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飼い犬と温かいところ

にやにやといやらしい目付きでレイラの全身を眺めて、ウィラードは愉しそうに言った。視姦されているような気分になる。

「あらま、そんなにキスマークつけられちゃって。相変わらずモッテモテだね! たちが悪いのばっかだけど。」

「……。」

「それそれ、その目。やっぱりシャーリーに似てるよ。」

じとりと睨み付けていると、照れたように笑った。

なんだろう。すごく気味が悪い。

「ねぇ、お嬢さん褒めて? 頑張って殺さないように捕まえたんだよ? 危うく怪我しちゃうところだった。」

そう言って頭を差し出してくるウィラードだが、白金色の髪が所々赤くなっている。触るのを躊躇う。ねちゃねちゃしていそうだ。

それに、ウィラードの服を彩る赤色は本人のものではなかったらしい。すべて妖魔のものとなると、相当な出血だ。

人間だったら、とっくに失血死している。

一月近く共に暮らした妖魔にレイラも情が湧いた。

ウィラードに拘束されている妖魔の顔を覗き込む。

「大丈夫?」

端正な顔のあちこちに裂傷がある。

妖魔だからすぐに回復するだろうが、見ていて痛い。

レイラの声に妖魔はのろのろと顔をあげた。

「あれだけのことをされて、まだ私に気を遣うなんて。そんな必要はないですよ。こんなに早く入り込まれるとは思わず、油断していた私が愚かだったのです。さっさと異界を閉じてしまえばよかった。」

ふっ、と自嘲気味に笑って妖魔は言った。

かなり痛い目に合わされた。が、レイラは妖魔のことを信頼するようになっていた。殴ってやりたいと思ったことも数えきれないし、実際に手を出したこともある。

すべて避けられたり、止められたりしたが。

捕らえたものが逆らっても妖魔は逆上することなく、にこにこと笑って楽しそうにしていた。幼子を見守る親のような。

なめられていたのは確かだ。

レイラは昔よりもっと弱くなっている。

「私、今回の事で思い知ったの。どれだけ、私が迷惑な存在なのか。ウィルがどれだけ頑張ってくれてたのか。だから、お願いがあるのだけれど。二つほど。」

つう、と自分の首についている痕をなぞる。

血はともかく、これに関してはレイラは許していない。

「まず、ひとつ目。『ブレット』って名前で呼んでもいいかしら。少し前から考えていたのだけれど、あまり良いのが思いつかなくて。嫌?」

「嗚呼、夢のようです……!リリス様に名前を頂けるなんて。」

歓喜にうち震える妖魔改めブレットに、にこりと微笑みかける。

たった今、お願いが二つから三つに変わった。

「二つ目は私を守ってほしいの。人間相手なら私も戦えるし、シリルがいるから大丈夫なの。でも、貴方みたいな妖魔相手になるとシリルが怪我をしてしまうかもしれないでしょう?」

レイラが怪我をするのはいい。今でも傷まみれなのだから、ひとつふたつ増えたところでどうってことない。

だが、シリルは細かい傷はあっても大きな傷はなかった。

王宮でマゼモノに刺されるまでは。

あの時、初めてシリルの腹に穴が開いてしまった。

それは、レイラに関わらなければ出来なかったものだ。

「血をたくさんあげたでしょう? だから。いい?」

「リリス様の仰せの通りに。」

「それと三つ目になるのだけれど、その名前リリスをやめて、レイラって呼んで頂戴。なんだか落ち着かないの。まだ慣れなくて。」

「はい。レイラ様。」

『様』も出来たら外してほしいが、口調だけは丁寧なブレットの事だ外すつもりは一切ないだろう。放置だ。

「これで、妖魔対策は大丈夫かしら?」

そうレイラが三人に問うと三者三様の答えが返ってきた。

「ん? お嬢さんがそう決めたならそれで良いんじゃない? 今までオレが妖魔を片付けてたから。たまにすり抜けてく奴もいたけどね。」

放任すぎるウィラード。最近まで付きまとっていたとはいえ、こういうところは、レイラの意志を優先させるらしい。

「妖魔関連は俺にはどうしようもないしな。レイラが思うようにすれば良い。ただ、最後までちゃんと責任を持つように。野放しにしたら駄目だぞ。」

まるで、捨て猫を拾ってきた子供に言い聞かせるようなシリルに、レイラはこっそりと嘆息した。別に何かを期待していたわけではない。

さっきは、鬱血痕を見て怒っていたように見えたのに、レイラがブレットを側に配置すると言っても何も感じていないようだ。

(私だったらそんなの嫌なのに。)

シリルも変人の家系なだけはある。

「ウィラード・シャルレも先生も何を言っているんですか?」

呆れたような、冴え冴えとした声が聞こえて、レイラは意識を戻す。

アルヴィンの眼鏡の奥の目が冷たく凍てついていた。

「私はおすすめしない。妖魔は所詮魔物だ。いつ牙を剥くか分からない。君は危機感が足りなさすぎる。」

不器用なアルヴィンなりに心配してくれているのだろう。

(アルヴィンさんは優しいもの。)

かなり口下手で、選ぶ言葉が悪いだけで。

とはいえ、ブレットはウィラード並みに強い。らしい。

ウィラードにぼこぼこにされていたが、妖魔ならウィラードの少し下くらいの実力のある妖魔だという。

「まあまあ。いいじゃないの。」

元妖魔、現神のウィラードは親しげにアルヴィンの肩を抱いた。アルヴィンは思いきり顔を顰めている。

「触らないでくれ。元妖魔。」

近距離に人が近づくのはあまり好きではないようだ。

誰でも、親しくもないのに触られるのは嫌だろう。

ウィラードは嫌がるアルヴィンが楽しいのか、楽しそうに絡んでいる。いつも、追い回されてばかりだったから意地悪したいのだろうか。人として器が小さい。

「レイラ様、出口はこちらです。」

ウィラードとブレットの激闘で瓦礫の山となっている元廊下を歩く。先程から躓いてばかりだ。

「大人しく乗れ。熱が上がっただろ。」

シリルに背中に乗るよう促され、渋々といった表情で従う。

「まだ歩けたわ。」

「いや、いつ歩けなくなるか分からないだろ。」

くすりと笑ったシリルの声が懐かしくてレイラはぎゅ、と腕の力を強めた。

「温かい。懐かしい匂いがする。」

「そうか? そういうレイラは薔薇の匂いがする。」

「そういえば、保湿の為かなにかで薔薇の匂いがするのを塗られたわ。それで肌が綺麗になったの。」

「へえ。」

「シリル?」

突然、シリルの機嫌が降下して、レイラは戸惑う。

つんつん、とシリルの頬をつついてみる。

「帰ったら、ゆっくり話し合おうな?」

「ええ、勿論。久しぶりだわ。嬉しい。」

「……噛み合わないな。」

「ん、何か言った?」

「何も言ってない。」


◇◆◇


異界から外に出て、ひとまず家に帰ると突撃された。

「レイラ! 僕の天使! 心配したんだよ!?」

「あまり迷惑をかけるな。」

腰に絡みつくノアの腕と、肩に置かれたウォーレンの手がいつもより重く感じた。それだけ、二人の兄には心配をかけてしまったようだ。

勿論、家族の皆も王族もだろう。

体調が戻り次第、王都まで挨拶に向かう予定なのだが、ルークやジェフリーに会うのが憂鬱だ。特にルークがノア並みになりそうで。

「無事で良かった。」

力の使いすぎで異界に来られなかったアドルフも、柔らかい笑みを口元に湛えていた。言葉の力の副作用はレイラも知っている。

「はい。お祖父様。ありがとうごさいました。」

今回の騒動を起こした少女は、メリルの下でしつけ直すらしい。あの理事長のことだ、どんな目に合わされているのだろう。

「そういえば、僕は認めてないからね。レイラが誰かと婚約なんて。結婚するなら彼より僕にしよう。ね?」

詰め寄るノアから後退っているとウォーレンがぽかっ、とノアを軽く小突いて嗜める。

「寝言は寝て言え。お前の婚約者に悪いだろう。こんなお前を慕っている彼女に。」

「婚約したのね。おめでとう。ノア兄様。」

婚約するかも、とは聞いていたが本当にノアと結婚してくれる人がいるとは思っていなかった。近いうちに姪か甥が見られるかもしれない。

「おめでとうございます。ノアさん。」

満面の笑みでシリルもレイラたちに続いた。

前に二人が邂逅したときにも感じたが、この二人は性格的に合わない。ノアはシリルの苦手なタイプで、シリルはノアにとって仇敵のような認識をされている。最愛の妹を奪う憎き奴という。

そのシリルがそれはそれは上機嫌で祝っているのだ。

ノアは嫌そうな顔をしてレイラを見た。

「彼に言われるのすっごく腹立つんだけど。」

そんなノアの一言に皆が笑う。

しばらくぶりの平穏な世界にレイラはほっと息を吐いた。

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