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素直な貴族と静かな女

しばらく部屋の中で突っ立っていると、視界に入って邪魔だからその辺に縮んで座っていろ。と部屋の主にありがたい言葉をもらい、レイラは高そうなソファーに座らせてもらった。

硬すぎず、柔らかすぎないソファーは丁度よい。

護衛といっても学生にやらせる仕事の為、危険度は低い。

とはいえ貴族の令息だ。街中に出れば誘拐される可能性もあるし、議員である父親が怨みを買っている可能性もある。程ほどの危険度だ。

今は自習の時間のようだ。ぺらぺらと本を捲る音が静かな部屋に響いている。今の内に部屋の造りを眺めておく。

屋敷の造りはこの部屋までしか分からなかった。

見えないところにも護衛が潜んでいるのだろう、偶然触れたソファーの『記録』に隠し部屋に隠れる男性達を視た。

たった一人の跡継ぎ息子だからか、護衛の数は多いようだ。

二時間も沈黙の時間が続くと、ハロルドはたまにレイラの方をちらちらと見てくるようになった。

話しかけるなと言われているため、話しかけることはしないが、何か用でもあるのか?と聞きたい。

口を閉じたり開いたりしているのが、レイラの視界に入るが話しかけるなとハロルドが言っているので、何も言えない。

そんなことより、お腹がすいた。今日は朝食を抜いたのだった。このままだと背中とお腹がくっついてしまいそうだ。

もしも、背中とお腹がくっつくとどうなるのだろうか。

この正装に着替えなかったら、パンの一つでも食べられたものを。

漏れ出そうな溜め息を慌てて飲み込む。お坊っちゃまの前で溜め息でも吐こうものなら、どんな目に合わされるか分からない。

「何故、喋らないんだ。」

ようやく口を開いたハロルドは得体のしれないものを見るような目をしていた。

「話しかけるな、と仰いましたから。」

それに、護衛が主人を前にぺらぺらお喋りしている姿は想像がつかない。合わせて、ハロルドはお喋りな女が苦手そうだと勝手にレイラは思っていたのだが、違ったのだろうか。

「女は喋っていないと死ぬんじゃないのか?」

「そういうのは一部の女性です。ハロルド様、女運は無かったみたいですね。」

「うるさい。それと様はつけるんじゃない。」

耳を赤くして俯いている。勝手に『よく喋る・うるさい』=『女』という式をレイラに当て嵌めたことを恥ずかしく思っているのだろう。十五歳なら反抗期真っ只中なのに、素直で良いことだ。

確かに貴族の女性なら社交的でないと務まらないので、ほとんどがお喋りなものだろう。しかし、そんなに喧しくない貴族の女性だっていた筈だ。

身分もあり、顔も程ほどに良いのに、女運は最悪だったようだ。おもしろい。

「歳はいくつだ?」

「十六歳……。いや、来月に十七になります。ですのでハロルドさんの二つ上ですね。」

「な、なぜ僕の年齢を知ってるんだ!?」

そんなに驚かなくても良いだろう。その辺りの情報無しで授業に行くわけがないのだが。

「まぁ良い。僕はいくつに見える?」

なるほど、年齢を当てて欲しかったのか。

ハロルドをじっと見つめる。短い焦げ茶色の髪と赤みがかった茶色の瞳。体格はまだ成長途中の為、小柄だ。

「年相応ですかね。」

ばたんと勢いよく机に突っ伏した。若い頃は誰しも早く大人に成りたいと願うものだ。しかし、大人になっても自分のことを大人だと思えないと父は言っていた。

結局は個人の感覚だ。若い内からそんなに背伸びをしなくても良いだろう。

「僕は街に出る。」

そう言って部屋から出ていくハロルドに付いて行く。

「昼食はどうされますか?」

「街で食べるんだ。」

てっきり、家の料理長が作っていないものを食べられないのかと思っていた。さっきは偉そうにあんなことを言ったが、レイラも貴族への偏見はある。昔に会った貴族が最悪だったのかもしれない。

(なんだか申し訳ないわ。)

ベレスフォード邸から歩いて街の中心部に向かう。後ろから視線を感じる。一年生のレイラ一人に護衛は任せられないのだろう。姿は見えないが何人かいるはずだ。

少し前を歩くハロルドはレイラと同じくらいの身長だ。どちらかというとレイラの方が少し高い。

そのレイラより少し低いハロルドは、ちらちらと視線を向けてくる。何か言いたいことがあるのかもしれない。

「どうされました?」

「え、あ……その…。何でもない。」

明らかに何でもない風ではない。気になったレイラが追及しようと口を開いた時だった。

「なぁ、金髪の姉ちゃん?」

近くを歩いていた男がレイラの方を見て言った。

レイラの髪は金髪ではない。周囲を見回すと数人『金髪の姉ちゃん』に当てはまる人がいた。違う人だろうと判断して、ハロルドを追及する。

「ハロルドさん。何でもない風には……。」

「アンタだよ。金髪の姉ちゃん!」

大きな手で左肩を掴まれた。左を見ると屈強な男がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。強い酒の臭いがする。

「授業中ですので離してください。」

刺激しないようにいつも以上に感情を抑えて話すが、男は離そうとしない。

まさか、護衛対象のハロルドではなく護衛であるレイラが絡まれるとは。今まで一度も授業中に絡まれたことは無かったのだが。

さて、どうしようか。今のところ何もしていないこの男をどうこうすることは出来ない。

「おい。その手を離せ。」

「んだよ。ガキは黙ってな!」

「躾のなってない犬が。」

「なんだと!?」

「近付くな。汚い。」

男とハロルドが言い争いを始めてしまった。わざと男が激昂するようなことばかり言っている。それで、レイラから男の手が外れはしたのだが、このままでは危険だ。

護衛対象のハロルドに迷惑をかけるわけにはいかない。

少し眠ってもらおう。

太もものベルトから短剣を取り出し、まず後ろを向いている男の横腹を蹴った。

「うっ!」

膝から崩れ落ち、横腹を押さえて蹲る。

本当は短剣の柄で鳩尾を突いて気絶させるつもりだったが、男が蹲っているため出来ない。

どうするべきか。悩んでいると、誰かが報せたのか警官の集団がやってくる。

「おい! 大丈夫か!?」

その中に見覚えのある警官がいた。授業でよくお世話になっている警官だ。

「なんだレイラちゃんか。こいつが何かしたのか?」

この男は街の警官の間では有名人なのだそうだ。

犯罪行為まではしないが、そのスレスレの行為をしているらしく、捕まえられないらしい。小賢しい男だ。

後の処理を警官に任せ、ハロルドに駆け寄る。

「申し訳ないです。」

「別に。それより腹がへった。」

面倒に巻き込んでしまったのにハロルドは良い子だ。

貴族にもこんなに素直で優しく気遣いのある少年がいたとは。この国はまだ大丈夫だ。

そもそも、あの男がレイラに話しかけなければ良かったのだが。

メリル学院の生徒であることはこの派手な制服で分かるだろうに。やはり酒の魔力は怖い。

近くの飲食店に入って行くハロルドに続いてレイラも中に入る。

お店はハロルドのような貴族が入るような店ではなく、庶民の店といった感じだ。

「ハリー!?久しぶりだねぇ!元気にしてたかい?」

「なんとかやってるよ。」

なんと、女将さんと知り合いだったようだ。二人の口ぶりからしてハロルドは何度もこの飲食店に来ているみたいだ。

「可愛い女の子なんて連れてどうしたんだい。」

ニヤニヤとからかうような女将さんに、女嫌いのハロルドは心底嫌そうな顔で答えている。

「違う。ただの知り合い。」

「なんだい、面白くないねぇ。ささ、お嬢ちゃんも座って座って!」

それでは、とハロルドの隣に並んで座る。メニューを見ずに料理を注文しているハロルドを横目にレイラは店内にいる客を見回す。

客層は様々だ。職業も年齢も性別もばらばらなところを見ると女将さんの人柄が良いのだろう。

「お嬢ちゃんは?」

授業中なのに食べても良いのだろうか。そういえば昼食について何も聞いていなかった。もしかして持参するものなのかもしれない。

視線を彷徨わせていると、隣のハロルドと目が合った。

早く注文しろ、と言ってそっぽを向かれた。お腹が空いているのかもしれない。ひとまず、この店の名物らしい鶏肉の香草焼きを頼んだ。

しばらく料理を待っていると、思っていたより早く料理が出てきた。

朝から何も食べていないレイラはものの十分ほどで完食し、女将さんと話をする。

「お嬢ちゃんが例の総合科の娘か!」

「ええ、なんとか。」

「そういえば、シリルはどうしてるんだい?」

「昨日まで元気にしてましたけど、今朝から高熱が出てお休みです。」

「ありゃま。馬鹿は風邪引かないのにおかしいねぇ!」

卒業するまでこの店の常連だったらしいシリルは、女将さんのお気に入りだったそうだ。シリルの昔の話を聞けたので、元気になったらそれについて話そう。

(先生、女性に免疫がないって言ってたのに。普通、三人と付き合ってたなら免疫あるでしょう。)

からかいのネタが増えて満足したレイラはハロルドと共に店を出た。

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