結果と満月の夜の話
選定試験も終わった次の日の朝、どうしてかシリルの部屋には各科の教師が集結していた。
士官科のベン・サンドラー、医療科のシビル・アスティン、情報科のニール・ジンデル。
「すいません。なぜ私の部屋に?」
シリルは困惑していた。朝起きると既にこの三人がリビングにいたのだ。鍵はかけていたが、ジンデルが外から開けて入ってきたのだろう。
「総合科の生徒を決めに来たのよ。」
アスティンが欠伸を堪えながら喋る。それなら朝早くから人の部屋に来なければいいのに。
「今回はもう決まったも同然だから、とりあえず話し合いはしたことにしようと思ってな。」
勝手にお茶を出して飲んでいたジンデルの言っている意味が分からない。話し合いなら会議室でやれば良いだろう、どうしてシリルの部屋でするのか。
「というのは建前で、お前が例の少女とどう過ごしてるのか見に来ただけだ。」
「はぁ、左様で。」
シリルが総合科だった頃の担当、サンドラーがあっさりと教えてくれた。
というか、少女と知らなかったのは自分だけなのだろうか。今更になって気になってくる。
いや、それはないはずだと思いたい。教員に連絡が回ったのはシリルと同じ日だ。理事長はシリルをおちょくる為に何も言っていなかった可能性が高い、はずだ。
「普通に過ごしてますけどね。」
最初の頃は異性と聞いて意識し過ぎたが、今では最初から生活の一部だったように違和感がなくなっている。レイラがあまりにも人形のように無表情だったからだろうが。
(泣いても表情が変わらないとは思わなかったな。)
あの時は一瞬、どうすればいいのか分からなくて焦った。本当に泣いているのか疑ってしまうほど表情が無かった。
そんなことを思い出していると、
「なに? やっぱり変なことしたの?」
「してないですよ。」
アスティンはなにを想像したのだろう。大体予想は付くが。
一体、彼女の中のシリルはどんな人間なのだろうか。女なら誰でも良い、みたいな男だと思っているのか。それともからかっているのだろうか。
しばらく、アスティンと不毛なやり取りをしていると、寝室からレイラが出てきた。僅かに目を見張っていたのでこの状況に驚いているのだろう。
レイラは自分の姿を見下ろした後、身体を扉に隠した。
「……。」
どうすればいいのか、と視線で訴えている。
「ちょっとした話し合いだから、しばらく寝室に居てくれ。」
「分かりました。」
失礼しました、と言って寝室に戻っていく。
視線を教員達に移すと、三人にぎょっとした目で見られる。驚愕といった風だ。なにをそんなに驚いているのだろう? そう思って首を傾げれば。
「これがいつもの日常か? シリル。」
「え? いつもですか?」
シリルの中でジンデルの印象は、穏やかだが、時に獣のような鋭い目をする怖いおじさんだ。今は怖いおじさんだが。
しかし、いつもと言われてもどの辺のことを言っているのだろう。
この三人が来た時点で『いつも 』ではないのだ。
考え込むシリルに痺れを切らしたのか、ジンデルが信じられないといった顔をして、ヒントを教えてくれた。
「お前、彼女の姿になにか思わないか?」
ああ、あの寝間着のことか。確かに薄桃色でフリフリしたあの寝間着は最初は誰でも驚くだろう。でも、それはレイラの趣味ではない。彼女の兄が勝手にすり替えた寝間着だ。しかし、レイラの趣味だと勘違いされたら彼女は困るだろう。ここはきちんと訂正しておかねば。
「あれはヴィンセントの趣味じゃないですよ。」
「は? 違う。そんなことを言ってるわけじゃない。」
では、なんのことだ。もしかしてあれか? 教師なら寝間着のままリビングに出てくるような、淑女にあるまじき行動をしたレイラを注意しろということか。しかし、あの時レイラはシリル以外に人が居るのに気づいて、ちゃんと身体を隠そうとしていた。
「今度しっかり注意しておきます。」
「分かっているなら良い。彼女はまだ少女だ、今度からはリビングを寝間着で彷徨かせるな。」
やはり推測は合っている。しかし、それでは息が詰まりそうだ。
「ここは自分の部屋ですし、そのくらい良いんじゃないですか? 気兼ねしなくて。」
「ひとつ聞きたい。」
今まで沈黙を守っていたサンドラーが話に入ってきた。
「お前、まさか寝室で彼女と一緒に寝ているのか?」
「そうですけど…。」
「通りで、女に免疫がないくせに動揺しなかったはずだ。一月もあればこれか。」
「免疫ないは余計です。サンドラー先生。」
三人が頭を寄せて話し合い始めた。
結局どうして驚いていたのだろう。シリルが女性の寝間着に動揺しなかったから驚愕されたのか。
(いや、確かに十三歳でこの学院に入って、卒業して、それからすぐにこの学院で働き始めたせいで女性と関わる機会なんてあんまりなかったけど、酷いな。悲しくなってきた。俺、結婚できるのか?)
自分の将来に思いを馳せていると、サンドラーの咳払いが聞こえ、思考の淵から帰る。
「我らが言いたいのはな、お前、年頃の少女に慎みってものを持たせろ。いくらマフィアの娘で、男所帯であったんだとしてもお前がそれを当たり前に接していたら、彼女はまともな感覚を持てないぞ。あと、彼女はお前に気を許しすぎだ。お前も健全な男だからそれに付け込まないとも限らない。」
教員はマフィアの娘説のようだ。実際は第一王子の隠された娘だが。
それにしても……。
(俺はどれだけ女に飢えた男だと思われてるんだ…。)
自分の評価に打ちのめされたところで、澄んだ声がそれを遮る。
「先生はそんなことありません。」
寝室から紫紺のワンピースに着替えたレイラが出てきた。
「私とそこにあるソファーを取り合ったりするぐらい、誠実な人です。」
相変わらずの無表情だが、必死にシリルの名誉を守ろうとしているのは分かった。
「それに、先生は私になにも感じていません。」
これには、少し罪悪感が湧いた。レイラは誰から見ても綺麗だと言われる少女だ。シリルも寝顔を見て、可愛いなと思ったりする。
「あっ!目逸らしたわよ!」
アスティンに悟られた。こうなったら追求された末に揚げ足をとられて終わりだ。ここは開き直ろう。
「ヴィンセント、綺麗なんだから仕方ないでしょう!?」
「開き直ったわね。この変態!」
「アスティン先生も美男子を見たときキャーキャー言ってるでしょう!?」
それと同じだ、とシリルは主張する。それを呆れ顔の年配二人が見つめる。
「私は先生の方が綺麗だと思います。」
皆が一斉にレイラを見つめる。
「どうかされました?」
「いや、私は貴女のほうが綺麗だと思うわ。」
アスティンの言う通りだ。シリルなんかよりレイラの方が美しいと思う。
「先生は外見だけでなく心根も綺麗です。それに家族以外で私に優しくしてくれた初めての人です。そんな優しい人が私に無体な事をなさる筈がありません。」
「そう……。」
なぜかシリルが睨まれる。
「先生と距離感は保っています。ですから、先生のことを変な目で見ないでください。私が我儘を言ってこの学院に来たせいなので。」
こんなに喋るレイラは初めてだ。ここ一月の間共に過ごしたが、シリル以外にこんなに喋っているのは初めて見た。
「大体お前らの関係は分かった。帰るぞ。」
そうサンドラーが言い立ち上がった。
ようやく、話が終わるようだ。
「え、サンドラー先生良いの? 」
「シリルはこの子に手を出せない。女の扱いなんて分からないだろ。」
確かにそうだが、なんだか腹が立つのは気のせいだろうか。
「今日はシリルが公平にこの娘を見れるかどうかの確認だ。」
なるほど、レイラが総合科に入るのは昨日の時点でほぼ確定だった。それでシリルがレイラに変な、例えば恋情などを持っていないかの確認に来たのだろう。公平に物事を見れなければ教師ではない。
シリルはレイラを、妹がいたらこんなものかな、とは思っているが、それで公平を欠くようなことはしない。それがサンドラーとジンデルには分かったのだろう。
「じゃあなシリル。」
「邪魔したな。」
「シリル君、彼女に変なことしないのよ。」
相変わらず、アスティンは余計な事を言う。
三人が部屋を出ていくと、ようやく静かになった。
(嵐が過ぎたか。)
嵐だったのはアスティンだけだが。
「先生すいません。不愉快な思いをさせてしまって。」
「良い。気にするな。」
そう言えば、レイラは申し訳なさそうに目を伏せた。
長い睫毛が白い頬に影を作る。
これで憂い顔であったなら絵になりそう、と思うのかもしれないが、残念ながら無表情だ。惜しい。
「今日はゆっくり休め。明日から授業が始まるからな。」
そう言って、レイラの頭を撫でた。金茶色の髪は柔らかくて触り心地がいい。だからいつも触ってしまう。
(もしかして俺は、変態なのか?)
いや、このくらいならレイラの兄もやっていた。
大丈夫だろう。大丈夫なはずだ。
「はい。ありがとうございます。」
◇◆◇
やはり寝間着でリビングを彷徨くのは問題だったようだ。
最初の日から寝間着でリビングを彷徨いてもシリルがなにも言わず、動揺した様子もなかった為、てっきり大丈夫なのかと思っていた。
(やめた方が良いかしら。)
しかし、それだと意識したみたいに見える。
シリルは自分の部屋だからそれくらい良い、と言っていた。
それなら、それに甘えた方がいいだろう。
今日の夕方に昨日の選定の結果が発表されるらしい。
仕事のためにシリルは職員室に向かった。
夕方まですることもないレイラはそれまで部屋の掃除をすることにした。
そしてリビングの掃除を終え、寝室の掃除をしている時だった。シリルのベッドの下から橄欖石のネックレスが出てきた。
(これは、先生のかしら?)
それとも、シリルの恋人の物かもしれない。
なんとなく気になって『記録』を視る。
すると、真っ暗な階段を走って上がるシリルがいた。
このネックレスはシリルの胸にあったようだ。レイラが見ているのは『記録』の中のシリルと同じ視線になる。
そして、階段を登り終わったシリルは扉を乱暴に開けた。
そこは屋上のようだった。満月が照らすそこには小柄な人影があり、シリルはその人影に向けて駆けていく。が、急に立ち止まった。
その人影が、屋上の柵の向こう側にいたからだろう。
『ニーナ、なにしてる。冗談はやめろ。』
押し殺した低い声に、ニーナと呼ばれた少女は振り返って哀しそうに微笑んだ。
『わたし、もう耐えられない。逃げたいの。辛いの。』
そう言って、青紫の瞳から大粒の涙を零す。
『でも、最期に会えて良かった。みんなにありがとうって伝えておいて。許してね。』
『やめろ! 』
シリルが駆け出すと同時に少女は空に身を投げた。
手を伸ばしたシリルの指先が少女の手に触れた。が、触れただけだ。少女は暗い闇の中へ落ちていった。
そこでレイラの手からネックレスが滑り落ちた。世界が元に戻る。
そっと橄欖石のネックレスをシリルの枕元に置く。
今の《記録》は忘れよう。そう思うがシリルの悲痛な声と、ニーナという少女の哀しげな微笑みが焼きついて離れない。
そういえば、初めて会った日にレイラが従妹と似ていると言っていた。ニーナという少女がシリルの従妹だとしたら、その時に何かを堪えるような、辛そうな顔をしていたのも納得できる。
これだから、この力は嫌いだ。勝手に人の記憶を覗くだけ覗いて、レイラに出来ることは何もない。慰めの言葉をかけることも出来ないのだから。
(私はなんで在るのかしら。)
それからレイラは気分を変えるため掃除を止め、街に買い物に出ることにした。
以前にローズティーを買いに行こうとしていたのを思い出したからだ。確か、一杯飲ませる約束をシリルとしていた。
食料品の区画でお茶屋を探していると、突然後ろから肩を叩かれた。
驚いて、振り返ればそこにはシリルの弟がいた。
一切、気配がしなかった。さすがは総合科だ。
「こんにちは!」
「こんにちは。」
太陽のような眩しい笑顔で挨拶された。
「ごめんね。急に声かけて。」
「いえ。」
「いやぁ昨日は本当に凄かったね。もう今年はレイラさんで決まりだよ!」
奇襲をして、奪い取った勝利だ。
「それは、ないです。私は正面から戦ってないですから。」
「それは僕も同じだよ! 」
夜になるまで隠れていて、夜まで残った人達を闇討ちしたと、子犬のような印象から随分かけ離れた倒し方をしたらしい。だから気配がしないのか。
「レイラさんは今からどこに行くの?」
「お茶を買いに。でもどこにあるのか分からなくて。」
「じゃあ、僕が案内するよ!」
エリオットの厚意に甘え、店まで案内してもらう。
それにしても、昔に見たシリルの姉ミラも凄い美人だったが、エリオットも綺麗な顔をしている。これは血筋だろう。
「ねぇ、レイラさんは何歳?」
「今年で十六になりました。」
「じゃあ僕と同い年か。」
同い年、ということはシリルと歳の離れた弟になるのか。
「同い年でしたら、さん付けしなくても良いと思います。それに私の方が後輩ですし。」
「じゃあレイラって呼ぶね。レイラも僕のことはエリオットで良いよ。あと敬語も要らないから!」
親しみやすさも血筋なのだろうか、種類は違うがシリルとよく似ている。太陽のような兄弟だ。
「ありがとう。」
それから、学院であった珍事や教師の特徴を教えてくれた。
「シリル先生はね。まぁ兄さんなんだけど、あの人は基本が面倒くさがりだからほぼ放置だよ。おかげで何度かひどい目にあったんだ。」
弟の中の兄は面倒くさがりらしい。その兄は只今、面倒事であるレイラと暮らしている。そう言ったらエリオットはどんな顔をするだろう。
そうこうしている間にお茶の店に着いた。
レイラの目当てであるローズティーはすぐに見つかった。
「へぇー。レイラはロードナイト出身なんだね。学院まで遠かったでしょ。」
「ええ、でも早く着きすぎたの。一月ずっと暇だったわ。」
「そうなんだ。」
学院に帰るときもエリオットと一緒だった。
彼に用事は無いのかと聞いてみたら、もう終わったと言っていた。
二人とも昼食をまだ摂っていなかったので、そのまま食堂に向かう。
エリオットと共に食堂に入ると、いつも以上に視線が集まった。
やはり総合科で見目も良いエリオットは憧れの的だろう。
エリオットと端っこの机で食べていると、金の髪を綺麗に巻いた青い瞳の少女が険しい顔でこちらに歩いてきた。
その少女を見てエリオットは驚いていた。
「エリシア?」
知り合いだろうか? 妹はいないとシリルが言っていた。
「エリオット! お兄様は今どこにいるんですの!?」
「知らない。ていうかなんでエリシアがここに? 女学校に行ったんじゃなかったの?」
「お兄様を驚かせようと思って黙ってここに来たのですわ! それなのに! 入学式の後はどこかに消えてしまって会えなくて!」
お兄様とは誰のことだろう。
エリシアという少女は真っ赤な顔でエリオットに訴えている。そんなに頭に血を上らせていると目を回しそうだ。
「兄さんも忙しいからね。いつかは会えるでしょ。」
「いつかじゃダメですの! 今すぐ会いたいの!」
兄さんということは、やはりシリルのことだろうか。
「先生なら、職員室にいると思いますけど。」
そう言えば、エリシアはキッと睨み付けてきた。美人の睨みは迫力がある。話しかけたことを後悔した。
「行ってもいないから、困っているんですの! なんで貴女はお兄様のこと知っているんですの!? 誰なの!? 」
シリルのことをなぜ知っているのかと言われても、教員なのだから誰でも知っている事だろう。
「士官科一年、レイラ・ヴィンセントです。」
「士官科ぁ?貴女が?」
なんだか忙しい子だ。百面相をしている。
「わたくしはエリシア・シーウェル、情報科ですわ。」
意外にちゃんと冷静に自己紹介をしてくれた。
「エリシアは僕の従妹だよ。」
なるほど、親戚か。通りで美少女なはずだ。
「兄さんには夕方になれば会えると思うよ。」
総合科の発表の時にはいるだろう、とエリオットが言えば、それなら良いとエリシアは自分の食事に戻っていった。もう、昼ごはんにしては遅い時間なのに食事を摂る生徒は意外に多い。
「ごめんね。いつもはあんなんじゃないんだけど、今は少し興奮してるだけなんだ。」
いつもあんなのだと、寿命が縮みそうだ。
食事も終えて、中庭に移動する。
「ここは良いところだよね。人間関係が見えるから。」
つい最近、似たようなことを言う人がいた気がする。
前にドリスと人間観察したときは、主に家同士の確執がある人達について教えてもらったが、エリオットは女好きの男子生徒を教えてくれた。その生徒が繰り広げた修羅場は中々に興味深い話だった。
エリオットと修羅場について話しているとあっという間に時間は過ぎ、いよいよ発表の時になった。
中庭で、シリル達教員が来るのを待っていると、ドリスがやって来た。
「レイラちゃん!」
その言葉と共に抱きついてきた。危うく後ろに倒れこむところだったが、エリオットが支えてくれた。
どうすれば良いのか分からなかったが、レイラより少し身長の低いドリスは可愛らしくて、旋毛を眺めていると、ようやくシリル達が出てきた。
中庭には大勢の人が居る。学院でこんなに関心の高いことだとは思わなかった。シリルに言わせると、総合科の担当であるシリルは引率するだけで、たまに自分は必要ないんじゃないかと思うらしい。習うより慣れろという学習方法が総合科の特徴だと言っていた。
「じゃあ発表する。今年度は史上二人目の女子生徒になる。レイラ・ヴィンセントだ。」
なんというか、全然間をとらない発表だった。
あまりにも淡々としすぎて、レイラは実感をもてない。
それは、周りも同じようでざわざわとしていた中庭も水が打ったようになる。ただ隣のドリスとエリオットだけは、やっぱりね、と言っていた。
「どう考えてもレイラちゃんだけだもん。」
「まぁ、昨日の時点で決まってたしね。」
その言葉を皮切りに一斉に騒がしくなる。
マジかよ、じゃあ昨日の話は本当だったのか、そんな会話が耳に入る。向けられる視線は好奇が混じったものが多かった。
少女の声で色仕掛けして取り入った。とかいうのもあったが、残念ながらレイラはそんな高等な技術は持っていない。
「部屋に帰るわ。」
「これから顔合わせがあるから待って!」
そうなのか、しかし、この場所にはあまり居たくない。
そう思っていると、
「お兄様!」
声のした方を見ればエリシアがシリルに抱きついていた。
勢いよく抱きつかれたからか、シリルは後ろに倒れた。
おかげで皆の視線はあちらに行った。今のうちに余所へ移動しよう。ドリスとエリオットと共に図書室に向かう。二人いわく人が少ないらしい。
「いろいろ大変だろうけど頑張ってね。応援してるから!」
「ええ、ありがとうドリス。」
しばらく三人でのびのび話していると、腕にエリシアを付けたシリルがやって来た。エリシアにあのテンションで問い詰められた後なのかお疲れ気味だ。
「これから第三会議室で総合科の顔合わせがある。行くぞ。」
職員棟の前でドリスと別れ、シリルはエリシアを外した。
「兄さん良いの? 」
「良いもなにも、もうどうしようもない。」
頭を押さえて悩むシリルは、エリオットと今後の相談をしている。エリシアは親にも言わずに学院に来たらしい。お転婆なお嬢様だ。
第三会議室に着けば、もう全員揃っていた。
「今年からヴィンセントが入る。以上だ。」
それだけ言ってシリルが出ていこうとするので、手首を掴む。
「私はどうすれば?」
「こいつらと話しても、部屋に戻っても良いぞ?」
帰ってもいいのか、昨日に自己紹介は聞いていたし、アルヴィンとエリオットとは何度か話している。それに、掃除がまだ途中だ。ここは挨拶だけで許してもらおう。
「よろしくお願いします。レイラ・ヴィンセントです。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「よろしくな!」
「よろしく。」
「よろしく!」
大体、雰囲気は分かった。ミハイルは胡散臭い。ジェラルドはちゃらついている。アルヴィンはいつも通り仏頂面。エリオットはやはり子犬のようだ。
「すいません。用事がありますので、これで失礼させていただきます。」
「用事ってなんの?」
スルーしてくれれば良いのに、ジェラルドは聞いてきた。
「掃除が途中だったので。」
「掃除は同室の子に任せて、俺とデートしない?」
その同室の人が忙しくて出来ないからレイラがしているのだが。それにデートは結婚を前提とした交際をしている人としか行ってはならないと兄達が言っていた。
そういえば、エリオットもジェラルドは無類の女好きだから放置で構わないと言っていた気がする。ここはスルーだ。
「今日はもう街に行ったのでいいです。それでは。」
一礼して、第三会議室を出る。するとシリルも一緒に出てきた。
「ヴィンセント、掃除してたのか?」
「はい。あ、先生のベッドの下から橄欖石のネックレスが出てきました。」
「そうか。失くしたと思ったら落ちてたのか。ありがとな。」
見つけてくれて、と笑うシリルに罪悪感が湧く。レイラは勝手に『記録』を視てしまったから。
「いえ。大切な物なんですか?」
「なんというか、御守りみたいな物だ。産まれたときにお祖母様に貰ったやつだから。」
前から思っていたが、シリルの家は名家なのだろうか? いつもはだらしなく過ごしているが、たまに育ちの良さを感じるときがある。今だって『お祖母様』だ。
「先生の瞳みたいに綺麗な色でした。」
「え? そうか?」
そう言って、首を傾げるシリルは幼く見える。
「あ、ローズティー買ってきたので夜に飲みませんか?」
「ああ、頼む。」
その後、部屋のある三階でシリルと別れた。
しかし、部屋に入ってすぐに違和感を感じた。
異物があるような、気味の悪い気配がする。
スカートの下に隠しておいた短剣を取り出す。
リビングに姿がないということは、寝室か。
寝室の扉に手をかけ、一気に開く。
そこには、ベッドに腰掛けている青年がいた。
「貴方は……。」
その緋い瞳の青年には見覚えがあった。
「お久し振りだね。お嬢さん。」
ウィラード・シャルレ。妖魔と呼ばれているモノ。
「お嬢さんに会いに来たよ。」




