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終章

この世のものとは思えない美貌の花嫁が真白なドレスを着て、友人たちに囲まれている姿をシリルはじっと見つめていた。

ついさっきまでレイラは隣にいたのに、離れてしまうと遠くに感じてしまう。

まるで、夢のようだ。幸福で終わりの見えない。

彼女の存在がややこしいものでなければ、出会うこともなかったし選ばれることもなかっただろう。

レイラが力を欲さなければ学院に来なかった。

傷ついていなければシリルの存在は染まなかった。

ぼろぼろになって欠陥を抱えていたから、至って平凡のシリルは非凡の彼女に愛された。

そのひとつでも噛み合わなかったら、今はなかっただろう。

心を欠いてしまっている彼女は物差しが欲しかった。

シリルにはその姿が、その願いが愛しく思う。

彼女は『普通』を測る物差しが欲しかったのだろうが、そんな彼女を欲したシリルが『普通』な訳がないのだ。

いつかそれに気付いて、きっと言うだろう。

『やっぱり私の周りにはおかしな人しかいないのだわ。』

しみじみと、シリルの顔を見つめて言うのだろう。

シリルは他の人に比べてまともだ。だから、彼女の物差しが狂っていただけなのだ。

シリルにはレイラの方が眩しい。

目を細めて愛しい妻を眺めていると、

「可愛い子をお嫁にもらうと大変ね。ねぇ、シリル。」

にやにやとからかうような笑みを浮かべたミラに、シリルは顔を強張らせた。どんなに離れていてもミラという名前だけでシリルは背筋が伸びてしまう。

ミラが閉じた扇子で指した先には、楽しそうにしているレイラとハロルドがいた。最近シリルはレイラが照れている姿しか見ていないのに、ハロルドの前では屈託なく微笑んでいる。その姿にシリルは嫉妬を覚えた。

彼はレイラに好意を抱いている。

そうシリルは彼が入学してきた時に思った。

気を抜くと奪られる。と。

何しろ彼は健気で純真だ。

『初めて』が欲しいと言ったレイラに、シリルがあげられるものなんて殆どない。彼女から奪うものと釣り合いなんてとれない。

だから、前以上に危険視しているのだ。

今も近くに人はいるが、ここで告白されるのは勘弁願いたい。

そんなシリルの願いが通じたのか、二人の元にエリシアがやって来ると下衆い顔でレイラに何か言ったようだ。慌てたハロルドがエリシアの口を塞いで引きずっていく。

「あれ、ハロルドは何も言わなかったんだね。お似合いの二人だと思ったんだけどな。ほら、ハロルドの方が身長高いし。花嫁略奪とか見てみたかった。」

碌でもない話をするエリオットを睨み付ける。

シリルだって身長は高い方なのだ。ハロルドが成長しすぎなだけだ。

「ふふっ、エリオットったら。そんな事言っちゃだめ。シリル兄様が泣いてしまうわ。」

そんな言葉でニーナが嗜めているのだが、彼女も面白がっている様だから本気で泣きたくなる。似た者同士な二人だ。腹の底は真っ黒だろう。

「学院の中だと高嶺の花扱いで虫も寄って来なかったみたいだけど、外で何人くらい釣ったんだろ。ジェフリー殿下もだけど、幼馴染とかいたよね?」

「エリオット、お前はなんで無駄に詳しいんだ。」

学院の生徒の色恋についての話を全て網羅し、それをネタに中庭で楽しくピクニックをしていると聞いてシリルは悲しい。いつから弟はこんなになってしまったのか。

「お、変な虫が彼女に近付いてる。酔っぱらいかな。」

「あいつ……。」

よろよろと一人になったレイラに近付いていっているのは、ジェイドで一番親しい友人だ。心から信用できる数少ない人物。

ただ、彼の性癖が特殊というかなんというか。これだけはシリルもあり得ないと思っている。普段は真面目で浮いた様子もないのに、酔うと本性を現す。意味不明な妄想話を何度聞かされたことか。

彼は人妻が好きなのだ。

熟女好きではなく、人妻。今のレイラはそれに入る。

シリルは無言で変態の元へ向かった。

大切な妻にあんな変態を近づけるわけにはいかない。

「行ってらっしゃ~い。」

他人事だと思いやがって、とシリルは思った。

自分の伴侶と置き換えてみれば、今のシリルの気持ちが分かるだろう。


◇◆◇


数年後――。

ある屋敷の一室、夫婦の寝室でレイラはため息を吐いていた。

結婚してからというもの、夫になったシリルは過保護に拍車がかかり、レイラ一人での外出を禁じた。

それだけ外出の度にトラブルに遭遇してきたのは事実なので何も言えないのだが、たまには息抜きをしたいという時もあるのだ。

だから、視察に出たシリルのいない内に外に出ようとした。したのだが、思わぬ伏兵に道を阻まれていた。

レイラの目の前には自分の色彩と同じ、銀髪に紫色の瞳の愛しい小さな息子の姿があった。

「かあさま、そとはあぶないです。」

今年六歳になる息子の名前はノエルといって、双子の片割れだ。

もう片割れは銀髪に黄緑色の瞳の女の子。クラリスという。

すごく可愛くて可愛くて仕方ない。

ようやく親の、ルークの気持ちが分かった。

とはいえ、レイラは庭に出たいだけなのだ。今は夜。レイラも夜に外出するつもりはない。魔の時間に外に出歩くとブレットの負担が増すのだ。

「ノエル、大丈夫。外は妖魔が守っているもの。」

「だめ! とうさまが『妖魔』にかあさまをちかづけたらだめっていってたもの! かあさまがひどいめにあわされちゃう!」

がしっ、とレイラの足につかまるクラリスに苦笑した。

シリルは『妖魔』を極悪非道のモノとして教えている。

偏った見方を教えるのは良くないとレイラが訴えても、どこ吹く風だ。そのせいでブレットは双子に警戒されている。

「私も息がつまるわ。みんなで露台に行きましょう。」

庭から露台に行き先を変更した。だが、クラリスはぶんぶんと首を振る。

「だめ! いもうとがいるかもしれないもの! あぶないわ!」

「そうだよ、かあさま。とうさまがおこります。」

露台に出ても何も起こらないと思うのだが。

「お母様は少し外に出てくるわ。」

一体、シリルは子供に何を吹き込んだのだろう。

実はシリルが止めてくれと懇願したのは『外出』だけで、庭や露台まで出てはいけないと教えていたのはルークなのだが、子供たちは同じ意味だと捉えていた。

「レイラ、今の時間外は寒いぞ。」

呆れたような声がして、シリルが帰ってきた。

「とうさま! おかえりなさい!」

「おかえりなさい。」

「ただいま。良い子にしてたか?」

はしゃぐ双子に出迎えられ、シリルは笑みを浮かべて二人を抱き上げた。疲れていても子供の顔を見るだけで元気になるそうだ。

「ただいま、レイラ。」

「おかえりなさい、シリル。」

ちゅ、と音を立てて頬に口付けしあう。

そしてぎゅ、と抱き締められてレイラは身を預けた。

「それじゃあ『おじゃまむし』はたいさんするわ。『うまにけられる』もの。」

「『ふうふみずいらず』でたのしんでください。」

にやにやと夫婦の寝室から出ていった双子にレイラは顔を顰める。

「誰があんな言葉教えたのかしら。」

「元妖魔しかありえないだろ。」

たまにウィラードが降りてくる。その時に双子にいらないことを教えたのだろう。今度会ったら話し合いが必要だ。

風呂に行ったシリルを待つ間、レイラは手紙を読む。

ハロルドからはそろそろ結婚するという報告。

ドリスからはアルヴィンが結婚してくれないという愚痴。

アルヴィンからはドリスを何とかしてくれという頼み。

最近はその三人の手紙が多い。

「アルヴィン、まだ逃げられてなかったんだな。」

風呂から上がったシリルは後ろからレイラに抱きついて、アルヴィンからの手紙を覗いた。

「ええ、そうみたい。」

「クラリスとノエルはどうしてた?」

今回の視察でシリルは二日も家を空けていた。

レイラは湿ったシリルの髪を触って、見上げる。橄欖石ペリドットの瞳が優しくレイラを見下ろしていて、レイラは頬を緩めた。

「貴方がいないから寂しそうだったわ。」

「そうだな。仕事も一段落したし、子供連れてどっか行くか。」

「ええ。静かなところでゆっくりしたいわ。」

「海とか良いな。って、待てよ。」

思い出したとばかりにシリルがぽつりと漏らした。

「海は止めといた方がいいな。クラリスが言ってたけど妹がいるかもしれないって。身体を冷やすような所は駄目だ。確かにそうだよな。毎晩じゃなくてもあれだけ」

「口に出さなくていいわ。恥ずかしい。」

レイラは真っ赤な顔でシリルの口を手で塞いだ。

子供がいる可能性は多分にある。

結婚して七年経つのに、シリルはレイラに飽きることなく、子育てが一段落してからというもの毎晩ではないがそんなに日をあけることなく抱いている。もう三十路だというのに元気なことだ。

「レイラは可愛いな。」

うっとりとした顔でシリルは言った。

そしてゆっくりとベッドに押し倒されて、身体のあちこちに口付けが降ってくる。

シーツに広がるレイラの銀色の髪を愛おしそうに見つめて、シリルはそっと唇を重ねた。それにレイラも応える。

どんどん深くなっていく口付けに溺れていく。

「今日、いいか?」

掠れた声で耳元で囁かれて、レイラは大袈裟なくらいにびくん、と肩を跳ねさせた。耳が弱いと分かっているのにこれだ。嫌がらせだろう。

「嫌なら、止めるけど。どうしたい?」

それに答える代わりに、そっとシリルの首に手を回した。


◇◆◇


「シャーリー。君が描いた未来はこれ?」

世界の様子を青薔薇の庭園で眺めながら、ウィラードは目の前に座るシャーロットの髪を弄ぶ。

「ええ、どちらにしても終わりが近い世界だから。せめて彼女を、私の愛しい孫に世界の終わりに立ち会わせたくなかったの。」

シトリンが妊娠したことはあり得ない事だった。

そこで一つ世界の終わりが近づく。

心をなくした人間、五柱の神に感情が現れる。

五つの神の祝福を受けた子供の発生。

それからも少しずつ少しずつ積み重なっていった。

歪んで、昏くて、曲がった終わりが。

この世界は磨耗している。

あと数百年で壊れてしまうだろう。

「シトリンさんもシャーリーも無理やり歪めるから、歪みが全部お嬢さんに行っちゃった。酷いね。こんなの自己満足だよ。先生がいなかったらどうなってたことか。」

「御門は私を見てればいいの。他の人を見ないで。」

「いくらシャーリーでも、そこまで縛れないよ。」

「私は縛って縛られたいのに。」

むすくれたシャーロットへキスをした。

「じゃあ、オレの頼みを一つ訊いてくれる?」

「なに?」

「オレの前の世界の妻、篠宮奏。こっちだとメリル。彼女を元の世界の輪廻の輪に戻してくれないかな?」

「それだけで、御門は縛られてくれるの?」

「勿論。」

「分かったわ。」

また、これで歪みが大きくなった。

それでもウィラードは構わない。

ウィラードにとって、奏もシャーロットもレイラも同じくらい大切な存在で比べることなんて出来ない。

だから、全てを大切にすることにした。

シャーロットは自分がいなければ存在できない。

死んでいる彼女は器の世界でしか生きていられないから。

レイラは彼女だけの太陽を手に入れた。

欠けてしまった月は太陽の光で満たされた。

だから、今ウィラードに出来ることは見守ることだけだ。

そして、最後に『咎人』として永遠に死ねない呪いを受けたメリル。御門の唯一、九条奏。

篠宮御門だった頃の妻をこの歪んだ世界から解放すること、それがウィラードの篠宮御門の願いだった。

寂しくて寂しくて、死の間際に御門への未練を断ち切れなくて、奏が死ぬ寸前に見た赤色、真っ赤な血に惹かれた彼女はこの世界で人を殺しすぎた。

元々、ウィラードが引きずってしまった魂だ。

あるべきところにあったなら呪いは受けなかった。

『咎人』でなくなれば、あとは自然に還るだけ。

そして、ウィラードはシャーロットと世界が終わるそのときまで共にいる。

外ではレイラを守って、中ではシャーロットを守る。

「所詮、ここの神様だって人間なんだ。」

例えるなら人間の欠陥品といった方がいい。

世界の歪みの結晶とも云えるレイラに、子供が出来たことが奇跡だ。ウィラードは出来ないと思っていた。

「お嬢さんの世界が青い薔薇なのは、歪みの結晶じゃなくて、奇跡の結晶だからかな。オレも子供欲しかったかな。」

青い薔薇を見つけても、ウィラードには手に入らない。

それは、妖魔から神になったウィラードも歪みの結晶で、レイラと同じモノだからだ。

レイラもウィラードも『月』に狂わされた。

「だから、オレはいつも見守ってるよ。」

彼女が幸せなら、同じモノの自分も幸せな気がしてくるから。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

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