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待つ女と黒い蛇

三日月が窓から覗く理事長室で、白髪まじりの初老の男性アドルフとメリルは話していた。

「それで? 結局、セオドアはどうしたいんだい?」

「知らん。あいつに訊け。」

「じゃあ、ここまで連れてきてくれるかい?」

「俺に半日眠れと?」

「うん。君はヴィンセント君と違って依り代なんだから余裕でしょ?」

なんでもない事のように言っているが、それはアドルフにとってかなりの負担になる。確かにレイラよりは負担は少ないだろう。それでも今、彼が動けなくなるのは困る。

「余裕じゃない。それに、あいつを連れてくると必ずレイラと会いたがるはずだ。それは許せん。」

「なんだ。君もいい歳して嫉妬かい?」

「貴女よりはマシだ。」

「ふふ。まぁね。」

楽しそうにころころ笑うメリルを冷めた目で見ながらアドルフはカップに口をつける。

「彼女はアリアに似てるね。顔だけは。」

「中身もだ。あの腑抜けた男に似なくて良かったと思ってる。」

「確かにねぇ。あれみたいに引きこもりにならなくて良かったよ。」

出されたお茶を飲み干し、用は終わったとばかりにアドルフは立ち上がる。

「次はどこにいくの?」

「アンバーの山脈近くの町。」

「これまた面倒なところに行かせるね。君も歳なのに。」

「仕方のないことだ。それではまた。」

神秘的な紫の瞳を細めてから、アドルフは姿を消した。

あれで彼なりに笑ったつもりなのだろうが、笑えていない。

今まで座っていたソファーから立ち上がり、窓の外にある満月に近い月を見上げる。

「そろそろ、見つけてもらわないと困るんだけど。」

この国にメリルが必要なくなるまで、それが女神との契約だった。しかし、とうの昔にこの国にメリルは必要で無くなっているのに、彼が中々迎えに来てくれないからメリルはこの役を続けている。

というのも、この世界から出てしまえば栄養を取らなければいけなくなる。行く宛もなく街を彷徨うなんてごめんなメリルは、いつ来るのかも分からない奴が迎えに来るのを待っている。

「あの馬鹿はどこで油を売ってるの。」

彼がここに居るのはこの役を引き受ける時に女神が教えてくれたのに、それからもう千五百年経った。平手百発くらいは大丈夫だろう。


◇◆◇


今日はハロルドの護衛をする、最後の日だ。

護衛初日以外は、特に問題が起こる事もなく平和な日々だった。護衛の心得のようなものは授業で習ったが、教科書通りには中々いかない事もあった。

ハロルドとの関係は最初に比べれば普通になったが、女嫌いの護衛対象に関する項目は教科書に書いていなかった為、手探りの日々だった。

それも今日が最後。最後の日は今まで以上に気を引き締めて挑むつもりだ。

そう思っていたのだが。

「あの、これは……。」

目の前の机に並べられた、高そうな食器と手間のかかっていそうなお菓子。紅茶のいい香りが鼻腔をくすぐる。

「最後だから、それだけだ。他意はない。」

「はあ。お心遣い感謝します。」

奇妙なものを感じながら、カップに口をつけた。

(これ……。)

「ハロルドさん。」

今まさに紅茶を飲もうとしていたハロルドの手を慌てて押さえる。

「な、なんだ?」

「これ睡眠薬が入ってます。それもかなり強力な。」

「え?」

目をまん丸にして、驚いている様子のハロルドを落ち着かせるように頬を緩めた。

「大丈夫です。ハロルドさんのことは疑ってません。」

「そんなことはどうでもいい! 大丈夫なのか?」

驚いた。彼はレイラのことを心配してくれているようだ。

「効きにくい体質なので大丈夫です。」

昔から攫われる度に睡眠薬を飲まされ続けた所為で、すっかり効きにくい体になってしまった。小さな子供に飲ませるにしてはキツい薬が多くて、何度か死にかけたこともある。今更、この程度の睡眠薬で眠ったりはしない。

もう一度、カップを手に取り『記録』を視る。

これを持ってきたメイドは関係ない。ただこれを運んでくる途中にいた男。肩甲骨まである黒髪を一つに括った糸目の男がメイドと廊下の角でぶつかりそうになった時に、淡青の小瓶から一滴ずつカップに入れている。

(何故、ジョシュア・オーガストがこんなことを?)

トリフェーン議会、議長の息子を誘拐して身代金でもせしめようとしていたのだろうか。

いや、あの胡散臭い人がそんなこと下らないことをするはずがない。なにかもっと別の特別なことがあるはずだ。

「おい! 大丈夫か!?」

『記録』を視ながら思考を巡らせていると、突然両肩を掴まれた。素肌でなくて良かったと思いながらハロルドの顔を見上げる。

睡眠薬が効きはじめていると勘違いしたのだろう、心配そうな顔がレイラを見下ろしていた。

「ええ、私は大丈夫です。とりあえずハロルドさんはここから出ないでください。その間は他の護衛の方が貴方を守りますから。」

それだけ言ってレイラは立ち上がり、扉に手を伸ばす。

しかし、伸ばした手はハロルドに掴まれる。

「どこに行くんだ?」

「少々、調べたいことがありますので。」

「駄目だ。」

確かに護衛が護衛対象から離れてはいけないが、以前にジョシュア・オーガストはレイラに興味がある素振りを見せていた。狙いがレイラなのだとしたらハロルドから離れていた方が良いかもしれないとそうレイラは考えたのだが。

「すぐ戻って来ます。」

「駄目だ。」

「どうして。」

「危ないだろ。」

「私は人並みには強いです。だからその手を離して。」

「どうしてもと言うなら僕を倒してから行け!」

「どうしてそうなるの。良いから離してください。」

頑固な少年だ。段々、レイラの口調も荒くなってきた。

まだ邸内にいるはずのジョシュアに会いに行きたいだけなのだが。勿論、人の居ないところで会うつもりもない。

「どうされたんですか? お二人とも。」

ハロルドと言い争っていると、胡散臭い声が上から降ってきた。その聞き覚えのある声に驚いてレイラが見上げると目の前にジョシュアがいる。

そうだ。睡眠薬を混ぜたのなら眠ったころを見計らってレイラ達を回収に来るはずだ。この胡散臭い奴の考えを読もうとしていて忘れていた。自分の愚鈍さに反吐が出る。

「この女が薬を盛……。」

「ハロルドさん。散歩に行きましょう。」

言葉を被せる。流石にレイラも睡眠薬以外のものを飲ませられると意識を失う。出来るだけ平静を保ったつもりだが、この男にどこまで通用するか。

「なんで散歩だ。」

「私の気分です。」

有無を言わせずハロルドの手を引っ張って歩き出す。

「では私もご一緒しても良いですか?」

「構いませんが、楽しいものではありませんよ。」

「いえいえ、貴女のような女性と共に歩けるだけで十分です。」

「そうですか。」

舌打ちしたい気分だが、断ってしまうのも逆におかしい。

この男は適当に街で撒いてしまおう。

とにかく学院を目指さなければ、学院ならアルヴィンもメリルもいる。この胡散臭い男を何とかしてくれるだろう。

こんな真っ昼間から人を攫おうという根性を叩き直して、いや人攫い自体が駄目なことだ。せっせと警察に突き出してやりたい。

十中八九、狙いはレイラだ。ジョシュアの蛇のような瞳がレイラを真っ直ぐ見つめている。

(どうして私が要るのかしら。)

平穏に日々を暮らしたいレイラからしたら迷惑極まりない。

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