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閑話 妖魔とお忍び Ⅰ

お久しぶりです。


まだ子供が二人の頃のお話です。

ブレットにスポットを当ててみたくて書きました。3話です。

「通り魔? トリフェーンに?」

 母校のある街の物騒な話を聞いてレイラは目を丸くした。

「ああ、姉さんが。捕まるまでの間、学院も休みらしい。」

 ミラから届いたらしい手紙を片手にシリルは顔を歪めていた。

 おそらく、自分がいれば直ぐにとっ捕まえてやるのにとでも思っているのだろう。

「そう。学院が休みになるなんて深刻なのね。」

「何人か生徒もやられたそうだ。ただ学院の生徒で襲われたやつが情報科だったり医療科なところが引っかかるな。」

「襲う相手を選んでいるってこと? 性別は関係ないの?」

「全体的な割合としては女性が多いって書いてある。」

「簡単に斬れる相手を探しているのね。悪趣味だわ。」

 通り魔ということだから急に襲いかかって来るものだろう。それなのにわざわざ女性だったり、武闘派では

 ないタイプを選別しているところを考えると、大して強くないのかもしれない。レイラでも頑張れば倒せる程度の。

「シリル。確か明日から王都に行くのよね?」

 シリルが邸にいる間はどう足掻いても出してもらえないだろうが、いなければこっそりトリフェーンに行くことは容易だ。

「……頼むからやめてくれ。レイラの考えてることは大体分かる。」

 ふう、と呆れたような溜め息を吐いてシリルはレイラの腰を抱き寄せた。

「大丈夫よ。もう大した力は残っていないけれど、屈強な男の人なら一人くらい倒せるわ。」

「そういう問題じゃない。本当に心配なんだ。今まで何回もレイラを失ってしまうかもしれないって思った。今まで、何とかなっていたからといっても次はどうなるか分からないんだ。」

 別にレイラが弱いからじゃない、分かってくれと目蓋に口付けられた。

 そんなことを言われるとレイラの考えもしぼれてしまう。

「分かったわ。今回は諦める。」

「今回だけじゃなくてこれからもだ。俺もだけど、子供たちを泣かせるような真似だけはするなよ。」

「……ずるいわ。あの子たちのことを出すなんて。」

「こうでも言わないとレイラは止まらないからな。」

 シリルは、にやりと意地悪に笑って唇を重ねた。


 ◇ ◆ ◇


 翌日、レイラは少し早起きをしてシリルの見送りに出た。

「シリル、気を付けて。」

「ああ。レイラは邸で大人しくしてろ。分かってるな。」

「分かってるわ。」

 つんと顔をそっぽに向けてむくれて見せる。何度も言われなくともいい大人になったのだ。シリルの云うことくらい理解している。

 シリルはむすくれているレイラを優しい眼差しで見つめて、軽く唇を触れ合わせた。

「じゃあ、行ってくる。」

「行ってらっしゃい。」

 ガラガラと音を立てて動き出した馬車が見えなくなってから、レイラは邸に引っ込んだ。

 シリルにも言われたように、トリフェーンのことは向こうの警察、ひょっとしたら学院の教員や総合科の生徒も動いているだろう。あっちの人達が何とかする問題だ。大人しくしていよう。



 ――そんなことを考えていたのは二日前、シリルが王都に立って二日後レイラはトリフェーンに来ていた。

 子供たちはシリルのように過保護なので、二人が学校に行っている間にこっそりと、なのだが。

 お忍びらしく、目立つ髪色を隠すためのフードを深くかぶって、武器もあちこちに仕込んである。

 流石に一人も護衛なしというのも不安なので、最強の護衛を連れてのお出かけだ。

「レイラ様。本当に怒られますよ。」

「ブレットはシリルの手先か何かなの?」

 最上位の妖魔がいれば、すっかり弱くなってしまったレイラでも心強いと思って付いて来てもらったのだが、トリフェーンに着いた今でも困ったような顔を崩さない。小言も多い。

「レイラ様も怒られるでしょうが、私も酷い目に合わされるのですよ。レイラ様の旦那様は本当に人間ですか?」

「……シリルはまだ人の括りよ。」

 それにしても、レイラの見ていないところでシリルはブレットに何かをしていたのか。

 この最上位の妖魔を酷い目に、とはシリルの強さを久しぶりに感じた気がする。

「今からでも遅くありません。帰りましょう。」

「嫌よ。ここまで来たのだから、通り魔を倒してから帰るわ。」

 二日前まではレイラも来るつもりはなかった。ただあの時とは事情が変わったのだ。

「ハロルドの奥様が襲われたのだもの。友人の大切な人に手を出されて黙ってなんていられないわ。」

「その彼はレイラ様に通り魔を倒せ、なんて言っていないでしょう。近況報告のつもりだと私は思いますが。」

「ええ、ハロルドが私にそんなこと頼むなんて思ってないわ。ただ、私が許せないだけ。」

 彼は自分の力が足りないから妻に怪我を負わせてしまったと綴っていた。

 既婚者とはいえ異性のレイラと文通をすることを許してくれていたハロルドの妻は、本当にすごいと思う。内心どう思っていたのかは分からないが、手紙の上で語られる彼女は包容力のある女性だった。

「私の力だけでは通り魔をどうにかできるか分からないから、ブレットを連れて来たの。そうね……私の血を少しあげるから手伝って頂戴。」

「それは大変魅力的なお誘いですが、やはり旦那様の恐怖の方が先に立ちますね。」

「……一体、シリルは貴方に何をしたの?」

「さあ、何をされたのでしょうか?」

 掴みどころのないブレットにイラっとしてレイラはせっせと歩き出した。

 どちらにしてもレイラが危なくなればブレットは必ず助けてくれる。ブレットを護衛にしてからというもの、一度も攫われたことがないのだ。ウィラードの時は何度か危ない目に遭ったのに。

 おそらく、ブレットは誰かを守ることが得意なのだとレイラは思っている。何しろ、シリルや子供たちの危機も感じ取れるように何かしらの力を使っているようだ。

 レイラだけではなく他の家族のことも守ってくれるようになったのは、息子が誘拐されてからだろうか。おかげさまで安穏とした生活を送れている。ありがたいことだ。

 通り魔を探すのも、記録を『視る』力を失った今では骨が折れる。

(知り合いに会う前に始末しないと。)

 知り合いに見つかってしまうと、上手いこと通り魔を始末したところで意味がない。

 シリルにバレずに通り魔を倒すことが大事なのだ。この所業がバレて怒られたくはない。

 被害者たちに共通しているのは裏路地を通っていたという事と、女子供が中心ということだ。

 自分を餌にしたいのは山々だが、メリル学院の生徒でも士官科は襲われていないということは、強者と弱者のを見分ける『目』を持っているのかもしれない。一応、昔より(・・・)弱いレイラでは釣れない可能性もある。

「ねぇ、ブレット。あの塔の上まで連れて行ってもらいたいのだけれど。」

 トリフェーンで一番高い塔を指差す。するとブレットは溜め息を吐いて無言で頷いた。



 ◇ ◆ ◇



 強い風で靡く銀の髪を片手で押さえつけて、レイラは紫水晶アメジストの瞳で街を見下ろす。

 裏路地には低い建物が多い。警察の人もレイラ達のいる屋根の下で監視しているようだ。

 警察と違って、レイラには目の良い人外ブレットがいる。ヒトには見えないものも見てくれるだろう。

「レイラ様、もうクラリス様とノエル様が学校から帰る時間です。帰りましょう。」

「もうそんな時間なの?」

 空を見ると、太陽が傾いている。かなりの時間、街を眺めていたようだ。犯行時刻はばらついているし、最初からすぐ見つかるとは思っていなかった。また明日確認に来よう。

 ブレットから差し出された手に、レイラが手を重ねようとしたその時――。

 ぴくっと、ブレットの指先が動いた。不思議に思ってレイラが彼の顔を見上げると、紅い瞳は街の一角を見据えていた。確かあの辺りは浮浪者の多い区画だ。

「帰らなくて、いいのかしら?」

「そんなに嬉しそうな顔をされても……。仕方ないので今日はお連れします。」

「ええ。今日で終わらせるから大丈夫でしょう?」

 そんなレイラの言葉にブレットは呆れた顔をして、仕方ないといった様子でレイラを抱え上げた。



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