表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/152

閑話 嘘吐き男

変態男×普通女のお話です。

本編には関係ない話になります。

私はメリル・ヴァレンティーナ・ティレット。

今はどこぞの学院の理事長をやっている。

最近、親友の孫に子供が産まれたと聞いて、否が応にも前の世界で産んだ自分の子供のことを思い出した。

私の人生は散々だった。

それは、私がまだ九条奏と呼ばれていた前の世界に遡る。

父は大病院を経営する一族の長男で医者。

母は大財閥の三人兄弟の末っ子だった。

ぶっちゃけ、政略結婚ではあったが二人はきちんと愛し合っていた。傍目からはそうと分からなかったが、常に不機嫌そうな顔をしている父が母と二人きりの時だけ甘い表情をしていて、如何にも溺愛しているという感じだった。

そんな母から生まれた一人娘の私を父は不器用に可愛がってくれた。愛情たっぷりに育てられたあの頃の私は『純真無垢』という言葉がよく似合う子供だっただろう。

奴が私の前に現れるまでは――。

あれは私が五才の頃だ。好奇心旺盛な私はよく町内を日が暮れる前まで友達と遊び回っていた。

空が赤く染まる頃、家路についた私は道端に黒い塊を見つけた。

私は黒い塊の側にしゃがみこんで枝で突っついたり、声をかけたりしていた。すると、黒い塊はぱちりと目を開けた。

そして、自分を見下ろす子供をギロリと睨んだ。

「うるさい。頭に響くから静かにして。」

「こんなとこでねちゃだめ! ひとのめいわくになる。」

ゆっさゆっさと黒い塊こと、大きなお兄さんを揺さぶる。

「僕迷惑になってないから。」

「はっ! そうだね。でも、けがしてる。」

「じきに治るから大丈夫。日が暮れる前にさっさと帰りな。」

お兄さんに言われて私は薄暗くなってきたことに気づく。

母の豹変した顔が頭に浮かぶ。まずい。

「おかあさんにおこられちゃう!」

でも、目の前の怪我人を放ってというのも医者の娘としてどうかと思った。しかし、子供が治療なんて出来るわけがない。だから、私はいつも母のやってくれるおまじないをすることにした。

「いたいのいたいのとんでけ! これでだいじょうぶ! おにいさんいたくない? おかあさんがね、いつもやってくれるんだ。『手当て』だよ。」

「ありがとう。楽になった。このお礼はまた今度会ったときに。若いと力があって羨ましいね。」

微笑を浮かべたお兄さんはそう言って、溶けるようにして消えた。

「……お化け?」

五才の私は悲鳴を上げて全力で走り、家に駆け込んだ。

その日の夜は父は帰ってこなくて、母の布団でぶるぶると震えながら寝た。次の日、父にその出来事を伝えたら良かったな、と言われた。全然よくない。

そんなお化け事件から半年後、あと少しで卒園という一月に私の通う幼稚園に新しい友達がやってきた。

漆黒の髪と瞳をもつ男の子は誰の目から見ても男前という顔立ちをしていて、女の子たちはきゃあきゃあと黄色い声を上げていた。

「篠宮御門くんよ。みんな仲良くしてあげてね。」

先生に紹介された男の子は王子様みたいな人だった。

「初めまして、篠宮御門といいます。短い間ですが、よろしくお願いします。」

きらきらとしたオーラを放っているのが見える。

男の子も女の子もみかどくんに質問攻めしているのを傍目に、私はいつものように積み木で遊んでいた。

彼に対して興味を持てなかったからだ。

話しかける暇があるなら私は私のやりたいことをやる。

「君の名前は? 僕は篠宮御門。」

それは聞いたと思いながらも私は話しかけてもらったのだし、答えなければという義務感で口を開いた。

「わたしは九条奏。みかどくん。なんだか、えらそうななまえだね。つよそうでうらやましい。」

「そうかな? 僕は君の名前の方が響きが綺麗で羨ましいよ。」

この篠宮御門との出会いで私は気づくべきだったのだ。

黒い塊と彼が同一人物だと。

いや、普通に考えてこの時の私があの時のお兄さんと五才の姿の篠宮御門を同一人物だと分かるわけもないのだが。

結婚後にその事実を知った私は恐怖した。

私の為だけに姿を変えるとか、ストーカーか。

それか、もしかしてロリコンなんじゃ。という言葉を何度も飲み込んだ。言う前に御門にすごい顔で睨まれたからだ。


◇◆◇


小学校六年生――。

「奏! 良かった。また同じクラスだ。」

「あたしは全然、全く良くない! 六年間一緒とか何の呪い!? 御門がなんかしてるんじゃないの?」

「だって、僕の隣には奏がいないと。先生も分かってるみたいだね。分かってないのは奏だけ。」

そう、幼稚園からこの時まで御門とクラスが離れた事がない。

ある程度の年頃になると男女でグループが別れるようになるのに、こいつは常に私の隣にいた。からかわれても、堂々と側にいた。

しかも、御門の家も通りを挟んだ斜め向かいだ。

この頃には私たちは恋人を通り越して夫婦と呼ばれていた。


中学三年生――。

何が何でも高校だけは離れてやろうと、御門には嘘の志望校を教えておいた。しかし、

「なんで、御門がここにいるの!?」

「小賢しい真似してくれちゃって。駄目だよ奏。」

試験会場で会った御門は不敵に笑っていた。

私にはその姿が悪魔に見えた。

だから、泣く泣く滑り止めの高校に行こうとしたが、その高校の試験会場にも御門はいた。富士○ハイランドのお化け屋敷なんて比にならないレベルのホラーだ。

そこで嫌いではないが気味の悪い幼馴染みとして、私の中に分類した。むしろ今までその分類に入れなかったのが我ながら分からないくらいだった。


高校一年生――。

忘れもしない。あれは入学して間もなく、クラスの親交を深めようという遠足でのことだ。

呪いのように再び同じクラスになった御門は、相変わらず私から離れることなく、べったりしていた。思春期知らずだ。

ここで強調しておく、御門は中身はアレだが外見はこの私すら認めるイケメン様だ。

そう、そんなイケメン様が、顔は着飾って中の上レベルの私にだけ構っているのだ。同じ中学の子はともかく他の中学の別嬪さんたちにとって、私は目障りな存在だった。

だから、あの遠足の時私は彼女らに呼び出され、それいつの少女漫画?な罵声を浴びせられ川に突き落とされた。

泳ぎは得意なので溺れることはなかったのだが、流れの速い川であっという間に流され、なんとか川岸についた頃には周りは獣道ばかりで私はすっかり迷子になっていた。

たまに岩で頭やらなんやらぶつけていたが、私のオツムに変わりはなさそうで安心した。とはいえ、早く手当てはしたい。

学校の遠足だから、点呼の際に私の不在は気付かれるだろう。

学力はともかく私は優等生なので、先生は心配して探してくれる筈だ。彼女らに呼び出された事を友人も知っているから犯人もすぐに割れる。ざまあみろだ。先生にこってり絞られるがいい。

問題は予測不能な幼馴染みのことだ。

誰よりも早く私の不在に気付いただろう。

今、御門はどうしているだろうか。

(私を助けに、なんて。そんなわけないよね。)

その時、がさっと近くの茂みで音がして私は身体を強張らせた。私に猪や熊との格闘は無理だ。

警戒している私の視界に黒い頭が覗いて、次に見慣れた顔が現れた。ほっとして身体の力を抜く。

「奏! 良かった無事で。」

がばっと抱きついてきた御門に安心して私も身体を預けた。

こんなに早く見つけてもらえるなんて、御門は自衛隊か消防士にでもなればいいのに、と本気で思った。

「もう大丈夫。安心して学校に通えるよ。」

「……そ、そうなんだ。」

どうやらイケメン様自ら手を下したらしい。

何をしたか深くは聞くまい。聞いたらチビる。

「濡れたままじゃ風邪引くよ、これに着替えて。」

目の前に差し出された今まで御門が身に付けていたパーカーをじっと見つめる。サイズが明らかに違う。大きくなっちゃってと、母親のような気分になりながら、それを受けとる。

「袋あるから、これに全部入れて。」

用意が良いなと思いながらビニール袋を受けとる。

(これに全部入れるのか。入るかな?)

さて、どこで着替えようと視線を彷徨わせた。

そこで、御門の一言を反芻して違和感に気付く。

「全部?」

「うん下着も。」

ばっ、と御門から距離を取る。いくら思春期っぽい素振りがなくとも、御門は健全な男子高校生だったのか。幼馴染みのまな板のような身体を見たいなんて。

いや、まな板ではない。寄せれば、寄せれば少しは。

(はっ! そんな事考えてる場合じゃない!)

「絶対、嫌! 近付くな変態!」

「はぁ。仕方ないな。自分・・で脱ぐのがそんなに嫌なんだ。」

なら脱がせてあげると、ゆっくり獲物を追い込むように迫り来る御門を必死に宥める。

「落ち着いて! まな板に発情するな、御門ならエロいお姉さんといくらでもにゃんにゃんできるから! ほら巨乳でボンキュッボンなお姉さんの姿を頭に思い浮かべてみよう!」

「奏。世の中には人の数だけ趣味嗜好があるんだよ。」

「ぎゃあっ! ちょ、待て待って! ストップ!」

がっしりと御門の手に掴まれた僅かな胸の肉と、嬉しそうに笑う御門の顔を交互に見る。あわあわとしている内に、するすると太股に手が這って硬直する。その間に下着をするんと抜き取られてしまった。

(ぎゃぁぁあああ!)

「何してくれてんの!?」

「あ、藤色だ。奏に似合ってる。」

「意味わかんない! そもそも下着まで脱ぐ必要ないでしょ!」

まじまじと見られたお気に入りの下着パンツを取り返し、親の仇とばかりに御門を睨み付ける。あり得ない。怒りを通り越して泣けてくる。

こっちはまだ思春期だっていうのに。

「え、僕なら脱ぐけど。」

「御門がどうしたいかなんて訊いてない!」

「ごめん。今の嘘。少し奏をいじめたくなっただけ。」

こつん、と額同士が当たって私はため息を吐いた。

御門は許しを乞うときいつもこうやるのだ。

仕方ない。と私が許しの言葉を口に出そうとした。

その時だった。

「んっ……!」

御門と唇が重なる。私は驚愕に目を見開いた。

その内にぽかん、と半開きだった私の口の中に御門の舌が入り込んで、それを私の舌に絡めた。卑猥な水音が耳に伝わる。冷凍まぐろ。それが私の状態だ。

「御門。ねぇ、ファーストキスだったんたけど。」

いくらそういうことに興味があっても、近場で済ませるなんて酷い。私には私の夢があった。優しくて落ち着いた年上の彼氏と心が重なった時に初めてキスをしたいな、とか雰囲気はこんな感じで、とか夢を抱いていたというのに。

「うん。奏、初めてだろうね。」

「ふざけないで! 責任とっ」

責任とって土下座してその後すぐに記憶を消去して、と言おうとした私より前に、御門は私に手を伸ばして満足そうな笑みを見せた。欲しかった玩具を手に入れた子供のような顔に私は顔を引き攣らせる。

「責任とってあげる。」

腕を掴まれ、強い力で引っ張られるとなす術はなく、地面に押し倒される。はあ、と首筋に吐息を感じて固まった。

そのまま、はむはむと軽く肌を食まれて首を竦める。

何がしたいのだろうか。くすぐったい。

だが、くすぐったかった首に突然激痛が走った。

「やっ、あ。痛いっ!」

「美味しい。やっぱり処女だからかな。」

「何、してるの? 目がっ……。」

御門の爛々と光る緋い瞳に私は総毛立った。

「ん? 血を吸ってるんだ。僕は見ての通り化け物『鬼』だから……ずっと、こうしたいと思ってた。奏の匂いを嗅ぐだけで飢えて飢えて堪らなかったんだ。だから、僕のにする。逃げられなくして、ね。」

「ちょ、意味わかんない。止めて。」

「止めたくない。僕を狂わせたのは奏だ。」

「外だよ? 馬鹿なの? TPOは弁えないと!」

「中ならいいんだ? それなら移動しよう。」

御門はふっ、と笑って指を鳴らした。

すると景色が滲んで、私は和室に敷かれた布団の上にいた。状況が上手く把握できず私は再び冷凍まぐろと化す。

だが、やわやわと揉んでくる御門の手にはっとして、ぺしりとはたき落とす。流されてはいけない。

「止めてってば!」

「なんで? ちゃんと屋内だけど?」

(…………。)

言い方を間違えた。TPOなんて関係ない。

「違う! 嫌がってるのに無理やりとか、そんな人大っ嫌い!」

「早くしないと奪られるから、待てない。」

奪られるもくそも、御門のおかげで私は青春の甘酸っぱい恋愛とは無縁だ。誰が好き好んでイケメン様がべったりしている並みの女に言い寄る?

布団にゆっくりと押し倒され、私は手足をばたつかせて抵抗する。ところがこいつは止まらない。

「待てぇい! やっ、ん……っ。止まれ!」

私は精いっぱい抵抗した。子供のように泣いた。

猪や熊との格闘より前に、御門と格闘する羽目になるとは。初めてはロマンティックの欠片もなかった。許せん。

今まで、なんやかんや御門に甘かったのも確かだ。

流石にこんなことをされて許せるほど私の心は広くない。

だから遠足から帰ると御門を徹底的に避けて、話しかけられても無視した。

そもそも、鬼とは何だ。妖怪か。

何故か御門が人外であるということは納得できてしまった。何しろあんなイケメン様が人間から産まれてくるわけない。完璧すぎる。

その内、日に日に憔悴していく御門に私は折れた。

元々、私は御門を好ましく思っていたのだ。

異性としてというよりは一番仲の良い友人、親友として。

だから私の許しなく触るな、ということで許した。

まぁ、その約束は一年後に破られるのだが。


高校二年生――。

御門からたまに物欲しそうに見られているのを感じる。

その欲望をまた受けるのは御免なので、可愛い彼女を作って好きなだけにゃんにゃんしてこいと言ったこともある。

『僕、奏以外は虫に見えるんだ。それに、僕の正体しってるでしょ? 逃げられるなんて思ってないよね?』

そんなの御門が言わなければ知らなかった。

余計なこと教えやがって、というのが私の本音だ。

その余計なことが原因で巻き込まれたのは、いつも通り御門と学校から帰っていた時だ。

「奏!」

名前を呼ばれたと思うと同時に御門に抱き込まれ、ふぎゃっ、と情けない声をあげた。勝手に触るなと言ったのに何事だ。と私が顔をあげると、そこには未だかつて見たことのない険しい顔をした御門があった。

「彼女を離せ。この化け物め。」

「そろそろ来るかなとは思ってたけど、思ってたより早いかな。」

「えーっと。御門の知り合い? どちら様?」

「知らない、だと?」

がしっと見知らぬ男に肩を掴まれ、呆気に取られる。

知らないのか、と言われてもこの男を見たことがない。

「奏に、気安く触らないでくれる?」

ばちっ、と掴まれた私の腕に火花が散って男の手が離れる。

男の手は火傷したように爛れていた。

不思議なことに私に怪我はない。御門が何かしたのだろう。

今、御門は人間として表面を繕っていない。ということは、この男もあちら側ということになる。そんな怖いものに絡まれて堪るか。

私は十九時からのバラエティー番組までに帰りたかったのだ。

「何なの……。御門、帰ろ。」

「さようなら。」

呆然と立ち尽くす男の脇を通って私たちは帰った。


◇◆◇


その後、男の正体が母の元婚約者の息子と判明し、しかも退魔の一族なことも判明した。通りで御門を鬼だと見分けたはずだ。

どうやら『無垢な魂』とやらを持つ母の生家、楠家との婚姻を必要としていたらしい。だが、母は父の事が好きで好きでその時の婚約者千華院龍生に貴方と結婚するくらいなら自分の家も千華院もぶっ潰してやる、と啖呵をきったそうだ。

家の母は有言実行なので祖父は泣く泣く手放したという。

てなわけで、祖父は母の代わりに私を差し出したらしい。

無垢な魂とやらは母から子へと受け継がれるものらしく、もう母のなかにそれはないそうだ。楠はそれを千華院に渡す代わりに専属退魔師になってもらうという約定を交わしたらしい。

金持ちの間では呪いやら何やら色々あるそうだ。

それから、鬼の一族の頂点に立つ篠宮家と退魔の一族千華院家との五年に渡る抗争(というよりもう戦争)へ発展した。最初こそ『無垢な(わたし)』の取り合いだったが、いつからか鬼対退魔師の因縁の争いへ発展した。

最終的に『無垢な魂』は有形のものだから、私が死んだら渡すという結論に落ち着いた。それ話し合いで出来ただろ、と私は思った。

その戦争の間に千華院に連れ去られたり。(自力で逃げた)

御門に夜這いをかけられたり。(三十六回中、十七回は逃げることに成功した。後の十九回については忘れたい。その頃には一途に想ってくれる御門に揺れていた頃だった。恥ずかしい。)

戦争中、最も精神的にきたのは千華院の息子に言われたことだ。

鬼と人間。それも純血の鬼と『無垢な魂』を持つ御門と私は寿命を削りながら生きることになるという話だ。

聞いた当初は自分より永遠に近い命の御門を殺してしまうことが怖くて身を引こうとしたが、あの変態が私を手放すはずもない。

なんとか丸く収まり、私は御門と無事に結婚した。

更に出来ないと思っていた子供も産まれて、幸せの頂点にいた私だったが、一番上の子が高校生になった頃、スーパーに向かう道すがら妖にざっくり殺られてしまった。

今まで御門の匂いがついているから、妖に襲われることがなくて油断していたのかもしれない。

血みどろになった私を見て御門は泣いていた。

だから、もう私に囚われなくていいと言いたくて『愛してた』と過去形で言った。子供の為にも再婚したい人が出来たらしてもいいと。

でも、私への愛情を絶やして欲しくなかった。

あんなに愛してくれたのに、簡単に他の女性に心を許すとは思いもしなかった。御門はずっと私が幼稚園の頃から私だけを見てくれていたから。

置いていかないで、と縋る御門の姿が見えなくなって『ああ、死んじゃった』と私は泣いた。まだ死にたくなかった。こんなにあっという間に訪れるものだなんて思わなかった。

でも次に意識がはっきりした時、私はどこかヨーロッパを感じさせるレンガ造りの建物が立つ町にいた。記憶を持ったまま転生するなんて、と思った。

だから、記憶があるのは意味があるのではないかと。

もしかしたら御門もいるかもしれない。

私は毎日のように町で御門の姿を探した。

でも、見つからなかった。

家族には言動や行動を不審に思われ薄気味悪い占い師の元へ連れていかれ、その占い師は私の身体をいやらしい手つきで触ってくる。

私は爆発した。御門がいないのなら意味がないと思った。

ポタポタと真っ赤な血が私の腕から流れ落ちる。

床には家族や汚ならしい占い師の真っ赤に染まった死体。

私はそれを見て、何故か懐かしくなった。

愛おしそうに、涙を湛えた御門の顔は私の血で汚れていて、私を守る時は目を緋く光らせていた。

他の赤色じゃダメだった。この赤でないと。

それから私は殺人鬼になった。

毎日毎日、人を殺して。町を転々として。

その内に、私の目の前に真っ黒な神様が現れた。

『折角、人が増えてきたと思ったのに。貴女のおかげで最悪だわ。少し、反省してもらわないといけないわね。』

それから私は痛くて苦しい拷問を受けた。

もう死んでしまうんじゃないかって思うほど。

でも、死ねなかった。何度、胸を突かれても、喉笛を切り裂かれても。

ようやく、地獄から解放された頃には私の中は空になっていた。

虚ろな目で毎日をなんとか生きるだけ。

飢えでも死ねない。首を吊っても死ねない。生き地獄に。

そんなある日、私の前に女神が現れた。

シトリンと名乗った月の女神は、私に役目を与えてくれた。

御門がこの世界にいることも教えてくれて、私はようやく世界に希望を抱けた。

この世界で初めて親友もできた。

その親友の孫は人間的に大事なものが欠如していて、私はほっとした。私だけが異常じゃないのだと。

だから、私はやっとこの世界を愛せるようになった。

それなのに、ようやく会えた御門は他に女が出来ていた。

あれだけ、私だけだと愛を囁いてくれていたのに。

その場では強がってみせたが、自分の部屋に帰って私は泣いた。何のために永い時間を知らない世界で過ごしていたのか分からなくなった。

死ねない呪いがある限り、私は誰とも時間を共有できない。

大切な人々が生まれて死んでいくのを見るだけだ。

だが、最近止まった時間が動き始めた。

だから、あの憎き男を忘れてもっと良い男を見つけようと思う。私だけを愛してくれる、嘘吐きじゃない優しい人を。

シトリンと会った時点で御門は他に女がいたのだ。

あんな奴に操を立てていた自分がバカらしい。

もう、あいつのことなんて知らない。



でも――。絶対に私は忘れられない。


私の名前を呼ぶ御門の声を。

私に触れる優しい手も。

子供が出来たと告げたときの嬉しそうな顔も。

そして、今際の際に見た綺麗な涙を。



『生まれ変わったら、また一緒になろう。』

『来世も? うーん。どうしよっかな。』

『僕と一緒は嫌?』

『いやね。あたしだって分かるのかなって。』

『僕は絶対に奏を見つけられるよ。』

『……見つけてもらえるなら。良いよ?』

『うん。約束。』



何気ない会話で交わした約束なんて――。


「御門の嘘吐き。」

このあとに後日談を投稿して完結にします。

ただ今月末は立て込んでいまして、もしかしたら三月初めになるかもです。

もうしばらくの間、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ