妙な二人と薔薇の花言葉
「レイラ。来週の話なんだが。」
夕食をドリスと食べているときだった。
いつも通りの仏頂面でアルヴィンが話しかけてきた。
「来週、ですか?」
「前に頼んでいた筈だが。」
思い出した。入学式の日に、どこかへ付いてきて欲しいと言っていた。
レイラはてっきり、隣にいたドリスを気にして適当な話をしたのかと思っていた。
「どこに付いて行けば良いんですか?」
「舞踏会だ。パートナー無しだと入れないらしい。」
いつにも増して眉間に皺がよっている。あまり舞踏会が好きではないらしい。
しかし、困った。レイラは踊れない。
「踊れないので、ちょっと難しいです。」
「中に入れば、私は用がある。レイラは自由にしてくれて構わない。」
「駄目です。レイラちゃんを一人にしたら、男達が群がるに決まってます。アルヴィン先輩は馬鹿なんですか。」
突然、今まで黙って食べていたドリスが話に入ってきた。
「君は?」
「ドリス・フォスターです。」
明らかに不機嫌になったアルヴィンとにっこり微笑んでいるドリスの間に謎の緊張感が生まれている。
緊張感というか火花が散っている。
「それに、女性の準備はいろいろありますよ? 一週間前に言うなんて馬鹿としか言えません。」
「問題ない。今からドレスを見に行くつもりだ。」
「あら? レイラちゃんをよく見てください。嫌がっているでしょう? 先輩ならその辺の女子生徒に声を掛ければ誰か付いて来てくれますよ。」
確かに、舞踏会などの人が集まる所は嫌いだ。
しかし、ドリスの棘だらけの言葉が気になる。
「私の事情を知っている者しか連れて行けない舞踏会だ。」
「なるほど。」
そこで、納得するとは。もしかしてドリスはアルヴィンの家出の理由も知っているのかもしれない。
「なら、私が代わりに行きます。レイラちゃんは駄目です。バルフォア家主催の舞踏会でしょう? 危ないです。」
「何故だ?」
ドリスはアルヴィンの耳元に口を寄せて喋っている。
なにを喋っているのだろう?
「分かった。ドリス・フォスター、君に頼もう。」
「ありがとうございます。」
優雅に一礼したドリスは満足そうに微笑んでいる。
対してアルヴィンは複雑そうな顔でドリスを見ていた。
アルヴィンが帰った後、ドリスになんの話をしたのか聞いた。
「バルフォア家の情報が欲しかったの! あそこは滅多に表に出てこないから!」
絶対にそれだけでは無いだろう。しかし、キラキラとした瞳をしている所を見ると、それも目的の一つなのだろうか。
いつも通り女子寮の二階でドリスと別れて、そのまま三階に上がるフリをしてから職員棟の自室に帰る。
ドリスのことだから、気付かれているだろう。
それでも意地で続けている。
この時間はシリルはまだ仕事中だ。
誰もいない部屋に入ると、何故か明かりが点いている。
何故だろう。そう思っていると何かが飛びかかってきた。
「お兄様!」
ぎゅっと抱きついてきたのは金髪の少女だ。
「エリシアさん?」
声を掛ければ、エリシアは硬直した。
ぎこちない動きで顔を上げたエリシアと見つめ合う。
次の瞬間。猫のように飛び退いたエリシアは、きっと睨み付けてくる。
「貴女なんでここにいますの!?」
それはこちらの台詞だ。基本、生徒は一階の職員室しか出入りしない。
ここまで来るのは、教員に用事を頼まれた生徒くらいだ。
エリシアはどう見ても用事を頼まれたようには見えない。
ただ、シリルに会いに来ただけだろう。
「先生にお話があるので。」
とりあえず、ここは適当に誤魔化しておこう。
総合科の生徒であるレイラならば、不自然ではないだろう。
「そうなんですの? ああ、そういえば貴女、総合科でしたわね。頑張ってくださいませ。」
「ありがとうございます。」
なんというか、掴みにくい性格をしている。
ひとまず、椅子に座りシリルを待つ。
いつもなら風呂に入りに行く時間だが、エリシアがいる間は寝室に着替えを取りに行けない。早くシリルに帰って来てもらわなければ。
そして現在、エリシアがシリルの事をどれだけ好きなのか。という話を延々と聞かされている。そろそろ眠くなってきた。
「ねぇ、聞いてますの?」
「少し眠くなってきました。先生が帰られたら起こしてください。」
それだけ言って、机に伏せる。
「そう、わたくしの話が面白くないと言いたいんですのね。」
ぶつぶつ言っている声が遠くなってきた。
瞼を閉じる。視界が閉ざされ真っ暗になる。
次に目を開けた時には、青い薔薇園にいた。
目の前には自分とそっくりな少女。
物憂げな表情で、薔薇園を眺めている。
「貴女はどうして薔薇をくれるの?」
いつも、疑問に思っていた事を聞いてみる。
「答えをあげているの。」
「なんの答えなの?」
すると、人指し指でレイラの顔を指差し微笑んだ。
「貴女はその瞳が嫌いで、神秘の力も嫌い。棄てたいと思っているでしょう? だから、棄てることは『不可能』だ、と答えていたの。」
それで、青い薔薇を渡されていたのか。
青い薔薇はその筋の研究者が必死で作ろうとしているが、まだ出来ていない。だから花言葉は『不可能』。
「そういえば、前に赤い薔薇を貰ったわ。あれはなんの答えなの? 『愛情』?『情熱』?」
「あれは『ロマンス』よ。」
はて、赤い薔薇にそんな花言葉があっただろうか?
ロマンスとはどういう意味だろう。
普通に恋物語のことか? いや、違う意味があるのかもしれない。
今度、図書室に行って調べてみよう。
赤い薔薇を貰った日は、例の事件の日だ。
この少女も年頃の少女の様な想像をしているらしい。
ロマンス的なものはシリルとレイラの間に一切無い。
「今日は何色の薔薇をくれるの?」
艶やかな笑みを浮かべた少女は黄色の薔薇をレイラに差し出した。
確か、黄色の薔薇の花言葉は『友情』、『嫉妬』だ。
『愛情の薄らぎ』というのもあったが、何も思い当たらない。
『嫉妬』も違うだろう。
となると、『友情』か。しかし、何に対しての友情なのだろう。
「貴女、あの娘の話が嫌だったのでしょう?」
黄色の薔薇を受け取ると、そう言われた。
それに、何の事だ。そう訊こうと口を開いたが、青い薔薇園は消え、目が覚める。
目の前には困った顔のシリルとそのシリルに抱き付いてご満悦な様子のエリシアがいた。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
「あら、ようやく起きましたの?」
話し相手がいなくて、暇で暇で堪らなかった。と口を尖らせている。
それなら、もっと愉快な話をして欲しかった。
「エリシア、門限過ぎてる。早く帰れ。」
「その子と一緒に帰りますわ!」
「送る。ヴィンセントはここにいろ。」
「分かりました。」
まだ喚いているエリシアを引きずって行った。
「だから、あの子と一緒に!」
「総合科の話だ。エリシアは帰れ。」
それで、納得したのかエリシアは黙って引きずられて行った。
エリシアは黙っていれば金髪で青い瞳の、絵に描いたような美少女だが、喋ると残念な少女になってしまうようだ。
そういえば、ドリスも黙っていれば可愛い。
しかし、あの子の情報が欲しいな。と言っている時は目が怖い。
だから、ドリスの服には極力触れないようにしている。
視てしまうと、なんだかまずい気がするのだ。
世の中には知らない方が幸せなことがある。
エリシアも帰ったことだし、と風呂に入ろうと浴室に向かう。
エリシアが部屋に居た為、遅くなってしまった。
急いで浴室から出ると、シリルが男性用の浴室から出てきた。
レイラの方が先に入ったはずだが、やはり男性の風呂は早いらしい。
「今から、その髪乾かすのか?」
「いえ、今日は『言葉』を使います。」
「そうか。便利だなそれ。」
「とても便利です。」
この『言葉』で人を殺してしまったが、便利な力であることに変わりはないと、怯えることなくレイラは使っている。
大きな力も、使い方を覚えて自分の力にしてしまえば、怖くはないものだ。
部屋に戻り、お湯を沸かす。
お湯が沸けば、ポットに注ぎ、それを机に置いてレイラも椅子に座る。
「まさか、エリシアが居るとは思わなかった。」
シリルは、エリシアの事を大切に思っているようだ。
やはり従妹は可愛いということだろう。
「私も驚きました。今度から鍵をかけ忘れないようにしないと。」
毎朝、鍵をかけるのはレイラの役目だ。
今日は忘れていたのかもしれない。
「もうエリシアには来ないようにきつく言っといた。」
だから来ないだろ、と呑気に言っているがシリルは気付いていないのだろうか?
エリシアは恋する乙女だ。
それに障害があればあるほど燃えそうなタイプだ。
レイラも長い間、いろんな『記録』を視て、その中でいろんな人間を見てきた。
このシリルは無意識に女性に好意を寄せられるような事をしている。
学院内の壁に触れれば、よく生徒から告白されているのを視る。
すべて、すっぱりと断っていたのだが。
しかし、女性に免疫がないと言って断っていたが、逆にそれで燃える人がいるのを知らないのだろうか?
レイラは心配だ。
噂の女性恐怖症も、ただの姉恐怖症だ。ミラに限定されている。
「ヴィンセント? どうしたんだ?」
見つめすぎたようだ。
「いえ、なんでも。」
「何か怒ってないか?」
「気のせいです。」
レイラは無表情で感情が分かりづらい筈なのに、シリルにはなんとなく分かるようだ。落ち着かない。
「もう寝ます。お休みなさい。」
なんだか恥ずかしくなったレイラは、ポットとコップを台所に置いて、寝室に向かう。
寝室に入ったところで、後ろから入ってきたシリルに抱き寄せられる。
最近は毎日のように、抱き締められる。
いつもは短時間で離してくれるが、たまに中々離してくれない時もある。
今日は中々離してくれない日のようだ。
胸の下で交差されたシリルの腕の力は強い。
なにか、仕事で嫌なことがあったのかもしれない。
しかし、シリルを抱き締め返したくても後ろから抱かれている為、出来ない。
仕方なく後ろに手を伸ばし、シリルの頬を撫でる。
「慰めてるのか?」
ふっと笑いながら、耳に口付けられた。
「ひゃっ!」
変な声が出る。それを聞いたシリルはくすくす笑う。
その吐息も耳にかかり、くすぐったい。
「耳弱いんだな。」
「酔ってるんですか?」
「いや、酒は呑んでないぞ?」
ようやく、解放された頃には散々耳を弄ばれ、体に力が入らなくなっていた。
「やっぱり先生、お酒呑んでいるでしょう。」
「呑んでない。」
ベッドまで抱えてもらい、毛布も掛けてもらった。
「おやすみ。ヴィンセント。」
「……。お休みなさい。」
それだけ言って布団に潜った。
今日のシリルは変だ。普段はあんなことをしない。
あんな、恋人にするようなことを。
シリルはレイラを妹のように思っている。と言っていた。
ウォーレンもノアも、耳に息を吹きかけるくらいはするが、キスしたりはしなかった。
(それに、舐められたような気もするわ。)
もしかして、シリルの中で『妹』にはそう接するものだ、とそう思っているのかもしれない。
(ニーナさんにそんな風に接していたのかしら。)
あれが『妹』に対する接し方だと思っているのなら、間違っている。
あれはまるで『恋人』に対するものだ。
無意識にニーナの事を想っていたのかもしれない。
胸が苦しくなる。
ニーナはシリルの目の前で飛び降りた。
伸ばした手は届かずに。
おそらく、レイラはニーナの代わりだ。だから勘違いはしない。
元からシリルは女性に優しいのだ。
だから間違えてしまわないように、とレイラは心は閉ざす。
慈しむような優しい眼差しも温かな腕の中も、すべてはニーナのものだ。
『水を飛ばして。』
髪の水気を飛ばし、反動で眠気がくる。
(世の中にはいろんな人がいるのね。)
まだまだレイラの世界は狭いと思いながら瞳を閉じる。
青い薔薇園の夢を見ないように願いながら。




