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苦手な先輩と休日の使い方

レイラは己の首に顔を埋めているシリルの頭を撫でる。

すると、リボンの先にある紫水晶(アメジスト)が揺れ、視界に入る。

男性に贈り物をされるなんて、兄以外では初めてだ。嬉しい。

しかし、恥ずかしさで体温が上がったのか暑い。汗が出てきた。

「先生。あの、そろそろ離れてください。」

「それは……。嫌だ。」

「でも……。」

「嫌だ。」

ソファーに寝転んだシリルに引っ張られ、レイラはシリルの上にうつ伏せで倒れこむ。

心音が聴こえる。レイラの躍り狂う心臓と違い、規則正しい心拍だ。

それがなんとも気に入らないが、今日は折角のシリルの休日。

心ゆくまで好きにさせよう。

そう決め、体の力を抜く。しばらくすると、シリルから寝息が聞こえてきた。

今日は早くから起きて、街に出ていたようだった。

寝不足だったのかもしれない。

そして、レイラもその寝息に誘われるようにして目を閉じた。

次に目を開けた時、窓から茜色の光が射し込んでいた。そして、レイラは未だにシリルの上にいる。

ゆっくり、シリルを起こさないように身を起こそうとするが、腰に置かれた腕の力が強く起き上がることが出来ない。

もぞもぞと動いてなんとか脱け出そうとするが、仰向けになったところで力尽きる。

(なんでこんなに力が強いの。)

今はお腹の上にあるシリルの腕を外そうとしているが、びくともしない。いくらなんでもおかしい。

「起きているでしょう?」

「うん。」

くすくす笑いながらシリルは腕を外してくれた。

起き上がるレイラの隣にシリルも座り直した。

「一言、言えばいいのにな。」

さすがに起きるだろ。と楽しそうに笑いながら、シリルはレイラの頭を撫でる。

それをムッとしながら、見つめる。

「そんなに怒るな。可愛い。」

「!」

急激に顔が赤く染まる。シリルは真顔でなんてことを言うのだろう。

本当にノアに似てきた。二人は会ったこともないだろうに、どうして似たのだ。

「からかわないでください!」

「その顔も可愛いな。」

むぎゅう、と抱き締められシリルの胸に顔を埋めた。

「最初はあんなに無表情だったのに。ようやく飼い慣らしてきた感じがする。」

「私はペットですか。」

「いや、可愛い『妹』だ。」

可愛いと言うのを止めてくれないだろうか、恥ずかしい。

「やっぱ良い匂いがするな。」

突然、首筋に鼻をすり寄せたシリルはそんな事を言った。

「汗かいたので、あんまり嗅がないでください。」

慌ててシリルの胸を押すが、びくともしない。

精一杯、体を仰け反らして逃げようとすれば強い力で抱き寄せられる。

「俺、変態かも。」

この状態であまり喋らないで欲しい。首筋に息がかかってくすぐったい。

「人間はみんな変態だと、兄が言っていました。」

「どっちの?」

「ウォーレン兄様が。」

「確かに、言いそうだな。」

そこで笑わないで欲しい。喋られるよりくすぐったい。

これは確信犯だろう。レイラの反応を愉しんでいるようだ。

二ヶ月半前、初めて会った日から意地悪だとは思っていたが、ここまで意地悪とは思わなかった。

昨日の晩の事を本当に反省しているのだろうか。

「それにしても腹へったな。」

昼前から二人して寝ていたわけで、昼食はなにも食べていない。今はもう夕方。

今日はもう夜に寝られる気がしない。

「食堂行くか。」

「そうですね。」

でもその前に、とシリルは崩れたレイラの髪を結び直した。

「やっぱり完璧だ!」

嬉しそうに抱き付いてくるシリルは、レイラの二つ結びが余程お気に召したようだ。

食堂にシリルと行くのは初めてだ。

二人で食堂に入ると、ちらちらと視線を向けられる。

食事を受け取ると出来るだけ目立たない席に座る。

他愛もない話をしながら、ちまちまと食べる。

レイラは食べるのが人より少し、いや大分遅い。

目の前のシリルはもう食べ終わっているのに、レイラの皿はまだ三割も残っている。

早く食べなければ、そう思えばそう思うほど嘔吐く。

「ゆっくり食べろ。焦らなくていい。」

その言葉にこくりと頷き、自分のペースで食べ始める。

「あれ? シリル先輩とレイラじゃないか?」

声のした方を見ると、ミハイルとジェラルドがいた。

「珍しいですね。」

トレーには軽めの食事が載っていた。

そして、ジェラルドがレイラの隣に座ろうとしてミハイルに頭を叩かれている。

「貴方はあっちです。」

「なんで野郎の隣に座らねぇといけねぇんだ。」

「彼女が汚れます。それにジェラルドは嫌われているでしょう。それに野郎ではなく先生ですよ。」

「えっ? レイラは俺のこと嫌いなのか?」

その質問には首を傾げるだけに留めておいた。

レイラはちゃらついた男が大嫌いだ。

「うわショック!」

「貴方なら慰めてくれる女性が沢山いるでしょう? 慰めてもらいに行って来なさい。」

「いや、そうだけど。そんなことより!先輩あれからどうなんすか?」

「なにが?」

「街で会った女性と今、どうなんすか?」

シリルの顔が強張っている。どうかしたのだろうか。

「なんのことだ?」

それで誤魔化しているつもりなのだろうが、彼はすべて顔に出ている。

「ええー。こないだ相談してきたじゃないっすか!事故チ……。いえ、なんでもないです。 」

射殺さんばかりの視線を向けるシリルに気づき、ジェラルドは口を閉じた。

「ヴィンセント。行くぞ。」

「そういえば、どうして先生はレイラさんのことをヴィンセントと呼ばれるんですか?」

思い出したように問うミハイルと同じく、それはレイラも気になっていたことだった。

「流れ?」

確か最初はレイラのことを男だと思っていたらしいので、その流れでなのだろうか。

「でも、先輩だけだぜ? ヴィンセントって呼んでんの。」

「理事長は生徒全員、姓で呼んでる。」

「先輩は理事長と会えるんだよな。どんな人?」

「たまにこの学院を辞めたくなる。人をおちょくるのが好きな、お茶目な女性だ。」

シリルとジェラルドの会話を聞きながら、隣のミハイルの顔を見ると、胡散臭い笑顔が消えていた。代わりにどこか不機嫌な顔をしている。

「ミハイル先輩?」

声を掛ければ、またあの胡散臭い笑顔を浮かべた。

「どうかされました?」

「いつもと様子が違った様に見えたので。」

「おや、疲れが溜まっているのかも知れませんね。」

胡散臭い。これはミハイルを初めて見た時から思うことだ。

ミハイルはいつもなにかを演じているように見える。

そして、ジェラルドはちゃらついている。

この先輩達は得意じゃない。

特別授業の時も、主にエリオットとアルヴィンと話している。

「レイラの今日の髪型良いな。リボンも瞳とよく合ってるし。」

「……。ありがとうございます。」

赤面しないように、落ち着いてから返事を返す。

「おっ! 恋人からの贈り物か!?」

「違います。大切な人からの贈り物です。」

あまり、このリボンで茶化されたくない。

「ジェラルド。更に嫌われましたね。」

「うっさい。分かってる。」

「お休みなさい。」

まだ夕方だが、風呂以外でもう部屋から出る気はない。

「じゃあな二人とも。」

シリルもレイラと共に食器を返し、一緒に帰る。

その後ろ姿を見ながら、ジェラルドとミハイルは分析する。

「前言ってた女性って、まさかな。」

「先生が思いきり動揺してましたし、彼女で決まりでしょう。」

「だよな。」

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