説得の失敗と愛の形
「へぇ、それで?」
自分の部屋でもないのに、長い足を組んで二人がけの長椅子に堂々と座っている。秀麗な顔を苛立ちで歪ませ、その姿はふんぞり返っているようだ。
そんな王子様の向かいにシリルと共に座っているが、最初ジェフリーはレイラの隣に座るそぶりを見せた。だが、それに気付いたシリルがレイラを隣に引っ張ってくれたおかげで避けることができた。ジェフリーは機嫌の悪さを誤魔化そうともしなくなったが。
いつもの胡散臭い外面はどうした?
ここにはレイラだけでなくシリルもいるというのに。
人の着替え中にノックもなしで扉を開けてくれたジェフリー。一瞬、ぶん殴ってしまおうかという心も芽生えたが相手は王子様、レイラのようなしがない商家の娘では実家に迷惑がかかる。堪えた。シリルはレイラとジェフリーの距離感に衝撃を受けていたが、今は剣呑な目で静かにジェフリーを見ている。
レイラとジェフリーの距離感より、一応『恋人』の着替え中を見られた事の怒りが後にくるなんて、相変わらずシリルは変だ。
「だから、貴方に私は必要ないでしょう? 近いうちに帰ろうと思うの。」
「祝福と月の力が無くなったと言ったな。それで、その身体に流れる血まで消えたと思うか? 『リリス・シトリン』?」
「血がなんなの? 私にはもう何の力もない。どうして帰ってはいけないの? 私は役に立たないでしょう?」
感情を抑えられず言葉に苛立ちが紛れてしまった。そんなレイラに嫌みったらしいジェフリーは少し考えるそぶりを見せてから不遜な笑みを浮かべた。
「そうだな。俺が気に入ったからだ。」
唖然として確認するようにジェフリーを見つめる。
駄目だ。彼に言葉が通じる気がしない。
「私は貴方に気に入られたくないわ。もう帰りたいの。」
「リリィ、よく考えてみろ。」
いつまで、その『リリィ』で呼ぶつもりだ。
シリルはなんとも言えない顔をしているではないか。
(気に入ったのかしら? いえ、気に入ったのでしょうね。)
仄昏い、おかしな所有欲をレイラに抱くな。そんな愛称はいらない。見た目が美男子で、しかも王子様だからまだ見れるが、これで色んなものが平凡だったとしたら気持ち悪いはずだ。その辺もジェフリーは心得ているようだから面倒なのだ。頭が悪いわけではないのに、馬鹿だ。
もういい。どうとでも好きに呼べばいい。
後でシリルに説明しておかなければ。彼とは話をしただけの間柄だと。レイラの男の趣味はあんなのではないのだと。一切、揺れたりしていない。
「そんな色で帰って、なにが起こるか分かっているのか?」
心配はしてくれているようだが、引き留めるのもジェフリーの下心が透けて見えるのが腹立つ。彼なら下心を隠すこともできたのではないのか?
レイラは知らない。今日は着飾ったレイラと共に居られるからとジェフリーは少し浮かれていた。それも自分が見繕った衣服で、だ。だから、ミラに引き離された時は何とか抜け出そうと久しぶりに本気を出した。しかし何とか抜け出した後、レイラは中々見つからず。ようやく見つけたと思えば勝手に部屋に帰って着替えているわ、シリルを連れ込んでいるわで、ジェフリーは久しぶりに混乱していた。
おかげでいつもより思考が鈍ってしまっている。
「その銀色が何を表すのか分かるだろう。お前でもな。」
「さあ、染めたらいいのではなくて?」
大仰に肩をすくめてみせる。
馬鹿にされたと感じたのかジェフリーは真顔になった。
「髪が痛むだろうが。馬鹿かお前。」
「なにが言いたいの?」
「このまま『リリス』として王宮にいた方が安全だ。」
憑かれやすい体質らしいレイラが普通に生活していれば、確かに今まで通り色んな組織に大人気だろう。勿論、世間に知られている『リリス・シトリン』と同じ色彩になったのなら、そっち方面でも利用される可能性もある。その場合はルークや兄たちが怒り狂って確実に助け出してもらえるとは思うが、その助けが来るまで無事でいられるかは分からない。
「心配しているの?」
「ああ、心配だよ。俺が唯一惚れた女だしな。」
「ごめんなさい。私は貴方に惚れてないの。」
「可愛くねぇ。」
その可愛いくない奴に惚れた?のはどこのどいつだ。
「裏表が激しすぎる時点で無理だわ。私優しい人が好きなの。それに変なところですれ違うのも嫌。貴方とは色々拗れそうだもの。ゆっくり話のできる相手がいいわ。王子様はそんな時間がなさそうだもの。無理。」
「分かった。なら三ヶ月に一回は俺に会いに来い。魔法使いはこっちで用意する。瞬間移動なら負担もないだろ。」
「どうして?」
「従妹姫に会いたいから?」
絶対、それだけではないだろう。ちょっかいを出したいだけに違いない。レイラは平穏が好きなのに。
「……親戚付き合いくらいなら構わないわ。そうね、従兄の『ジェフリーお兄様』とでも呼びましょうか?」
それに顔を歪めたジェフリーを見て愉快になる。
元、妖魔の声がした。
「お嬢さんの方が先に生まれてるけどね。」
ひょっこりと現れたウィラードは窓辺に腰掛けて三者三様な表情を浮かべているレイラ達を眺めてにこりと笑った。
「誰だ貴様は?」
王族だから、ウィラードの存在は知っているであろうジェフリーは、ウィラードの髪色が変わりすぎたせいで気付いていない。
「え? は……。レイラ、年上なのか?」
「そんなわけ……。ウィルどういうこと?」
シリルとレイラは言葉の中身に興味を持つ。
「生まれてすぐに神殿に入ったから、時間が少し違うんだよ。」
「でも私とリリスとの差は一年のはず。」
「アリアさんには、そもそも戸籍がないからね。神殿に一生いるつもりだからお嬢さんも最初はなかった。」
確かにあったところで無駄だろう。その時点では。
「『神殿の神子』は異空間にある神殿とこちらの時間の差を極限まで少なくできる人。そのアリアさんが死んで差がでたらめになった。ルークさんはアリアさんが死んですぐにお嬢さんを外に連れて出たら何年も経ってたらしいよ。そこで『リリス』の戸籍を作ったみたい。」
それで、実はジェフリーとシリルより先に生まれているのに年下なのか。頭が混乱しそうだ。
ルークが神殿に行こうにも、神殿で何が起こるか分からない以上まだ赤子のレイラを放置するわけにもいかず、王女という簡単に手出しされない身分を作ったらしい。
「アメトリンがお嬢さんにとって最悪の環境だってルークさんが気付いたのは、リリスの戸籍を作ってから三ヶ月後だったみたい。『意識』に話を聞いて帰ったら数分喋っただけなのに三ヶ月経ってたんだよ。『意識』が調整に慣れてなかったみたいでね。わざとだろうけど。」
アリアとレイラが共に過ごした時間は半年と少しらしい。
その短い間でレイラはどれだけの愛を注いでもらったのだろう。
ルークにも、酷いことを言ってしまったかもしれない。
「そろそろ初顔合わせがあるみたいなんだよね。時間だし行ってくるよ。他に気になることがあったら王様か王子様たちに聞いてね。」
一時的だったがレイラに『月』があった時も、移ってすぐに会議場に喚ばれた。ウィラードも神様となった今、ぺリドートやオパールに召集されたのだろう。
「それと最後に言いたいことがあるんだよねぇ。」
ちょいちょい、とウィラードがレイラを手招きする。
警戒しながら近付いて、二歩分離れたところから話を促すが、さっと距離を詰められ抱き締められる。
「もっと早く、お嬢さんがロードナイトにいる頃に会ってたら多分ね……」
耳に寄せられたウィラードの唇が紡ぐ言葉に笑ってしまう。
「他の人には秘密だよ?」
茶目っぽく片目を瞑ってみせたウィラードに頷きを返す。
「ええ、分かったわ。」
「ありがとう、またね。」
その言葉を最後、すっと瞬きひとつの間に消えてしまった。
「何を言われた?」
「シリルが思っているような言葉です。」
そう、それは要約すれば簡単な言葉だった。
◇◆◇
『ロードナイトにいる頃に会ってたら多分ね。何も知らずにお嬢さんを好きになって、狂った愛しかあげられなかっただろうけど、今は穏やかに君を愛せているよ。だから、これからずっと守るよ。シャーリーの孫の君を。レイラ、君が君でいられるように、ずっと。だから、君が困った時は呼んでね。すぐに助けに行くから。』
――愛の形は人それぞれ。
ウィラードの愛は守人のような愛だ。




