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《口裂け女》5

「ピンチみたいだな。後は俺があの野郎をぶん殴ってくるよ」

「え、蓮君? 何でここに……」

何でとは、一つの意味ではないだろう。

俺がここに来たことや、スーツ姿の男を攻撃したことに関して、疑問を持つのは自然だ。

「今話してる暇はない。霧裂は隠れてろ」

「隠れてろって、そんなの出来ないよぉ! 蓮君が絡んじゃ、私の行動が意味ないのに……っ!」

「霧裂……。お前が俺を突き放した理由は分かってるよ。流石に、いわれた時は心砕けそうだったな」

「じゃ、なんで……っ!」

「助けたいから、じゃ駄目か? いや、巻き込まないようにしてくれたのが霧裂だけど……」

《陰怨夢》で目撃した霧裂の死を顕現してはいけない。

何の為に、あの夢を見たのか。それは、彼女に訪れる悲劇を阻止する為だ。

エゴかもしれない。でも、何も出来ないで霧裂が俺の目の前から消えてしまうのは耐えられない。

「私を……ですか?」

「霧裂じゃなかったら、誰を助けんだよ。あの野郎はゴメンだ」

「………………っ」

暫しの沈黙をはさみ、何かを考えた後、霧裂は小さい声で返答した。

「そう、ですか。なら…………もう、いいです。どーせ、聞いてくれませんし、いっそうのこと、やられたらいいですぅ」

「え、え、え? 霧裂……?」

俺は、仏頂面の霧裂に見放されてしまったみたいである。

「しりませーん。勝手にやられて下さいー」

「あのー、怒ってます?」

「………………」

「……霧裂?」

「……早く」

「早く……?」

俺が聞き返すと、毅然とした態度を一変させて、声を震わせながら、彼女はこう告げた。

「助けてみて下さいよぉ……っ。私は、この通り、あなたに泣かされて戦えませんからっ」

霧裂は俺を見つめて、嗚咽を交えながら頬に涙を流している。

よく見ると、霧裂の格好はボロボロだ。

所々、浅い切り傷があり、譲渡した俺の妹の服にも亀裂が入っている。

女の子座りで平静を気取っているが、油断すると、気を失ってしまいそうだった。

「おう。ま、死んでも君を護る……とは、いえない弱いヒーロー崩れだけど、少しは戦えるさ」

「……ふふっ。全然嬉しくないし、命を預けられないですぅ」

彼女に笑みを取り戻させてから、俺は右に身体を向け、林の奥を見つめる。

「おい、こんなんでくたばってないだろ? 散々俺と霧裂をいじめたんだからよ!」

「私と、蓮君? え、それじゃ、まさか」

霧裂は自分の中で結論を導いたようで、少々、驚嘆していた。

俺は霧裂から離れ、スーツの男の元へ歩いていく。

すると、男は木陰から立ち上がり、俺と向かい合う。

「お前が……お前が、蓮か! 俺の邪魔をする最重要人物! こいつを殺すことも、この世界を離脱出来るパーツ……っ」

「何をごちゃごちゃと……」

男が話しに夢中なっている。なら、今の内にこいつを倒すことを思考しよう。

俺が知る限り、男は燃やす対象を捕食する炎と、動きを止める鎖を使ってくる。 

仕掛けるなら、早めがいいだろう。

「シャッテン、いくぜ! 《怨体調和》!」

『了解、僕達の力をみせつけてやろう!』

詠唱を終え、俺の身体から《怨体》が放出し、一つの形状を合成していく。

それは、大きさが大人の握り拳一個分で、表面が鏡でコーティングされている正八面体に形状変化した。

「……っ。何をする気だ!」

「お前をここで、倒すんだよ!」

俺は正八面体を掴み、銃を構える仕草をした。

「何の真似だ? そんなことをしても、俺には触れられない!」

男を無視し、俺は自分の武器に神経を尖らせる。

「倣え、《虚影の鏡》よ!」

俺の言葉に呼応し、正八面体はみるみる姿を変えていき、ある銃の形に成っていく。

「何故だ……何故、お前が、《口裂け女》の銃を手にしている!」

「《虚影の鏡》は、真実ではない。でも、真実と常に共にいる。これは、俺の記憶から作った《口裂け女》の模倣品さ。ただ───」

俺は、霧裂の銃剣を男に向ける。

「性能は同等以上だから、見くびるなよ」

「させるかあぁぁぁぁぁっ!」

男は、夢と同じように、真正面から突っ込んで来た。

「《牽制弾》!」

「二度も、喰らうか……っ!」

至近距離の銃弾を見事な身のこなしで回避し、俺の近くまで距離を詰めてくる。

後ろで唖然としている霧裂に近寄り、俺は彼女が手にしている銃剣に指を差した。

「霧裂、その銃剣貸してくれ!」

「え、いいですけど……」

淀んだ口調の先には、俺には使えないという言葉を続ける気だったのだろう。しかし、構わず俺は銃剣を受け取った。

「借りるぞ。……よし、これなら、出来る気がする」

右手に模倣品、左手に正規品を持ち、両銃口を再び男へ向ける。

「二丁にしようが、お前は俺にかなわない。夢がそうであったように」

男は、《念力》の用意をしながら、一気に間合いを詰めて来ているが、俺は慌てずに言葉を発する。

「《煌制弾》!」

右手側から《牽制弾》、左手側から《煌弾》を撃ち、目眩ましと動きを止める効果を付与させることを試みた。

「バカな……っ!」

男の左腕に《牽制弾》がかすり、動きを鈍らせた直後、《煌弾》が右腰に被弾し、そこから膨張していった光の球男を包んだ。

一定時間は男の行動を制限出来るはずである。

「ふぅ、成功させられて良かった」

まさかの成功に安堵していると、いくばくか回復した霧裂が近寄ってきた。

「同時撃ちなんて、《怨体》を二倍減少させて、きついはずなのに……って、それ以前に、《念力》使えたんですかぁ!?」

「普通すぐ気付くだろ……それ以外でどうやって戦うんだよ」

「それに、何なんですか、その《念力》」

「あ、あぁ、確か……て、てん……」

「《纏器》なんですか!? そんな《念力》使いの力を模倣するなんて、チートじみた物があるんだ……」

「チートいうなチート。手にしたのがこいつだったんだから」

俺がこの《纏器》───《虚影の鏡》を手に入れたのは、ほんの数十分前だ。



霧裂の捜索をしていると、シャッテンが『あ、このままいったって、無駄死にしちゃうね』と物騒なことを口にした。

「……そーいや、戦い方教えてもらってないな。どうすりゃいいんだ?」

『《念力》を使い始める時は、決まってる文句があるんだ。《怨体調和》っていうと、力が発動出来るよ。制限時間は《怨体》の量次第かな。ヴァールなら、長期戦まで持ち込める可能性だってありそう』

「で、肝心な戦術は?」

『うーん、ヴァールがどんなタイプなのか、一度確認してみるといいよ』

「要は、発動しろってことか。えっと……《怨体調和》!」

俺がその言葉を発した次の瞬間、俺の身体が蛍のように発光し始めた。

「ちょ、おい! 何だよこれ!?」

『凄い……こんなに多くの《怨体》初めてみた。やっぱり、俺はただ者じゃないんだね!』

「やっぱりってどういう意味だ? てか、この光で思い出したけど、夢で俺を助けた時にお前がやったあの円柱の壁は何だったんだよ」

『僕の説明、虚実体までだったっけ。更にいうと、僕のような虚実体は特別な《怨体》を持つ人間の守護霊みたいなものかな。身体に居座る代わりに……あっ』

「ゴホンっ! 何々、俺の身体にどうすんだって?」

『いや、あのー……貴方様のお身体を間借りさせて頂いておりまして……』

「虚実体とか何だかとかいって、結局《怨体》が欲しいだけなんじゃないか? 適当にゴマすっときゃ、備蓄倉庫に案内させてもらえる訳だし」

『ごめん…………本当はいいたくなかったけど、いうしかないね。僕が虚実体なのは本当だ。だだ、虚実体はどこにでもいれる訳でもないし、部屋が必要になってくるの。区別的には善霊だから、外にいると、悪霊に食べられちゃうし、お腹が減るし……。だから、《怨体》が沢山ある人の身体に入って、《怨体》を食料にしているんだ。でもね、ただ、居座っているだけじゃない。居させてもらう恩返しに、媒体の守護や、戦闘時の補佐役にまわるんだよ。悪霊は《怨体干渉》をした媒体をコントロールするだけじゃなくて、《怨体》を貪ったりもするの。結果的に、その人は転送世界へいってしまうけど』

俺の《怨体》を食料とする代わりに、俺をアシストしてくれているということなのだろう。

詳細は分からないが、今のところ身体に変化はないので、このままでもいいと思う。

「……今更追い出すつっても、やり方分からないし、それに、なんつーか、悪い奴じゃないのは分かるからさ。別に怒ったりはしない」

『ヴァール……』

「いわゆる、御恩と奉公みたいなやつだろ。ギブ&テイクは大事だからな、うん」

『……そうだけど』

「そんで、シャッテンが俺を随時防御してくれるってことか」

『《憑護》ほどではないけど、ヴァールの《怨体》が尽きない限りね。それで、ヴァールのタイプは……』

「ん、何だこれ……正八面体?」

鏡で覆われている正八面体の物体。ただ、それだけである。

「……いやいや、鏡なんていらねえーよ。しかも、見にくいし。これは投げればいいのか?」

いろいろと試行錯誤をしていると、シャッテンが訝しげに言葉を綴った。

『…………ヴァール、ひょっとして、君は主人公補正でも働いているの?』

「おいおい。主人公補正って、ゲームとか漫画じゃあるまいし、そんなチートみたいなものなのか?」

『この正八面体は、適合者の為に最適化されたオーソドックスな形でね、ヴァールの素質と、僕の存在に見合う《纏器》が組成されなかったからこの形に収束したんだと思う』

「《纏器》……これが、俺の《念力》なのか?」

『タイプはそうだね。《纏器》は《怨魔法》に強くて、《憑護》には弱いからそれは頭に入れといて』

「要は、ジャンケンの図式だろ。それにしても、よくいろいろ知ってるな」

『知ってる、というより、始めから刷り込まれていたという方が正しいよ。僕は、気がついたら虚実体になっていたんだ。それ以前の記憶はあんまりない』

「あんまり? 少しはあるってことか?」

『あるよ。でも、教えてあげないっ! 今はね』

シャッテンは、そう抑揚な調子で答えた。

どうして秘密にしたがるのだろうか。

訊きたいが、追求しても致し方ない。そもそも追求はしないって決めたのだ。今は己の力について知るべきだろう。

「結局、この《纏器》の力は何なんだ?」

『既存の《纏器》や、それに属する力や物を模倣し、適材適所に応じて強化して使うことが出来るみたい。だから、チートっていったんだよ』

「あー、そりゃ、チートだな。いわば、何でも使えちゃいますけど何か? ってか。なら、お約束もありそうだけど」

『《憑護》や《怨魔法》は直接使えないくらいかな。それといったデメリットはないよ』

「直接?」 

『例えば、《怨魔法》の力が籠もった物体を使って戦うってことは問題ないんだ。まぁ、これはどのタイプも同じだけど』

「自らそれらを生み出して使えないけど、あるものはあるがままに使えるってことか」

『うん、そうだね』

「ならさ、俺の固有の《念力》は《纏器》だけってことか? もし、模倣出来ない状況になったら、俺は、戦えるのか?」

いつも味方がいるとは限らない。

時には、単独で戦うこともありえる。

『うーん、記憶がある内や、《纒器》に格納されている時は大丈夫だけど、忘却したら…………ヴァールは戦えない』

「そうか。なら、俺は一人で戦えないんだな」

『《纏器》を知らなきゃ話しにならないもんね。生憎、僕は何一つ知らないし』

「じゃ、今襲われたら勝ち目ないな。万が一霧裂を見つけても、《纏器》使いが居なかったら戦えないのか。苦しい状況だ」

『霧裂さんは《憑護》だったよ』

「え、分かるのか!? てか、霧裂も《念力》使いだったのか……」

『僕も元は《怨体》。ヴァールが視認した情報から判断出来るんだよ。ちなみに、《口裂け女》は化粧じゃなくて、《憑護》の一種だから。力が覚醒していない人にはそう見えたってこと』

「じゃ、あいつはわざと……」

そういえば、匿ってくれと訴えていた。

ただの人間に匿ってもらえれば、相手の裏をかいて───。

「ん?」

そこで、ある疑問にぶち当たった。


「何で、《念力》使い同士は戦い始めたんだ?」


ジークムントとかいう組織が人間を保護しているなら、戦う必要はない。

そもそも、悪霊による《怨体干渉》を阻む為の防衛組織ではなかったのか。

『《怨体干渉》を利用して逆に力を得た人間がいるって話をしたでしょ。その人達が力に溺れるあまり世界の支配を企て始めたんだ。わざと自我を残させたまま《怨体干渉》させられた人や、悪霊すら征服した人間が揃いに集まってもう一つの組織を作ってしまった。その組織の名は、恒久なる人類。通称はエーヴィヒカイトで、当初ジークムントの組員だった者を筆頭に、《念力》を知った者を言葉巧みに勧誘してあっという間にジークムントと互角以上の組織になっちゃったんだ。二つの組織の目的は明確に違う。ジークムントは人間に死をもたらすこと。エービィヒカイトは人間の永存を保ち続けること。聞こえは後者が優良だけど、世界が人間だらけになったらこの星は滅亡するよ。だから、ジークムントは輪廻システムの開発に勤しんでいるんだ』

「輪廻システム? 前世と後世か?」

『うん。輪廻転生を人工的に構築して、この世界で死んだ人達を転送世界ではなく、記憶と肉体を消去して正規の世界に帰還させる。そして、残された精神を新たな命の精神とする計画なんだ。精神といっても、あくまでも新人格の礎となるだけだから、次に意識を持つ時が来たら、過去の記憶はリセットされて新たな人生が送れるんだよ』

仮に、そのシステムが出来上がって、実際行ってみたら、ただの上書きに成らないのだろうか。

「赤ん坊の本来の精神はどうなってんだ? いくら礎だって、元々の赤ん坊の精神はあるはずだし」

いってしまえば、ただの乗っ取りと何ら変わらない。

赤ん坊の元の精神を重んじたとしたら、今度は転生した精神の意味がなくなる。

『大丈夫。二つの精神は融合して、一つになるんだ。元の精神も、転生した精神も、それぞれが歩んでる道は自らが進んでると自覚するよ』

「それぞれにあった個人の性格とかはなくなるのか?」

『性格の決定は、融合した精神がその人の精神となり、性格になるよ。遺伝的に受胎時から性格が形成されるけど、人の性格は多様だから、環境によっても変容してくるし、ただの性格基盤になるだけだからお互いがどうこうって話じゃないんだ。納得はした?』

「まぁ……。要約すると、転送世界に行かされる前に、記憶が欠落した人間の精神だけを転生させ、新たな命の精神と融合することによって、新しい人生が送れるってことであってるか?」

『あってるあってる。後は僕も分からないよ。保有されている記憶はそこまで。どんな構造とか、どこに拠点があるとかは分からない』

「そもそもシャッテンにいろんな記憶があったのに、今は事務的な内容ばかりか。覚えてることもあるみたいだけど」

『あはは……。それより、霧裂さんを見つけないと』

「さっき同じ匂いがとかいってたよな。あれ、どういう意味だ?」

『《念力》使いが近くにいたような気がしたんだ。それも、複数。だから、僕は他人に干渉されない境の間にヴァールを強制転送したんだ。力を得てない俺がそのまま残っていたら、どちらの組織にとっても中立的な《念力》使いは邪魔者扱いだから、確実に転送世界に飛ばされていたかも』

「死んだら行く世界で、戻るには悪霊になるしかないってやつだろ。何人くらいいるか分かるか?」

『少なくとも四人は居たかな。勿論、ヴァールを抜いてね。その人達がどっちに属してるか分からないけど、腕前は相当だと思う。強さはタイプにもよるし、どれだけ《念力》を使いこなしているかによっても、まちまちだけど、虚実体が味方についてる人の方がより強い。更に、どちらかの《因子》だったらもっと……』

なんだか自分のことをいわれているみたいである。

「そして、俺は相手の武器を真似られると。反論の仕様がないチーターだな俺。序盤からフル装備って、なんてつまんないゲームなんだ」

『まぁ、結果的に良かったじゃん。でも、いくら強い見かけであっても、本当の強さは外見でははかれないよ。見た目に騙さたらお終いだから』

「…………だな。戦術を知らない素人が強力な装備を得たって、勝てないって決まってる。肝に銘じておく」

『よし、早速霧裂さんがいる林の公園に行こうー!』

「おい、まさかまた最初から知ってたっていわないよな?」

『さぁ? とにかく今は霧裂さんを助けよう』

シャッテンの反応にいちいち気を取られぬよう、俺は霧裂のことを考えた。

「……助けるって、危ない状況かよ。相手のタイプは分かるか?」

『《怨魔法》使いが霧裂さんの近くに一人にいる。霧裂さんを除いたら後二人いるけど、分からない。力を発動させないで潜伏してると思う。それで、ヴァール。《怨魔法》使いだけど……』

《陰怨夢》が現実化しているならば、そこにはあの野郎がいるはずだ。

あの男は、俺が必ず倒さなければならない。

同様に、相手も俺を待ちかまえているはずだ。

宿命とでもいうのだろう。

「分かってる。よし、行こう」

『バックアップは任せて! 初陣だけど、ヴァールの護りたい力があるなら、きっと勝てる。霧裂さんを救おうっ!』

「あぁ、必ず。この《虚影の鏡》を使ってな」

『…………』

俺のネーミングセンスに感動したのか、シャッテンは絶句している。

「どうした?」

『……何でもないっ。さぁ、向かおう!』

シャッテンは明るく振る舞い、俺の背中を一押した気がした。



「……だから私の武器も見事に使いこなしているんですね」

簡略化して、俺が駆けつけた経緯を話すと、霧裂は呆れたように呟いた。

「おう。まぁ、それは半分勘だけど」

「アバウトですぅ」

偶々霧裂が武器を持っていたからいいが、もし霧裂が防戦一方だったら、俺は何も出来なかった。

《虚影の鏡》の欠点であるオリジナリティがないことが改めて浮き彫りになっている。

シャッテンは、感情が《怨体》を左右すると明言していた。

ならば、感情という抽象極まりないものを模倣して、形を変えて具現化してしまえばいいのではないだろうか。

模倣出来ないのは《憑護》と《怨魔法》。

《念力》の元となる《怨体》に感情を付加させて武器をイメージして、《虚影の鏡》が模倣すれば、俺の固有武器が完成する。

といっても、推論なので、抽象的なものは出来ないといわれれば、机上の空論で終わってしまう。

「ふざけるなよ……なんだその《纏器》は! 人に頼らないと戦えないとでもいうのか!」

光を薙払って脱出した男が俺の纏器に難癖を付けてきた。

ごもっともだが、これには理由があるのだろう。

「俺は一人で戦っちゃいけないんだと思う。だから、一人で戦えないんだ」

「鬱陶しい……俺の目の前から《口裂け女》ごと消え去れっ! 《碧い怨炎》!」

「…………っ」

人間の怨念の塊のような炎が、空気を伝って俺へ迫ってくる。

俺は銃を下ろし、切迫する炎を迎えようとした。

「蓮君っ! 何をしているんですか! 早く避けないとそれの餌食になりますよぉ!」

「大丈夫さ。僕が護ってくれる」

「えっ……?」

霧裂はきょとんとした顔つきで俺を見つめている。

深呼吸をし、俺は自ら炎へと直進し始めた。

「シャッテン、頼む! 俺は試したいことがあるから時間をくれ」

『ヴァールの思考覗いたけど、もしかして、オリジナルを具現化するっていう発想? 確かに、無理ではないと思うけど……』

「なら話が早い。信じてるからな!」

『あ! まだ、容認した訳じゃ……。もう、失敗してもしらないよっ! 《弾性牆壁》!』

瞬間、俺の周囲に光の輪が形成され、これに接触した炎は跳ね返され、男へと翻していく。

「なんだと……!? 物理的な攻撃以外も盾が機能するのか……っ」

男は戻ってきた炎を右手に吸収した。

どうやら、自分の《念力》は自分に通用しないらしい。

「なんだか変だと思ったら、お前も《陰怨夢》を見ていたのか。んじゃ、そん時のお返しさせてもらうぜ!」

「黙れ。さっさと殺してやる。《血赤の鎖》!」

確かこの技は、補助系統の攻撃。

相手を内部から拘束する為の鎖は、《因子》には通用せず、外部からの拘束に切り替えていた。

「鎖が見えない……ってことは、《陽因子》にも内部拘束を可能にしたってことか。なら」

俺はコンバットナイフを外した二丁の銃を自分の腹部に当て、トリガーに指をかける。

「気が狂ったか。自分に向けて撃つとは、いくら自分の攻撃が効かないとはいえ、片方はお前ではない。もう時期に鎖がお前を支配して何も出来なくなる」

男は勝ち誇ったような笑みを見せ、炎を準備している。

俺がやろうとしていることは無茶ぶりだ。だが、やらねば、奴には勝てない。

意を決して、俺は引き金を引く。

「《壊癒弾》!」

本家は《破弾》、似非は《回復弾》を撃ち込んだ。

肉を抉り取られるような痛みの後、何事もなかったかのように痛みが引いていく。

「…………ありえない。そんなことはありえない。己の《念力》は己に通用しないはず」

男はただ動揺し、俺を蔑んでいる。

「痛かったぜ……っ。危うく意識が飛ぶとこだった。でも、大丈夫ってことは成功したのか。まぁ、あんたのいうとおり、俺の《怨体》だったら、俺はチェックメイトだったかもな。霧裂からちょっぴりもらっといて正解だった」

「あ! 私の銃剣に入っていた《怨体》を使ったんですねぇ!」

「……こいつっ」

俺は変態気質に目覚めた訳ではなく、歴とした作戦だ。

まず、《破弾》で鎖を断ち切り、切り裂けた肉体を修復する《回復弾》を撃つ。

「でも、そんな無茶なことをよく……」

霧裂は心配してくれているみたいだ。

俺もひやっとしたが、おかげで身動きはとれる。

鎖に縛られた対象は、相手の自由で拘束されるはずだ。

だから、拘束される前に壊しておいた。

「よし、散々好き勝手にやってもらったからな、俺も勝手にやらしてもらう!」

霧裂に銃剣を返し、《虚影の鏡》を正八面体に戻す。

ここからが、大事な場面だ。

集中力を欠かさず、感情を具現化する。

『ガードしておくから、精々頑張ってみて』

男の攻撃をシャッテンの加護で防ぎ、俺は《虚影の鏡》の形を頭の中で書き換えていく。

俺は今、男を倒したい欲求がある。

原因として、霧裂に危害を加えたことによる怒りや、倒した後の喜びなど。

感情だけでなく、情動や情操も念頭に起き、男に勝つための圧倒的な力と結合させる。

そして、立ちはだかる敵を、ただ斬り倒すことをイメージ。

何もかもが、真っ黒に染まっていく。

その直後、頭の中に一つの像が浮かび上がった。

その名は。

「 《虚剣》!」

すると、右手の中にある《虚影の鏡》が振動し、黒と白の光を帯び始めた。

正八面体は、自身の形を徐々に変化させ、細長い一つの剣と成っていく。

それから形状変化が停止し、光は闇に溶け込んで消えていった。

「これは……」

手にした剣は、重く、西洋風の剣のような異国のものを思わせる。

白菫色の刀身は、存在感を示し、邪気を薙払うが如く、聖なる力を宿しているのか、持ち手の強張りを解いてくれるかのように、落ち着きを与えてくれる。

「蓮君っ! 後ろですぅ!」

霧裂が、見失った男の居場所を晒し、咄嗟に振り返ると、加速術式を唱えていた。

「終わりだ。どういうからくりか知らないが、発動させる前に倒せばいい。そうだろ、蓮! 《梔子の猛獣》!」

「シャッテン、防御は間に合いそうか?」

『間に合わないよ。いくらフィジカルが向上してても、突進をくらったら一たまりもない。どうするの?』

「そん時はそん時だ。あいつを迎え討つ」

剣に成っている《虚影の鏡》を構え、相手が来るのを待つ。

剣なんて、握ったことなんか無いはずだが、不思議と自分が何を出来るのか、分かってしまっている。

「まるで、アニメや漫画の主人公だなほんと。大体主人公は剣を使って相手を退けるんだろ?」

『よく出来た話だよ。でも、今はヴァールもよく出来た話の中の主人公なのかもね』

「そうだな。だから、俺は主人公補正があるってことか。じゃ、ちょっくら倒してくるわ。俺主人公みたいだし」

剣を上段に構え、俺は唐突に男を真っ二つに斬るイメージを作り上げた。

その瞬間、俺の体は勝手に動き始め、刀身を正面に振り下ろす。


「《虚剣》───影斬り」


誘われるがままに、剣を振り下ろしたはずだった。

しかし、俺は何も握っていなく、動きを下段で止めていたのだ。

何も斬っていない。

虚ろな感覚だけが残り、思考が遮られている。奇妙なことに、男が口元を吊り上げ、突進の勢いのまま炎を俺に浴びさせようと、既に目と鼻の先にいるのだが、時間が止まっているかのように男は動かない。

後少しで俺に触れられるのに。

そして───。


「ぐあぁああああぁっ!」


俺の思考は、男の叫び声で回復した。

俺に迫っていた男は虚像だったのだろうか。

痛みに悶絶しているのか、男は仰向けに倒れ、腹を左手で抑えている。

出血はない。何かを斬った感覚はないので、それは当たり前だが、男はダメージを負ったかのように苦しんでいるみたいなのだ。

『…………ぇ。ねぇったら!』

シャッテンが慌てふためいて俺に返事を求めている。

何かまずいことが起きたのか。

「どうした?」

『どうした? じゃないよ! ヴァールが剣みたいなので男を斬る所からいくら呼びかけても反応しないからこっちは必死に話しかけてたんだから!』

「剣みたい……。いや、普通に剣だろ」

『何をいってるのさ。あれは剣じゃないよ。形はそうだけど、ノイズが入ってるみたいに存在が不安定で、ヴァールの身体に悪影響が及んでたんだよ』

「俺には剣がしっかり見えたんだけど」

『剣に……いや、存在しないものに魅せられて我を失っていたんだと思う。やっぱり危険だよ、創造するなんて』

シャッテンの言うとおり、俺の身体は自身の制御を無視して動いていた。

そういえば、澄んだ声が響いていて、それに、俺は本能的に従ってしまったのだろう。

「悪影響……か」

霧裂を助けるだけのはずが、男を斬り伏せてしまいたい欲求がいつの間にか勝ってしまっていた。

感情などというより、欲求が《怨体》と結合し、力が俺を乗っ取ったというのだろうか。

つまり、欲求が強すぎると、自身の《怨体》が制御不能になり、暴走ということになる。

これでは、いくら強かろうが、結果的にみたら自己満足で片付いてしまう。

力があってもまた、俺は───。

「蓮君」

「霧裂……」

いつからか、霧裂は俺の後ろにいた。

「ありがとうございます……。あなたには助けられました。まさか、蓮君が来るとは夢にも思いませんでしたけど」

「俺は……助けたのか?」

「そうですよぉ。私を助けてくれました。忘れたなんて、とんだ困ったさんなんですねぇ」

「……そうかもな」

端から見たら、俺が男に攻撃しているのは事実だ。

でも、倒したのは俺であって、俺でない。

「…………蓮君、後ろ向いて下さい」

「後ろ?」

前触れもなく、霧裂が指示をしてきたので、俺は霧裂に背を向けた。

「えいっ!」

「…………っ!?」

霧裂の手が俺の腰辺りをホールドした後、背中に何か柔らかくて弾力のあるものが当たった。

「ちょっ、え、は?」

「ふふっ、テンパり過ぎですよぉ。照れ屋さんにはちょっと刺激的ですかぁ?」

「いや、あの……えっと」

「……もう苦しい感覚はありませんか?」

「霧裂……。あぁ、大丈夫だよ。ありがとう」

「いえいえ、ただ蓮君に接触しただけですよぉ」

霧裂は、俺の苦しみを取り除く為に、わざと大胆なことをしたということであろう。

邪念はさて置き、自分を見失うかつてない恐怖に震えそうになっていたのを、霧裂は見破った。

虚無感しかなかった感覚は、霧裂のおかげでばっさりと無くなり、今は自分が認識出来る。

『……いいなぁ。僕もヴァールに後ろから抱きつきたい』

「お前は俺を殺す気か」

シャッテンは霧裂の行動に目を瞑っていたみたいだが、我慢仕切れず欲望を吐露してしまった。

これが霧裂に聞こえていたら、シャレにならない。

「……? 誰と話してるんですかぁ?」

「え? 俺何かいったか?」

「俺をなんちゃらとか」

「気のせいじゃないか?」

「ですかねぇ? 私の勘違いですか」

「あぁ、そうとも」

「そういえば、《因子》は自分の中にいる虚実体と会話することが出来るみたいなんですよ。知ってましたぁ?」

「へぇー、そそうなんだ」

「因みに、《因子》同士がかなり近くにいると、《因子》と虚実体がしてる会話の内容を盗聴出来るんですよ」

「ま、まさかぁ。嘘だろ?」

「嘘ですっ」

「…………」

「あははっ、蓮君たら、心当たりがあるんですか?」

「えっと……」

「なんて、これ以上追求しませんよ。それより、今はあの男の人をどうするか決めましょう」

「あぁ、そうだな」

声すらあげていないということは、男は意識を失っているのだろう。

《怨体保有率》が二十パーセントを下回ると、感情の起伏の幅が限りなく零に近づき、身体に影響を与えないように脳が自動的に意識を切るらしい。

ただ、いつも意識がうまく途切れる訳ではない。

もし、意識が失われなかったら、《怨体》は枯渇し、やがて無くなる。つまり、ある種の死の状態になる。

《怨体》の量起伏が一定の一般人は、特に当てはまらないが、《念力》使いとなると、十分起こりえるので、注意をしなくてはならない。

《怨体》の量の回復は、《念力》を使わず、感情的にならないよう安静にしていれば、大抵一日で全快するとか。

「縛っといて、そいつから相手組織の情報吐かせてみるか? エービィヒカイトとやら」

「知ってるんですね。それもいいですけど、どうやら訳ありっぽくて。それに、私は帰る場所はありませんから」

「訳あり? 帰る場所がない?」

「えぇ、私は───」

霧裂が言葉を続けようとしていたことまでは覚えている。


なのに、俺は知らぬ間に地面に倒れていた。

「な……にがっ」

身体が重く、伏せている状態を脱せられない。

まるで、重力が強くなったように。



「いやぁ、参ったね。《口裂け女》以外にも《念力》使いがいたなんて」



最初は男とは違う高めの男性の声が聞こえ、踏ん張って頭をあげると、そこには小柄な体躯と裏腹に、一種の怖気を放っている新たな男が現れていた。

「悪いね、凄くいい場面なんだけど、こちらの筋書き通りに進まないのは嫌でさ。だから、少し大人しくしててもらえる?」

男にしては女性のような長い髪を束ねず、身長が低い為に、後ろの髪が地面に着いてしまっている。

鼻ぐらいまで伸びた赤紫色の前髪のせいで顔は全く見えないが、口角は緩いUの字になっているので、この状況を楽しんでいるのではないだろうか。

「お前は……っ、誰だっ……!」

「あぁ、紹介が遅れたね。私はエービィヒカイト所属のウンファルだ。そこに寝転がっているのはヴェルトという。皮肉なことにこの組織には字があってね、それらが闇を指すらしいんだよ。我々は人間の永遠なる生存を掲げているのに。全く、ボスのネーミングセンスはおかしい。私の字の意味は災難だとさ」

そういって、同じく倒れている霧裂とヴェルトを細い見かけによらず、それぞれ肩に担ぎ、俺から遠ざかっていこうとした。

「……ま、て。どうして……霧裂を連れていこうとするんだ……!」

「それは愚問だな。我々にとって有害になりうる者を排除するのにそれ以上の理由はいらないだろう。邪魔なものがあったら壊すのと同じだよ。それに、固有名がついている《念力》使いはお互い危険なんだ。むしろ、我々の行動を評価して頂きたい」

「固有名……?」

時間を稼ぎながら、この状況を打破するべく、シャッテンにコンタクトをとっているが、全然返事がない。

「そうだ。君は何故、この少女が《口裂け女》といわれていると思う?」

「それは……」

実際、霧裂が何故俺の前に現れたのか知らない。

彼女が何を考えて《口裂け女》となり、今を生きているのだろうか。

「彼女の家は《口裂け女》の血筋でね、代々継承的に《口裂け女》としてこの世を監視しているのさ」

「《口裂け女》が世界を……監視? そもそもっ、人間を脅かす為じゃ」

「それが間違っているのさ。いや、合っているというべきか。彼女は自身が恐怖の象徴となることで、人間を《怨体干渉》から護っているんだよ。悪霊は入り込む媒体に一定の強い感情があると侵入出来ない。強制的な技でも、穴があるってことさ。だから、我々は我々の計画である全人類《念力》使い化の実行を妨げるジークムント並びにその内部の人間を捕縛する必要がある。せっかくボスが創った世界が有意義に活用出来ないしね。まぁ、彼女を捕まえたとこで、誰も助けは来ないし、一人捕らえるだけでは意味がないんだけど、邪魔な人を消すことは重要だから仕方がないか」

「助けが……来ない?」

「そうとも。彼女はいわゆる偵察班でね、戦闘することは禁じられているのさ。正当防衛として発動するならば、彼女の組織の中には認められているらしいけど、彼女に定められた家のルールを反してしまうんだよ。下手に彼女を庇おうとすると、家がジークムントに圧力をかけてしまうらしくて、いくら組織とはいえスポンサーには頭があがらないお堅い連中なのさ。滑稽滑稽」

「じゃあ……ジークムントが霧裂を奪還しようとしないってことかよ……っ」

どうして、仲間を助けられない。

そもそも、何故に霧裂家は彼女を見捨ててしまう。

霧裂家の権力が何を基底としているのか。

一体、この世界に何が蠢いているのか。

「ふむ、少々君に喋り過ぎたようだ。そろそろお暇させて頂こう。……あぁ、そう。君は虚実体を有しているみたいだから、接続を遮断しておいたんだ。なに、私が居なくなればすぐに繋がるさ。私は君に興味を持ってね。君を殺してしまうのはつまらない話になってしまうと思うんだ。だから、君に考える時間を与えよう。明日の晩またここに私は来る。その時までに決めて欲しいことがある。見た所、どちらでもないみたいだし、是非、我々エービィヒカイトの一員となり、共に人間の限界を超えた新たな人間の誕生の瞬間まで歩むのはどうだ? 歓迎するし、君は《因子》のようだから特別待遇も設けよう。何不自由なく永遠に生きていけるのだから、君には期待しているよ。勿論、我々側に来てくれたら、この少女の処遇を上に掛け合ってみよう。彼女には記憶処理を施した上で、君と一緒にいられるように計らうつもりだ。このチャンスは二度とないと思ってくれ。では、また明日ここで会おう」

「……っぐ! ま、まて……」

俺の静止に聞く耳を持たず、ウンファルは一瞬にして目の前から姿をくらました。霧裂を連れて。

「……っあああぁあああああぁあああああああぁあああああぁああああ!」

叫び。

それ以外の言葉はいらない。

自分の甘さが、弱さが。

霧裂を救うという結果を暗転させ、自分の無力さを痛感させられた。

虚をつかれた不意打ちさえに気付けば、違った未来があったのかもしれない。

しかし、謎の重力をかけられてしまうことには変わりなかっただろう。

完全に、俺の敗北である。

「………………」

叫べなくなった俺は、解かれたはずの強重力にまだ潰されているかのように力を抜いた。

起き上がれないのではなく、起き上がらない。

そんな俺を天も見損ねたのか、冷たい雨が降り出した。

梅雨時期であるので、雨が降ることは至極当然なのだが、今日の雨粒はいつもと違う。

雨は冷たいはずなのに、頬に垂れている雨粒は温かい。

このまま意識を失ってしまえばいいと思った。

何が主人公補正だ。何が霧裂を助けるだ。

もう、考えるのは止めるべきなのかもしれない。

「………………」

静かに、瞳を閉じ、そのまま眠りにつく。

その時。


「助けたくないんですか?」


雨が途切れた。

正確にいえば、俺の頭上に差し出されたビニール傘によって、俺に雨粒が当たっていないだけである。

落ち着いた女性の声の主は、俺の顔の前に座り込んで、自分のポケットから出した可愛らしい熊が描かれているハンカチを俺に差し出した。

「身体拭いて下さい。風邪引きますよ」

黒髪をショートボブにしている女性は、ハンカチを俺に渡すと、微笑みを見せた。

どこかで見たことのあるような親近感が湧いてくる。

「……あの、俺は大丈夫ですから、立ち上がって下さい」

俺はそうあしらうと、女性が視界に写らない方角を向いて、無理やり身体を起こして立った。

別に、嫌気がさして、そっぽを向いた訳ではない。明白な理由が他にあるからだ。

それは、女性がミニスカートを履いていたので───。


「サービス……です」


俺が瞥見すると、女性も視線をずらし、恥辱に悶えるように呟いた。

「はっ!? いや、サービスってそんな……」

「ご迷惑でしたか?」

「とんでもない! に、似合ってると思いますよ」

「そうですか。クマさんってバカにされやすいので」

「水玉模様の下着も中々……あれ」

「……下着?」

これは、何だ。

自爆というものなのか。

「これはその……えっと、だから……」

「…………ですね」

「え?」

「いえ、勝手に私の下着を見ていたんですね」

「……はい」

「否定しないんですか?」

「不可抗力というラッキースケベであったとしても、見たことには変わりないので。すみません」

「……別に、構いませんよ。あれ、わざとだったのですから」

「わざとだったんですか。なら、しょうが…………ん?」

今、女性も大爆発したのではなかろうか。

「聞こえませんでした? 私はあなたにわざと見えるように座ったんです」

「……………………っ!?」

「というのは半分嘘ですけど」

「半分かよ! 残りはなんだよ!」

「サービスです」

「そこに帰着するのか! というか、ただ単に見せてきてるだけじゃん!」

「で、気分はどうですか?」 

「あなたのせいで、落ち込みムードが台無しだよ!」

読めない女性だ。

颯斗が時たま口にする痴女とやらに出くわしたのかと思ったが、勘違いだったみたいである。

多分彼女は、意図は知らないが、俺を励ましてくれたのだろう。

これは、先程霧裂がやったものと似ている。

「そのくらいいえるなら大丈夫ですね」

「どうして俺を?」

「あなたが、千尋を助けに来てくれたからです。今や私達の組織は霧裂家に反抗出来ません。私は千尋がもしもの時は、懲罰を覚悟で救出しにいこうと思いましたが、どこの馬の骨か分からない殿方が現れて下さったので、懲罰は免れました」

「それ、けなしてるんですか?」

「いえ、事実をいったまでです」

「否定出来ない……」

この人はきっと悪い人ではない。

感情には乏しいが、人当たりがよさそうである。だが。

「霧裂を助けるって割には、懲罰の回避が優先みたいですね」

女性相手に皮肉をいってしまった自分を今すぐ殴りたい。

でも、女性の発言は容認出来るものではないのだ。

懲罰が何を指しているのか、糸口も掴めないが、今の俺なら、迷わず霧裂を助けにいった。

しないで後悔するより、して後悔すべきだ。

しかし、結局は霧裂を助けられなかった。

やはり、俺は口だけの人間なのかもしれない。

「そうともとれますね。でも私は違います。今懲罰を受けたら、千尋を助けにいくことは出来なかったのですから。あなたが居なかったら、私はあなたの立場になってしまい、処罰されます。つまり、私は千尋を助けなかったので、今回は罰せられず、敵の組織に侵入するという任務を行うことが出来ます」

「それって、まさか……っ!」

「えぇ、千尋を助けることは明記されていないただの侵入任務です」

「なるほど、そういうことか」

彼女は、俺が思うより、ずっと鋭い人だった。

侵入任務で結果的に霧裂を助けてしまったということにすれば、霧裂家は黙認せずにはいられない。霧裂家が懲罰を与えるということは、ジークムントの人間が霧裂に幇助してしまうことである。ならば、第三者の人間がたまたま救出してしまえばいい。そして、次の手を早急に張り巡らしてくるだろうから、それまでに霧裂を霧裂家の監視から外してしまえばいいのだ。

「分かってくれましたね。では、参りましょう。私達の組織へ」

「あぁ、そうだ…………」

「どうかしました?」

「いや、俺っていつの間にか、ジークムントに入ってることになっているんですけど」

「では、エービィヒカイトへ?」

「そっちには行きませんけど……」

「なら、行きましょう。私はリーダーに勧誘と秩序の監視の任務を与えられているので、あなたを連れていくことで、私の任務は達成されるんです。正式な加入は千尋の件が終わってからですけど」

「勧誘?」

「《念力》を新たに発現した人に協力を請うんです。相手側も人員確保に必死で、あなたが戦ったヴェルトという男も新米でした。確か、字の意味は世界。何を示しているのでしょうね」

「世界……」

その字に深い意味はあるのか、否か。

「ジークムントは、皆名前で呼び合っています。飾りなどつけずに」

彼女はそう発言し、俺の手を握った。

「行きましょう。新米さん」

何故なのだろう。

恥ずかしい感覚よりも、別の感覚がある。

果たして、今日初めて会ったのだろうか。 

もやもやした気分のまま、彼女に手を引かれながら俺は彼女の後をついて行くことにした。

降りしきる雨は、まだ止まなそうである。









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