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幼女と沸騰した頭

レイラは真白な世界で微睡んでいた。たまに花の香りが鼻腔をくすぐる。これは薔薇だろうか。

「ねぇ。おきないの?」

聞き覚えのあるような、たどたどしい話し方と声にレイラは瞳を開けた。

「ねぇ、あなたはどうしてねむっていたの?」

そこにいたのは、幼い頃のレイラとそっくりな女の子。

周囲を見回すといつもの青い薔薇園だった。

ただ、いつもと違うのは目の前に座っているのが六歳くらいの小さな女の子ということだ。レイラと姿形が瓜二つの少女がいない。

「貴女は誰?」

そう尋ねると女の子は首を可愛らしく傾け、不思議そうな顔でレイラを見つめた。

「なにをいっているの?わたしはあなたであなたはわたしでしょう?」

前にあの少女も言っていたが、『私は貴女、貴女は私。』これは一体どういう意味なのだろうか。

「それはどういう……。」

「かえらなくていいの? あなたをたいようのおにいちゃんがよんでるわ。」

「太陽? ……もしかして先生のこと?」

こくりと頷いて、レイラに白い薔薇を差し出した。

最近、薔薇の色が赤、白、稀に紫と、明るい色になってきた。

青い薔薇ばかり受け取っていた昔より断然良い。

これはレイラが前進しているということなのだろうか。

白薔薇を受け取ったことで、青い薔薇園が消えていく。

「またね。」

出来ることなら、自分とそっくりな人にはあまり会いたくないのだが。

意識が現に戻っていく、それと同時にシリルの声が聞こえてくる。

「ヴィンセント?」

どうやら勉強中にシリルのベッドに突っ伏して寝ていたらしい。

「先生? もう、起きて大丈夫なんですか?」

窓から射し込む光は明るい。飛び起きて時計を見ると、もう昼前だった。

昨日の夜に夕食を食べた後、風呂に入ったり勉強したりしながらシリルを見ていたが、途中で力尽きてしまったようだ。

シリルはまだ調子が悪いのか、壁に凭れてベッドの上に座っていた。

「昨日よりは意識がはっきりしてる気がするようなしないような?」

言っていることははっきりしないが、話すのが途切れ途切れだった昨日とは比べるまでもない。

「とりあえず、昨日よりは大丈夫そうですね。」

「ああ、昨日の記憶は途切れ途切れしかない。」

ベッドの上に上がって、シリルの額に手を当ててみると、レイラより若干高い。というところまで熱が下がっていた。

「良かった。少し下がってますね。」

ついでにシリルの頭を撫でてみると、シリルは気持ち良さそうに瞳を閉じた。

(先生、猫みたい。)

「昨日の授業はどうだったか?」

今度はシリルがレイラの頭を撫でる。シリルに優しく撫でてもらうだけで先程まで長々と寝ていたのに眠たくなる。

「ハロルドさんは貴族なのに、思っていたよりずっと優しい人でした。」

「それなら良かった。こういうのは相手との相性が悪ければ十日間、ひたすら耐え忍ぶ期間になるからな。」

もしかしてシリルは、耐え忍んだ期間があったのだろうか。やけに実感のこもった口調と僅かに顰められた眉が面白い。

「笑うなヴィンセント。なにが楽しいんだ。」

「内緒です。」

頬を緩めて人差し指を唇に当てると、シリルに愕然とした表情をされた。

「頼むから俺に内緒事作らないでくれ。」

「先生も内緒にしてたことあるのに?」

「……。ど、なんのことだ?」

今、一瞬だけ思い付く事が多すぎて分からない。という表情をした。それに『どれだ。』と言いかけた。

楽しい。こんなに狼狽えているシリルを見るのは人工呼吸された時以来だ。

飲食店の女将さんからいろいろなネタは仕入れている。

さて、今まで散々からかってきた仕返しをどうやってしようか。

今日はまだシリルが本調子ではないから何もしないが、元気になるまで中身のない空っぽな『内緒』を引っ張ろう。

物事は白黒つけたい派のシリルからしたら、さぞかし苛々するに違いない。

「それも内緒です。」

「前はあんなに素直だったのに!」

前は、と言われても、まだシリルと会ってから九ヶ月しか経っていないのだが。

大袈裟に嘆くシリルを呆れた目で見ながら、蜂蜜色の髪を指に絡めて遊ぶ。すると、腰を引き寄せられ未だ体温が高いシリルに抱き締められた。

甘えるように胸に頬を擦り寄せられ、動悸が激しくなる。

「ご飯食べますか?」

それを誤魔化すように、声をかける。

「今はいい。」

ごろりとベッドに寝転んだシリルに引っ張られ、レイラもベッドに横になる。

「ちゃんと食べないと元気になれませんよ。」

「吐いて駄目にするよりマシだ。」

昨日からまともに食べていないのに、大丈夫だろうか。

そんなことより、これはどうしたら良いのだろう。

(顔が近い。恥ずかしい。)

目の前に異性の綺麗な顔があるのだ。これを意識しない人はいないだろう。

宝石のような黄緑色の瞳と、それを縁取る蜂蜜色の睫毛。

「どうした?顔が赤い。」

そう言って、シリルはレイラの額に自分の額をくっつけた。

「っ!?」

顔が近すぎて焦点が合わない。よく見えたところで恥ずかしいだけなのだが。

「……。ああ、なるほど。」

嫌な予感がした。顔が近すぎて表情がよく分からないが、口元が歪んだのは見えた。

目の前にあるシリルの顔が動いたと思うと、ちゅっ、と音を立てて頬に口づけられる。もう少し横にずれると唇の位置にだ。

続けて、鼻先と瞼に口づけられた。レイラの脳みそは既に沸騰している。

(この人、正気なの!?)

高熱でテンションが変になっているのかもしれない。

シリルの頬をぺちぺちと軽めに叩く。

「なんだ?」

「離してくださ……。」

「嫌だ。」

即答だった。しかし、この距離でシリルに喋られると吐息が瞼にかかってくすぐったい。

「離してくれないと怒りますよ?」

「 ……。分かった…。」

シリルは名残惜しそうに最後に強く抱き締めて、ようやく解放してくれた。

(これが『泥沼』になるのかしら。)


◇◆◇


シリルの意識もはっきりしてきたので、昼からの士官科の授業を受けに行った。

本当は午前中の座学も受けたかったのだが、昼前に起きてしまったレイラが悪い。

午後は中庭で剣の打ち合いか、射撃場で銃の練習のどちらかだ。

士官科には少数だが女性もいる。

その女子生徒と剣を打ち合ったり、サンドラーが近くにいる時は男子生徒と打ち合ったりしている。

今日も打ち合いをしていると、渡り廊下からアルヴィンに呼びかけられた。手招きされたので急いで駆け寄る。

「べレスフォード邸にいた変な男の名前はなんだ?」

「ジョシュア・オーガストだったと思います。」

「そうか。ありがとう。」

それだけ聞くと、さっと踵を返して去っていった。

(あの胡散臭い家庭教師、妖魔か何だったのかしら。)

魔法使いであるアルヴィンが動くのなら、人外の存在が絡んでいるはずだ。

最近、アルヴィンとドリスはよく話している。

聞いてはいけない話のようだったから、ドリスの制服には極力触れないようにしている。

ドリスとは友人と呼べる間柄になったが、未だに謎の部分が多い。

謎といえば、リリス王女も謎の人物だ。公式に死んだと言われているのに、生きている可能性が出てきたら地下の組織や貴族が血眼になって探すほど、特別な王女。

そして。この学院の理事長メリルも謎だ。王女を呼び捨てにしたりするところをみると、王家の方と親しい間柄であることは確実だ。

それなのに、この辺境の地で理事長なんぞをやっている。

極めつけにレイラの祖母、セレスティアと親友だと聞いていたのに、会ってみると二十代の女性だった。

セレスティアの交遊関係は広いので、その所為であまり驚かなかったが、よく考えると変だ。

(メリルさんも人外の存在かもしれないわ。でも、妖魔ではない、はず。ウィラードとは何かが違うから。)

もうレイラの目の前に、秘密結社を名乗る組織が現れても驚かないだろう。

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