太陽の思いと牽制
「声掛けられ過ぎだろ……。」
疲れきった声が自分の口から零れる。
休憩室のソファーにレイラと二人でにぐったりと沈んでいる。
座っているのはシリルだけでレイラは眠ってしまった。
シリルの膝に頭を預けてすやすやと眠るレイラの額に触れる。
明日にはアドルフがトリフェーンまで『送って』くれるという。十数日もかかる道程を一瞬で移動できるというのは素晴らしい。全く疲れない。『言葉』の力の偉大さを感じる。
(どいつもこいつも、すごい食い付きだったな。アイリーン殿下がアレだからか? レイラはレイラですぐ迷子になるしな……。)
「はあ。」
溜め息が零れた。
姿が消える度に会場の死角で口説かれている。
彼女は自分の立場をもっと理解した方がいい。無防備すぎる。
周りの男たちも男たちだ。婚約を発表したばかりなのに彼女に誘いをかけるとは、どれだけレイラを馬鹿にしているのだろうか。彼女は面倒事が大嫌いだ。それに、彼らはレイラ曰く『胡散臭い』らしい。
繕えば繕うほど、レイラは『胡散臭い』『不快』と感じるだけだ。滅多に人前で表情を変えないレイラが顔を歪ませている。
最近になってその理由を知った。
まさか、シリルより先にハロルドが知っているとは思わなかったが。
シリルには何でも話しているつもりだったらしい。その気持ちは嬉しい。嬉しいのだが、レイラはかなり抜けている。
(これから不安だな。色々と……。)
トリフェーンに帰ってすぐにレイラは自主退学。
シリルは引き継ぎが済み次第、退職予定だ。
そのままジェイドに帰って、父に諸々の指導を受ける。
最後にアルフレッドの持つ侯爵位と子爵位を継いでから、レイラと結婚。というのが、今のところの予定だ。
(間に合うのか一年で。レイラの花嫁修行もだけど、俺の方もまずいな。精々、学院時代に築いた生徒との縁しかない。)
一年の間に上手いこと交流を広めておかなくては、せめてアルフレッド並みはいる。『フィンドレイ』だから多少は多目に見られるだろう。世間ではフィンドレイ=変人という認識だ。
しかし、これ以上諸々の評判が落ちるのはまずい。せめて現状維持をしなければ、次の代に申し訳ない。
(ああ、レイラも変だったな……。うん。無理だ。)
レイラの出来ないことはシリルがやればいい。
ただ隣にいてくれたら、それでいい。
そう思うのはシリルだけだろう。レイラは使ってくれと言うに違いない。しかし、彼女は全てにおいて雑なのだ。大人しく屋敷にいてもらいたい。
屋敷でも侵入者と『遊べる』のだから、それで我慢してもらえないかとシリルは思っている。レイラに遭遇した場合、侵入者の命が危ないが。
レイラは手加減を出来ない。しない、というのが正しい。
相手に害意があれば殺ってしまう。
最近は落ち着いているのかと思っていたが、ジェイドでやらかしていた。それもレイラの一部なのだからシリルは受け入れている。
包み込むのがシリルの愛情表現だ。
勿論、頑張っても包めないのもあるので注意はする。
「ん。」
意識が浮上してきたのかレイラが身じろぎした。
さらさらと銀色の髪がレイラの顔を隠す。
「シ、リル?」
「おー。起きたか。」
紫水晶の瞳を見るために、顔を隠している髪を避ける。
ぼんやりとした顔で見上げてくるレイラは可愛い。
「重かった?」
「いや、思ったより軽い。」
のそのそと起き上がったレイラを腕に閉じ込める。
啄むような口付けをして、恥じらうレイラを楽しんだ。
◇◆◇
王都で婚約発表をしてから数日後、遂にトリフェーンにその話が届いた。
『レイラ』が『リリス』ということはトリフェーンの殆どの人が信じてしまっていた為、衝撃は少なかった。
しかし、問題は『レイラ・ヴィンセント』が生徒として通っていたメリル学院に『教師』としてシリルが勤めていた事実だ。
「どういうこと!?」
「分からないって!」
「じゃあ、シリル先生はヴィンセントさんがリリス殿下だって知っていたの? 元から婚約は決まっていたってこと?」
「それは……分からないけど。でも、職員棟に住んでたって噂もあるくらいだから、やっぱり知ってたのかも。」
「え、それだと」
止めを刺される前にシリルは口を出した。
「何こそこそ話してるんだ。そろそろ授業始まるぞ。」
「げっ! シ、シリル先生!」
突然、現れたシリルに生徒たちは目を泳がせている。
まだシリルが学院にいるのに大声で噂話をするとは、大物だ。
「はいはい。興味があるのは分かるが、彼女には何も聞くなよ。面倒なことになるからな。聞くなら俺にしろ。」
「あっ! 授業の準備しないといけないんだった!」
棒読みでそう言った生徒に続いて、集団は散っていった。
一応、レイラには家に居てもらっている。
というのも、想定していたより早くジェイドに帰れそうだったのだ。
引き継ぎはメリルが済ませてくれていた。
これからは、シリルの仕事をメリルがするそうだ。
理事長としての仕事もあるのに、あの怠け者のメリルに出来るのか不安だ。
「シリル先生。」
「ハロルドか。どうしたんだ?」
思い詰めた表情で立っているハロルドにシリルの声も真剣なものになる。
「レイラ……から手紙が来て、ゆっくり話したいから家に来ないかって……。あの、行っても良いですか? 嫌なら無理にとは言わないんですけど。」
(……。何をしてるんだ、レイラ!)
ハロルドが手に持っている手紙に目を通すと、日時はシリルが仕事中の時だった。なぜなのだろう。ハロルドと二人で楽しみたかったのだろうか。
確かに、これからレイラがトリフェーンに来ることは少ない。
そして、ここしばらくトリフェーンで唯一、学院以外で知り合った友人のハロルドとは会えなかった。
少しくらい広い心で見逃すべきだろう。
面白くはないが。
「別に構わない。あと少しでジェイドに引っ越すからな。」
仲の良い友人と離れるのは辛いだろう。
前のように『言葉』の力を使えないレイラは、自由に国内を動けない。精々、大きな集まりのときに貴族の友人と会えるくらいだろう。
シリルが余程渋い顔をしていたのか、気を遣ったハロルドが恐る恐るといった表情で口を開く。
「あ、あの。他にもフォスター先輩とかパーシヴァル先輩に、クライヴ先輩とか理事長とか呼ばれてるので安心してください。」
「……そうか。」
かなり年下のハロルドに余計な気を遣わせてしまうとは、教師として失格だ。
ここは職場。嫉妬はプライベートで済ませておかねば。
「先生に一つ聞きたいことが。」
「何だ?」
「先生は『彼女』のことをどう思っているんですか?」
ハロルドの言う『彼女』はレイラのことだろう。
そこで男の勘が働く。
ハロルドの視線からシリルと同じ想いを感じた。
「強くて、弱くて、綺麗で、大雑把で、無謀でほっとけない。でもって可愛くて、愛しい。今、思い付くのはこれくらいか。」
「すごい、ですね。」
多分、相当引かれている。
大人気なく牽制みたいな事をしてしまったからだろうか。
(良かった。柔らかくて良い匂いがするって言わなくて……。言ってたら『変態教師』って呼ばれたかもしれないな。)
顔を引き攣らせているハロルドに気付かれないように、シリルは小さく溜め息をついた。




