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勘違いと大人の余裕

駆けつけてきた警官から逃げて、商店街からかなり離れた喫茶店でレイラはデリックとお茶を飲んでいた。

レイラの隣にはシリル、レイラの目の前にデリックという並びだ。

「――とういうわけで僕はここにいる。」

どうやらデリックは婚約者の第一候補に会うためにジェイドに来たらしい。 その道中で、近道しようと狭い路地を通ったところレイラが男たちをやっつけている場面に出くわしたという。近道を探すなんて、あの頃から何も変わっていないようだ。

しかも最初はレイラの方が加害者だと思っていたらしい。なんとも失礼な。

「そう、貴方に婚約者候補がいるのは知っていたけれど、まだ婚約も結べてなかったなんて、外面で誤魔化されてくれる相手じゃなかったのね……。」

「憐れむような視線を向けるな。僕だって色々あったんだ。お前だってどうせ過保護な兄貴のせいで結婚できないだろ。」

ふっ、と鼻で笑われレイラはむっとした。

デリックの言っていることは確かだが結婚できないなんて、デリックにだけは言われたくない。

「大丈夫。お兄様を返り討ちにできるくらいの人と結婚を前提にお付き合いしてるもの。問題ないわ。」

そう、シリルならノアの攻撃なんて片手で事足りる筈だ。

いつも力を加減しているのだから、本気になったら学院で一番強いだろう。もしかしたら、この国で五本くらいに数えられるかもしれない。

「誰だよ。」

「何故言わないといけないの?」

「隣のヤツ?」

察しの悪いデリックでも分かったようだ。

しかし、シリルが学院にいるのは有名な話。

シリルに変な汚名を着せたくはない。

そんなレイラの心に気付いたのか、安心させるようにシリルは爽やかな笑みを浮かべた。

「良い。俺は大丈夫だ。」

「でも……。」

それでも渋るレイラに業を煮やしたのか、デリックと目を合わせてからレイラの肩を抱いた。こんなことまでしなくて良いのに。薄く染まった頬を隠すようにレイラは俯いた。

「デリックさんが仰るとおり、俺がレイラの交際相手です。」

「どこの誰?」

むすっとした顔で問うデリックと満面の笑みのシリルは対照的だ。やはり年の功か、余裕がある。

「シリル・フィンドレイです。」

「え! フィンドレイってあの変人ばっかで有名な?」

「おそらく先祖や姉の所為でしょうね。俺は普通です。」

口を滑らせたデリックにも眉ひとつ動かさず友好的に振る舞っている。その隣でレイラが大人しくしていると、

「……おい、お前玉の輿狙っただろ。」

ずい、とレイラに身を寄せ品書きでシリルの視線を遮り、デリックは声を低く落として言った。

玉の輿、確かにシリルと結婚したら玉の輿だろう。

しかし、それを理由にシリルと交際していると思われるのは癪だ。レイラはシリルが貴族だから好きになったわけではない。

「私、貴族の人苦手なの。胡散臭いんだもの。」

「ならなんで、シリル様と付き合ってるんだよ!」

デリックも貴族だ。『シリル様』と呼んだ。

でも、聞き慣れないから笑ってしまいそうになる。

勿論、表情筋は動かないが。

「シリルは胡散臭くないもの。それに、私を壊れ物みたいに扱わなかったわ。逆に危険人物として扱ってくれたの。私がやり過ぎないようにって。」

レイラが止めを刺す前に襲撃者を落として縄で縛っていた。

そして、やり過ぎるレイラを叱ってくれる。

シリルは静かに怒るタイプなので恐い。

でも、暴走して殺してしまうと後で夢に見るほど魘される。

常識あたりまえを教えてくれて、レイラを守ってくれるのなんてシリルしかいないだろう。ずれた感覚も戻りつつある。

「やっぱりお前って変だ。危険人物認定されて喜ぶなんて。」

デリックは呆れた眼差しをレイラに向けた。

「今まで誰も咎めてくれなかったもの。初めて、私を止めてくれた。だから特別になったの。いつも私を止めてくれて、守ってくれるの。すごい人でしょう。」

「酷い女だな。僕がお前のことまだ好きだって知っていて言ってんのかよ。僕は強くないけどさ、僕にだって出来ることが……」

もごもごと聞き取りにくかったが、耳元に落とされた言葉にレイラの思考が一瞬停止する。

「……好き? 誰が誰を?」

「は? 僕がお前を。告白しただろ。」

告白した? 告白とはいつかの寒い台詞祭りのことか?

まさか、そんなわけない。

「だって、あれは冗談でしょう? 私をからかうための。」

レイラの言葉に次はデリックが固まる。

物凄い形相で凝視されレイラは視線を逸らす。

「ぼ、僕が捻り出すのに何日もかかった台詞なのに信じてなかった!? 返事も貰えないまま帰されて結構傷付いたんだぞ!」

デリックの顔は嘘を吐いているように見えない。

なんだか申し訳なくなってきた。

告白というのは、かなり精神を消耗することが分かっているのに、まともに受け取らず適当にしてしまった。

「嘘、ごめんなさい。寒いと思って流してしまったわ。貴方とは毎日嫌がらせの応酬しかしてこなかったものだから、てっきり嫌われているのかと。私も嫌いだったから。」

「あの頃は僕も馬鹿だった。てか寒いって……。」

「寒かったの。おかげで貴族の男性の寒い台詞に鳥肌が立つようになったわ。昔と今の貴方の方がまだましなくらい。」

昔は良くも悪くもお互い真っ直ぐだった。

腹を見せあっていたようなものだ。

「でも、良かったわ。貴方も嫌な奴じゃないと分かって。勘違いしたまま、嫁に虐げられながら生きろとか若い内に禿げろって願うことも、もうないわ。」

「どんな呪いだよ。そんな事祈ってるから髪が……」

そう言ってデリックがレイラの銀色の髪に触れようとした時、ぐいっと腰に回された腕に引っ張られ、シリルの身体に抱き止められた。

「そこまで。あんまり他の男といちゃつくな。」

いちゃついていただろうか。

身を寄せあって内緒話をする姿が、端から見ればいちゃついているように見えたのかもしれない。しかし、勘違いされては困る。

「でもデリックです。蚯蚓みみずを投げ合ってた。」

「そうだな。でも、せめて俺のいないところで親しくしてくれ。友人だと知っていてもちょっとな……堪える。心が狭くてごめんな。」

しゅん、と項垂れているシリルが可愛く思えてお腹に当てられているシリルの手に自分の手を重ねる。嫉妬してくれるなんて思ってもみなかった。

自分の知らない時間に、恋人と出会っている相手に警戒心を抱いているのだろうか。だとしたら嬉しい。

レイラの前にはまだ脅威になりそうな女性は現れていないが、現れた時はレイラも嫉妬してしまうのだろう。

「いえ、私は嬉しいので大丈夫です。」

「そうか。」

「これ、もしかして牽制されて……?」

ぽつりとデリックが落とした呟きにシリルが太陽のような笑みで返す。なんだか黒いものを感じたが、これもシリルの愛情表現のひとつだろう。気にしないことにする。何を考えているのか分かるから。

「そろそろ帰ろうレイラ。」

「あ、はい。じゃあまた。結婚式くらい呼んで。」

「……お前より絶対に良い女と結婚してやる。」

そう、デリックは唸るように言った。

レイラもいらっとして刺々しい口調になる。

「私より素敵な女性はたくさんいるわ。その人たちがデリックをどう思うか分からないけれど。」

あの胡散臭い仮面ならともかく、今のデリックの魅力が受けるのはごく一部だろう。

「おい、今馬鹿にしただろ。」

「事実でしょう?」

「覚えてろよ。」

「はい、そこまで。二人とも喧嘩するな。」

レイラたちが言い合いをしている間に、シリルは会計を済ませてしまったようで、レイラとデリックは慌てて自分の分を払おうとしたが、大人なんだから当たり前と言われてしまい受け取ってもらえなかった。

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