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甘い空気と闖入者

ジェイドのシリルの実家に来て数日経った。

しかし、ジェイドに来てからというもの、シリルの両親と顔を合わせていない。

シリルに聞いてもあの二人は放っておけと言われた。そして、毎日のように朝から近くの山や森に散歩に行く。それからシリルの馴染みの店で夕食を食べて屋敷に帰る。

体力作りができるからレイラは一向に構わないのだが、このままでシリルの相手として大丈夫なのだろうか。シリルに見合った教養もないレイラが。

ある意味これはシリルに相応しいのか試されているのかと思ったが、試すならまずレイラをいびる筈だ。おかしい。

そこで、レイラは足りない頭で考えた。

ジェイド滞在初日こそレイラがシリルを急かして外出した。

しかし、二日目からはシリルが布団から離れようとしないレイラを引っ張って外出した。

なんだか、まるで日中レイラに屋敷に居られるのが不都合なようだ。

(何を隠されているのかしら。)

前なら視る力を使って調べていたが、今は使えない。

シリルから溢れた力が身体に満ちていてもだ。

彼や彼の家族を疑っているわけではない。

隠し事を暴くのは良いこと、とは言えない。が、知りたいので善の心を置いておこう。

さて、どうやって調べようか。

「レイラ、起きろ。散歩に行くぞ。」

まるで、飼い犬に呼び掛けているかのようだ。

ゆさゆさ、と揺さぶられて迷惑そうな目でシリルを見る。

「頭……痛い。」

まずは、不調作戦だ。

慣れない環境で身体に不調が現れてもおかしくない。

我ながらうまいこと演技できている。

と、レイラが自分を自分で誉めているとシリルが呆れたように溜め息を吐いた。

「仮病だろ。」

反射でぴくん、と肩が跳ねた。

(なんで分かるの。)

「それなら、お腹痛いわ。」

「それなら、ってなんだ! どうしたレイラ。今日はいつにも増しておかしいぞ。起きないと勝手に着替えさせるからな。ほれ」

ばさりとベッドの上にレイラの服が投げられた。

その全てがシリルの選んだワンピースなことに、頬が緩む。

そんなレイラの姿にシリルも微笑んで、部屋の中に柔らかな空気が満ちた。そして、レイラはベッドから下りて。

「やれるものなら、どうぞ?」

ベッドの下に滑り込んでそう言った。

流石に大きめのベッドの下にいるレイラを着替えさせることは出来まい。捕まえようと下に潜りこんだところで、反対側から逃げればいいだけの事。

そしてまた下に逃げる。その繰り返しだ。

「なにがしたいんだ。」

怪訝そうなシリルの声が聞こえた。

そして、床に伏せたシリルの顔が現れる。

「だって、いつも外なんて疲れたわ。」

「仕方ないだろ。昼間は厄介な客がいるんだから。」

「厄介な客?」

口を滑らせた感じはしない。

これは、聞いたら普通に答えてくれるのではないだろうか。

「どちら様?」

「知らん。」

躊躇うことなくそう言い切ったが、シリルの目は見開かれ穴が開きそうなほど強い眼光で見つめてくる。

知らないというのは嘘だ。とレイラは心の中で断定した。

だから、少し意地悪な事を言う。

「子供を認知しろとかそういうのかしら。」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ! レイラに会ってからそういうことは一切してない! 出来なかったってのが正しいけどな。年頃の女の子は気配に敏感なんだって、昔姉さんが言ってた。」

それに、週一の頻度で襲撃者がいるのだから離れられなかったと言った。これは、レイラのせいで娼館通いが出来なかったと文句を言われたのだろうか。

最初からシリルに好意は抱いていた。

しかし、シリルがその頃に娼館に通っていたらレイラは視る力の所為でその事に気付いてしまっただろう。おそらく、人間だから仕方ないと思いながらも、一応純粋なレイラは少し距離を置いたはずだ。

………………。

とはいえ、シリルはレイラに手を出せない。

シリルの年齢的にそれはきついだろう。まだ若い。

レイラも広い心を持つべきだ。

「行きたかったらご自由に。私は構いません。」

少し冷たい声になってしまった。

こんな突き放したように言うつもりはなかったのに。

口調も戻ってしまった。せっかくシリルの前で普通に話せるようになったのに。

シリルは僅かに目を瞠ってから、眉間に皺を寄せた。

「は、なんでだ?」

刺々しい声に怯みそうになる。が、

広い心を見せねばならんと堪える。まだやれる。

「やはり、私では何年後になるか分かりませんし、当座はそれで凌いでもらえたら。その人に本気にならないなら構いません。あ、あと子供が出来たというのも困ります。それ以外なら」

「『私は構わない』って? なあ、それ本気で言ってるのか?」

「半分くらい? ですかね。勿論、私は嫌です。でも私はまだシリルの相手が出来ないから仕方ない……かなと。」

なんだか、泣きたくなってくる。

つう、とこめかみに雫が流れた。袖でぬぐう。

「仕方ないで済ますな! 嫌なら嫌ってはっきり言え。自信なくなってくるだろ。レイラに好かれてるかどうか。」

「? 私はシリルのこと好きですけど。」

好きだから、こうして下世話な事を心配しているのだ。

「淡々と言うな。それと、いい加減出てこい。」

「シリルは私の事どう思っ」

「自分の命くらい大切。」

即答されて面食らう。レイラはかなり嬉しいが、人によっては重いと言われかねない。

シリルは生真面目だ。『どう思ってる?』なんて聞けば素直に思ったことを言うはずだ。交際するのなら、その度、相手との結婚も視野に入れているシリルの事だ。おそらくは、

重いと言われて振られた事がありそうな気がした。

「そこは『愛してる』じゃないの?」

そう言いながら、レイラはのそのそと這い出た。

這い出た先で、しゃがんだシリルと目が合う。

「愛してるだけじゃ伝わらないだろ。下手したら束縛男になりそうなくらいには大切に思ってる。」

そう言ってシリルが広げた腕の中にそっと収まる。

優しく頭を撫でられて頬が緩んだ。

どくどく、と彼の心臓の音が聞こえる。ほっと息を吐く。

「私は通常生活が送れるくらいなら、いくらでも縛りつけて大丈夫。人をる目は養われてるはずだもの。」

「レイラの基準が分からなくて恐いな。」

「む、失礼だわ。」

「ああ、うん。それなら言っておく。」

腰をぐっと引き寄せられて、少し乱暴に口付けられる。

まるで、噛みつかれているかのような口付けはされたことがない。今は機嫌が悪いからだろう。こんなの初体験だ。

「んっ…あ……」

最後に軽く歯を立てられた。力の入らない身体はぐったりとシリルに寄りかかる。彼の息も少し荒い。

シリルは息も絶え絶えなレイラの背中をさする。

「レイラがいるのに、他の女性となんてあり得ないだろ。俺はそこまで割りきるつもりはない。正し、卒業後はある程度覚悟しておけ。俺はまだ若いからな。」

「……お手柔らかに。」

「善処はする。だが、約束はできないな。」

そう言って笑ったシリルにつられてレイラもはにかんだ。

この場にウィラードがいたなら、きっと甘さにあてられて『ご馳走さま。勝手にやってろ。』と言っただろう。

しかし、この甘い空気は闖入者によって霧散する。

ばたばたと数人の足音が扉の向こうから聞こえた。

『お止めください! お嬢様!』

『離しなさい! わたくしはいい加減我慢できないの!』

『アル。あなた、やりなさい。止めるのよ。』

『ヴィクトリア……俺では彼女をりかねないんだが。』

そんな愉快な会話が聞こえたということは、闖入者は寝室の前まで来ているということだ。それからしばらくの間、扉の向こうから大きな音や怒声や罵声が飛び交っていた。レイラとシリルは固まったまま、隣の音を聞く。

(……厄介な客って。)

急に静かになった。そして、勢いよく寝室の扉が開かれる。

ノックもなしに開かれた扉、そこから飛び出たものは部屋の状況を見て、

「シリル様の嘘つき!」

そう叫んで、侵入してきた一七、八歳くらいの少女は、射殺さんばかりの視線でレイラを睨めつけた。

これは……修羅場かもしれない。

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