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銀色の髪と金色の瞳

オニキスから渡された手鏡で自分の顔を確認する。

何度見ても菫色のはずの瞳が金色だ。

「夢の中だけかしら……。」

でないと困る。いきなり色彩が変わってしまっては学院に帰った時なんと言えば誤魔化せるのか。治すには原因を突き止めて何とかしなければならないが、思い当たる節がない。

「いえ、多分外でもその姿だと思うわ。ねぇ誰か意識のところに行ってきてよ。まだ権利があるのかどうか確認しないと。」

「意識?」

「何でもないわ! リリスとは関係ないから! 気にしないで?」

レイラの問いに慌てて誤魔化すように手を振る幼女に釈然としないものを感じながらも口を噤む。世界の仕組みに何か関係があるのかもしれない。

「あたしはオパールよ。始まりを司る者。」

幼女は自己紹介した。七色に輝く不思議な色彩をした瞳は神秘的で、二つに括られた乳白色の髪も美しい。始まりの神と言われて納得する。

「私はオニキス。終わりを司る者よ。」

黒髪黒目、着ている服まで真っ黒だ。なるほどオパールと真逆な印象がする。身長もレイラより頭ひとつ分も高い。

「レイラ・ヴィンセントです。リリスとも呼ばれているのでお好きな方で呼んでください。」

というか神様たちにはリリスと呼ばれているようだ。

ユウもペリドートもリリスと呼んでいたしオパールもそう呼んでいた。この名前も『親』から貰った宝物だと思うことにした。呼ばれる相手によっては殺意を覚える時もあるが。

「意識の所まで行く必要はないです。ここで視る。」

ユウがレイラの瞳を覗きこむ。彼の瞳がぼんやりと淡い光を発している。何をしているのだろう。そんなに見つめられると落ち着かない。

何となく逸らしてはいけない気がして、菫色の瞳を見つめ続けた。しばらくしてからユウは納得したようにひとつ頷いてレイラから視線を外した。

「完全に移ってるみたいですね。どうしますか?」

「俺に聞かれても……。」

ユウから意見を求められたペリドートはたじろいで、視線をあさってにやった。オパールとオニキスは視線で通じあっていた。レイラを除けて他の神様だけで納得されてもレイラには分からない。

「あの、私に何が?」

レイラの質問にペリドートが答えた。

「ここに君がいるということは調整者としての力があるということだ。そして月の力がアドルフから抜けている。おそらく力の流れた先は君だろう。」

調整者と器でひとつの『神様』になることは知っている。ということは、ペリドートが言っているのはと考えたところで、レイラは自分の推測に目の前が真っ暗になった。そのレイラに止めを刺すようにユウが口を開いた。

「つまり、ぼくらと同じ存在になったってことだよ。」

「……そんな馬鹿な。」

それが嫌で王都まで嫌々来たのに、来て数日でこんなことになってしまうなんて。原因は何だろう。眠る直前に聞こえたあの声か。あの声の主のせいか。それとも王城の森を散歩したせいだろうか。

「でも待て。君、身体は大丈夫か?」

「今、ちょうど寝込んでます。」

「いつから?」

「今朝? だと思います。」

ペリドートは頭を抱えて踞った。小さく見える。

「まさか拒絶反応じゃないでしょうね。」

オパールは愛らしい顔を歪めている。しかし、小さな子供がそんな表情を浮かべているとまるで背伸びしているようで、微笑ましく思ってしまう。

そんなレイラの心の声が聞こえたのか、凄まじい形相でオパールに睨み付けられた。馬鹿にしたわけではない。七色の瞳から視線を逸らす。

「そうだろうな。誰かリリスの身体を診て来てくれ。」

「あたしが行くわよ。リリス、付いて来なさい。アンタ退席の仕方なんてわからないでしょ。」

「はい。」

オパールの小さな手を握って歩き始める。

身長差がありすぎて身体を少し屈めないと歩けないが、レイラはこの場所から出る方法が分からない。オパールの口ぶりからして何かしらの手順を踏まないとここからは脱出できないようだ。


◇◆◇


「おかしいなあ。なんで治らないんだろ。」

溜め息を吐いてレイラの首筋から唇を離した。

先程から吸えるだけ月の力を奪っているのに、一向に効果があらわれない。器に入る力が限界で発熱しているわけでもないようなのに、何故だろう。

「あー。聞いた方が早いか。」

懐から紫黄水晶を取り出しそれに力を与える。

ぼう、と二色の光が水晶から放たれて人の形を作った。

「やあ。調子はどうかな。シトリンさん。」

久しぶりに見る白金色の髪に左右の瞳の色が違う女性。シトリンはウィラードに焦点が合うと今にも泣き出しそうに顔を歪めた。

『……どうして私を殺さないの?』

「シトリンさんのやったことが丸く収まるまでは殺せないよ。見ての通りお嬢さんが熱出しちゃって、原因が分からなくて困ってる。」

神の一族と呼ばれている王族はシトリンがヒトになるために今も犠牲になり続けている。終わりが来るまでにシトリンだけ逃がすわけにはいかない。

『何かに憑かれているのではないの?』

「お嬢さんの周りには色んなモノが漂ってるけど、それだけでここまで発熱するとは思えなくてね。体内にはなにも入ってないし。」

眠っているレイラの周囲に飛んでいる精霊や悪霊を指で弾いて消す。レイラは気付いていなかっただろうが王城に到着してからずっとこの調子で、極上のレイラを求めて色んなモノが寄ってくる。

この場所はただでさえ色んなモノが依りやすい土地だ。

おそらくルークがレイラを手放したのも、これが原因だろう。こんな場所では確実にレイラは死んでいた。でなければ家族を溺愛しそうなルークが娘を手放すはずがない。

『それなら、これが私の視た未来……?』

「どういうこと?」

神様はすべての時間が視えている。常に視えているわけではなく、視ようと思えば視ることができるというものらしい。この知識もシャーロットが教えてくれたものだ。

『でも、おかしい。少し早まっているわ。本当ならもっと大きな女性のはずなのに、彼女はまだ若いわね。』

「シトリンさんの予定だと最後の純血が神様になるんだよね。でもお嬢さんはまだ完全じゃないよ。普通に恋もしてるみたいだ。」

無表情に見えるがシリルの前では瞳が熱を持っている。あくまで微熱程度だが。初恋はあんなものだろう。ウィラードのような例外は除いて。

考え込んでいたシトリンがはっとしたように顔を上げた。

『あ、まさか……。』

「どうしたの?」

『拒絶反応が起きているのかもしれないわ。無理やり全部の権利がこの子に移されて……。』

「そんなことしたら死ぬって。誰がしてるの?」

『分からない……。分からないの! 今の私は何の力も感じられないわ。』

ちっ、と舌打ちが出た。早く力を持っている相手を止めるなり何なりしないとレイラが死ぬ。運良く生きられても永遠に尽きない命を背負うことになる。

シャーロットに守れと言われたのにウィラードは何も出来ない。

妖魔の身体でも神の力で殺されることはない。

前の世界の影響かもしれない。前のウィラード、篠宮御門は『鬼』と呼ばれる一族に生まれたが、どちらかというと神に近い存在と言われていた。陰も陽も表裏一体の関係だ。

こちらの世界では妖魔は神の力に殺されてしまう存在だが、あくまでこの世界に預けられている魂に手は出せなかったようだ。

おかげで両方の世界の力を手にしたウィラードは最上位の妖魔と呼ばれている。その辺の土地神くらいなら余裕で消せるくらいに力はあるのだ。

その力でレイラの中の神力を抜いていたのだが、通りで目を覚まさないはずだ。身体が不完全なレイラに無理やり調整者と器の力が流れ込んでいるのだから。

さて、どうしたものか。シャーロットとの約束を守るためにもレイラの願いは叶えてあげたいが、これはどうやれば彼女の願いに添えるだろう。

眉間に皺を寄せて唸っているレイラに視線をやる。

熱は下がらないし事態は最悪な方向へ向かっている。どうすれば回避できるのだろうかと思考を働かせる。無駄に永い年月を生きてきたのに何も思いつかない。

「オレは使えないの?」

『貴方は器としての機能しか出来ないわ。』

「そっか。」

代わりになれたらと思ったがそれも不可能。

(不可能っていったら青い薔薇の花言葉か。懐かしいな。あの頃は青いのが好きだったけど、今は赤い方が好きになったし。)

遠い昔に思いを馳せる。そういえばシャーロットは紫陽花が好きだった。そんなことを思い返していると視界の端に銀色の光が見えた。

「え?」

『ミカド!』

悲鳴に近いシトリンの声に誘われるようにして視線を動かす。その先に見えるものは最悪の想定よりはましだったが、その次くらいに厄介なものだった。

「ああ。今までのオレの苦労が水の泡に……。」

寝台に横たわる少女の髪は銀色になっていた。

死ぬよりはましだっただろう。

死んだら元も子もないのだから。

これで五柱の神は完全に揃ったことになる。世界にとっては良かったが、レイラにとっては最悪だ。

彼女は普通を望んでいたのだから。

「とりあえずシトリンさんは寝てて。」

指を鳴らすとシトリンの姿がかき消えた。最後に見えた表情は悔しそうに唇を噛んでいる表情だった。そんなに後悔するのなら最初からしなければ良いと思うが、そうはいかないのが人間だ。

はぁ、と溜め息を吐いて無駄だと分かっているが首筋に唇を寄せる。少しでも力を抜いた方が楽だろう。まだ身体に馴染むと決まったわけではない。

「ん……。」

ぴくりとレイラが身動ぐ。ようやく目が覚めたのかとウィラードは顔を上げた。じっと見つめる視線の先で銀色の睫毛が震え目蓋がゆるゆると上がる。

そこから覗いた色は神秘的な紫色ではなく、想像した通りの透き通った金色だった。

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