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閑話 月の守りと契約

シリルとレイラの出ていった理事長室で、ニコラスはメリルの仕事が終わるまでソファーに縛りつけられていた。

メリルの仕事が終わり、ソファーに縛りつけていたロープだけ外された。

それから前に回ったメリルはニコラスの目の前で頬杖をつく。

「ニコラス君はどうして私を狙うのかい?」

目の前で弧を描くメリルの唇は赤く、まるで魔女のようだとニコラスは思った。

「どうせ『リリスの居場所を知らないか。』だろうけどね。リリスの居場所なんて知らないよ、私は。それに、リリス・シトリンはもう居ない。」

憂い顔で溜め息を吐く姿は多くの男を魅了してやまないだろう。

その顔を見ないように目を伏せた。

敵に捕まったら、迷わず命を捨てなければならない。

それなのに、ナイフが一つもない。毒もレイラに奪われてしまった。歯に仕込んでいた毒もだ。舌を噛みきろうとしても口に布を噛まされ出来ない。

この女は危険だと、ニコラスの勘が告げている。

ニコラスの持つ情報は組織の中でも重要なものが多かった。

「ああ、キミの持っている情報に興味は無いよ。ただ私の手足が欲しいだけだ。」

そう言って、メリルはニコラスの口から布を取り出した。

今だと思い、舌を噛みきろうとした。

しかし、口の中に突っ込まれたメリルの手に阻まれる。

口の中に血の味が広がる。目の前のメリルの顔が僅かに顰められた。

「思いきり噛まないでよ。痛いじゃないか。」

口から出されたメリルの手からは血が流れている。

「俺をどうするつもりだ。」

本当なら今すぐ命を絶たなければいけないのに、この女ともう少し話してみたくなった。

「私の護衛に。今の護衛がそろそろ卒業するからね。」

「どうして俺を。」

「運命を感じたから。」

馬鹿らしい。運命なんてものがこの世にあるわけがない。

「十二年前にバートレットの一人息子が姿を消してね。その息子はニコラス君の特徴と一致するし、顔も似てる。それに最近バートレット夫妻に頼まれてクライヴ・バートレットの生死だけでも確かめようとしてたんだよね。そこにキミが現れたのだから運命だろう?」

「似てるだけで決めつけるのかよ。」

「魂の色も見てるけどね。」

一瞬、メリルの黒い瞳が赤く見えた。ぞくりとする。

やはりこの女は魔女だと思った。何もかもを見透かすような赤い燐光を放つ瞳。妖艶な笑み。

「あんたは魔女か?」

すると、メリルの笑みが深められた。

「そうだね。魔女と言われたこともある。他にも聖女様、神子様、九条奏、胡鈴麗、アデル・リース、パウリーナ・ハイラ、シリラット、ルジェナ、サーシャ、若菜とも呼ばれたね。」

途中から聞いたことのない響きの名前が並んだ。

「あんたは何歳なんだ。」

「この国の最初の王様の顔を知っているよ。それからはずっとメリルだ。」

ということは、他の名前はシトリア建国以前の名前ということになる。

「冗談だろ。」

「冗談を言うのは好きだけど、これは真実だよ。」

「何故、俺にそんなことを言うんだ。」

「私の庇護下に来れば、アサギリの連中もキミを始末しに来るだろう? でも、聞いての通り私はヒトの括りではない。安心して私のものになればいいよ。」

このまま組織に戻ったところで、一度捕まったニコラスは殺される。

それは、ニコラスにとってありがたい申し出であるが、メリルはどうやって暗殺者からニコラスを護るつもりなのか。

「その根拠は? あんたがヒトではないと言ったところで、俺にはただの女にしか見えない。」

「私は千五百年前から月の守りを任されている。だから少しだけ世界の均衡を陰の方に傾ければ、」

そう言って、メリルは窓の外に視線を向けた。

強い風で窓がガタガタと音を立てて揺れる。

空は黒く濁り、今にも雨が降り出しそうだ。

「それで、どうやって俺を護ってくれるんだ。」

「私はヒトを殺せない。死は穢れだからね。穢れた身体で月の守りは務まらない。キミが自分で始末してくれ。」

「ふざけるな。それなら死んだほうがマシだ。」

少し期待してしまった自分が馬鹿らしい。一対二までならニコラスでもなんとかなるが、それ以上の人数で来られたらひとたまりもない。

「本気を出したら彼女が怯えるから嫌だったんだけど、キミが欲しいから仕方ないか。フィンドレイもいるし。」

やれやれと手をあげて、メリルは大げさに溜め息を吐いた。

瞬間、部屋が真昼のように明るくなった。

窓の外を稲妻が走り、窓を叩きつける雨は強い。

「鼠三匹見ーつけた。」

愉しそうに笑ったメリルは、指を鳴らした。

学院内に三つの雷が落ちた。

「何したんだ。」

「キミの仲間がいるみたいだったから、少し眠って貰おうと思ってね。手加減はしたよ?」

「穢れるんじゃないのかよ。」

「私は殺してない。キミの仲間は死んでもいない。」

だからね、そう言ってメリルは手首に着けてあった鈴を鳴らす。すると不思議な音がした。そんなに大きな音ではないのに、鈴の音が拡がっていく。

「理事長。何かご用ですか?」

メリルの横に突然現れた派手な赤髪の男はニコラスに視線を向けることなく、真っ直ぐにメリルを見つめている。

「鼠とりに三匹かかった。後は頼むよ。」

「承知しました。」

最後にちらと琥珀色の瞳がニコラスを見た。

感情を一切消した様子は、ニコラスと同じこちら側の人間だということが分かる。

「手足ってそういうことか。」

「分かってもらえたようで何よりだよ。で、返事は?」

「分かった。あんたの手足になる。」

あくまでしばらくの間だ。いつまでもこの女に縛られたくはない。

「それじゃあ、明日にバートレットに帰ってもらう。」

「俺が戻ったところで、何になる? 十二年前に居なくなった息子だ。」

大きくなって戻った息子が暗殺者になっていたなんて、受け入れられるものか。

「キミには来年度、この学院に入学してもらう。バートレットになるなら貴族枠で入れる。その方がキミには面倒がないと思うよ?」

「どうせ一年で教養を身に付けて来いと言いたいんだろう。そっちの方が面倒だ。」

「おや、分かったのか。それが分かったなら、さっさとご両親の元に帰ってもらうよ。」

縛りつけてあったロープを外され、ようやく自由になる。

ソファーに座って固まった体をほぐしていると、目の前に鈴を差し出された。

「これは?」

「呼び鈴だよ。」

受け取って左手首に着けた。不思議な鈴だ。揺らしても音がしない。

「今度からキミのことはなんて呼べばいい?」

「クライヴ。それが俺の名前だろ。ニコラスは今回の偽名だ。」

「じゃあクライヴ。明日、ミハイルに伯爵邸に連れて行ってもらうから。今日はここで眠ればいい。」

ミハイルとは誰だろう。さっきの赤髪の男だろうか。

「分かった。」

ソファーに横になると、メリルが毛布をかけてくれた。

「安心して眠ってくれ、私の庇護下にいる限りは私の息子も同然だ。」

どこから見ても二十代のメリルに息子と言われても、変な感じだ。

「お休み。」

「……。」

先程『ニコラス』が傷付けた傷は跡形も無くなり、白く綺麗な手がクライヴの青みがかった黒髪を撫でる。クライヴはその手に誘われるようにして瞳を閉じた。

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