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感情と想いの交換

シリルの鋭い眼光がソフィアを射抜く。

「シリル様は一体なにを言っているの?」

「とぼけるな。レイラに当てようとして、母さんに飛んだからそんなに動揺してるんだろ。良かったな。レイラに飛んでも避けられて終わるだけだったのに、怪我を負わせることが出来て。」

「そんな! そんな器用な真似できっこない!」

ソフィアからレイラに対する強い憎しみは感じている。

この部屋まで無理やり入って来たくらいだ。

行動力はあるだろう。多分『シリルより強い女性』を目指していたはずだ。それなりの腕はあるとは思うが、投擲は苦手だったのかもしれない。

まさか、レイラが布団に潜るとは思っていなかったのだ。

だから投擲という手段を使った。

しかし、投げた短剣はヴィクトリアに当たりそうになり、それを庇ったレイラにも大した傷を付けられなかった。ただ、レイラの株が上がっただけ。

わざと投げたとは思いたくなかったが、さっきから殺気の混じった視線を感じるので、脅しのつもりで投げたのは間違いないだろう。

「私はただ……!」

「吠えるなうるさい。エリシアが可愛がってたから我慢してたんだけど、もう必要ないな。俺はお前が苦手だった。今は殺してやりたいぐらいだ。失せろ。」

淡々と無表情で語るシリルに、ソフィアは涙まで浮かべている。

相当、頭に来ているようだ。今までシリルと共に過ごした中で一番怖い。

アルフレッドもヴィクトリアも息子シリルを驚いたような顔で見ている。ここまで怒るのは親から見ても珍しいのだろう。

「そんなっ! 短剣を持ち出したのは謝ります! でも、でも、傷付けようなんて思ってなかったわ!」

なんだかソフィアが憐れに思えてきて助け船を出す。

「シリル。私はわざとでもわざとじゃなくても、どうでもいいわ。だから、そんなに怒らなくても大丈」

「大丈夫、か。今まで何回刺された? その度に俺がどんな思いでいたと思う? 怖いんだ。守れないことが、何も出来ないことが。今だって『また』俺は守れなかった!」

握り込まれたシリルの拳が小刻みに震えていることに気が付いた。もしかしたら、トラウマを刺激してしまったのかもしれない。

シリルの言った『また』は妖魔に首を齧られた時の事と、胸に大穴を開けられた時の事だろう。妖魔のやつはレイラがぼーっとしていたからだし、胸を刺された時のはレイラが勝手に学院外へ出た所為だ。

「大丈夫。」

静かにそう言って、俯くシリルを抱き締める。

強張っている身体をほぐすように背中を何度も撫でた。

「シリルだって、私のせいで傷付いたでしょう? いっぱい迷惑だってかけた。大丈夫。私は貴方の前からいなくならないわ。だって私は強いもの。」

「……悪い。少し感情的になった。」

掠れた声が怪我をした右耳に当たった。

少しは落ち着いたようだ。レイラはシリルから離れようとしたのだが。

「ごめん。」

そんなシリルの声と共に柔らかく抱き込まれた。

(すごく居たたまれないのだけれど、少しだけなら我慢しないと。シリルが素直に甘えてくれるなんて珍しいもの。)

周囲の視線が気になって仕方ないが、みんな黙っている。

大人しくレイラはシリルの胸に寄りかかった。


◇◆◇


「すまない。レイラさん。女の子の身体に傷を付けてしまうなんて、もっとあの娘に対して危機感を持つべきだった。フィンドレイの男が二人もいたのに情けない。」

アルフレッドに頭を下げられて、レイラは飛び上がった。

「いえ! ぎりぎり当たらないと思ったのがいけないんです。どうか顔を上げてください。」

ソフィアは従者とヴィクトリアに引きずられて、ファレル邸へ強制送還された。ヴィクトリアはファレル当主へ抗議に行ったらしい。ソフィアがあんな風になったのは甘やかしすぎだからだと憤っていた。

ヴィクトリアもシリルと同じような、静かに怒るタイプだったようで、彼女の無表情は迫力がすごかった。

アルフレッドでさえ、顔色を悪くしていたのだ。

「守ってくれてありがとう。あれはぬけているから……。いつもなら避けられていたんだが、気が緩んでいたようだ。本当にありがとう!」

「……そうですか。」

なんだか照れてしまって、それしか言えない。

その間にシリルが水を持って寝室に戻って来た。

アルフレッドはそれを見て扉に歩いていく。

「ヴィクトリアを迎えに行ってくる。取り返しがつかなくなる前に回収しないとな。」

「ああ……頑張ってください。」

そんな父子の会話にレイラは小首を傾げた。

(ヴィクトリアさん。どんな人なのかしら……。)

案外、激しい人なのかもしれない。

ソフィア・ファレル……無事だといいが。

引き攣った顔でアルフレッドは出ていった。

ぱたん、と寝室の扉が閉じられてシリルと二人きりになる。

ベッドに腰かけたシリルが隣をぽんぽんと叩いた。

「レイラ、おいで。」

穏やかな声に誘われるように、レイラはシリルの横に座った。

そのまま抱き寄せられて、レイラはほっと息を吐いた。

やはり、シリルの隣は落ち着く。

と思ったのも束の間、右耳に吐息を感じた。

「まっ、舐めないで!」

ぺろりと舌を這わされてレイラは声をあげた。

なんてことをしてくれるのだ。耳は敏感だからやめてもらいたい。それに、傷口をこじ開けるような舐め方をされた。地味に痛い。

びくびくしているレイラにシリルはふっと笑って言った。

「怪我したせいで反応が鈍くなってないかなと思って。」

「耳は弱いからやめて頂戴。」

「やめられないな。レイラが面白いから。」

橄欖石ペリドットの瞳が愉しそうに細められる。

「そういう事をしていて変な気持ちにならないの?」

「なるけど、軽蔑されそうだからな。抑えられる。」

なるほど、今のレイラに興味が湧かないわけではなく理性で抑えていたのか。『生徒』である間は反応されないと思っていた。

そういう我慢は辛いのだと、どこかで聞いたことがある。

「シリルも普通の男の人なのに……。やっぱり、学院辞めた方がいいのかしら。シリルには迷惑かけてばかりだわ。」

「辞めるな。変な気はまわさないて良いから卒業しろ。」

「シリルは平気なの?」

「全然平気とは云えないけど、我慢できないこともない。それに……」

「それに?」

「我慢し続けた後の方がもっと美味しく味わえるだろ。」

そう、シリルが真顔で言うものだから、あまりいやらしく聞こえない。不思議だ。彼の頭の中でも、レイラとの今後は覆らないようだ。

それが嬉しくてレイラは微笑んだ。

「私が美味しくなるとは限らないでしょう?」

「あの妖魔ウィラードの折り紙つきだ。今でも充分綺麗なのに、卒業する頃にはもっと魅力的になる。変な虫が寄り付かないように対策立てとかないといけないな。」

「どんな風に?」

目の前に、橄欖石ペリドットのネックレスがぶら下げられる。

「これ……。」

「俺の目の色に似てるしな。勝手な独占欲だけど。」

自嘲するようにシリルは言ったが、レイラはシリルになら独占欲を抱かれて縛られるのも悪くないと思える。それに、レイラもシリルを縛りたいと思うのだ。

「それじゃあ、私のこれと交換しましょう。」

アリアが身に付けていた紫水晶アメジストのネックレスを代わりに差し出す。レイラの瞳の色と同じ、透き通った紫色。

お互いにネックレスを付け合って、石に口付けた。

胸に抱く強い想いを込めるように。

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