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期待と父の推測

慌ただしい一日は終わり、いつものようにベッドでレイラを腕の中に抱いて艶やかな髪を撫でる。

いつもはこの時点でうとうとしているのに、今日はぱっちりと目が覚めていたのか、彼女は悩みを相談してきた。

「最近よく『綺麗』とか『可愛い』って言われるんですけど、お世辞でしょうか? 嬉しくて、間違いだったら恥ずかしいなと。」

ほんのりと頬を赤く染めてふわりと笑んでいるレイラを前に、シリルは固まった。嬉しそうな笑顔にやられたというのもあるが、なによりも今までシリルが伝えていた事を忘れられていたからだ。

レイラはシリルの機嫌が傾いたのに気づいて首を傾げている。

「……俺は前から言ってた。お世辞だと思ってたのか?」

暫し沈黙が流れる。俯いてしまったレイラの顔を上向かせると、申し訳なさそうな顔をしていた。目が泳ぎまくっている。

「家族以外に言われたことがなくて……。」

「なあ、学院に来るまでにレイラの生活に関わってたのは何人だ? 子供時代を除いて。子供は普通に可愛いからな。」

うーん。と考え込むレイラの旋毛を見つめる。

向こうではいつもより少し素直だった。

嫌なものは嫌と言っていて自分という芯を強く持っていたのに、今のレイラは色んなものが儚く見える。

前は透けているような感じ、少し前は強め、今は儚い。

このけして長いとはいえない期間に、雰囲気がころころ変わっている。なぜだろう。

そんな風に思考を働かせていると紫水晶アメジストの瞳がシリルを捉えた。そしてレイラは消え入りそうな声を出した。

「家族と、家庭教師と、お手伝いさんだけですね……。」

自分で言って改めて衝撃を受けている様子のレイラに、ふっと吹き出してしまった。数年間、家に籠っていたとあれだけ自分で言っていたくせに。

その範囲でそういった言葉を受けることはないだろう。

「そういうことだ。謙遜しすぎると嫌味と捉えられる。気を付けろ。女の世界はそういうところが怖い。」

「はい。それなら、『ありがとうございます』でいいですか?」

嬉しい、という気持ちを伝えたいのは分かる。分かるが、

「……それも駄目だな。」

その場面を頭に思い浮かべてみる。

学院の中、楽しそうに話している女子生徒の輪にレイラがいて、ある一人の生徒がレイラに話しかける。 少し、悪意のある風にだ。

『ヴィンセントさんって、綺麗よね。』

『そうですか。ありがとうございます。』

そんな素っ気ない台詞をレイラは無表情で返すはずだ。

お高く止まった女、として有名になるだろう。

「笑って誤魔化せ。大抵はそれでなんとかなる。」

シリルなりの処世術は困ったときは笑っておけ、だ。

「上手く笑えてますか?」

花が綻ぶような笑みを浮かべて、無防備に横たわっている姿に心がぐらりと揺れる。駄目だ。勝手に動きそうになる己の手をきつく握りしめた。そして、頭の中に最凶の姉の姿を思い浮かべる。よし、大丈夫だ。

「……男にはやるなよ。勘違いしてつけ上がるからな。」

既につけ上がっている男が言う言葉をレイラは真剣な顔で聞いている。

「分かりました。」

素直に頷いてくれた。信頼されている。

レイラが家族以外でこんな表情を見せるのはシリルくらいなものだ。未だ敬語が直らないところだけ、そこだけが悲しい。

学院を出たことでレイラの話し方が変わることを期待している。


◇◆◇


五柱の神は、いつも通り円卓に集まっていた。

そして、ユウ以外の四柱はオパールの持つ書類に注目していた。

「やはりリリスの身体自体は我らに近いのか。」

レイラの血液を採取して調べた結果を、上世界へ出張したついでに貰ってきたのだ。

月の守りがウィラードになるとは思わず調べたものだったが、気になったオニキスが持ち帰ってきた。

「みたいね。構造はユウに近いらしいわよ。」

「……。」

話しかけても無視してひたすら分厚い本を読み続けるユウにオパールは吠えた。

「人の話は聞きなさいよ!」

「……。」

「へぇ、無視? 無視なの!?」

ぎゃんぎゃんと吠えたくるオパールを愉しそうに見ながら、ここでは新入りのウィラードは口を開いた。

「月より理に近いとか、お嬢さんは月っぽいのに。」

彼女の気配は冷たく澄んだ氷のようなのだ。

だから、ウィラードなど五柱の神はすぐに見つけられる。

神の一族など、祝福持ちはヒトの新種と云えるだろう。

神々が居場所を常に把握できるのは祝福持ちだけだ。

祝福持ちは身体能力が跳ね上がる。

ただ、レイラのような元祝福持ちの身体はどうなったのか分からない。このデータはレイラが仮神様だった頃のものだ。

「今はどうだ?」

「祝福はそこにいるウィラードに行ったから、身体の構造だけぼく達に近いんじゃないですか?」

「馬鹿でかいお嬢さんの器は空になってて。あ、あと純粋な『力』がオレに移った。血に入ってる権利自体はお嬢さんに残ってるだろうけど、『力』がないとそれも使えないしね。」

「なるほどな。まあ、シリル・フィンドレイは最期まで彼女の側にいるだろう。何しろ俺が見初めた彼女の子孫だからな。必ず守ってくれる。」

情は深くあたたかい。それがフィンドレイ家だ。と、なぜか自慢げに言うペリドートに他の面々の呆れた顔が寄越される。

その反応に慣れているペリドートは気にすることなく、次の議題を挙げていった。

戦争の起こっている生と死、陰と陽のバランスについて。

そして新種の新種と化した彼女の話も。


◇◆◇


シトリア王国の北方にある街ジェイド。

そこには少し変わった侯爵家がある。

城のように大きな屋敷、だだっ広い庭。整えられた庭園は一年間に数回ほど領民たちに開放されている。

そんな侯爵家の一室で当主アルフレッドは娘から届いた手紙に目を通していた。何十枚もある手紙を読むのは骨が折れる。

すべて読み終わり、内容を理解すると舌打ちが出た。

「要約して送ればいいだろうが。」

愛娘からの手紙には、下僕という名の弟が学院の部屋を出て、トリフェーンの街に住みはじめた。仕事場の隣にある小さめの一軒家の物干し竿には、シリルだけではなく女性物の衣類まで干されているらしい。弟に『同棲相手』が出来たのならさっさと相手を確認したいのに、なかなか生活リズムが噛み合わないらしくまだ確認できていない。

年末年始なら弟を実家に召喚できるだろうから、呼んで欲しい尋問したいからとのことだ。どうせ、可愛い弟の弱味を握って遊びたいだけだろう。娘の要望は却下だ。

ただ、あの馬鹿がつくほど生真面目な息子が同棲を決めた相手に興味はある。妻に相談すれば上手いこと息子と息子の同棲相手をこの屋敷に招くことが出来るかもしれない。妻の押しの強さはあの娘すら圧倒するからだ。

この侯爵家の跡目争いも終わり、跡継ぎである息子が結婚してくれたら、妻と共に世界を旅する予定だ。

憂いのないよう、良い嫁になるかどうかこの目で確かめておかねば。息子の事は信頼しているから、きっと良い女性なのだろうが念には念をだ。

一体どんな女性だろう。

「仕事中くらいしか出会いはないだろうしな。」

トリフェーンにある店で働く女性かもしれない。

常に受け身の息子が同棲を決意するくらいなら、生活能力が高いのだろう。

あれは外に出るより室内で過ごすことの方が好きだった。屋内で共に過ごしたいと思える女性に出会えたのなら息子は幸せだろう。

あとは、その相手に問題がないかだけ自分と妻とで確認すれば良い。

まだ見ぬ息子の同棲相手に思いを馳せながら、息子への手紙を綴りはじめた。

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