episode2 誘い
「は、離してくださいぃぃぃぐすっ」
「お、おい。暴れるなって」
ピモは俺が勇者だと分かった途端俺の手を振り払いもの凄いスピードで逃げていった。呆気にとられていたがすぐに我に返りピモの後を追った。逃げる彼女を見ているときは凄いスピードだと思ったが、それほどでもない。追いかけ始めて一分で捕まえた。今度は逃げないようピモを軽く縛り動けなくする。
「ぐすっ、勇者だったなんて……」
ピモは涙声でさっきから何回も同じ台詞を呟いている。
「逃げるのは分かるが、軽く傷つくぞ」
俺がそう言うとピモはビクッと身を強ばらせる。それほどまでに勇者というものが怖いのだろう。俺は出来る限り笑顔を意識してピモに言った。
「お前はやらない。だから、両親のところへ戻れ……」
俺がピモにそう言うと泣き始めてしまった。理由を聞こうにも聞けない。泣いていて喋れそうにもないからだ。俺が泣いてるピモの頭を撫でていると少しづつ泣き止んできた。そして、ピモは俺にこう言ってきた。
「親はいないです……」
その声は今までビクビクしながら話していたピモとはまるで別人のように寂しそうだった。
親がいない……。悪いが彼女がこれまで親無しで生きてこれたとは思わない。縄張り争いのモンスター達の戦い・盗賊・この森近辺を拠点にしている勇者見習達。これだけの者達が戦い、盗みを繰り返しているこの森で一人で生きるのは不可能だ。俺はその疑問をピモに直接聞いてみた。
「お前はこれまで一人で生きてきたのか?」
そう言うとピモは涙を流しながら首を横に振った。
「さ、さっきまで、さっきまではいたんです。ぐすっ」
さっきまで……。さっきまでと言えばたぶん俺がこの森に来たときぐらいだろうか。すると、俺の頭の中に一人の人物が描かれていた。やけに大きめの服を着て顔を布で隠しているあの謎の人物。あいつは俺の一瞬の隙を突いて俺の足を切った。腕は確かだろう。あいつならピモの両親を殺せただろう。
俺はピモに今思ったことをできる限り優しく聞いてみる。すると、俺の考えとほぼ一致した。いつも通り朝起きてピモは木の実の採取に出かけていたらしい。何時間か経ち両親の元へ戻ることにした。しかし、戻ってもそこには誰もいなかった。そこにあったのは生々しい血痕とお父さんの角だけだったと……。そこで、必死に探しているときに偶然俺を見つけたらしい。そこで俺に教えてもらったばかりの回復魔法を行ってくれた。人と会うのは初めてだから俺を縛りつけていたらしい。
待てよ……でも、あいつはピモの両親なんてどこにも連れていなかったはずだぞ。となるとピモの親を倒したのは別の誰かとなってしまう。考えているとふと何かの臭いに気がつく。ピモは慣れない臭いそれでいて今一番嗅ぎたくない臭いだ。
「血の臭いだ」
俺がそう言うとピモは両親のいなくなったあの場所を思い出してしまったのか泣き始めた。それにしてもここまで臭うということは相当の量のモンスターがやられたに違いない。本来ならモンスターは自分より優れた者、強い者へは一切関わらないようにしていると習った。なのにこれほどの量が一気に倒されたとなると勇者見習いが大量にこの森へ来たのか。それとも一人の人物がモンスターを次々に倒しているのか。前者はまず無いだろう。勇者見習いは見習だけあって自分の気配を消すことがまず不可能だ。それだけ、たくさんの勇者見習いがこの森に来たのであれば俺が気がつかないはずがない。となると後者だ。謎の人物あいつ以外に考えられない。
俺はまだ泣き続けているピモの縄を解いてやる。ピモはその場に座り込み泣き続けている。彼女をこの森へは置いていけない。俺はピモへ手を差し出す。
「俺と来い」
それだけでいい。ここがピモの生まれ育ったところだとしてもここにいたらピモが危ない目に遭ってしまう。ピモはビクビクしながらその手を握ろうとしたが握らなかった。
「どうしたんだ」
俺は不思議に思って聞くと
「な、なんでこ、ここまでしてくれるんですか」
なるほど。もっともな意見だ。俺はうーんと考えるポーズをとる。考えなくてももう決まっている。俺はにっと笑いながらピモへ
「お前と旅がしたいんだ。俺は」
「た、たび?」
聞き慣れない単語だったのだろう。ピモは旅とは何か分からないらしい。
「ああ、俺はお前にいろいろなことを知ってもらいたいんだ」
俺はピモに一目惚れしたからなんて恥ずかしくて言えないな。
ピモはまだ何か分かってない様子だが明るく笑いながら
「勇者でもいい人っているんですね」
そう言いながら俺に抱きついてきた。予想していなかった出来事に俺の思考は停止した。
「勇者さん?勇者さん、死なないでぇぇぐすっ」
どうやら俺は少しの間眠ってしまっていたらしい。ピモは泣きながら俺を起こしている。よほどパニックになっていたのだろう。俺が起きたことに気がつかず俺の体を揺すっている。少し、可愛らしい光景だ。ずっと見ていられるがそうも言ってられない。
「大丈夫だよ」
俺が起きたことにやっと気付いたピモは
「勇者さん死んじゃったかとおぼっだよぉぉぐすっ」
泣きながらだからうまく喋れていない。とりあえず速く宿に戻ろう。いつの間にか夕方だ。俺はピモに謝りながら帰りの支度を始めた。今更だがピモははちょっと露出の高い服を着ていた。これではさすがに町へは戻れないな。俺は自分が羽織っていたマントをピモへ渡す。これで大丈夫だろう。
「よし、帰ろうか」
ピモの手をとり俺は歩き出す。森の中心部近くへ来たときピモがふと
「ゆ、勇者さんって勇者なんですよね?ど、どんなことができるんですか?」
目をキラキラさせながら俺に聞いてくる。さっきはあんなに怖がっていたのに。俺は愛剣を抜き、一番得意としている技を出すことにした。ピモには少し離れていてもらい詠唱を始める時間としてはそんなに掛からない。10秒くらい経った頃俺は異変に気がつく、いつもならここで魔方陣が出るはずなのに。
「まぁいいか。ふん!!」
俺は剣を思いっきり振る。そうすると、剣から雷が出て前方の木に命中する。はずだった。雷が出ていない。
「あれ?」
そこには期待して待っているピモと何が起こっているか分からない俺がいた。
俺は少し経って勇者の力が失われていることに気がつく。
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