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最後の扉と庇護

人間諦めてしまうと時間が緩やかになるらしい。

瞳を閉じて随分経っている筈なのだが、衝撃も音も痛みさえも感じない。覚悟を決めて恐る恐る瞳を開けると見慣れた景色がレイラを迎えた。

「これは……死んでしまったのかしら?」

青い薔薇はいつものように美しく咲いている。

死んだら天国に行けると思っていた。

まさか器の世界に閉じ込められてしまうとは思わなんだ。

はあ、と溜め息を吐いて東屋へ歩き出す。

座ってゆっくりしよう。今生は良い死に方が出来なかったが、来世というのがあればもう少しましに死ねるかもしれない。子や孫に囲まれて穏やかに眠れるように願う。

東屋へ向かう道の途中で呆然と青い薔薇を眺めている男がいた。もしかしたら、ここはレイラの知る薔薇園ではなくて魂の休息所のような所なのだろうか?

「あの。」

ここで会ったのも何かの縁だ。来世へ行ける入り口を一緒に探しに行こうと思い、黒髪の男に話しかけた。

レイラの声に振り返った男の顔にぽかんとする。

「ウィル? どうしたの、」

こんなところで、と続けようとしてウィラードの言葉に遮られた。

「ねぇ。お嬢さん何したの?」

ウィラードにしては珍しく覇気のない声だ。

いつも無駄に輝いている緋い瞳は輝きを失っている。

「何って、何のこと?」

「ここはどこ? なんで。」

そう言って、ウィラードは震える手で青い薔薇を包んだ。触れただけで壊れてしまうというような触れ方にレイラは小首を傾げた。

「そうね。死後の世界でないとするなら私の中にある世界だわ。神様や神様の血に連なるひとにあるらしいの。私は青い薔薇園だけれど、他の人は海中だったりす……。どうしたの?」

肩を震わせはじめたウィラードの肩を叩く。

泣いているのかと顔を覗きこむと、ウィラードは笑っていた。泣き笑いのような、そんな切ない表情にレイラは息を呑んだ。

「本当にお嬢さんはオレの宝物だったんだね。」

「それはないわ。」

「お嬢さん、君はシャーリーからに贈られた奇跡の贈り物だよ。ああ、ほんと大好き。泣きそう。」

ぎゅうと骨が軋むほど抱き締められる。息苦しい。

言っている事の意味は不明だったが、何となくウィラードの気配が安らいでいるような気がしないでもない。それなら、しばらくは好きにさせよう。

とレイラが力を抜くと締め付けるものがなくなった。

一体、ここはどうなっているのだ。

消えてしまったウィラードの気配を探るが何も辿れない。今のは幻覚だったのだろうか。それならシリルの幻覚の方が嬉しかった。

文句を言う相手もいないというのは虚しいものだ。

いつもいる姿形の同じ少女の姿もない。

帰りたい。しかし、帰る術が分からない。

ここへは勝手に呼ばれて勝手に帰されるのだ。

ペリドートやオパールが来てくれないだろうか。

元の場所に戻ったところで瀕死になっているかもしれないが、殺したマゼモノへ最期に一撃くらいは喰らわせてやりたい。

レイラは壊した扉に足を踏み入れた。

二つの扉をレイラが壊したが、あと一つ残った扉はどうなっているのかと二つ目の扉をくぐった。

すると、目の前の扉は僅かに開いていた。

月の力を持ったことによって開いてしまったのだろう。

ここまで開いているのだ。いっそのこと全部開いてしまおう。と身長の何十倍もある扉を軽く押してみる。

「軽い?」

驚くほど軽い扉だ。

軽い扉を押し進めるとその先に石で出来た寝台があった。その寝台の上には青い薔薇がばら蒔かれている。

(ここは何かしら。)

寝台の上に置かれた薔薇を手に取る。

そこで寝台に腰掛ける女性がいることに気づいた。

何故今の今まで気付かなかったのだろう。そこまで気配に疎いはずはないのだが。

女性はレイラの視線に気付くと、ほんのりと頬を染めて微笑んだ。

「私の愛しい。少し私と代わって? これで最後だから。やっと終わらせる事ができるから。」

ふわりと言う言葉の似合う女性がレイラをやんわりと抱き締めた。ウィラードと違って心地の良い腕の中だ。

それに、なんとまあ豊満な身体をお持ちの美女だ。

柔い乳に埋もれて死にたいという男性の気持ちも分かる。これが本当の妖精みたいな、だろう。花の良い香りがする。

「私は構いません。」

「ありがとう! すぐに戻るから!」

ぱっと花が咲くように笑って女性は扉の外へ出ていった。女性が出ていくと重い扉は閉まった。そう、ぴっちりと閉まってしまった。

「……騙されたのかしら。」

今更後悔しても遅いのだが、とりあえず彼女を信じるしかない。

紫水晶の瞳と金茶の髪ということは、彼女はレイラの親戚の思念体か何かのはずだから。


◇◆◇


何かの声が聞こえた気がしてシリルは目を覚ました。

ぼんやりとする視界を拭い、痛む腹を押さえて起き上がる。見慣れぬ森の景色にシリルは呆けた。

「ここは……っ!」

一気に目醒め今までの事を思い出す。近くにレイラの姿がない。思わず舌打ちが出てしまう。

(あいつ、何処に行ったんだ!)

いつものように冷たい気配を辿る。

少し離れた所にレイラを感じた。腹の痛みを堪えて走る。

こんな初めて足を踏み入れる場所にレイラを野放しなんて、いつも目を離すだけで居なくなってしまいそうなのに、まったく心臓がいくつあっても足りない。心配で心配で胸が千切れそうだ。

レイラの気配の近くまで走ると、木々の隙間からレイラが化け物を押し倒しているのが見えた。もう大丈夫かと足を緩めた。がレイラは化け物の上にのっているだけ、だった。

(何をしてる!?)

いつもなら、ざっくりと殺ってしまっているはずなのに、レイラは動こうとしない。それどころか、その隙にと暴れだした化け物に退けられ、よろよろと後ろの木に寄りかかった。化け物の凶器が無抵抗のレイラに向けて降り下ろされる。

シリルの大好きな瞳を閉じているレイラに苛立つ。

あの紫水晶でなくてもいい。金色でもいい。

あの意思の強いレイラの瞳が隠れているというのが、どうしようもなく悲しい。世界は自分の味方だと思っているようなその瞳が、閉じられているのが怖い。

この距離からなら、跳躍すれば盾にくらいなれるかと力強く地面を蹴る。しかし腹に激痛が走り、膝がかくんと落ちた。

(くそ。間に合わないっ……。)

あと三歩あれば届くのに、とレイラに手を伸ばす。

シリルの目の前で緋い鮮血が宙を舞った。

ゆっくりと倒れていく身体に目を見開く。

力なくずるずると崩れていくレイラの前に立っているウィラードは胸に刺さった化け物の腕を見て微かに笑った。

「ギリ間に合わなかったか。ああ、しくじった。」

化け物はウィラードの手にかかったのか、バラバラに砕けている。

ぽたぽたとウィラードの緋い鮮血が地面に落ちていく。

「ちゃんとお姫様を守ったよ先生。オレってちゃんと真面目でしょ? あれ、もしかして先生のポジション奪っちゃった? うわ。ごめんね? 騎士のポジション奪って。」

「……感動しそうになった俺が馬鹿だった。でも、ありがとう。レイラを守ってくれて。俺だと死んでた。」

ずるっと胸から腕を引き抜いていたウィラードはシリルの言葉に首を傾げた。

「え~。先生なに言ってるの? 流石にこの怪我だとオレ死ぬんだけど。あ、これ嘘じゃないからね。オレもうやば……い。」

ばたん、とレイラの上に倒れたウィラードは幸せそうに笑っていた。状況が飲み込めなくなってきた。

レイラを庇ったウィラードが今死んでしまったのか?

あの妖魔に『死』というものがあるのだろうか。

そっとウィラードの首に手を当てる。脈はない。

次にレイラの首筋に手を添える。こちらも脈がない。

レイラの方はいつものやつだろうが、ウィラードの方は本当に本当だろう。やるせない思いが胸を締める。

「馬鹿が。」

こんな結末ではレイラが悲しんでしまうだろうが。

右手を強く握りこんだ。

「オレ馬鹿じゃないよ。妖魔だよ。」

「はっ?」

目の前のウィラードが目を開けた。

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