年末と可愛い彼女
懐かしのジェイドについた頃には、とっくに太陽は沈んで日付も替わっていた。その間、レイラはご飯の間だけ起きてその他はずっと眠っていた。体調が悪かったのかもしれない。
学院の年末恒例パーティーの間、士官科のレイラはドリスと共に色んな男に声をかけられていた。レイラを王女だと思って自分を売り込む貴族と、単純に美人とお近づきになりたい者、下心しかない連中と延々と話し続けて疲れた様で、その日の夜は珍しくシリルの帰りを待たずに寝ていた。
次の日の朝、レイラは寝てしまったことを謝っていた。そして総合科だったら仕事があるからと言って逃れられたのにと、げっそりした顔で朝から布団に潜っていった。勿論、次の日が帰省だったので仕度のために無理やり引きずり出したが。
そんなことを思い出してにやけていると馬車が停まり扉が開かれた。腕の中でぐっすりと眠るレイラを起こすべきか一瞬悩んで、起こさないようにそっと抱き上げた。
明日はジェイドを案内して回りたい。今は寝かせておこう。
記憶をたぐりながら客室へと歩き出そうとするシリルをヴィクトリアが押し留めた。そして良い笑顔で上を指差し爆弾を落とした。
「シリル、貴方の部屋に連れていきなさい。」
「なっ! 駄目でしょう。」
「初めて来る場所に一人は可哀相でしょう。せめて貴方が側にいてあげなさい。こっちにいる間も二人きりにしておいてあげる。ふふっ、三人目の孫はミラとシリルどっちかしらね。」
うきうきと三人目の孫に思いを馳せる母にシリルは呆れた。気持ちは分かる。分かるのだが、話が先に行き過ぎだ。
「はあ、残念ながら姉さんが先でしょうね。レイラが卒業するまで手を出すつもりはないので。俺はそこまでがっついてません。」
がっついたら、その時点でレイラに嫌われそうな気がするのだ。彼女はそちらに関して全く免疫がない。神の一族の能力で諸々の詳細を知っているだけで実体験は皆無だ。
耳を舐めまわしたことはあってもそれだけしかしていない。だから、耳が弱点だということは知っている。
それと、首に口付けた時の反応も良かった。
最近もよく口寂しいときにやっている。
その時の甘い声と潤んだ瞳をシリルも愉しんでいた。
…………。
(案外、俺ってやばくないか。よく今までその気にならなかったな自分。いや、なってたけど抑えてただけか。抑えるのは慣れてるしな。)
シリルは世の男性に比べると少ない方だろう。
何しろ学院で生活していて出会いが少なかった。
それに、そういうコトを積極的にしようと思えなかったのだ。そんな暇があるなら、他にもっとやりたいことがあった。
「とにかく、駄目です。」
「あらまあ、遊びすぎて枯れちゃったの?」
「遊んでません。枯れてもいません。」
息子にそんなことを聞けるのも、このヴィクトリア《母》だけだろう。シリルもまだ二十四歳だ。健全な若者なのだ。まだまだ大丈夫だろう。
「それじゃあ、やる気が出ないの? こんなに可愛いのに。」
「……レイラはまだ生徒です。そして、妙齢の女性でもあります。子供ができる可能性があるのでまだ駄目です。結婚もしてないのに。」
今、シリルは数年後に備えて仕事の引き継ぎを誰にするか考えている。
その頃には新たな職員もいるだろうが、総合科となると色々特殊なので出来たら卒業生に任せたい、など色々考えている。
レイラが卒業したら、すぐに婚約発表。それから家に帰って父の仕事を引き継ぎながら結婚準備をして、早めに侯爵位を継ぐ。それが、今のところシリルの未来図だ。
だから、今レイラに手を出して子供が出来てしまうと、ヴィンセントにもフィンドレイにも傷がつく。何より一番の問題はレイラが卒業できなくなることだ。卒業したいと言っていたレイラのためにも手は出せない。
「けど手を出されないのも不安になるじゃない? 私は不安になったわ。貴方は本当に堅いわね。」
「ええ、でも卒業させてあげたいので。普通に。」
「我慢してるのね。偉いわシリル! さすが私の子。アルに似なくて良かったわね。あの人、堪えるってことをしないから。家のこと以外。」
あははは、と適当に笑って流す。
良い年になった両親の惚気なんて聞きたくない。
「おやすみ。シリル。」
「母さんも、良い夢を。」
◇◆◇
何年も帰っていなかった自分の部屋だが、掃除はしてくれていたらしい。前と変わらない室内にほっと息を吐いた。
扉の側に立っている侍女にもう大丈夫だと告げる。
ぱたん、と閉じられた扉の音に眠っていたレイラが反応した。銀色の睫毛が揺れて紫色の瞳がぼんやりとシリルを見つめる。
「…んぅ……あれ?」
視線を彷徨わせてから、シリルの首にすがり付いた。
どうやら見慣れない景色に戸惑っているらしい。
その仕草が子供っぽく見えてシリルは微笑んだ。
「ここは?」
「ジェイド。で俺の部屋。」
まだ寝惚けているのか、シリルの言葉をゆっくりと噛み砕いているようだ。まだ状況が思い出せないらしい。
その間にシリルは寝室へ移動して、レイラを寝台に横たえる。
それから寝台に腰を下ろしてレイラの頭を撫でた。
「…………!」
突然、かっと目を見開いたレイラにシリルはまた笑いそうになる。最近のレイラはまた表情が増えた。
「思い出したか?」
「ごめんなさい! 寝てしまって。」
「いい。疲れてるのに付き合わせた俺が悪い。それに、可愛い寝顔も見れたしな。」
「寝顔なんて見慣れているでしょう。」
照れ隠しなのか、少し強めの口調でレイラは言った。
(顔赤いから丸分かりなんだけどな。)
「レイラは毎日が新鮮だ。慣れるとかそういうものじゃない。」
「う、もう寝ます。」
ふい、と横を向いてしまったレイラに顔を近付ける。
表情はまだ分かりにくいのにここは分かりやすいなと、そう思いながら真っ赤になった耳を甘噛みする。瞬間、びくと跳ねた肩を抱き寄せた。
(反応が良すぎるんだよな。)
「服。皺になるから勝手に剥くぞ。」
「自分で出来ます。」
どんどん外されていく釦と遠慮のないシリルの手をとめようとしているが、気にせず脱がせた。こんな分厚いものを纏っていては眠れない。
「レイラ疲れてるだろ。気にするな。」
ふぅ、と溜め息を吐いて諦めたレイラの様子にシリルは驚いた。もう少し抵抗されると思っていたのに。
「止めないのか?」
「だってシリルは頑固ですから。」
「はいはい。譲るつもりはありませんねぇ。せっかく触れられるのに。触らないなんて無理だろ。こういうの好き。」
人の世話を焼くのは好きだ。それが大切な人ならもっと。
持ってきた荷物の中からレイラ好みの地味な寝間着を取り出してレイラに着せる。前も思ったがレイラの服の着せ替えは特に好きだ。楽しい。
「明日はジェイドの街に行こう。案内する。」
「……楽しみです。」
そう言ってはにかむレイラの横に寝転ぶ。
白い頬をつつくとくすぐったそうに首を竦めてから、むすっとシリルを睨んだ。なんだか可愛い。
ぐい、と引き寄せればぴったりとシリルの胸に顔を寄せた。
「そろそろ普通に喋ってもらいたいしな。こっちにいる間に直そうな?」
(なんやかんやで、また戻るんだろうけどな。)
今回もあまり期待はできない。
前は二、三日頑張っていたがすぐに戻った。
こだわらなくても良いのだが、なんだか気になる。
「……おやすみシリル。」
彼女にしては頑張って捻り出した言葉だ。
にやけそうになる表情筋を抑える。
「ありがとう。おやすみレイラ。」




