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昔話 Ⅱ

明るくなった寝室でアリアはシーツに包まっていた。

身体は鉛のように重い。寝返りをうつことさえ億劫に感じる。こうなった原因は後ろからアリアを抱いている男だ。

「アリアこっち向いて?」

「……っ。」

首に音を立てて口付けられる。おそらくそこには赤黒い鬱血痕があるのだろう。そして全身にはおびただしい数のそれがあるに違いない。

「アリア? どうしたの? どこか痛いの?」

「うるさい。ひ……っう。」

痛い? 全身が痛いに決まっている。

「泣いているの?」

「当た……り前でしょう?」

身動ぐだけで身体中が引き攣れたように痛む。筋肉痛だ。

「怖かった?」

「今日は優しくするって言った……。嘘つき。」

何度やめてと言っても聞こうとしないのだ。

ルークとアリアには年齢差がかなりあるというのに。

そして年齢差なんかより問題なのは、長年神殿にいたアリアの体力不足だ。世の中の一般的なところが分からないというのもある。

ただ、世の基準がルークだったとしたら他の女性たちはすごいと思う。気を失うまで責められ続けるなんて。

「ごめん。歯止めがきかなくて。」

「……もっと紳士的な男性を見つけに行こうかしら。」

アリアの一人言にルークの腕の力が強まる。

そっとルークの顔を窺うと噛みつくように口付けられる。

「それだけは駄目。僕にはアリアしかいないんだから。」

ルークがそう言うことを分かっていてやっている。

たった一年でよくここまで毒されたものだ。

最近は眠くなることも多く食欲も減っていたから、あまりルークの相手が出来なかった。昨日はたまたまアリアの調子が良かったからこうなったわけだ。

最近のアリアの症状は妊娠の兆候だろうとミスカは言っていた。独占欲だけが強い夫と違い頼りになる精霊だ。

もしお腹に子供がいるのなら、あまり激しい運動は避けなければならない。だから昨日は嫌だと抵抗したのに。

早く妊娠しているかどうか確認しなければ。

「アリア?」

「ねぇ、ルーク。」

「ん。どうしたの?」

「少し外に出てくるわ。貴方はここにいて。」

「なんで? アリアが外に行くなら僕も行かないと。」

「待っていてくれないと一生触らせないから。」

不確定な情報でルークをぬか喜びさせてはいけない。

はっきりと確定させてからでなければ。

その為にはアリア一人で病院に行った方がいいだろう。

「……分かった。」

「ありがとう。行ってくるわ。」

ミスカにお風呂や着替えを手伝ってもらって支度を整える。あちこちに痕をつけられたせいで殆どの服が着られなかった。

王都で有名な病院に行って調べてもらうと、やはり妊娠していた。早く帰ってルークに知らせなければ。

しかし、神殿のなかで産む気にはなれない。

初産で不安なのだ。産むなら外だろう。その間、神殿はミスカに任せるしかない。ルークは付いてきてくれるだろうから。

神殿へ帰って早速妊娠したことをルークに伝えた。

「ありがとう……!」

すると目に涙を浮かべて抱きついてきた。

アリアの胸に顔を埋めて泣いている。

「苦しいわ。そんなに嬉しいの?」

強い力で締め上げてくるルークの頭を撫でる。

「嬉しいに決まってる! アリアは嬉しくないの?」

「すごく嬉しいわ。だって私はずっと一人だと思っていたもの。」

まだ膨らんでもいないお腹を撫でる。

この中に自分以外の命があるなんて不思議だ。


◇◆◇


「アリア。本当に良いのか?」

心配そうにそう聞いてくるアドルフは、相変わらず姉離れが出来てないらしい。ルークとの子供が出来たと言ったあの時は世界の終わりが見えた気がした。

そういえば彼に結婚したという報告をしていなかった事に気付いたのがその時だ。相当怒られた。

「そんなに心配しなくても、リリスは私とルークで育てられるわ。ミスカもいるし神殿の中には仕事もないもの。」

「僕も育児についてちゃんと調べたから、そんなに心配しないで大丈夫。貴女の弟は本当に心配症だね。」

アドルフはルークが隣にいるのに無視している。大人げないと何度注意しても聞こうとしない。困った弟だ。

「あっ笑った。可愛いですね。」

ライアンは興味深そうに、ふにふにと赤子の頬をつついている。柔らかくてすべすべで気持ちが良いのだ。

それにしても、彼がリリスを抱いてから随分経つ。

「ライアン君のところもそろそろ産まれるでしょう? いい加減リリスを返して。」

神殿に帰ろうとしているのに中々離してくれない。

彼の妃は臨月が近い。だから自分の子供が生まれてくるのを待てばいいだけなのに、目の前にいるリリスに手が伸びるらしい。

「義姉上あと少しだけ……。」

「もう。仕方ないわね。」

「アリア、ライアンとの距離が近すぎるよ。離れて。」

通常運転のルークにみんな呆れた顔を浮かべた。

もしかしたら、これが一番幸せな頃だったのかもしれない。アリアが死ぬ前で一番幸せな。


◇◆◇


最初に気づいたのは精霊のミスカだった。

「アリアさま。これはどうされたんですか?」

ざわざわと声がする。神霊から悪霊まで、魂だけのものたちがアリアの様子を窺っている。腕に抱いたリリスの身体を抱え直す。

「それが分からないの。神殿に帰ってきたら皆が騒いでいたから。ルークが調べに行っているけれど、何が原因かしら。」

久しぶりに神殿の主であるアリアが帰ってきただけにしては、不穏な気配もある。しかし、皆様子を窺うばかりで襲ってこない。一体なにがあったのだろう。

「お嬢さまです。」

「どういうこと?」

「アリアさまには二つくらいしか感じられなかったのでしょう。お嬢さまには五つの祝福があります。ですから器の許容量が規格外です。赤子だから強い意思もないので皆お嬢さまの身体を乗っ取りに来ているのでは? 私の目から見ましてもお嬢さまはとても魅力的です。」

「まあ大変だわ。どうしましょう。」

この時アリアは楽観的に考えていたのだ。自分とルークとミスカがいるのだから乗っ取られることはないと。

神殿に帰って一週間経ったある日アリアは夜中に目を覚ました。あまり夜泣きをしないリリスは母親になったばかりのアリアにとって孝行娘だ。

目が完全に冴えてしまった。赤子用のベッドを覗き込むと、リリスは目を開けて天井を見上げていた。

紫水晶アメジストのような瞳に意思はなく硝子玉を見ている気分になった。それが気になってアリアが手を伸ばそうとしたその時、リリスの瞳が極限まで見開かれ、はっきりと口を動かし始めた。

『死にたくなかった。』

『ああ、どうして?』

『ようやくあいつに会える……!』

『もう殺して! もうたくさんよ!』

『なんて幸せな人生だったのだろうか。』

『ようやく手にいれた。これで役目を果たすことが出来るな。』

『これだけの力を自由にできるなんて!』

呆然と、隣に眠っているルークを起こすことも忘れた。

ぐったりと力尽きたように眠るリリスを、はっとして慌てて抱き上げる。喋り続ける姿をただ見ていることしか出来なかった。

真っ白だったリリスの肌が赤く赤く染まっていく。

もちもちの頬に触れてみると熱かった。

「どうして?」

ほろり、とアリアの瞳から雫が流れていった。

多忙の為、しばらく更新を四日に一度とさせていただきます。

来月半ば辺りには三日に一度、年末辺りには二日に一度に戻します。

よろしくお願いします。


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