運の悪さと第六感
どれだけそうして触れ合っていただろう。
遠くからレイラを呼ぶ声がある。この声はジェフリーかルークだろう。あの二人は声が少し似ていてレイラはたまに聞き間違える。
どちらだとしても、こうしているところを見つかればシリルと引き離されることは目に見えている。
「シリルもう……その帰りますか?」
まだ足りないが、客人として来ているシリルを引き留めるわけにもいかない。夜も更けてこれからは大人の時間だ。
レイラみたいなお子様はさっさと帰らなければ。
「ん? ああ、そうだな。お偉方に捕まらないうちに帰らないと。捕まると朝まで帰れなくなる。明日から挨拶回りがあるんだ。」
二日ほどアメトリンで社交をするらしい。
それからすぐにトリフェーンに発って、そのまま仕事に戻るそうだ。出不精なレイラなら倒れるくらい大変そうだ。
「早くトリフェーンに帰れるよう頑張ります。」
「……前から思ってたんだが。」
真剣な瞳がレイラを捉えた。一体なにを言おうとしているのだろう。こてん、と首を傾げたレイラにシリルは重そうな口を開いた。
「レイラが動けば動くほど状況が悪化してないか?」
「っ……。」
瞬間、レイラの身体に衝撃が駆け抜けた。
例えるなら図星を指された瞬間のような感覚だった。
これまでの人生を思い返せばその通りだ。
おかしなモノに目を付けられることが分かっていたのに一人で出歩いて妖魔につかまった。
そんなことがあったのに、寝間着を自分の手で探そうと院外に出て妖魔に襲われ、今は普通の人間になるために王都に来たのに前よりヒトから離れてしまった。
そういえば、ロードナイトにいた頃もだ。
あのボンボンとの長きに渡る戦いも、最初はちよっかいをかけられても無視していたが、途中からは我慢の利かなくなったレイラから喧嘩をふっかけていた気がする。それで変貌を遂げたボンボンと似たような胡散臭い相手が苦手になったなんて笑えてしまう。
さらにノアの束縛が面倒で外に出た時に限って、変なのに絡まれ、絡んだ相手がノアの手によって(今考えたらウォーレンの手も加わっていた。)花畑を見るという結末を迎えていた。 レイラが外に出なければ『出来心』をもつ者はそんなに現れなかったかもしれない。
そうすれば、ノアの報復に合う者も少なかっただろう。
もしかすると、レイラが王城に足を踏み入れたことで何かしらの術式を発動させてしまったのかもしれない。
この不思議な神の力についても、レイラが学院へ行こうとしなければ細かいことが分からなかった。アレンに会うことも、出生について知ることもなかった。
レイラの選択は毎回爆弾を掘り出している。
「私はこれからどうしたら良いでしょうか?」
もうこれからは人に決めてもらおう。それが一番安全だ。
「そうだな。一段落ついたら俺とジェイドに行くか? 一人で家に帰る勇気がなくてな。レイラがいたら俺は目立たないはすだ。」
うんうんと自分の言葉に納得するように頷くシリルを呆れた目で見つめる。ジェイドの半分以上を治めている領主の息子がレイラより目立たないはずがないだろう。
「一段落つく気がしません。助けてください。」
視界に入る銀色の輝きはそう簡単に消えるとは思えない。
「助けたいのは山々だが、俺はヒトだからな。」
「冗談です。シリルを巻き込むつもりはないですから。」
「だろうな。だから俺は寂しいんだ。お前が俺に甘えてくれたら神様くらい何とかしてみせるのに。」
神様を何とかするなんて、シリルは本気で言っているのだろう。というか何とかできそうな気もしてくるから不思議だ。
「私も寂しいので今はぎゅっとしてください。」
「ああ、了解したお姫様。」
ほわっとしてシリルの体温と匂いが近付く。
「む。私はお姫様じゃないですよ。」
「俺にとってのお姫様。」
真顔でシリルはそう言ったが、そういった台詞は、
「……恥ずかしくないですか?」
シリルは真っ赤になるレイラを不思議そうに見つめる。
「なんでだ? レイラは物語のお姫様みたいに綺麗で行動派だろ。」
「……。」
無言でシリルを抱き締める腕を強めた。
シリルはたまにこんな言葉をかけてくるから困る。
毎回じゃない分一回の威力が強くて、恥ずかしくて堪らない。これで素なんて恐れ入る。ジェフリーの褒め言葉なら寒気が止まらないのに、シリルなら暑くて堪らなくなるのだ。
これが抱いてる想いの差か。面白い。
「じゃあな。トリフェーンで待ってる。」
「はい。」
最後に軽い口付けを交わしてから離れた。
離れていくシリルの背中を見つめて、これからどうやってこの髪を治せば良いだろう。ペリドートも分からないことを見つけることは出来るのだろうか。
探すことに疲れたらトリフェーンに卒業までいよう。
それからでもおそくないと信じたい。
その時、シリルがいきなり振り返った。
『っお嬢さん避けて!』
その声と共に風を感じて身を反らした。ちりっと左腕に痛みがはしる。目を遣ると薄っすらと血が滲んでいた。すぱっと綺麗に切れている。首に当たったら死ぬかもしれない。
「危なかったね。お嬢さん無事?」
姿を現したウィラードは珍しく息切れを起こしている。
「切り傷で済んだわ。ありがとう。」
「ごめんって。ちょっと取り逃がしてさ。俺についてるお嬢さんの気配辿られて、この失態。面目ない。」
飛びかかってきた妖魔か神霊だと思われる物体はシリルが押さえ込んでいた。ウィラードの声は聞こえなかっただろうに、異変を第六感で察知してレイラの側に駆け戻ってきたようだ。
これは才能だろう。気配を消すのも読むのも得意だ。
レイラはウィラードから警告が飛ぶまで気付かなかった。
「先生。そいつ無駄に手が多いから気を付けて。それになんか色々隠し持ってる。オレもさっきやられて穴空いちゃった。」
そう言って胸元を示すウィラード。確かに胸が赤く染まっている。衣服にも大穴があって服の下には柔そうな肉が見えた。
ヒトだったら死んでいる位置に穴が開いている。
「どう気を付ければ……くそ、早く教えろ。刺された。」
ゆら、とよろめいたシリルの腹辺りに血が滲んでいる。
シリルの拘束が緩んだ内に妖魔らしきものは物陰に逃げた。
混沌のような濁った瞳がレイラを見つめている。
「カミノムスメ。ウバエ。ホシイ。」
「多分これ使役されてる何かだと思うんだけど。」
カミノムスメ、ということは『これ』を使役している人間はレイラの事情をある程度知っているものか、あるいは妖魔が『これ』を使役しているという可能性もある。
「誰の命令で動いてるのか分かるか?」
「オレでも分かんなかった。」
「もう少し時間かけて探せ。もう一回くらい……っ。久々にやられた。まだまだ修行が足りないか。」
ふう、と息を吐いて横腹を押さえているシリルに駆け寄る。
「シリル……怪我は……。」
「大丈夫だ。妖魔と違って立派な穴は出来てないからな。このくらいなら何とかなる。」
泣きそうな顔をしてしまったのかもしれない。
慰めるようにシリルはレイラの目蓋に口付けを落とした。
「はいはい、ご馳走さま。見せつけてくれるね。」
完全にウィラードには呆れられている。
しかし、いつかに視たウィラードとシャーロットの神殿での生活ぶりは新婚の蜜月のような濃厚さが何年も続いていたようだった。レイラたちはきちんと健全なお付き合いだろう。爛れていない。




