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月の選択と太陽の後悔

警察署の近くにある借家でレイラは悩んでいた。

窓から見える空はどんよりとしていて、今にも雨が降ってきそうだ。つと、視線を庭に移すと洗濯物が干されている。

シリルには誰が尋ねてきても無視しろと言われているのだが、その他にも、お願いだから家から一歩も出ないで欲しい、頼むから外に出ないでくれ。と懇願された。

我が儘を言ってシリルに付いてトリフェーンに戻ってきたので、その言葉に従うことに納得している。だが、雨が降ったときの洗濯物の取り込みはどうすればいいのだろう。

近くに警察署や役所がある為、この時間の人通りは絶えない。

いつもはシリルが早く帰ってくる日にまとめて干しているのだが、今はまだ昼を過ぎたところだ。まだ帰って来られないだろう。

そうこうしている内にぱらぱらと小雨が降り始めた。

(髪を隠せばいいわ。)

この銀髪はかなり目立つ。きらきらした舞踏会の中でも、銀髪の王族は探しやすかった。その分、レイラも見つかりやすかったのだが。

(シリルにばれても彼が落ち込むだけだわ。大丈夫。)

早速、髪を雑に括って帽子の中に詰めた。

鏡で確認してひとつ頷く。綺麗に上手く入った。

外に出ると、本格的に雨が降り始めた。

急いで洗濯物を回収していく。

「ねぇ、ちょっと。」

突然、知らない声がすぐ近くで聞こえた。

どうして敷地に入って来ているのだろう。

道を聞くなら隣にある警察署に行くはずだ。

それなのに、ここにいてレイラに声を掛けたということは、考える可能性は三つだ。一つ目はシリルに用のある人物。二つ目はレイラに用のある人物。

三つ目の可能性は低いが、リリスを探しに来た人物。

情報科や情報屋なら見つけていてもおかしくない。利益にならないから周囲に言っていないだけで、レイラが職員棟にいた事も殆どの情報科生は知っているだろう。

諦めて振り返ると、傘も差さずにいる黒髪の少女がいた。

年はハロルドと同じくらいだろうか。幼さの抜けきらない顔をしている。瞳も髪と同じ漆黒で吸い込まれそうな感覚を覚える。

よく見ると、少女は学院の制服を着ていた。

授業が終わってすぐに来たのだろうか。一体何のために。

少女は怪訝そうにするレイラを真っ直ぐ見つめ口を開いた。

「どんな手を使ったの?」

「……どういう意味ですか?」

「どんな手を使って王女に成り代わったのよ。」

「……。」

彼女は何を言っているのだろう。

手も何も、それが真実なのだから。

「貴女は、国王陛下が偽物を信じるとお思いですか?」

セオドアはレイラが生まれてからこれまでを全て知っている。そのなかで『リリス』が入れ替わったのなら、まずアドルフが気づく。空間を視ることのできるアドルフの目は絶対だ。

ただ、そこまで説明してやる必要はないだろう。

「あんたが奇術でも使ったんじゃない? あんたみたいに変なのが王族なわけないでしょ。陛下は騙されているの。」

駄目だ。この少女と話が通じる気がしない。

「もしも、私が陛下を騙していたとして何か良いことがあるように見えますか?」

しがらみの多い人生は庶民生活の長いレイラにとって面倒なことこの上ない。お金は少しくらい不自由でもいいから、普通に生きていたいのだ。

そんなレイラの気持ちなんて、ご令嬢といった姿の少女には分からないだろう。生まれてから今までに過ごした場所が違う。

「あるじゃない。貴族と結婚できるのよ? でも、よりにもよってフィンドレイに取り入るなんて。意味わかんない。侯爵家なら死ぬまで遊んで暮らせるとでも思ったのでしょうけど、そんなの私が許さない。ぽっと出のあんたなんかに!」

(なるほど。やっぱりシリルはもてるのね。)

彼女の言いたいことは大体わかった。要するに、

『てめぇ、何ぽっと出の女が出てくんだよ。失せな!』

といったところだろう。

だから、レイラを偽物として引き離したいと考えている。

彼女はなぜ分からないのだろう。

セオドア王が公式にレイラをリリスとして認めた以上、口を噤んでいるべきなのに。婚約だって書類を交わした後だ。

これは脳内お花畑状態なのだろうか。

そういった人物はどう出てくるか分からない。

失礼だが、退散しよう。

びちゃびちゃに濡れてしまった衣服を抱え直した。

「あの、お話は今度で良いですか? 雨も降ってますので、貴女も風邪を引く前に帰った方が……。」

ざーざー。と空から落ちる雫の向こうで、少女の表情が消えた。昏い視線の先にはレイラの抱える白シャツ。レイラが着るには大きすぎるそれはシリルのものだ。

嫌な空気を感じて少女の顔を覗いてみる。

「どうされました?」

「え、ああ。ごめんなさいね。濡らしてしまって。」

急ににこりと笑顔を浮かべた少女に肌が粟立つ。

すごく嫌な予感がする。

ぺこりとお辞儀をしてレイラは勝手口へ帰ろうとした。

しかし、家の前に馬車が止まっているのに気付いて足を止める。

「あら、迎えが来たみたい。向こうで待っていてと言ったのに。ごめんなさいね?」

彼女はさっきから口には出しているものの、全く悪いと思っていない。一体、何を企んでいるのだろう。

「貴女、首に何を付けているの?」

「首?」

「ええ、ここよ。」

一瞬で距離を詰めてきた少女は、レイラの首に手を当てた。

嬉々としてレイラの首に触れる少女に不気味なものを感じた。

その時、ちくりと首筋に痛みが走ったかと思うと、ぐにゃり、と視界が歪む。立っていられなくなって、地面に膝から崩れ落ちた。

滲んだ視界に倒れた拍子に飛んでしまった帽子と、そこから零れる銀色の髪が映る。その先に少女の脚と、もう一つ男性のものと思われる長い脚が見えた。

真昼に、それも警察署の傍でレイラを拐かすなんて、馬鹿ではなかろうか。それとも、それだけの自信を持ってここにいるのか。

やってしまった。そう思いながらレイラの意識は落ちた。


◇◆◇


「連れていって。」

「かしこまりました。お嬢さま。」

少女に命じられた男は地面に倒れたレイラを抱えて馬車に乗り込んだ。そのまま、馬車は少女を乗せずに走り出す。

レイラは毒が回っているため、目覚めることはない。

男は泥で汚れたレイラの顔を裾で拭う。

白い肌を蕩けそうな瞳で見つめ、男はレイラの唇をなぞる。

「嗚呼、美味しそうだ。」

男の呟きは誰にも聞かれることなく、密室の中で響いた。


◇◆◇


手紙の件をレイラに注意しようと思って、シリルはいつもより急ぎ足で家に帰った。

「ただいま。」

いつもなら、すぐにシリルを出迎えにくるはずなのに、家の中はがらんとしていて人の気配がない。まさか、顔が強張る。

「レイラ! 返事をしてくれ!」

家中を探しても、どこにも姿がない。

どこかに出掛けているだけならまだ良いのだが、レイラはシリルの言うことは納得できないことを除いて聞いてくれる。

そんな彼女が書き置きもなしに居なくなる筈がない。

落ち着いて深呼吸を繰り返すと、少し冷静に戻る。

そこで勝手口が少し開いている事に気が付いた。

確か、昼過ぎはどしゃ降りだった。もしかすると洗濯物を取り込もうとしたのかもしれない。

しかし、だとすると日が暮れかけの今まで取り込んでいたことになる。

嫌な考えが頭の中を過って、血の気が引いた。

「頼むからやめてくれ。」

ふらふらと扉を押して庭に出る。

そこには、泥にまみれた洗濯物と見覚えのある帽子があった。

(こんなことなら、さっさと帰っていれば良かった!)

ジェイドに帰っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。四六時中、人が近くにある環境だから。

「妖魔、ウィラード! いないのか?」

月の神になったウィラードの名を呼ぶ。

いつもなら、冷たい気配を追うだけなのに今は何も感じられない。もっと早くレイラの気配がないことに気付いていられたはずなのに。ぐっと唇を噛む。

「どうしたの? 先生がそんなに焦ってるなんてめずらしー。」

相変わらず、能天気な声だ。

白金の髪を靡かせて庭に降り立ったウィラードはきょろきょろと周りを見回してから、シリルに視線を止めた。

「レイラが何者かに連れ去られた。探してくれ。」

「嘘でしょ? ちょっと待って探すから。」

目を閉じたウィラードから緊張した空気を感じる。

人外の力で探せば、さすがにレイラも見つかるだろう。

「どこにいる?」

「やばいかも。お嬢さんの気配が感じられない。」

その言葉に、シリルは目の前は真っ暗になった。

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