴィンセント・フォード君だったかな?ヴィンセントだけで男だと思うなんて、視野が狭いね。そもそも私は生徒のことを姓で呼んでいたはずだよ?フィンドレイ?」

  シリルは唇を噛みしめた。このままだとシリルはどんな罵詈雑言を『理事長』に放ってしまうかわからない。

  そんなシリルを救う為か、はたまた言い争いが切れた合間を見計らったのか、シリルの後ろからひょっこりとレイラが顔を覗かせた。

  それを見たメリルは大笑いを引っ込め、優しそうな笑みを浮かべて立ち上がった。

「やぁ、ヴィンセント君。私はメリル・ヴァレンティーナ・ティレット。ここで理事長をしている。」

  「初めまして、レイラ・ヴィンセントと申します。祖母がいつもメリルさんのお話を聞かせてくれるので、初めて会った気がしませんが…。」

  「それは私もだよヴィンセント君。セレスティアに会う度キミの自慢話かノアの妹溺愛話をいつも聞かされているよ。」

  「それはメリルさんにとってあまり面白くない話でしょう。」

  「私にとってはどんな話でもセレスティアと話しているだけで十分、面白い話だよ。」

  メリルとレイラは和やかに挨拶しているがこのままでは本題にいつまでかかるかわからない。

  「理事長、ヴィンセントの部屋ですが…。」

  同室の話はシリルをからかう為の話だろう、レイラの部屋の場所だけ聞いてさっさと退出することにした。聞いた後は、レイラを女子寮の前まで案内して、アスティンに後を頼めばいい。そう思っていた。

  「キミの部屋だけど?」

  「ヴィンセントの部屋ですよ?」

  「だから、それは変わらないけど?」

  おかしい。

  「理事長、俺は男です。そしてヴィンセントは女です。」

  「女の子だから一人に出来ないんじゃないか。」

  メリルが何を考えているのか理解出来ない。

  レイラも他の部屋の方が良いに決まっている 、知り合ったばかりの男と同じ部屋にぶち込まれるなんて、嫌だろう。

「あの、私は一人で大丈夫です。」

  本人がこう言っているのだ。メリルといえどそれを無視するのは…。

  「駄目だよ、ヴィンセント。キミは未だに雷の音が怖くて雷の鳴る日はいつもノアに迷惑かけているらしいじゃないか。」

  レイラの顔が強ばっているような気がするのも気のせいではないだろう。雷の音が苦手とは普通に女の子だ。なぜ化け物と騒いでしまったのか、シリルは心のなかで謝った。

  「だからノアと同い年のフィンドレイに護衛を頼んだんだ。」

  「俺がヴィンセントのお兄さん代わりですか…。」

  「それに、キミはもっと自分の弱さに気付くべきだ。キミが弱ければ、大変な事になるのは分かっているだろう?」

  「はい…。」

  例の不安定な精神面の話だろう。

  雷の音が聞こえたら、暴れるのかもしれない。

  シリルが見た感じレイラは小柄だから、暴れてもなんとか取り押さえられると思うが、やはり本能のまま暴れると大変なのかもしれない。

  「てなわけで、改めてよろしく頼むよフィンドレイ。」

  メリルがここまでレイラの暴走を危惧しているのだ。

  やはり学院に慣れるまでは他の生徒に危害を加える可能性もある。シリルはしばらくの間、他の生徒と離した方がいいかもしれないと考えた。

  「とりあえずです。ヴィンセントが学院に慣れたら女子寮に移してもらいます。」

  「問題がなければね。」

  メリルは微笑を浮かべて挑発するように言った。

  「先生。」

  「なんだ?ヴィンセント。」

  神妙な顔をしている。

  ように見えるレイラに呼びかけられ 、よく考えればシリルは勝手にレイラの部屋を決めていることに気付いた。

  「あ、ごめんなヴィンセント。嫌だったら嫌って遠慮なく言え。」

  「いえ、しばらくお世話になります。それに、メリルさんの仰ることは本当ですから。」

  「学院に慣れれば、なんてことはなくなるから大丈夫だ。」

  そう言って、シリルは笑った。人間諦めがついたときにようやく心に余裕が持てるらしい。

 


  ◇◆◇



  学院から届いた書類通りに部屋に来た。

  こんなに早い時期にレイラのように寮に移ってくる人がいるとは思わなかったが、中から笑い声が聞こえる。

  おそらくメリルから護衛を頼まれている人だと思うが、やけに声が低いのは気のせいだろうか。

  低いというより、男性の声だ。

  てっきり護衛は女性の人だと思っていたが、声を聞く限り男性のようだ。

  レイラはとりあえず迷ったふりでもして相手の反応を見ることにした。

  部屋の中から聞こえる声は二人だった。

  書類が間違っている可能性もある。

  なんとなく緊張して、深呼吸をしてからノックする。

  「おっ! 奴が遂に来たか!」

  「おい! 外に聞こえる!」

  メリルは一体どんな説明をしたのか、奴と呼ばれている。

  扉が開いて、出てきたのは蜂蜜色の髪に橄欖石ペリドットのような瞳を持った綺麗な男の人だった。

  「なんか用……。」

  それからその人はレイラをじっと見つめてきた。

  何かまずいところでもあったのかと、全身をざっと確認したが特に問題ない。

  再び男の人を見ると、まだレイラを見ている。

  なんだか居心地が悪くなって、口を開いた。

  「あの…。 すいません。部屋を間違えたようです。」


  ◇◇◇


  結局のところ、その綺麗な男の人はシリル・フィンドレイという先生で、やはりレイラのお守りを頼まれた。というより押し付けられた人だった。

  メリルはレイラが想像していたより悪戯好きで、シリルはレイラが来るまで、レイラのことをヴィンセントという男だと勘違いしていたらしい。

  シリルからは、後で何度も謝られたが、わざわざ言わなくていいのにと思った。ばか正直に、

  『化け物が来るとか騒いでごめんな。』

  と言われたときは、思わず笑いそうになった。

  「ヴィンセント、今日は食堂が閉まってる、飯は自力で何とかしてくれ。」

  「分かりました。」

  そんなこんなで最初に来た部屋にレイラは戻ってきた。

  寮の部屋は思っていたより広く、台所にリビング、さらに寝室にはベッドが二つあり、風呂まであった。

  ここは独身の教師の為の部屋らしいから、生徒用の寮とは違うだろうが、それにしても設備が充実している。

  「リビングにいるから、なにか要るものとかあったら言ってくれ。」

  そう言ってシリルは出ていこうとする。

  「あの、先生。」

  レイラは咄嗟に呼び止めた。

  「どうした?」

  「すいません。先生の生活のお邪魔をしてしまって…。」

  「いや、生徒の安全を守るのも俺の仕事だから。」

  そう微笑みながらシリルは出ていった。

  どうやらシリルは、メリルから情報が抜け、さらに少しの嘘を混ぜたレイラの情報を伝えられているようだった。

  通りで話が噛み合わないはずだ。

  そんなことをぼんやり考えながら、クローゼットに服を掛けていると、この部屋とは別の光景が視えた。

  『レイラ、本当に行くのか?』

  『ええ、入学手続きも終えてるもの。』

  これは学院に来る数日前の光景だ、兄が引き留めていた時の。

  レイラは物心ついた時から、自分が居る所とは別の光景が重なることがよくあった。

  この力は、母方に流れる血がもたらすものらしい。

  人の創ったモノであればレイラはそのモノの周囲の『記録』のようなものを再生できた。

  祖母も母も兄も視えるが、水、大樹、鳥、といった狭い範囲のものしか再生できなかった。

  レイラは力の強い祖父に似たらしく、人の手の入ったモノならなんでも視えた。

  おかげで八歳の頃に、誠実そうな家庭教師が愛人を五人も囲っているのを視たときは、しばらく誠実そうな人が怖くなった。

  この力は意識して使えば視たい光景を呼ぶことも出来るので、物を失くしたときは便利だが、無意識に使ったときに限って知りたくもない情報を知ってしまい面倒なときがある。

  おかげで、耳年増というものになってしまった。

  幼い頃になんだか神の一族みたいだと思い、祖母の家で視た光景で確信した。

  どんな関係か分からないが、祖父も祖母も神の一族の血を引いていたようだ。

  その関係を詳しく知ったところで面倒そうな予感しかしないので、レイラは祖母の家では気を抜かないようにしている。

  昔にレイラを誘拐しようとした人の中には、それを知っていて誘拐しようとした人がいたのかもしれない。

  メリルもそれを知っているからこそ、レイラを一人にしないようにしたのだろう。

  そしてレイラを監視しようとしたのは、そう考えて思い出す。

  真っ赤な血、ぐちゃぐちゃな人だったもの。

  感情の抑制がきかなければ、また同じ光景を作り出してしまう可能性もある。

  感情の思うままに言葉を吐き出してしまえば、様々な事象を変えてしまうのだ。

  荷物を片付け終え、リビングに行くとシリルがいたので、聞きたいことを聞いてみることにした。

  「あの、先生。」

  「どうした?」

  「先生はミラ・フィンドレイさんと親戚だったりしますか?」

  ミラ・フィンドレイとは、昔レイラが誘拐されかけたときに、助けてくれた凄く強い女性だ。

  彼女にそのときこの学院のことを聞いて、ここを目指すようになったのだ。

  最初にシリルから自己紹介されたときから気になっていたのだが、その時はそれどころではないくらい、シリルが動揺していたので聞けなかった。

  「ああ……。姉だ。」

  「やっぱり、そうですか。」

  「お前もやっぱり姉さんのこと知ってるんだな。」

  なぜか疲れたような顔をしていた。

  「知っている、というより昔助けていただいたので。」

  「なるほどな。」

  「先生もこの学院だったんですか?」

  「え? ああ、この学院だった。」

  唐突に話を変えたので、シリルは面食らったようだ。

  ただなんとなく気になったのだ、ミラがこの学院の出なのだとしたら、弟であるシリルはどうなのか。

  それに、他にも知りたいことがあった。

  「士官科ですか?」

  「いや、総合科だった。」

  「ミラさんは?」

  「姉さんも総合科だ。」

  「私でも入れますか?」

  質問攻めでシリルが困っているのは分かっていたが、どうしても総合科について知りたかった。

  「そういえば、お前は士官科だったな。」

  「はい。私、ミラさんみたいに強くなりたくてここに来ました。ただ総合科への入り方が分からなかったので、来年またやり直すべきか悩んでいます。」

  ついつい熱が入ってしまう。毎年一人だけしか入れない総合科に入ることができれば、ノアを安心させることが出来るかもしれない。

  それと、私をまだ弱いものとして扱う一番上の兄ウォーレンに自分を認めさせたかった。

  「ヴィンセントがどれだけ強いか俺は分からないが、女が入るのは難しい。姉さんは化け物みたいに強かったから入れたんだと思う。」

  「大丈夫です。あと一年で鍛えます。」

  そう言うと、シリルはポカンと口を開けまじまじとレイラを見てきた。

  「本気か?」

  「本気です。認めさせたい人がいるので。」

  かなり無茶なのは分かっている。何しろここは優秀な人材の集まる学院だ。

  どんな基準で選ばれるのかは分からないが、目の前に総合科にいた人がいる。この機会に根掘り葉掘り聞いておこう。

  「……。総合科の生徒は入学後にある選定試験で選ばれる。立候補すれば医療科でも受けられる。」

  「試験内容はどんな感じですか?」

  「廃墟とか、人のいないところで全員を戦わせて選定する。」

  思っていたより、雑な選定の仕方だ。

  「勝ち残った人が入れるんですか?」

  「基本はそうだが、中々決着の着かないときは理事長が決める。」

  ……。あの理事長だと適当に決めていそうだ。

  「本当に受けるのか?周りは男ばっかりだ、腕力に差がありすぎる。」

  「障害物があれば、姿を隠して奇襲をかけることが出来るので、私の腕力でもなんとかなると思います。」

  力こぶをつくってみせると、シリルはぷっと笑って、

  「筋肉ないな。」

  その言葉にムッとして、

  「触ってみれば分かります。」

  シリルの方に腕を差し出す。シリルは躊躇いなく触って、

  「あるにはあるが、人並みだな。」

  そう言って、微笑みながら頭をくしゃっと撫でた。それは子供にするような撫で方だった。

  「先生、無謀だと思いますか?」

  「ヴィンセントみたいに、綺麗な女の子が急に目の前に出てきたら、びっくりしてる内に何人か倒せるかもな。」

  暖かい目で見られている。顔に微笑ましいと書いてある。

  「無謀なのは分かっていますが、今年試しに受けてみます。」

  「おう、頑張れ!」

  そう言ってまた頭を撫でてきた。レイラはまるでノアを相手にしているようだと思った。

  あの兄はやけに私に構ってくる。仕事から帰ってくる度に抱きついてきたり、レイラが近所の男に勝てた時は今のシリルのように頭を撫でまわしてきた。

  シリルにも妹がいて、面倒に慣れているから、レイラの面倒をみせているのかもしれない。

  「って、悪い。つい癖で」

  じっとシリルを観察していると、睨んでいると思われたようだ。

  「いえ、兄も今の先生みたいなので大丈夫です。」

  「そういえば、兄さんがいるんだよな。俺にもヴィンセントくらいの従姉妹がいてな……。そういえば、少しヴィンセントに似てるな。」

  そう、なにかを堪えるような顔でシリルは言った。

  「先生? 」

  「どうした?」

  「いえ、夕飯なんですが……。」

  なんとなく聞いてはいけないことだと思ったので、話題を変える。

  「街で食べてくるか、食材を買ってそこの台所で調理するかだな。ただ、門限が六時だから時間には気を付けろ。」

  「分かりました。では行ってきます。」

  そう言ってレイラが出掛けようとすると、

  「あ、そうだ。俺も途中まで付いてっていいか? 理事長からインクを買って来いって言われてるんだ。」

  「はい。その方が助かります。まだ来たばかりなので。」

  「そういや、そうだったな。ついでに少し街も案内するよ。」

  「よろしくお願いします。」

  そういえば、今日学院に着いたばかりだった。

  なんだか、シリルの態度のおかげで、会ったばかりのように感じないのだ。

  さっきのように親しく接してくれるのが、人見知りのレイラとしてはありがたかった。遠慮されるとレイラも遠慮してしまって、謎の緊張感を生み、ぎこちない関係を作り出してしまうのだ。

  それでレイラは友達など出来たことがない。

  だから、シリルのように会ったばかりの相手に親しく接してくれる人がこの学院にいて嬉しい。

  それが、教師というなら尚更嬉しい。

  「じゃあ、上着取ってくるから外出届けを書いておいてくれ。」

  そう言って、シリルは寝室に行った。

  ……。そういえば、寝室は一つのようだった。

  ベットが二つ、壁際に二つ離して置いてあった。

  (大丈夫でしょう。先生には恋人がいるでしょうし。)

  あの顔で恋人がいないはずはない。それに、レイラは男性に想いを寄せられたことなどない。

  おそらく、世の男性の好みとは違うのだろう。

  それに、シリルは真面目で誠実そうな人だ。廊下の壁に触れた時に、多くの生徒から慕われている光景を視た。

  不誠実ならあんな風に男子生徒から慕われるわけもない。

  つまり、間違いは起こりえないということだ。

  そんなことを考えている間に、シリルが上着を取って戻ってきた。

  「書けたか?」

  「一応は、これで大丈夫ですか?」

  そう言って、確認してもらう。

  「大丈夫だ。じゃあ出るか。」

  「はい。」

 

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