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浴場での語らい

部屋の外へ出歩けなくなってしまった。

王族を表す金色の瞳のせいだ。髪の色も瞳の色も変わってしまってウィラードや王様に中庭の散歩を禁止された。

「神殿に行かないの?」

王都まで来た目的なのに、こうなってしまってから外に

「ルークさんと王様が様子を見てくるって。お嬢さんは大人しくしてね。下手したらリリスってバレちゃうよ?」

「銀色の髪に紫色の瞳。それがリリス・シトリンの特徴なのでしょう? 今の私は金色の瞳よ。気付かれないわ。」

だらしなく昼間から寝台に転がっているのは働いている人達に申し訳なく思うが、他にやることもない。

暇だ。暇すぎて窒息しそうだ。

部屋のなかで素振りをしようかとも思ったが、確実に高いであろう調度品類を破壊してしまいそうで出来なかった。

「風呂でも入ってのんびりしてなよ。外で見張っとくから。まだ体温が安定してないでしょ? 疲れが溜まってるはずだよ。」

「そうね。ありがとう。」

眠っている間に体力を消耗していたようで、髪の色が変わってから身体が重い。着替えを持ってウィラードと共に浴場に向かう。

布を被って髪色が見えないようにしているが、目の色までは誤魔化せない。目元が見えないように布を下げて、ウィラードに手を引いてもらいながら移動する。

「ごゆっくりー。」

手を振るウィラードに見送られ浴場に入る。

レイラの他に服を置いている人はいない。

外にはウィラードがいるから誰も入って来られないだろう。邪魔な布を頭から取り去る。

その時さらさらと視界に映る銀髪に溜め息を吐く。

いっそのこと茶色く染めてしまおうか。

いや、そんなことしたら髪が傷んでしまう。シリルはレイラの髪を梳くのが好きだった。よくレイラの髪をいじって遊んでいたこの髪を痛めるようなことはしたくない。

「どうしましょう。」

考えたところで、この状況を何とかする手掛かりになりそうな神殿へは行けないのだ。今、レイラに出来ることは何もない。

水蒸気のたち込める浴場に足を踏み入れた。むわっとする湿気が心地いい。こんなにだだっ広い浴場を使えるなんて、今のうちに堪能しておかねば。

「誰だ?」

男性の声で誰何され、レイラは飛び上がる。

おかしい。更衣室には誰の荷物もなかった。

ここは貴人の客用だ。今は他に客人がいないから大丈夫だと言われた筈なのだが。話が伝わっていなかったのだろうか。しかしウィラードは王宮のあちこちに耳がある。分からないわけがない。

辺りを見回して隠れられそうな場所を探す。

大きな柱が浴槽内にあった。あそこなら身を隠せる。

急いでお湯の中に飛び込み柱にぴたりとくっつく。

「貴方こそ誰?」

レイラの声に相手が息を呑むのが分かった。

それを感じられるということは、もしかして男性との距離が近いのか。しかし、あそこにいては裸が丸見えだ。近いほうがまだましだろう。

「なんだリリスか。おどかすなよ。」

声のした方を振り返ると柱の陰からジェフリーがこちらを覗いていた。己の身体を抱き締める。わざわざこっちに近付いてくるな。というか見るな。

「出ていって頂戴。」

射殺さんばかりの視線で睨み据える。

「俺が先に入っていたんだ。お前が出ていけ。」

「先にいたのならもう済んだでしょう? 」

まだこちらを覗いているジェフリーの顔に水をかける。すると柱の向こう側に引っ込んでいった。

「済んでない。俺もさっき入ったばっかりだ。」

「どこから?」

「あっち。」

指を指しているのだろうが、レイラには見えない。

「貴方が見えないの。いえ、見たくないの。口で説明してもらえるかしら。」

異性の裸体を見て恥じらうことはないが、痴女扱いされるのは御免だ。好き好んで見に行く程のものでもない。

「昔の王が向こうに隠し扉作ってるんだ。なんでも想いの叶わない者と愛を交わすのにここを使っていたらしい。客として呼んでおいてな。どっちも愚かだと思わないか?」

「ええ、そうね。それに悪趣味だわ。」

わざわざ、他の人も使う浴場ですることでもない。

夜中に相手の部屋に忍び込めばいいだけの話だ。

「貴方は何故ここに?」

「俺達が使うのは修理中だ。」

「そう。」

この時間なら誰もいないだろうと思って使っていたのにレイラが来たらしい。今度からは夜に来るようにしなければ。

「お前の護衛は無能か? 中にいたのが俺だったから良かったようなもの。侵入者やらが居たらどうする気だ。」

なんやかんやで心配はしてくれているらしい。

強引に迫られたこともない。今だって何かをしようと思えば出来たはずだ。こてんぱんに倒すつもりではあったが。

胡散臭いときは嫌いだが、今は苦手くらいだ。

「ウィルは私の生死に関わる気配にだけ敏感なの。その他は私一人でなんとかなるもの。」

「お前の力なんてたかが知れてる。」

「聞いていないの? 今の私の状態。」

銀髪のレイラを見て反応しなかったから知っていると思っていたのだが。

「知ってる。だから会いに行かなかったんだろ。」

確かにもうジェフリーがレイラに会いに来る必要はない。不安定だった世界が安定しているのだから、純血は要らなくなった。

「諦めてくれたようでなによりだわ。」

「ああ、俺が口説いても鳥肌立てるような女にかける時間が減ったおかげで昨日は久しぶりに楽しめたよ。」

レイラを口説いている間は女遊びを控えていたらしい。

それが誠実なのか不誠実なのかよく分からない。

「火遊びもほどほどにしておいた方がいいわ。王子様なのでしょう? ……シリルと同い年とは思えないわ。何が違うのかしら。」

「おい。あんな面白みのない男と比べるな。」

殆ど一人言のそれをジェフリーが聞き咎めた。不機嫌そうな声だ。誰でも人と比べられるのは嫌なものだ。今度からは口に出ないように気を付けないと。

「そういえば貴方シリルと知り合いなの?」

「小さい頃の遊び仲間の一人だな。まだフィンドレイ侯爵が王都にいた十五年前までの付き合いだが。」

「そう。」

シリルが貴族というのを改めて突き付けられた気分だ。

王子と面識があるとは知らなかった。

きらきらとした華々しい社交界で目は肥えているだろうに、こんなレイラを選んでくれたとは夢のようだ。

「俺はもう出る。お前は?」

「私はもう少しここにいるわ。」

「そうか。またな。」

「……。また?」

もう会うことはないと思ったのだが。

この姿でレイラが外を彷徨く気にはなれないのに。

「顔を合わせることもあるだろう?」

「確かにそうね。また……っなに?」

振り返るとまた柱の陰からジェフリーが顔を出していた。目を丸くしたレイラをにやっと笑ったジェフリーを睨む。

「別になんでも。味見しようか悩んでる。」

顔に伸びてくる手をぺしっと叩いて止める。

「私なんかを味見したらお腹を壊すわ。貴方良いものしか食べたことないでしょう? 」

「我が従妹姫は『良いもの』だと思うんだが。」

「私には毒があるの。美味しくないわ。」

それ以上近づけば沈めてやる。と視線で伝える。

するとジェフリーは面白そうに目を細めた。蛇に睨まれた蛙の気分だ。

「へぇ? それなら今日はやめておくか。」

「今日は、と言わず永遠で結構。」

「じゃあな。」

「ええ、さようなら。」

ざばざばと水音が遠ざかっていく。

パタンと扉が閉まる音がして気配が完全に消えた。

まったく、ここに来てからレイラは運がない。

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