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家庭教師と弱った男

街をぶらつくハロルドに付いて、レイラもあまり来たことのない『住』の区画を歩いた。

衣類の集まった通りは歩いた事があったが、家具類の通りは初めてだ。少し前にいるハロルドは家具店の店主と話をしている。彼なりに貴族としての仕事をしているのだろう。

十五時から家庭教師が来ると言っていたので、そろそろ話も終わるだろう。

「帰る。」

「急いだ方がいいですね。」

お人好しのハロルドは話をなかなか切り上げることが出来ないようだ。貴方はどこの主婦だ、と言いたい。

どうにかこうにか、十五時までに邸に着いた。

今日は国学の勉強と言っていたが、ハロルドは苦手な家庭教師なのだとぼやいていた。貴族も大変だ。

「坊ちゃん。今日は逃げなかったようですね?」

十五時にやって来た家庭教師、ジョシュア・オーガストはミハイルを超える胡散臭さだった。

肩甲骨まである黒髪を後ろで一つにまとめ、前に垂らしている。瞳は一見優しそうな糸目だが、その奥にギラギラとした光が見え隠れしている。

「おや、貴女は?」

今気づいたとばかりに目を丸くしているが、オーガストがこの部屋に入って来たときから、レイラを観察していたのは気づいていた。

「メリル学院、一年のレイラ・ヴィンセントです。今日は授業の一環でハロルドさんの護衛をしています。」

「そうでしたか。私も坊ちゃんが女性を側に置いてるなんておかしいと思いました。」

慇懃無礼な奴だ。胡散臭いが服を着て歩いているのを初めて見た。

「それでは坊ちゃん。今日は折角ですから復習といきましょう。」

「……。折角って何が。」

「まずは、このシトリア王国の成り立ちから現王家の話を。坊ちゃん、ヴィンセントさんに説明してみてください。」

「無視か。」

ハロルドは不満そうな顔をしているが、ぽつぽつと語り始める。

「千五百年前、何もない荒野に一人の女神が降りて恵みをもたらした後、その地の長の息子と結婚して子をなした。それが現シトリア王家である。現王はセオドア・シトリン陛下。全盛期は二百人いた王族も、四十三年前にあった大火事でセオドア陛下と王妃カトリーナ様しか生き残れなかった。カトリーナ様はルーク王子殿下を出産された後すぐ亡くなり、セオドア陛下は後妻として迎えたキャロライン様との間にライアン王太子殿下がいる。これで良いですか。」

「雑ですね。ヴィンセントさん分かりました?」

分かるも何も、その辺りの話なら誰でも知っていそうなものだが。馬鹿にされているのだろうか。

「一通りは知ってます。」

「そうですよね。失礼しました。」

どうやら、レイラは馬鹿にされていたようだ。

「それでですね。最近、産まれてすぐに亡くなられたという、ルーク殿下の御子のリリス殿下が実は生きていた。そんな噂を知人に聞いたんですよ。」

そういえば、冬にウィラードがそんなことを言っていた気がする。ニコラスもその情報を狙ってメリルに会いに来ていた。会いに、というより脅迫しにだったが。

「なんで、今さら。ガセじゃないか?」

「その可能性も高いんですがね。神の一族である姫様を手に入れるとこの世で一番幸せになれる、とそんな話もあるからか貴族の方々は必死に探してますよ。母親は誰なのか分かってませんが、王族であることに変わりはないですしね。」

「馬鹿らしい。」

まったくもってハロルドに同意だ。神の一族にそんな力はない。そんな力があるならレイラが欲しい。

「でも見てみたくないですか? 銀髪に紫の瞳でさらに父君に似れば、さぞかし綺麗な女性に育ってますよ?」

「興味ない。」

このオーガストも女好きなのだろうか。それに比べてハロルドの興味のなさが嬉しい。周りに女好きが多いレイラの中でフィンドレイ兄弟、アルヴィンに続くオアシスだ。

「そういえば、ヴィンセントさんも紫の瞳ですね。」

冷たい声にぞくりとした。探るようなオーガストの瞳を真っ直ぐに見れなくて、視線を逸らす。

「そうですね。」

「まさか、貴女がリリス王女だったりして。」

残念ながらレイラの両親は二人とも生きているし、レイラは銀髪ではない。

同じ紫の瞳の王女とはどこかで血が繋がっているかもしれないが、本人なわけがない。この胡散臭さが服を着ているジョシュア・オーガストは何を言っているのか。

「それはないです。私は生まれも育ちもロードナイトの田舎ですから。両親も存命です。」

「それはそれは、失礼しました。」

何を考えているか分からない。オーガストがようやくレイラから視線を外してくれた時には思わず詰めていた息を吐き出した。

一体、リリス王女は何者なのだろう。ただ神の一族だからという理由で暗殺組織が探したりするだろうか。


◇◆◇


「失礼します。レイラ、交代の時間だ。」

十六時少し前にになり、アルヴィンがやって来た。

「アルヴィンさん。あの人胡散臭いです。」

アルヴィンの耳元に口を寄せて喋る。魔法使いならあの胡散臭さの理由が分かるかもしれない。

「なんだあの男。変なのが体内に渦巻いてる。」

「人ですか?」

「人だろうが……。分からない。」

ひそひそ、扉の前で喋っているとハロルドに呼びかけられた。

「お前、次はいつ来る?」

「明後日と明明後日の八時から十六時です。」

「ふ~ん。」

興味がないなら訊かなくてもいいのに。

「それでは今日はもう失礼します。」

「気を付けろよ。」

「ありがとうございます。」

女嫌いのハロルドがレイラにそんな言葉をかけてくれるとは。思わずレイラは頬を緩めた。

それから一礼し、部屋から出る。

「坊ちゃん。なに赤くなってるんですか。」

「うるさい。お前も帰れ。」

そのやりとりで鈍いと言われるアルヴィンも気づいた。

(ドリス・フォスターが喜びそうなネタだ。)

女嫌いの貴族に気になる人が出来たことに。


◇◆◇


今日は充実していた。貴族のハロルドは思っていたより何倍もいい人だったし、ハロルドに連れられて入った飲食店の女将さんからシリルの昔の話を聞けた。

帰ったらシリルの熱が少しは下がっていると良いのだが。

学院までの通り道で蜂蜜を調達した。風邪の時は蜂蜜を使うとなんたらと聞いたことがある。

校門の前で門番のおじさんに挨拶して中に入る。

職員棟の自室に帰ると、シリルは大人しくベッドで寝ていた。

「ヴィン……セン…ト……帰った……の…か…。」

朝と違って、意識がはっきりしてきたようだ。

それでも喋るのが辛そうだ。レイラも聞き取りにくい。

「大丈夫ですか?」

玉のように浮かんでいる額の汗を拭き取りながら、シリルの手を握る。

シリルは弱々しく頷いて、握った手を軽く握り返してくれる。

まさか、シリルがここまで熱に弱いとは思わなかった。

咳も出ない、鼻水も出ない。それなのに、こんなに高熱が出るものなのか。

なにか病気ではないかと思ったがアスティンが言うには、この時期はシリルは毎年、疲れから来る高熱に倒れるらしい。

「何かあったら呼んでください。私はずっとここにいますから。」

シリルはかすかに微笑んで瞳を閉じた。

椅子を持ってきてベッドの横に置く。

ぼんやりとシリルの寝顔を眺めてから、教本を開いた。

(弱った先生なんて滅多に見れないわ。今のうちに観察しておきましょう。)

この調子だと夕飯は難しいだろう。念のため、アスティンに頼んでレイラの食事と病人用の食事を持って来てもらう事になっているが、シリルが食べられる気がしない。

(少しでも食べてもらわないと。私が心配だわ。)

明日は自習の為、看病しながら勉強しようと決めた。

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