公表と挟んだ結果
煌びやかな衣装を纏った紳士淑女たちは、壇上に立つ国王を静かに見つめていた。
死んだはずの王女が生きていたという話は昔から流れていた。しかし、確かめる術もなく噂は噂だろうという風になっていたのだ。
最近になってまた流れ始めた噂も信じられていなかった。
だが、一月前に国王から招待状が届いた。内容はリリス王女のお披露目だという。今まで噂が流れても何の反応も示さなかった王が初めて動いた。それも、見つけた。ではなくお披露目だという。
ようやく、真実が分かるとあって多くの貴族が集まった。
セオドアは好奇心を隠しきれない大勢の視線を浴びて、暫く目を瞑る。それから、ゆっくりと目を開き低く威厳のある声を響かせた。
「訳あって外に出していた孫娘を紹介する。リリス・レイラ・シトリンだ。リリス、皆に挨拶しなさい。」
裾から恐る恐る出てきたレイラは、己に向けられる視線の多さに気が遠くなった。小さな声で交わされる話の内容はどんなものだろう。好意的なものだと嬉しいのだが。
セオドアの隣に立ち姿勢を正す。すう、と息を吸って心を落ち着かせると、何度も頭の中で練習した言葉を吐き出す。
「皆様、初めまして。リリス・レイラ・シトリンです。」
少し早口だったかもしれない。頭を下げながら思った。
歓声や拍手を受けているということは、ひとまず認められたとそつ自惚れていいのだろうか。
その中で戸惑うような気配がして顔を上げる。
「……それだけか?」
国王陛下は眉を寄せて言った。
「他に何か言った方が良いですか?」
「いや、君は何も言うな。平穏のために。」
平穏のため、とは何のことだろう。
セオドアの中でのレイラの立ち位置が気になる。
「それと、もうひとつ発表がある。シリル・フィンドレイ。」
裾から出てきたシリルの姿にざわめきが広がる。
当たり前だろう。フィンドレイの屋敷は王都から遠く離れたジェイドにあるのだ。それも十数年も前に王都との関わりを断ったフィンドレイだ。疑問しかないだろう。
「ここにいるリリスとシリル・フィンドレイの婚約を発表する。式は一年後の予定だ。私が伝えたいことは以上だ。後は皆それぞれ楽しんでくれ。」
楽しんでくれ、とセオドアは言ったが、会場内の空気は冷えてしまった。皆ぽかんとしている。もっと言い方はあるだろうに。
「疲れたわ。」
控え室に戻ったレイラはふかふかの長椅子にぐったりと腰掛ける。その横に苦笑しているシリルが座る。
「かなり緊張してたな。」
「シリルも別人みたいだったわ。前も思ったけれど。」
シャンデリアの下のシリルはいつもの倍きらきらして見えるのだ。普段も魅力的な人であることに変わりはないが、やはり場所が違うと新鮮に見える。
「ああ、そうだな。俺もレイラの中身を除けば今は別人に見える。喋ったら普段のレイラと変わらないけどな。」
「私の化粧をしてくれた人の腕が良いのね。私も鏡で驚いたわ。前にしてもらった時とは雰囲気が全然違うもの。」
今日はシリルの瞳の色と同じ色のドレスだ。
シリルは菫色のタイを身に付けている。
そして、シャツの下にはレイラと交換したネックレスがあるのだろう。レイラはデザインが違うからと着けることは出来なかった。だが、普段は肌身離さず着けている。
いつもと違うネックレスを指先で弄っていると、シリルの顔が突然目の前に現れた。
「元が良いからな。今日のレイラ、すごく綺麗だ。」
シリルが本当に言いたかったのは最後の一言だろう。
黄緑色の瞳に見つめられレイラの頬に朱が散った。
「……ありがとう。」
「照れてるのか?」
にやりと笑うシリルにむっとする。
「私、おかしい?」
「いや、おかしくない。可愛すぎて他の男の目が届かない所に行きたくなる。真っ赤だな。熟れた林檎みたいだ。甘そう。」
「わざとなの?」
「少しだけな。ほぼ、思った事だけど。」
「……意地悪。」
それから、いい加減にしろと言われるまで控え室にいた。
会場に戻ると早々にシリルはどこぞの令息たちに連行されて行き、レイラは広い会場の中で一人になった。皆、レイラの様子を窺うだけで誰も話しかけてこない。
(そういえば、身分が上の人からしか話しかけられなかったような。私から話しかけないといけないのかしら。私に出来るの?)
数秒考えて、無理だという結論に落ち着いた。
とりあえず、王太子妃様、アイリーン、(仮)ジェフリーを探すことにした。困ったらそうしろと国王と王太子に言われている。
人混みの中に銀髪を発見した。銀髪ということは選択肢の中に一人しかいない。見なかったことにして他の人を探そうとするが、その前に銀髪に見つかってしまった。
「リリィ、なんで俺の味方はどこにも居ないんだ。」
レイラの前に来て早々、意味のわからないことをのたまうジェフリーに冷めた視線を向ける。
「どうしたの? ようやく日頃の行いの悪さに気付いたの?」
「違えよ。リリィの隣に俺が立ちたかったのに、今日いきなり知らされたんだよ。止める時間も与えてもらえなかったしな。」
ジェフリーに知らせずに事を運ぶというのはレイラの意思ではない。というか、レイラにジェフリーの『目』を誤魔化すような真似は出来ない。出来るとしたら『目』を率いている者を持っている王だけだ。
「陛下も王太子殿下も見る目があるの。」
「地味に傷付くからやめろ。すげぇ腹立ってきた。」
「冗談よ気にしないで。大丈夫。あの胡散臭い顔だったら無垢な女の子の一人や二人釣れるわ。頑張って頂戴。そういう子達は貴方と絶対に合わないだろうけど。」
「へぇ?」
にやりと笑ったジェフリーにぐい、と腕を引っ張られる。
「なっ…にするの! あっ、」
耳に口付けられ、咄嗟に足が出た。
しかし悲しいかな。厚い布地で出来たドレスのおかげで足は広がらず、体勢を崩してジェフリーに抱き止められるという屈辱を味わうことになった。
「一年の間にあいつに飽きたら俺のとこに来いよ。」
「貴方のところだけはありえないわ。」
うんざりとしているレイラに、ジェフリーは嫌がらせのつもりだろう、レイラの手を取ると手首に口付けた。
手袋があって本当に良かったな、と思う。切実に。
追い打ちのように背後から少女たちの声が聞こえてくる。
「見て見て! ジェフリー殿下がリリス殿下を!」
「きゃあ! お似合いね。お二人とも綺麗な銀髪ですもの。絵画や物語の一部分のように美しいわ。目の保養ね。」
「でも、あのお方本当にリリス殿下なの?」
「もう、駄目でしょう! いくら貴女がシリル様を狙っていたからって、そんな事言わなくても。不敬よ。」
「まさか! わ、わたくしそんなつもりではないわ!」
まさか、ジェフリーと共にいて目の保養にされるとは複雑だ。
それに、もうひとつ。
(シリル。やっぱりもてるのね。)
◇◆◇
ジェフリーのおかげで数人の令息令嬢と知り合えた。
どの人も育ちが違うと思える人ばかりだ。
この中にいてジェフリーはどうしてああなったのだろう。
だか、その中にレイラの苦手なタイプの人がいた。
「惜しいことをしたものだ。リリス殿下。貴女のように美しい花を見落としてしまうなんて……。」
これもジェフリーの嫌がらせなのだろうかと思ってしまう。
しかし、困った。
話しかけてもらえて嬉しかったが、鳥肌が止まらない。
「いえ、屋敷から出たことがありませんので。」
「今からでも私にしては、如何ですか?」
「すいません。シリル……様以外考えられないので。」
『様』付けするのは初めてだ。不思議な感じがする。
「彼はやめておいた方が良」
「それは、私が決めることです。」
レイラが切って捨てると、男性の笑顔の仮面に綻びができた。
『リリス王女』に何を求めているのか分からないが、レイラは何の力もない。育ちも庶民に近いのだ。こんな風に不快感しか与えられないだろう。
「取りつく島もないな。」
そんな時、くすくす笑いながらシリルが戻ってきた。
男性はシリルを視界にとらえると僅かに顔を顰めた。
「あっちでライアン殿下が探してた。」
「分かったわ。行ってくる。」
それが嘘だということは分かったが、男性とシリルは知り合いの様だったので、後は任せたとばかりにレイラはせっせと退散した。




