暗殺者と紫の少女
学院も年末になり、慌ただしくなってきた。
今日から冬期休暇なのだが、夜に学院の生徒やその家族、トリフェーンの有力者を招いたパーティーがある。
生徒の家族でも近くに住んでいる人しか来ない。
レイラは数ヵ月前にウォーレンに連れられ、無理やりドレスを作らされた。
そのドレスは薄青色のオフショルダーで胸元は開かないが、鎖骨は丸見えだ。寒い。
Aラインのドレスの形は嫌いではないが、少しひらひらとしたドレープが気になる。
ウォーレンはデザイン画を見て、レイラの意見を聞くことなく勝手にこれに決めていた。
しかし、着たくない。レイラはあんな重苦しいものを着て普通に歩けるのだろうか。朝からずっと憂鬱だ。
それに総合科の生徒はパーティーの間はずっと周囲の警戒にあたらなければいけない。
なにかあった時にドレスだと動きにくい。
だから、ドレスは嫌なのだとシリルに訴えれば。
『ウォーレン兄様からの贈り物なんだ。諦めて着ろ。周りには士官科の生徒だっている心配するな。それに、正装とドレス。どっちが目立たないと思う?』
確かに正装よりはドレスがマシだった。
しかし、ドレスは一人で着れない。化粧や髪など他にもすることはある。どうすれば良いのだろうかとシリルに相談したところ。
アスティンが着替えも化粧もヘアスタイルも完璧にしてくれた。
「我ながら完璧に出来たわね。」
「ありがとうございます。アスティン先生。」
「いえいえ、どういたしまして。」
夕方になり、暇になったレイラは人が会場に入っていくのを屋上から眺めていた。
ドレスの下には短剣、小銃など様々な武器を入れておいた。
士官科の授業でようやく銃も使うようになった。
レイラは銃を使ったことがなかったので、撃った時の反動の強さに驚いたものだ。
受付の交代時間はまだだった。今はミハイルとジェラルドがしている。
レイラはエリオットと受付をすることになっている。
ぼんやりとそんな事を考えていた時だ。誰かが屋上に上がってきた。
レイラは屋上の出入口から死角になる位置にいたので、その人は気付かなかったらしい。
視線を向ければ、十二歳くらいの男の子が無表情で会場を見下ろしていた。
「どうしたの?」
不審に思ったレイラが声を掛けると、男の子はびくっと体を揺らした後、おそるおそるレイラを見た。
「ここは職員棟だから、立ち入りが制限されているはずなのだけど。」
「ごめんなさい。」
俯いて謝る男の子に近寄り、しゃがもうとしたがドレスが汚れそうだったのでやめた。
「迷子?」
そう問えば、男の子はこくりと頷いた。
しかし、こんなところに上がってあんな顔をする男の子がただの迷子なわけがない。
「私と一緒に居ましょう?」
そう言って手を差しのべる。
すると、男の子はおずおずと手を重ねてきた。
男の子の格好は貴族のように質の高い生地の正装であったが、手は貴族のそれと違い硬かった。
パーティーの間、この男の子から目を離さないようにしなければ。
そう決めて、交代の為に会場に移動する。
手を繋いだまま、受付にたどり着くとエリオットに怪訝な目で見られた。
「その子誰? 迷子?」
「そうみたい、私が面倒を見るわ。」
変な目で見られたが、仕方ない。
先ほど歩きながら、男の子の服の『記録』を視ると、服に武器を隠し持っている事が分かった。それに屋上に来て会場を見ていたということを鑑みると、彼はその武器を使って何かをするために、この学院にやって来たということだろう。
手を離さないようにしないと。
エリオットと受付をしている間、レイラに手を握られ離れられない男の子は黙って横にいた。
パーティーが始まり、受付は終わった。
次は会場に移動しなければならないが、この男の子を連れていくのは危険だ。エリオットには会場の外を見回ると言って、屋外を男の子と歩く。
「私はレイラ。貴方の名前は? 」
「……。ニコラス。」
「そう。ニコラスは何歳なの?」
「十三歳。」
「どうして、」
迷子になったの?そう聞こうと思ったが人の声が聞こえてきて口を閉じる。
建物の陰から声のする方を覗くと、白金の髪の少女が顔を赤らめて、男性に何かを言っているのが見えた。
隣のニコラスを見れば、彼もレイラの顔を見ていたのか目が合った。
口パクで「どうしましょうか?」と聞いてみると。
「盗み聞きはよくないけど、音を立てるよりましだと思う。」
そう小さな声で返してくれた。
彼も気になっているのかもしれない。
男女が去るまで、動かないことにしたレイラは耳を澄ませてみる。
会場からは音楽が流れてきた。ダンスが始まったのだろう。
「私! 先生のことが好きなんです!」
音楽を穏やかな気持ちで聞いていると、突然そんな声が聞こえた。
生徒から教師への愛の告白を聞いてしまった。もちろん『記録』の中では何度も聞いたことがあったが。
ニコラスをちらと見ると、耳が真っ赤になっている。
「悪い。スキナヒトガイルンダ。」
その声にはっとする。シリルの声だ。
この棒読みの断り文句も『記録』の中で何度も聞いた。
「そんな棒読みで言われた事を信じられますか! 本音を教えてください!」
「今、恋人を作るつもりはない。これで満足か?」
「うっ、ありがとうございました。」
泣きながら少女は去っていく。少女が逆方向に行ってくれてホッとした。鉢合わせたら気まずいなんてものじゃない。
隣のニコラスは複雑そうな顔でレイラを見上げている。
その様子にレイラは、ふっと頬を緩めて頭を撫でる。
すると、ニコラスは驚いたような顔のまま硬直した。
「ニコラス?」
「お姫様だ……。」
「……。」
どう反応すればいいのだろう。
「会場の中にはもっと綺麗なお姫様がいるわ。」
頭をぽんぽんとして、手を繋ぎ直す。
ニコラスも将来、ジェラルドやウィラードのような口説き魔になるのだろうか。
「こんばんは。お嬢さん。」
その声に振り返ると、ウィラードがいた。考えていたら出てくるなんて、気味が悪い。
「ウィラード。今日は何しに来たの?」
「ナイトレイ子爵の護衛で。クリスの方の仕事だけどね。」
「護衛しなくていいの?」
「もう帰ったよ。あのおっさん最近疲れるの早いんだ。って、横のガキはなんなの?」
今、気付いたような様子だが、ウィラードがさっきから観察していたのをレイラは見ている。
「ニコラス。迷子みたいだから私が付いてるの。」
「見張ってるの間違いでしょ。そのガキ、暗殺者だよね。アサギリかな。」
なぜ、ウィラードがそんな事を知っているのだろうと思った。
以前にナイトレイ子爵が殺されそうだから、自害した暗殺者の持ち物を視てくれと言っていたので、その関係で詳しくなったのだろうか。
「ニコラスはナイトレイ子爵を?」
「多分ね。でもアサギリは死んだ王女様を探すのに忙しいから、あのおっさん殺しに来るとは思わなかった。」
アサギリの暗殺術とウィラードの戦法は相性が悪いらしい。
しかし、死んだ王女ということは、産まれてすぐ亡くなったというリリス・シトリンのことか。
「ルーク殿下の亡くなられた王女殿下ですか?」
「うん。アサギリは反王国派の組織なんだけど、死んだとされてる王女様を探し出して、何かをしようとしてるみたいだって小耳に挟んだものでね。キミが心配になって来たんだ。」
なるほど、神の一族の血を引き、その力があるというだけで狙われる可能性があるということか。
「キミは王女様の瞳の色と同じらしいから、気を付けてね。」
そっちだったか。紫の瞳は力が強い者の証だとウィラードが以前言っていたのを思い出す。王女も強い力を持っていたのだろう。
しかし、なぜ今になって死んだとされる王女を探しているのだろうか。偉い人達にはいろいろな特別な事情があるのだろう。庶民のレイラには考えつかないことだが。
「ありがとうございます。気を付けます。」
「まあ、王女様は銀髪らしいから大丈夫だろうけど。」
「それなら良かったです。」
「じゃあ、後は盗み聞きしてる先生に任せてオレは帰るね。」
「盗み聞き?」
振り返れば、シリルが複雑そうな顔で出てきた。
「わざと聞かせただろ。」
「ええー。そんなわけないよ。」
ひらひらと手を振りながらウィラードは帰って行った。
ニコラスを見下ろすと、彼もレイラを見つめていた。
「どうするの? 」
ニコラスは唇を噛んで俯いた。繋いだ手に力がこもっている。
「とりあえず、隠し持ってる武器。全部出して。」
すると、おとなしく全身に隠し持った武器を出した。
「ったく。ボディーチェックの奴ら何してたんだ。」
呆れたような声を上げたシリルは、武器を確認しながらニコラスを見た。
「僕、お姉ちゃんが気付いてたの分かってたんだ。」
「だろうな。ヴィンセントに返り討ちにあってないみたいだし。とにかくこいつを理事長のとこに連れてくぞ。こういうのはあの理事長に処分を押し付けるに限る。」
「そうですね。」
武器の『記録』を見ながら相槌を打つ。
それで分かったことといえば、ニコラスはまだ武器を隠している。髪の中に毒の塗ってある小さな針。
目的もナイトレイ子爵の殺害はついでで、本来の目的はメリルからある情報を吐かせた後、殺害すること。
さて、どうしようか。連れて行ってメリルを殺されたら大変だが、あの理事長ならちょっとやそっとで殺されない気がする。
何かあれば、レイラかシリルが取り押さえればいい。
(でも、メリルさんが死んだ王女殿下の居場所を知っているとは思えないけれど。)
引きこもりの理事長が王族と繋がっているとは考えられないレイラであった。




