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やって来た手掛かり

こんこん、と簡素な木の扉が叩かれてシリルは顔をあげた。

ただ無心になって過ごす時間というものは短く感じる。

メリルあたりが来たのだろうと、身だしなみを整えることなく扉を開いた。そして、開いた先にいた人物に目を瞠った。

「生きてますか? 先生!」

栗毛色の長い髪を二つに括った少女は瞳をうるうるとさせて、シリルを見上げていた。なぜ、ここにいるのだろう。

「な、どうして分かったんだ?」

思わず、扉の前に立っている少女にシリルは訊いた。

ハーシェルが学院裏の拠点に侵入して直ぐ、アドルフたちと相談して拠点をトリフェーン郊外にある山中へ移した。

職場から遠くなってしまったが致し方ない。

しばらくは静かに過ごせていた。

朝から夕方まで勤務して、それから先は拠点で一人いつ届くか分からない声を待っていた。休みの日は一日中耳をすませていた。

この生活がしばらく続くのだろうと思っていた矢先にこれだ。

ハーシェルは医療科のはずなのに、どうして分かったのだろう。

情報科の生徒でも分からないようにしてあるはずなのに。

そう、ここはウィラードによって守護されている場所だ。前の拠点もそうだった。

なぜ、あくまで医療科の生徒であるハーシェルが発見できたのだろうか。

強かなレイラのことだから精神的にも肉体的にも戦っているのかもしれないし、こちらと時間の流れが違う事だってあるだろう。

まだそこまでの危険を感じていないのかもしれない。

そう思うことで今まで気を保ってきたが、何の手掛かりもない状況はシリルの精神を蝕んでいたらしい。

今、目の前にいるが何かの鍵を握っているような気がしてならない。こんなに都合よく拠点がばれて堪るか。

「フィオナ・ハーシェル。君に訊きたいことがある。」

「何でしょう?」

浅慮かもしれない。それでも、もうこらえられなかった。

「なあ、レイラ・ヴィンセント、もしくはリリス・レイラ・シトリンの居場所について知らないか?」

「あの王女殿下の居場所、ですか? う~ん。王宮とか、王家所有の別邸とか……。他は分からないですわ。シリル先生、どうしてそんな質問を?」

「……いや。」

無邪気な笑顔のハーシェルに違和感を感じたが、これ以上突っ込んだところで彼女が素直に答えるはずもないのだ。

そして、何より間違いだったら申し訳ない。

「もしかして、王女殿下に逃げられたとか……。」

「は、逃げられた?」

何語だそれは、と一瞬ハーシェルの言った言葉が理解できなかった。シリルからレイラが逃げるなんてあるはずない。

「居場所を知らないかって仰いましたけど、婚約者ならどこにいるか、細かい場所は分からなくてもどこの街にいるかくらい知っているはずじゃないでしょうか? なのに訊いてきたってことは逃げ出したとしか思えなくて……。」

「なんでレイラが逃げる必要がある?」

「偽者だったとか!」

ぽん、と手を叩いて嬉しそうに話すハーシェルに奇妙なものを感じて、思わず怪訝な声をあげた。

「偽者?」

「はい。本当は王女殿下ではなくて平民が王女に成り済ましていたのかなって。」

成り済ましなどではない。証拠はこの目で見てきた。

レイラは間違いなくルーク王子の子供だ。血の繋がりを感じさせる面立ちをしていて、神の一族の能力だってあった。

そんなことを学生のハーシェルが知っているはずもないが。

これ以上、探偵気取りの少女に構っていられない。

「もういい。帰れ。」

「どうして! いつシリル先生は彼女と仲良くなったのですか? あの子は最初から先生を利用するために近付いたんじゃないですか!?」

激しい感情を露にして詰め寄るハーシェルからそっと距離を取る。しかし、距離を取った分だけ詰められた。

妄言に付き合いきれない。シリルは眉間に皺を寄せた。

「君には関係ない。おかしなことを言ってないで帰るんだ。もう日が暮れる。」

「騙されてますよ!」

まだ喚くハーシェルをぐいぐいと手で押して外に導く。

そのときだった。凛とした声が聴こえたのは。

聞き慣れたそれは、いつもより弱くて儚くて苦しい。

『…や…痛……はっ……い。』

「急に見つかるなんておかしいでしょう!」

雑音で途切れ途切れしか聞こえない。

苦しそうな声で、息が出来ないと溺れているような。

『汚れて………だ。』

「元々、苦手だったんです。総合科に入って何を勘違いしたのか分からないけど、先輩方や先生方に媚を売って!なによ、あの子なんて……!私の方が」

「うるさい。黙ってくれ。」

唸るようにシリルが訴えると、ハーシェルは黙った。泣きそうな顔で、苛立っているシリルを上目遣いで見つめる。

いつもなら、フォローはする。だが、今はわずらわしい。

彼女の声がようやく聞こえたのだ。

いくら不穏な言葉が混じっていても、声が届いたということは生きている。生きているのなら助けられる。

『気持ち悪い。でも大丈夫。まだ私は動ける。まだ。』

(大丈夫、なんて。お前の大丈夫が大丈夫なわけないだろ。)

早く、気持ち悪くて汚れた場所から連れ出さないと。

もしも、レイラの身に傷が残っていたなら妖魔だろうが、人間だろうがただでは済まさない。レイラの胸の傷も首の傷も深くて傷痕になっているのだ。これ以上傷付いてほしくない。

だが、妖魔に連れて行かれたと判明した時点で無傷なことはありえない。だから、痛みを長く感じないように早く助けたい。

(レイラが泣かない内に。)

「邪魔する。」

そんな声と共に突然後ろに人が降り立った。

この感覚はやっぱり慣れないな、と思いながら振り返るとアドルフと他にもう一人、見知らぬ老人がいた。

かなりの年齢だろう。皺が刻まれている顔は年齢を重ねたものがもつ威厳のようなものを浮かべていた。

アドルフはシリルとハーシェルを交互に見てため息を吐く。

「それは誰だ。また入り込まれたのか?」

「すいません。前と同じ女生徒です。」

どうやってここを突き止めたのか謎の女生徒だ。

アドルフは目頭を指で揉みほぐす。おそらく、視ているのだろう。開いた扉の向こうの空間を。女生徒がどうやってここまで来たのか知るために。

「これが例の?」

一言も発していなかった老人が口を開いた。

「ん? ああ、彼がレイラの婚約者だ。」

「なるほど、確かに相応しいな。」

なにが相応しいのだろう。非常に気になるのだが。

老人はすっと目を細めてシリルを見つめている。話しかけづらい。じろじろと観察されている。

アドルフと仲が良いようだし、昔からレイラを知る人だろう。

そうシリルは片付けた。

「さっき、声が聞こえました。」

まずは、ようやく聞こえたレイラの声のことを報告せねば。

「本当か!レイラはなんと言っていた?」

こんなに大きな声を出すアドルフは初めてみた。

「痛い?とか汚れたとか。まだ大丈夫って、まだ動けるって……絶対大丈夫じゃないですよね。早く助けないと。」

焦ってはいけないと分かっているのに、気が急いて動き出したくなる。その衝動を抑えるためにシリルは拳を強く握りこんだ。

「その娘。契約者だ。目が赤く濁っている。」

唐突に、そう指を指して老人は言った。

びくり、とハーシェルが怯えたように身体を震わせた。

翠色の瞳には怯えの色が走っている。突然現れた二人に驚いているのと、今の老人の指摘に思い当たる節でもあったのか。

だが、シリルの瞳に映るのは翠色の目だ。赤くはない。

何を見てそんなことを言っているのだろう。シリルは老人を見つめた

「学院にいた契約者か。……可能性は十分にあるな。シリル、ウィラードを呼べ。居場所が分かったときに『裏道』に浸入するためには奴の手がいる。」

今のうちに呼んでおけと、アドルフは言った。

その間、ハーシェルを中に招いて逃げられないようにした。

それにしても、本当にレイラや王族の周囲には異能しか集まらないのだな、と少し感動した。

老人はどんな世界をみているのだろう。

「こいつの目には最初からレイラの髪が銀色に見えていたということだ。ケントは特別な目を持っているんだ。」

それを『真実を見る目』だと二人は考えているらしい。

確かに、レイラの髪色は今の姿が真実なのだろう。

シリルやその他にとって馴染み深い色は金茶色だ。

ぶっちゃけ羨ましい。

ケントだけが唯一、レイラの姿を最初から知っていたのが。

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