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反転と自由な世界

「ここまで上手く使えるなんて……。生きてた頃と同じくらいよ。この娘元々依りやすい体質なのかしら。驚きだわ。」

己の手の平を見つめしみじみと呟くシャーロットは、目の前でぽかんとしている女に気付くとにこりと笑った。

「ほら、これで死ななくて済むでしょう?」

「私になにをしたのかな?」

「反転させたのよ。白を黒に。一応力を多めに注いでおいたからこの先百年は死なないわ。神の意識は魔の意識に変わったの。身体はもう要らないでしょう? 妖魔はただの力の集合体だから。」

なんとまあ出鱈目な術だ。反転術式なんて聞いたことがない。これが数百年かけて生み出したものか。

「はははっ。私の使命を奪うのかい?」

そう、意識は神になるために創られた。

その為に取りそこねた身体を探すために与えられた力とアリアの骸に残っていた力を使って、人を動かし、使えるものは何でも拾って使った。

それなのに、神様になれず妖魔になったなんて受け入れられない。死にたくなかったが、こんな風に成りたかったわけではないのだ。

「私は未来を視たときから決めていたの。母様が捨ててしまった役割を果たす人を。その時視たものとは少し状況は違っているみたいだけれど。貴女は最初から要らなかったのよ。あの方たちも面倒なことを考えたものね。頭おかしいわ。」

要らない存在だと言われ、落ち込むより先に何となく納得できた。『自分』という存在は本来なかったもの。それがここに存在してしまったから何も上手くいかなかったのだ。

「私はどうすればいい?」

「気ままに生きればいいのよ。」

「私は白でいたかった。」

「無理よ。その願いの犠牲になるのが私の愛し子である限り、私がそれを許さない。復讐なんて考えてみなさい。その時は貴女を消すわ。」

『自分』の欲しかった身体の中にいるシャーロット。

紫の瞳が冷たく『自分』を見据えた。

彼女なら簡単に消せてしまう。魔物になってしまった『自分』など指一本で消せてしまうだろう。

「ここは私の領域よ。『妖魔は出ていきなさい。』貴女には外で自由に暮らして欲しいもの。」

自由。そうか『自分』はもう何もやることがないのか。

ぎゅっと瞳を閉じて、人の声も何も聴こえなくなってから目蓋を開いた。瞬間、強い風が吹きつけたそれをまた目を閉じてやり過ごす。

風が収まりまた私は目を開けた。私はその景色に息を呑む。

「これが……外の世界なのか?」

目を開けた私の前には大きな街が広がっていた。

夜の暗闇の中で街の明かりは眩しくて暖かかった。

自由になれたというならもう何にも囚われない。

私は暗闇の中に足を踏み出した。


◇◆◇


崩れ落ちたアリアの身体を慌てて抱き止めて、シリルはシャーロットに確認する。

「あの、このアリアさんはもう……。」

「ええ、もうとっくの昔に亡くなっているわ。だから、それは骸よ。」

死体にしては綺麗な状態だ。じっとアリアを観察する。

顔立ちはレイラによく似ている。ただ、レイラよりは柔和な雰囲気だ。レイラの雰囲気を色に例えるなら空の青ではなく水の青だろう。冷たくて綺麗な雰囲気だ。

今のシャーロットがとり憑いているレイラは、シャーロットのおかげで愛嬌がある。そんなレイラを見れて嬉しい反面、虚しくもある。

出来ることなら自分の力でその姿を見てみたかった。

「それにしても、本当に軽いわ。この娘の身体。アリアがルークとくっつくのは想定外だったから。ここまで術の精度が良くなったのもルークのおかげね。彼がアリアを押してなかったらこの娘はいないもの。」

「そうですね。」

ふわふわと見慣れた金茶色が舞う。

レイラの身体は馬鹿みたいな数の祝福で容量が広げられている。全部の祝福の力でもその容量を埋めるに至らず、その隙間に『何か』が入りやすいらしい。

しかも、その『何か』にとってレイラの中は実家の自室並みの居心地の良さだという。そして、強い力も手に入る。

「……でも困ったわ。下手するとこの娘。」

「どうしました?」

「ねぇ。私がすべてを終わらせた後、この娘弱くなると思うの。貴方が何とかしてあげてね。この国の祝福持ちは王族か貴方の一族くらいだもの。」

王族にレイラを渡すというなら別だけれど、と面白そうに笑った。シャーロットの言葉にシリルは眉を顰める。

「どういうことですか?」

「この娘、祝福なしでも普通に器が大きいみたいなの。だから、困るなと思って。祝福持ちがそばにいたら大丈夫だから安心して。」

「だから、何が?」

掴みにくいシャーロットの言葉に苛立つ。

残念ながらシリルのこっち方面の知識は浅い。というかそんなに知っている人もいないだろう。神の一族、即ち王族が鳥と会話するのではなく、物体から『記録』を読み取る力を持つということは初めて知った。皆知らないことだろう。

そして、死んだとされる王女リリスがレイラということも確実に機密だろう。シリルには結構あっさりと知らされたが。

その時、ウィラードから呻き声が上がる。のそのそと黒い頭を持ち上げ周囲を見回した。そして、シャーロットを視界に入れると文字通り飛び上がった。

「シャーリー! ごめん。気絶してた。」

忠犬よろしくシャーロットの元まで駆け寄っていった。

「いいの。私達がいけないことしちゃったんだもの。彼が私でも殴るわ。だって堪えられないわ。好きな人が他の人にキスされるなんて絶対に許さない。」

ほう、なるほどウィラードとシャーロットは似た者同士だ。二人とも互いに向けている愛情が恐ろしいほどこわい。

「そろそろ私の時間がなくなってきたわ。御門、覚悟は出来ているかしら?」

「うん。その先にシャーリーとの未来があるなら、どんなことだってやれるよ。覚悟はとっくの昔に出来てる。」

ウィラードは蕩けるような笑みを浮かべてシャーロットを見つめている。対するシャーロットも同じ瞳で見つめ返していた。この場でシリルだけ疎外感がある。

「ありがとう。愛してる。」

「オレも。」

今度は顔を寄せることなく指を絡めるだけにしてくれた。それでもシリルにとって充分腹の立つ光景ではあるのだが。

「それじゃあ、シリル。この娘を頼むわ。」

「はい。必ず幸せにします。」

「お願いね。」

いつかはレイラ自身に伝えたい。そのいつかは出来だけ近い未来がいい。そんな願いを抱いた。

丈の短くなったドレスがゆらりと揺れた。

「展開。第六術式を構築、第一術式で補強『反転』。」

先程と同じ言葉が紡がれ眩い光が視界を染める。

光が収束し始めた頃、崩れたレイラの身体をウィラード抱えているのが影で何となく分かる。

光が完全に消え去り、世界の色が元に戻った時。

聞き慣れた涼やかな声が耳に届いた。

「ウィル?」

「うん。そうだよ。」

「良かったわ。騙されたのかと思った。」

相変わらず、シリルには砕けた言葉遣いをしてくれないくせにウィラードには砕けた言葉遣いをしている。

気に入らない。レイラがトリフェーンに帰った暁には、しっかりと教育しなければならないだろう。

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