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凶暴な動物と眩い姉弟

そわそわと落ち着かない気持ちで会場を見下ろす。

会場を見渡せる控え室のような場所にレイラを連れ込んだ本人はここから出るなと言い置いて何処かへ行ってしまった。まだ時間があるのなら、早い時間から派手で苦しいドレスを着せてくれるなと思う。

会場には続々と優雅な装いの紳士淑女が集まってきた。

その中に招待されているはずのシリルを探すがまだ来ていないようだった。レイラの我が儘のせいで遠く離れた王都に来てもらうことに、とてつもない罪悪感を覚える。

しかし、色々なことがあって弱くなったレイラの心にジェフリーの言葉は甘かった。

(シリルに気付かれないようにしないと。)

それがジェフリーとの約束だ。

化粧をしておけば大抵別人と化すと言うジェフリーのお陰で、鏡に映る自分が一瞬分からなくなる程度には別人化することができた。

さすがにシリルは髪色だけで誤魔化せる相手ではない。

出来るだけ近くで観察するためにも厚化粧はありがたい。あとでもう一度侍女の人にお礼を言わなければ。

「待たせたな。行くぞリリス。」

見た目はいかにも貴公子のようなのに、浮かべている表情が強気で自信満々なものだから残念な王子様に見えた。

「……何度その名前で呼ばないでと言ったら聞いてくれるのかしら? それとも、王子様はそんなことも分からない残念な記憶力の持ち主なの?」

「今のは偽名のつもりだったんだがな。」

「もっとましな名前にして頂戴。」

「会場に着くまでに考えておく。」

眉間に皺を寄せてジェフリーは考え始めた。

「ありがとう。楽しみにしておくわ。」

リリスなんて紹介されようものなら、髪色は黒でも瞳が金のままの今の姿では『死んでいた王女』が見つかったと勘ぐる者もいるかもしれない。

『リリス』のことを知られるとレイラの今後の人生が厄介なものになってしまうので、人目につきたくはなかった。本当は陰でシリルを見ていられたら良かったのだが、ジェフリーはレイラを虫除けに使うかわりにシリルを呼び寄せてくれたのだ。仕方ない。

ジェフリーとレイラが会場に足を踏み入れると、途端に周囲がざわつきだした。未だ特定の相手がいない王子の隣に見慣れない女がいるのだ。若い令嬢たちからの視線が突き刺さる。

「大丈夫だ。お前はこの会場で俺の次くらいに美しい。」

「そんな問題ではないわ。」

わざわざ見せつけるように耳元で囁くジェフリーの顔を片手で押し退け蜂蜜色の頭を探す。綺羅綺羅している会場の中でもシリルの姿は際立って美しいはずだ。

だから精々レイラは三番目くらいだろう。

「気に入らん。」

必死に背伸びしてシリルを探していると、ジェフリーのそんな呟きが聞こえた。何が気に入らないのか問おうと振り返れば、顔を押し退けていた手の指に噛みつかれた。手袋越しとはいえ痛い。なんて凶暴な生き物なのだろう。

「痛いわ。やめて。」

「それなら余所見をするな。」

不機嫌そうに細められた目に揺らめく光から物騒なものが見え隠れしている。なんとなく嫌な予感がした。

腰を抱き寄せられる。強い力に逆らえずよろめき倒れるようにしてジェフリーの横におさまった。逃げようとすれば脇腹を掴まれた。

これは、まさか嫉妬しているのだろうか。

どこでなにがどうすればレイラに好意を抱くのか、まったくもって分からない。ジェフリーに散々なことを言ってきた自覚があるのだ。

レイラの王子を見下した発言の数々を思い出す。よく不敬罪にならなかったのか不思議に思うくらいのことを言った覚えがある。

「何を言っているの。私は最初からシリルしか見ていないわ。貴方も私が珍しいから興味を抱いただけでしょう。すぐに飽きるわ。」

「……黙ってろ。」

「貴方に言われなくても最初からそのつもりだったわ。」

喋らない相手に話しかけてくる者などいないだろう、その方がレイラも楽だ。今までずっと小声で話していたから、端から見れば口の動きで通じ合っているように見えただろう。

そんなこんなで舞踏会は始まった。

最初の挨拶の時、セオドアがレイラを見て目を丸くしていたが何か可笑しなところでもあったのだろうか。

「この舞踏会の本当の目的は俺の結婚相手を見定めるためだ。陛下主催でな。ありがたくて涙が出る。」

(私そんなこと聞いてないのだけれど?)

無理やり吊り上げていた口角がひくつく。

だから、あんなに注目されていたのか。

そして何故セオドアがレイラとジェフリーを見て唖然としていたのか理解した。最悪だ。逃げたい。こんなの詐欺と一緒ではないか。

詳しく訊いておけばよかった。

項垂れるレイラの腕を引いてジェフリーはダンスホールに歩きはじめた。まさか踊らせるつもりか。

「私無理なの。本当に無理なの……!」

散歩を嫌がる飼い犬のように全力で踏ん張るレイラに視線が集まる。そして嫌がるレイラから一切手を離さないジェフリーにも訝しげな視線が向けられる。

「別に踊れとは言ってませんよ。ただ私に身を任せてくれたら良いだけで。リリィは嫌……ですか?」

こいつ。胡散臭くなったジェフリーに寒気が止まらない。ただでさえ胡散臭い集団のなかにいて限界が近かったのに、止めを刺された気分だ。

それにしても偽名はリリィにしたのか。もっと捻れ。

全力で首を振って周囲に聞こえぬよう小声で伝える。

「ごめんなさい。他の方を誘われてはどうかしら。 私久しぶりに外に出たせいか人に酔ってしまったようなの。」

「そうか。それなら露台で風に当たろう。」

「殿下と話したい人が一杯います。」

「俺を置いて逃げる気か?」

こくこくと無言で頷く。完璧に貼り付けられたジェフリーの笑みが歪んだ。しかし、レイラだってこのまま手篭めにされてはかなわない。抵抗させてもらおう。

周囲は火花を散らし始めた二人の行方を息を呑んで観察している。一触即発の雰囲気が場を満たす中、凜とした声が響いた。

「お久しぶりね。ジェフリー様。」

「……久しいね。ミラ。」

「少しわたくしにお付き合い願える? こんなに可愛い女の子を困らせるなんていけないでしょう。」

ミラという名に驚いて振り返れば、そこには蜂蜜色の眩い金髪に若葉のように透き通った黄緑の瞳をした姉弟がいた。

「貴方の根性叩き直して差し上げるわ。」

「姉さん。王子殿下ってこと忘れるなよ。」

そんなことは分かっているというようにミラは鼻で笑った。そして心配そうにレイラを見る。こんなに見つめられているのにミラはレイラだと気付かないようだ。流石、王宮の侍女は腕が違う。

「えっと、それで貴女はどちら様? ごめんなさい見覚えがないの。教えてくれるかしら?」

「この子は喋らないよ。ね、リリィ。」

ジェフリーは『リリィ』と呼ぶのを気に入ったようだ。

「シリル。リリィちゃんを落ち着ける場所に連れていきなさい。顔色が悪いから落ち着くまで一緒にいてあげて。」

「ああ。分かった。」

そして、恋人であるシリルですらレイラだと見抜いていない。少し寂しくも感じてしまう。

正装姿のシリルをじっくりと観察しながら休憩室へ移動する。相変わらずの美形だ。やはりシリルが一番格好いい。

ほけっとシリルの横顔を半歩後ろから見つめていると、黄緑の呆れた目がレイラを捉えた。

「……レイラ。お前こんなところで何してるんだ?」

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