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月の神様と色彩

風邪を引いた時のように身体が重い。

ウィラードは一体何をしたのだろう。

ふう、と息を吐いてウィラードから離れた。

よっこらせと木の幹に背を預け、まじまじとウィラードを観察する。漆黒の髪は輝く銀色に変わり、特徴的だった緋い瞳は金色に変わっている。

「なんだかおかしな感じだわ。」

銀髪金眼は神の一族、月の神の色だ。

それが妖魔のウィラードにあると思うとおかしくてしょうがない。

「そこなんだ?」

「言動に似合った色になって良かったわね。」

「それはオレの言動が軽いって言いたいのかな?」

わざとらしく、むくれてみせたウィラードにくすりと笑って冗談だと告げた。ちゃらついているとは思うが、軽いとも思わない。得体が知れないというのがウィラードだ。

「私は前の方が貴方らしいと思ったのだけれど。」

「だろうね。黒はオレの本質に近い色だから。ま、先生は見たまんま若葉の色だろうね。」

見たまんまと評されたシリルは顔を歪めた。

レイラは激しい色ではなく、柔らかな若葉色がシリルらしい雰囲気だと思ったのだが、納得できないようだ。あの瞳の色はシリルの性質に合っているのに。

「お嬢さんの本質はその菫色かな? そこだけは前と変わらないみたいだし。」

「私の瞳の色は戻ってるの?」

確認しようにも手元に鏡がない。視界にちらつく己の髪が銀色から変わっていないため、レイラの色彩には変化がないと思っていたが、瞳の色は戻っていたようだ。

「言ったでしょ? 祝福と『月』の力を貰ったって。だからお嬢さんはもう普通の人……でもないか。前より危ないし。」

「危ない?」

聞き捨てならない言葉だ。

「うん。お嬢さんとか先生は胎内にいた頃から細胞は半分くらい祝福に侵されて変化してるんだよ。祝福は神の力の一部、普通の体じゃ保たないから神様に近づけてるんだ。で、お嬢さんは今オレにそのすべてを渡したわけ。だから神の力のあったところは空っぽなんだよ。大きな器も肉体も全部。」

祝福がなくなったということは強化されていた身体能力が消えたということだ。思わず自分の二の腕を触ってしまう。大丈夫だ。まだ筋肉はある。王宮暮らしで少し落ちたような気もするが鍛えればまだ大丈夫なはずだ。

「シャーリーも言ってたけど、お嬢さんは元から憑かせやすい体質みたいだ。その上、あちこち欠けてる今の状態は危ないよ。いつ憑依されるか分からないからね。ま、簡単に言えば虚弱体質になったってこと。」

風にあたって熱を出すような病弱な人のように、憑かれたり他人の強い気に近付くだけで熱を出してしまうらしい。なんだそれは。

「昔は器に半分くらい力が入ってるのに、それでも高熱を出してたらしいから、今はとんでもなくまずい状態だね。」

蜂の巣になるってこういうことかな、と呑気に笑うウィラードの胸倉を掴んで揺さぶる。虚弱体質になったなんて冗談じゃない。普通に死にたいとは願ったが、病弱な身体で人生を過ごしたいわけではない。

「どうすればいいの?」

「他の祝福持ちの近くにいれば大丈夫だよ。」

「え?」

「この国で云うと王族かフィンドレイ侯爵家くらいかな。祝福持ちが居るのは。他となると船で半年以上はかかるし。」

意味がよく理解出来ずぱちぱちと目を瞬かせるレイラにウィラードは分かりやすい説明をしてくれた。

「普通の祝福持ちの器は小さいんだよね。だから入らなかった分は零れて祝福持ちの周辺に漂ってる。ほら、先生の近くにいて何か感じなかった? 太陽なら分かりやすいと思うんだけど。」

言われて、トリフェーンでの日々を思い出す。

シリルのそばにいて思った事といえば、

「暖かいとか?」

「そう、それ! だからね。その零れた力を欠けたところに充てておけば今までどおり生活できるよ。ただ祝福持ちの近くにいればいいんだから。しばらく先生に半月くらい引っ付いてなよ。ペリドートさんの祝福あいじょうは重いから、それくらいあればお嬢さんの器も満たされると思うよ。」

「半月……。」

「何なら王族の人にもお願いする? 皆に側にいてもらえば早いと思うけど。」

にやにやとシリルを挑発するように笑うウィラードにかちんと来る。もうレイラがここにいる意味はなくなっただろうが。忙しい王族の人に頼めるわけがないだろう。断じてシリルが暇と言っているわけではない。王族に比べればまだ時間が空いているというだけだ。

「レイラに問題がなくなったなら他のやつに頼る必要はないだろ。連れて帰る。」

なんと、シリルはレイラが他の男を頼っていることに複雑な感情を抱いていたのか。気付かなかった。だが、レイラがシリルの立場になって考えてみれば察することは出来ただろう。

手伝いたいのに手伝えない。相手がその時に頼るのは他の女性。例えばアスティンのような同僚だからこそできること、もある。そう考えてみると確かに腹が立つ。

変な心配をされていないといいが。レイラは今のところシリル以外に惹かれる相手はいないのだ。勘違いされていたらいけない。あとでゆっくり細かく、王宮での暮らしを説明しよう。

「そういえば、私にあった月の神の権利はどうなったの?」

目の前のウィラードの色彩にとてつもなく嫌な予感はするが、念のため訊いてみる。もう不思議な力を感じられない時点でレイラには何も残っていないのは判っている。

「月の力を貰ったって言ったでしょ? オレが月の神様だよ。元々、他の世界とはいえ『祝福』は授かってたから身体は大丈夫だし、永遠に近い寿命だったはずのシャーリーが死んだのは、魔のオレに月の力を根付かせたせいだから。シャーリーは昔からオレを月の神にする気だったみたい。」

だからレイラには月の神力が完全に定着しなかったらしい。

『月』に組み込まれたシャーロットの許可がない限りは力は不安定なまま、宿主の体へ留まるだけのようだ。

「貴方が神様なんて大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫! あの『青薔薇の庭園』ごと貰ったから、もれなくシャーリーまでついて来たんだ。色々やり方教えてもらえるよ。やばい。現実では会えないからオレ幸せすぎて死にそう。」

不安だ。シャーロットとの交流に現を抜かして、ペリドートに負担が行かなければいいが。その辺はあのしっかり者のオパールあたりが諫めてくれる……と思いたい。いくらウィラードがわが道を行く性格でもそこまで堕ちていないだろう。

「それならレイラはもう俺が連れていってもいいな?」

シリルは傷を庇うように立ち上がってレイラの元まで来る。

そして剥き出しになったレイラの足を見て目を丸くした。驚いた。今の今まで気付いていなかったのか。

何か悪意の気配がしてすぐにドレスの裾を千切ってしまったが、ジェフリーがこれを借りにして面倒事を押し付けてこないといいが。

「はいはい。どうぞどうぞ。会いたいときはオレから会いに行くから大丈夫でーす。お二人さんはそろそろ戻った方がいいよ。みんな探してる。後のことは神様オレに任せて帰りなよ。」

さすが神様だ。神殿の外の様子も視えているらしい。

レイラが月の神力を持っても思うように扱えなかったのに。

「アリアさ……お母さんがいるもの。まだ帰れないわ。ルークさんにお願いして連れて帰ってもらわないと。」

こんな寂しいところにアリアの遺体を放置するわけにはいかない。いつでも墓参りに来られるようなところにいてほしい。もう一瞬で移動できるような便利な力はなくなっているだろうが、来れる時には出来るだけ行きたい。

「そうだね。待ってて連れてくる。」

やさしく微笑んだウィラードはそう言って姿を消した。

死んでいるとは思えないほど綺麗な遺体。金茶色の真っ直ぐな髪。白磁の肌に長い睫毛、生きていた頃にその奥にあるレイラと同じ紫水晶あめじすとの瞳を見たかった。優しい声を聴きたかった。ヴィンセントの家で母アリスに充分愛情を注いでもらって満たされていたとしても、レイラのために命を削ってしまったアリアに精一杯の愛をこめて感謝の言葉を贈りたかったのに。

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