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風邪と貴族の護衛

メリル学院に入学して八ヶ月も経った頃、遂にレイラの部屋が女子寮に無いことに気付かれてしまった。

部屋のネームプレートを見れば、その部屋に住む人が分かる。

そのため気付かれるとしたら、もっと早い時期でもおかしくはなかったのだが、レイラの交友関係の輪が狭かったことが功を奏し、今の今まで気づかれなかった。

既に、レイラはマフィアの娘という話や、某国の姫、実は男などという話が出回っている。

どれも真実とは程遠いが、レイラに直接訊いてくる人は未だいない。

そのなかに、シリルと同室という話はない。学院内の人工物の『記録』を視てまわって確認した。

この八ヶ月の間に、何回か街で妖魔に襲われたり、自室に帰ると怪しい人がいた事もあったが、大体はレイラ一人で片付けられる相手だった。

最近は手加減も覚えて、殺される前に殺す。という思考は落ち着きつつある。それでも何度かシリルに取り押さえられたのだが。

そして、今は総合科の授業で貴族の子息の護衛を交代ですることになっている。

しかし、今回はシリルが風邪で休みの為、サンドラーが代わりに引率することになっている。

「そうだな。これなら一人ずつでも大丈夫だろう。十日間、一日三交代で回せ。順番はお前らで勝手に決めろ。」

じゃあな。そう言って教室を出ていくサンドラーの背を唖然と見つめる。

「兄さ、シリル先生より適当な先生がいるとは思わなかった。」

隣で同じように唖然としていたエリオットの呟きが静かな教室に響いた。

「シリル先輩が先生になるまで酷いもんだったよ。ベン先生、生徒を放置しすぎなんだよ。」

シリルもいつだったか、レイラに以前の総合科の悲惨さを熱く語っていた。

「ひとまず、順番を決めましょう。」

最年長の先輩らしくミハイルが手を叩いて、皆の注意を引く。

「護衛対象は、ハロルド・レイフ・ベレスフォード、十五歳。トリフェーン議会の議長子息です。」

「父親が議員って、すげぇ面倒くさそう。怨み買いまくってるじゃん。」

不満そうなジェラルドの頭をミハイルが叩く。痛いと訴えるジェラルドは無視して、ミハイルは役目を振り分ける。

「年頃の男の子なので、レイラさんは八時から十六時で固定ですね。たまにエリオットが入ります。」

「はい。分かりました。」

「それで、十六時から零時はエリオット。たまにアルヴィンで良いですよね。」

「了解です!ミハイル先輩!」

「了解しました。」

「零時から八時は、私とジェラルド。たまにアルヴィン。それで良いですか?」

「別に良いけどよ。夜中かー。」

「了解しました。」

ひとまず、今日はレイラ、アルヴィン、ジェラルドが入ることになり、今からレイラだけベレスフォード邸に向かう。

その間、夜中のジェラルドは眠ってその他の生徒は自習だ。

ベレスフォード邸まではサンドラーが連れて行ってくれた。

学院から近いところとはいえ、あまり行かない区画だったので心強く思う。

「シリルの様子は?」

「久しぶりの高熱で天国が見えたそうです。」

「そうか。まあ、シリルなら死にはせんだろう。」

今日の朝は、特別授業のために五時半に起きた。

レイラがベッドの上に起き上がって、ぼんやりしていると、隣のベッドにいるシリルが呻いていた。

慌てて、シリルを起こそうとして肩に触れると布越しでも分かる異常な熱に驚いた。

『先生!?』

怖くなって必死に呼びかけると、うっすらと瞳を開いたシリルに。

「…き……麗な…お花……畑…見えた…。」

ぼんやりとした瞳と途切れ途切れの言葉に血の気が引いた。

それからは、汗でぐっしょりと濡れたシャツを脱がせ、体を拭いて新しいシャツに着替えさせ、水を飲ませた。

『綺麗なお…んな…の……子が見える…。これが…て…ん……使か…。』

それでも幻覚を見ているようだったので、急いで職員棟の一階に住んでいるアスティンを呼んで診察してもらった。

『シリル君、すっごく熱に弱いだけだから。気にしないで授業に行っておいで。』

体格の違うシリルを着替えさせるのは時間がかかった。

気付いたときには、もう授業の時間になっていた為、朝食を食べずに総合科の教室に走った。

(先生、大丈夫かしら。)

朝の出来事を思い出している間に、ベレスフォード邸に到着した。

なんとも豪華なお屋敷だ。さすがはトリフェーン議会の議長邸なだけはある。

あの扉だけでシリルの五ヶ月分の給料だ。

そんな家の息子の護衛だからと、レイラは正装を着ている。

まさか、このレイラの基準で派手な正装を初めて着るのが特別授業だとは思わなかった。

隣でベレスフォード家の家令スティーブンと挨拶を交わしているサンドラーにならい、レイラも挨拶する。

「初めてまして。レイラ・ヴィンセントと申します。本日はよろしくお願いします。」

「こちらこそ、ハリー坊ちゃんをよろしくお願いします。」

柔和な笑みと白髪がいい感じにスティーブンの魅力を引き出している。サンドラーはマフィアの首領という感じだが、スティーブンは優しいおじ様といった感じだ。

「それでは、レイラさん。坊ちゃんの部屋へご案内します。」

「はい。」

少し緊張する。一月前にあった街の祭り警備の時も最初は緊張していたが、最終的には緊張する暇がないくらい忙しかった。

しかし、今回は貴族の護衛だ。

庶民の括りであるレイラには想像がつかない。

屋敷の中もいかにも貴族といった内装で、贅沢の限りを尽くした調度品ばかりだ。

「坊ちゃんは女性に免疫がないので、貴女を傷付けることがあるかもしれません。ですが悪い方ではないのです。」

「大丈夫です。問題ありません。」

どうやら、ハロルド・レイフ・ベレスフォードという人物は、この世の中の酸いも甘いも知っていそうなスティーブンから慕われているようだ。

「こちらになります。」

豪奢な扉をスティーブンがノックする。

「坊ちゃん!スティーブンでごさいます。お着替えは…。」

「済んでいる!お前はいつもいつも……。もういい入れ。」

この部屋に来る道すがら、ハロルドは朝が弱く、さっきも一度起こしたが、起きているか分からないとスティーブンが楽しそうに言っていた。

「総合科の方をお連れしました。」

スティーブンが扉を開くと、茶髪の少年がぎろりと睨んできた。若干、かちんときたがレイラの表情には出ない。

「なんで女がいるんだ。」

少年は咎めるような口調でスティーブンを睨み付ける。

「メリル学院、総合科一年レイラ・ヴィンセントです。」

鋭い視線を遮るようにスティーブンの前に立ち、真っ直ぐに少年を見つめた。

「お前には聞いてない。」

「ハリー坊ちゃん!」

「スティーブン下がれ。ついでにその女も連れてな。」

ハロルド・レイフ・ベレスフォード。この少年はいかにもお坊っちゃまだ。このレイラを見下したような態度、小学校の時にいた貴族の同級生を思い出す。

「十六時までの我慢です。それまでお側に置いてください。」

「女と同じ空間にいるだけで蕁麻疹が出そうだ。」

きちんと会話は成立するようだ。それなら大丈夫だろう。

家令であるスティーブンは他にも仕事があるだろう。

「スティーブンさん。もう大丈夫です。」

「しかし……。」

「会話は成立するようですし、ハロルド様の後ろを付いて行きますので。」

「うちの坊ちゃんがご迷惑をおかけします。レイラさん、どうぞよろしくお願いします。」

感極まったように目元をハンカチで拭いながら頭を下げられた。必死にそれを押し留める。

「いえ、授業の一環ですので。」

「そうでしたね。それでも坊ちゃんの暴言を会話だと…うっ…。」

この人も大変だったのだろう。貴族の女性は自尊心が高い。泣かれるか怒られるかの二択だろう。

その処理をスティーブンがしていたに違いない。

満面の笑みを浮かべて出ていくスティーブンを見送り、ハロルドを見るとすごい顔をしていた。

とても怒っているのだろう。無表情で睨み付けてくる。

(十日間なら、大丈夫かしら。)

それ以上になると、この絶対零度の視線に曝されるのが、さすがにレイラでもきつい。

「僕に話しかけるなよ。」

「分かりました。」

初対面の相手と話すのが苦手なレイラとしてはありがたい。

このまま十六時まで何事もなければいいが。

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