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閑話 未来の話

○ 神様からの贈り物


それはある日のフィンドレイ侯爵邸にて起こった。

「これは何……。」

レイラの目の前には真紅の布切れ、もといネグリジェがあった。

布切れというか、広げてみると胸元がかなり開いており、背中は剥き出し、丈も短い。なんとも破廉恥な服だ。

一体、誰がこんなに趣味の悪いものを置いたのだろう。

レイラと同じく唖然としている夫に視線を移す。

「俺じゃない。誰だ。」

分かっている。これはシリルの趣味ではない。

だが、趣味ではないとはいえこれを着るのがレイラだと、シリルはどんな反応をするのだろう。むくむくと悪戯心が育つ。

「着た方がいい?」

「レイラには似合わないな。学院で着てたやつが良い。」

例のブツをレイラの荷物に忍ばせたノアだが、兄の見る目は確かだったらしい。レイラに似合う服を選ぶならシリルよりもノアの方が良いとシリルは言う。

しかし、たまのデートで高すぎず安すぎない服をレイラに買い与えている。侯爵夫人という一応の地位はあるが、やはり普段身につけていたものでないと落ち着かない為、必要のある時だけ着飾っている。

そんな事が許される家に嫁げて良かったと心底思った。

「でも、あの寝間着寒そうだったな。」

「見てたの。」

シリルはあまり見ていないと思っていた。

ネグリジェで歩き回っていても、目が合わなかったから誰がどんな服を着ていてもどうでもいいのだろうなと思っていた。

「いや、引っ越す前までは見ないようにしてた。俺も健全な男だしな。よく結婚するまで我慢できたなって、昔はすごい忍耐力だったと思ってる。」

「メリルさんもそんな事を言っていたわ。」

若い人は理性で抑えきれなくなると盛りのついた獣より獣らしい何かになるから、どうしても耐えられなくなったら言ってくれと。やけに心のこもった忠告だったので、そんな経験があるのかとメリルに訊くと、冷ややかな笑みを寄越されたのでその場を適当に繕って逃げた。

あれは月の神様が絡んだやつだ。危ない所だった。

「それにしても、これ誰の趣味だ。」

「まさか、ノエル……。」

「待て、絶対に違うからな。」

「でも、あの子も十三歳だもの。」

異性に興味を持ちはじめてもおかしくない年頃だ。

子供が大きくなるのはあっという間だった。

「大丈夫だ。あいつは家の利益になる女性で一緒の空間にいて不快にならない相手を探すらしい。一体誰に似たんだろうな。」

確実にフィンドレイの血ではないとシリルは引き攣った笑みを浮かべた。それを言うならレイラのどちらの両親もそんな性格ではなかった。どこからそんな考えを受け継いだものだろうか。

「その話本気だったの? ……誰に似たのかしら。」

本気で言ってるとは露ほども思っていなかった。

由々しき事態だ。それがノエルの幸せに通じるなら好きにしたら良いと思う。

しかし、仮面夫婦を演じるというのは疲れると誰かが言っていた。常に気を張っている状態は健康に悪い。

相手といい関係を築けるなら別だろうが。

いつか伴侶を間違えた事に気付いても、貴族の離婚は厄介らしい。誰かに似て面倒くさがりのノエルは離婚を考えないはずだ。

「堅物なあいつを愛してくれる人が現れるといいな。」

それか、レイラたちが探すか。どちらかだろう。

ノエルがあそこまで堅物に育ってしまうとは、クラリスはお転婆というか、すごく元気に育った。

二人とも何を間違えたのだろうと、教育方法を見直した結果第三子のリサは普通の感覚を持てている。ような気がする。まだ六歳なので何とも言えないが。

子供たちの将来に思いを馳せていると、

「あれ、使わなかったの?」

にょき、と奔放な月の神様がソファーの下から生えてきた。

にやにやと笑っているウィラードの視線はレイラの持つ、真紅のネグリジェにあった。シリルとレイラは視線を交わして、ひとつ頷く。

「二人とも目が怖いよ?」

こんなところに忍び込んでいるということは、この真紅のブツは十中八九この奔放な神様ウィラードが持ってきたものだろう。こういうのが好きそうだ。

「やっぱりお前か。」

シリルとレイラの手によって簀巻きにされたウィラードだが、簀巻きにされた事すら楽しんでいる風だから腹が立つ。

「たまには良いかなって、刺激的な夜になると思うよ。」

「そう。それなら、ウィルがこれを着て? 刺激的でしょう? その方が楽しいと思うの。」

「ちょっ、お嬢さん! オレそっちの趣味ないから!」

レイラだって真紅のネグリジェを着たウィラードなんぞ見たくもない。だが、腹が立つので是非ともこの機会に恥をかかせたい。

服を剥ぎ取ろうとするレイラとウィラードの戦いが始まった。

簀巻きの拘束を取って、ウィラードに馬乗りになる。

「倦怠期になった時にでも残しときなって。」

「そんな日は来ないわ。」

服の襟元にあるレイラの手と押し止めようとするウィラードの手と、それを見て呆れた顔をしているシリルの姿がそこにあった。

「こんなことしなくてもシリルは見てくれるもの。」

「ちょっとエロいくらいが良いんだって。たまには。」

「ちょっと? これのどこが『ちょっと』なの?」

ウィラードとは認識の違いがあるようだ。

こんな服を使わなくても、レイラもやる気になれば誘惑の一つや二つ出来るのだ。ただ、レイラが誘惑したらシリルは毎回肩を震わせているのだが。

「なんなら、もっと凄いの用意するけど。」

「要らないわ。」

嬉しそうなウィラードから顔を背けて溜め息を吐く。

暇人なのか何だか知らないが、よく遊びに来てちょっかいをかけるのは止めてほしい。子供たちもウィラードの変な影響を受けている。

「俺、先に寝とくから。レイラも止めとけ。」

「私もすぐ行く。」

疲れた様子のシリルはひらひらと手を振って寝室に消えていった。ここ最近、忙しくなってきたようだしお疲れなのだろう。

「私も寝るから。おやすみなさい。」

遊びは程々にしておいて、もう夜も深い。寝よう。

いくら、ちゃらんぽらんで暇人に見えてもウィラードも忙しい合間を縫ってここに来ているはずだ。

「おやすみ、お嬢さん。良い夢を。」

額に口付けを受けてレイラはじとっと金の瞳を見上げる。

「消毒液はあるかしら?」

「毎回それだよね。変わらないね。」




● 俺の周囲について


俺の母はかなり変わっている。

見た目こそ繊細で触れたら壊れてしまいそうな儚さなのだが、それは透き通った銀色の髪と綺麗な顔の効果で、母の中身はざっくりとしている。

見た目でやられる人は多いだろう。しかし母は強い。

俺は荒っぽいことは苦手なので自分の身を守れるくらいの実力しかないのだが、母は昔から襲撃を受けやすかったらしく、それで強くなったそうだ。襲撃を受けやすいってどんな状況。

父よりも祖父ルークやら伯父ノアやら自称神様ウィラードが、母に対して異常なほど過保護で、母本人はうんざりしている。

そんな母と結婚しようと思った父のことは心から尊敬している。俺は無理だ。

母のあれは天然なんていう可愛いものではない。母はまごうことなき変人だ。それに面倒な出自。俺も母の説明をしろと言われると少し考えるだけで頭が混乱する。

俺はもっと普通で危なくない相手と共になりたい。変人一族なんて呼ばれているフィンドレイの家名をもう少しまともにしたいと考えている。

妹のクラリスは変人ではないが、性格がちょっとあれだ。

敵や恋敵をえげつない方法で排除している。

なんであんなに性格が悪くなったのかと言われたら、たまに遊びに来る自称神様の所為だろう。本質は伯母ミラに似ていたのかもしれないが。

とはいえ、俺は家族のことは大好きだ。

いくら変人な母だとしても、愛情を感じているし守ってもらっている。昔に一度誘拐された時は初めて見た剣を持つ母の姿に背筋が凍った。

冷たい感情の感じられない紫の瞳で、次々と誘拐犯を半殺しにしていった。何かのスイッチが入ったような姿が怖かったのを覚えている。

父は自分のことを普通と言い張るが、シトリア屈指の剣の腕を持っていて、思考回路がたまに変で、なにより母と結婚している時点で普通じゃない。

優しい父だが『妖魔』という存在のことになると、静かに怒気を纏わせる。昔に妖魔に母が色々された事を忘れられずにいるそうだ。あまり嫉妬しないのかと思ったら、とんでもなく嫉妬深かった。

自分にだけ様々な表情を見せてくれるところにやられた、という話を聞いて色々まずいなと思った。独占欲が強いのかもしれない。

独占欲が強いといえば、双子の妹のクラリスもそうだ。

父のように分かりにくくなくて、普通に独占欲をちらつかせる。

つい昨日も三歳年下の男にアプローチしていた。

隣をキープして、綺麗な格好をして。クラリスも見た目は美しいので男も悪い気はしないだろう。母の友人の子息らしいので性格は問題ないと思う。問題なのはクラリスの性格だ。

青田買いとか訳のわからないことを口にしていたので、危ないやつだなと思って距離を取ることにした。

俺も十五歳になったことだし、そろそろ相手を見つけようと思っている。一緒の空間にいて不快にならない人を見つけて穏やかな人生を築きたい。

両親のような激しい人生は俺には無理だ。




● 小話


「レイラ。起きろ。」

シリルは隣に眠る愛しい妻を揺さぶる。昨日は一月ぶりに家へ帰った、ということもあってついやりすぎてしまった。レイラの胸元にはシリルが無意識に付けてしまった赤い痕がある。それを指でなぞるとレイラが身体を震わせた。

「レイラ?」

「も……少し。」

かぷりと耳を甘噛みすると、相変わらずいい声で鳴いてくれる。でも、しばらくするとすぐに目を閉じてしまう。だから、レイラの身体のあちこちに悪戯をする。煩わしくなってそのうち起きるだろう。

「起きないと襲うぞ。」

耳元で囁くと、びくんと身体を跳ねさせた。

「できるものならすればいいわ。」

ほら、完全に目が覚めた。紫水晶アメジストの瞳がまっすぐにシリルを見つめている。

「起きたな。」

「シリルは寝てる間にそういうことしない筈だもの。」

「……………。」

「シリル?」

「……ああ、そうだな。」

寝ている間に何もしないとは言い切れない。というか、思い当たるものが諸々あってレイラの純粋な信頼の視線を受け止められない。今朝のような戯れならよくあることなのだが。

「? あ、服着せてくれたの? ありがとう。」

「さすがにこの時期だし寒そうだったからな。」

昨夜、レイラは疲れて眠ってしまった。反省しなければ。

「ありがとう。でも、そんなに寒くないわ。シリルと一緒に寝てるもの。温かい。」

ぎゅうと身を寄せてくるレイラだが、わざとなのか柔らかな胸がシリルに当たっている。彼女のことだから『誘っている』というわけではないのだろうが、まだシリルは若い。愛している妻にこんなことをされると、とてつもなく困る。

「あんまりくっつくな。」

「駄目?」

「駄目じゃないけど。ん、駄目ではない。ただ時間がな。」

今日はミラの家に召集もとい、招待されている。昼過ぎにトリフェーンのグランデ邸なので、そろそろ準備しないと間に合わない。

「嘘。もうこんな時間……。」

「ほら、姉さんが拗ねる前に急ごうな。俺が殺される。」

「大丈夫。シリルのことは私が守るわ。」

「それは安心だな……。その後が怖いけど。」

ぼこぼこにされるシリルの未来しか見えない。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


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