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再会と新しい生活

トリフェーンに帰ってから数日経った。

明るくなってきた部屋でレイラは目を覚ます。

横にはレイラをしっかりと抱き締めて眠るシリル。

柔らかなベッドは気持ちが良くて、寝坊してしまいそうだ。

「シリル、朝です。」

「……ん。あと少し。」

「もう、仕方ないですね。ご飯できたら起こします。」

「ん、ありがとう……。」

すうすう、と再び寝息を立て始めたシリルの頬に口づけを落としてベッドから下りた。


◇◆◇


あれから、半月かけてセオドアとジェフリーとアドルフにすっからかんの身体に力を流し込んでもらった。本当はシリルの方が良かったが、彼にも仕事がある。あの後すぐに帰って行った。

力が溜まるとセオドア、ルーク、ライアンの制止を振り切って、ジェフリーの協力で王城から脱出した。脱出というのもおかしな話だが、閉じ込められそうな勢いだったのでせっせと退散させてもらったのだ。ジェフリーが協力してくれるとは思わなかったが。

城の秘密通路を通りアメトリンの街に出ると、そこにジェフリーに呼び出されたノアがいた。恐いくらい静かだったノアにトリフェーンまで連れ帰ってもらったのだが、会う度に色々とうるさいこの兄が静かだと恐怖しか感じないと初めて知った。しかも、変わってしまったこの髪色に触れられないこともレイラの恐怖を増大させた。

もしかすると、ジェフリーがレイラの出自について言ったのかもしれない。他人だと分かった途端に無視なんて、ノアとはそれだけの関係しか築けていなかったようだ。

なんとか熱を出すことなくトリフェーンに辿り着くとノアは一言も喋らないまま帰って行った。この時点で泣いてしまいそうなものだが、あまり悲しくならなかった。不思議なことに。

そしてもうひとつ面倒なことがあった。

髪色が変わったせいで、生徒証を見せても中に入れなかったのだ。その時はメリルが証明してくれたから良かったが、学院内を自室に向けて歩いていると人の視線と話し声が鬱陶しかった。後ろを付いて来られていては職員棟に入れない。

仕方なく中庭で時間を潰していた。その間も人垣は厚くなっていく。その中の誰一人としてレイラをレイラと認識していないようだ。顔の造形は変わっていないのに。

はあ、と溜め息を吐いて立てた膝に額を乗せる。

すると、草を踏む音が聴こえて目の前に人が立っていた。

「やっぱりレイラだよな?」

そう話しかけてくる茶髪の少年は記憶より成長していて、一瞬誰だか分からなかった。

「ハロルド? どうしてここに?」

「その……腕を磨こうと思って入学したんだ。レイラは復学するのか?」

そうか、レイラが向こうにいた間にジェラルドの学年が卒業して、新たな生徒が入ったのか。そんなに時間が経っているなんて、向こうでの日々はそんなに濃かっただろうか。

王都での生活を思い出して笑みが溢れる。

レイラが自ら動くと碌なことにならなかった。

結果がレイラの欲しかった普通で良かった。誰も傷付かなくて。

「レ、レイラ……。」

僅かに頬を染めているハロルドに小首を傾げる。どうしたのだろう。

「ええ。だけど皆私だと気付かないの。髪の色が変わっただけなのに。どうしてかしら、ハロルドは気付いてくれたのに。」

「僕はレイラの顔を間近で見てるから覚えてるけど、他の奴はあまり見てないから判別つかないんじゃないか?」

それは、そうかもしれない。髪色だけではなく、雰囲気も変わっていたら親しくない人は判別がつかないかもしれない。

「そうね、ハロルドも暫く見ない内に格好良くなったもの。私も変わっていておかしくないわ。」

「か、かかかか格好いい!? そんなこと!」

「身長も私より大きくなっているわ。これで女運が少しは良くなっているといいけれど……。」

「女運は良くならなくても別にいい……。」

そんなハロルドの言葉の意味を考えて、それに行き当たった。

「ああ! 婚約者がいるのね? 貴族だもの。」

「いない! 僕にはいない。」

鬼気迫る表情で身を乗り出しハロルドは否定する。勢いに押されてレイラは仰け反った。

「そうなの? 珍しいわ。」

そんな家はフィンドレイだけかと思った。

ベレスフォードはどんな家なのだろう。当主が議員だというなら、かなりの家柄だ。婚約者がいなくて大丈夫なのだろうか。それとも女嫌いを発揮して蹴散らした後なのだろうか。

そんな失礼な想像をレイラがしていると、

「レイラちゃん! おかえり!」

そんな元気な声と共にドリスが抱きついてきた。

「ただいま。ドリス……とアルヴィンさん。」

ドリスの後ろにいたアルヴィンはいつもの無表情ではなく、少し口角を上げていた。歓迎されている。嬉しくなってレイラも笑んだ。

「ああ、久しぶりだな。」

なんだかアルヴィンは老けた気がする。確実にドリスが関係しているだろう。深くは聞くまい。

それから、四人で他愛もない会話をして余鈴が鳴ると名残惜しそうにしながらも教室へ帰って行った。

(ハロルド、総合科に入ったなんて。教えてくれたら良かったのに。)

驚かせようと思った、とハロルドは言っていた。

とはいえ、レイラはもう士官科だ。ハロルドと一緒に授業を受けてみたかったが、たまには会えるだろう。

ふぁ、とあくびをする。ここ数日冷気を放つノアのおかげであまり眠れなかった。

「眠いなら部屋に行け。」

突然かけられた声に飛び上がる。どさっとレイラの隣に座ったシリルは怒ったような顔をしていた。

「授業はどうしたんですか?」

「学院長が代わりに出てる。で、レイラはなんでこんな所にいるんだ?」

怒っている。一応、帰るという連絡はしたのだが、予定が早まって伝えた日にちより二日も前に到着したのを怒っているのだろうか。

「部屋に帰ろうと思って……でも、人が付いてきたので入れなかったんです。やっぱり辞めた方が良いですか? こんなに騒がれるとは思わなくて。」

それは、トリフェーンまでの帰路で考え続けた事だった。

「辞めた方が良いのは確かだな。ただ、俺はお前の意思を尊重する。」

「父と兄には我が儘を言ったので、卒業はしたいです。」

無理を言って学院に来たのに退学はできない。

しっかりとシリルを見つめる。

「そうか。その髪は誤魔化さないのか?」

「ドリスの髪も銀色ですし、目立つから隠していたということにしようかと。あと、職員棟から出て普通に生活すればリリスとは気付かれないと思いますし。」

いくらなんでも、明らかにリリスの見た目をしているレイラが一人でうろちょろしていて本物とは思わないだろう。とっくに王に保護されているはずだ。

だから、大丈夫なはずだとシリルに訴える。すると、

「分かった。」

やけにあっさりと認めてくれた。なぜだろう。

その理由は次の日に判明した。


◇◆◇


翌日、シリルの言った言葉にレイラは唖然とする。

「え、家を借りた?」

職員棟にある自室で服や日用品を箱に詰めていくシリルを、呆然と見つめる。

「ああ、警察署の横だから安心だ。それに一軒家だしな。」

本当はレイラが帰ってきてから、次の休日に移るつもりだったらしい。だが、予定より早く帰ってきた為さっさと移ろうと思った、だそうだ。今日、明日の休日で引っ越しを済ませるつもりらしい。

レイラもシリルも荷物は少ない。クローゼットやベッドなどの家具は全部学院の物らしく、引っ越しはそこまで手間ではなさそうだが問題がある。

「そ、それは同棲ですか?」

顔を真っ赤に染めたレイラを優しく見つめてシリルは頷く。

「そういうことになるな。結婚するまでは手を出すつもりはない。安心してくれ。キスくらいはするけどな。」

「う、あ、はい。」

というわけで、学院から一軒家に変わるシリルとの同居生活。これでなにか変わるのだろうか。大して変わらない気もするが、レイラはどきどきしていた。これも変化というだろうか。

断られるとは微塵も思っていなかったのだろう。そんな妙に強気なところも好きだ。

レイラの荷物は昨日にはもう纏められていた。時間が空いた合間に詰めていたそうだ。これでレイラが断ったらどうするつもりだったのだろう。気になる。

しかし、萎れてしまいそうなのでやめておく。レイラが。


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