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《口裂け女》4

「二つの世界に存在がない?」

「うん。僕は両方の世界にはいないんだ。僕は、人間が想像することによって産出された空想上の生命体だよ。自我もこうしてある上、《怨体》もある。ただ、僕は、曖昧な空間や、依存している媒体の《怨体》を通じて姿を現すことしか出来ない」

「つまり、あれか。妖怪とか、都市伝説にまつわる生命体とかか?」

「そう。完全再現はされてなくて、擬人化みたいな感じかな。どうして想像によって生まれた僕のような生命体がいるのか僕自身も分かってないんだけど、人間が死ななくなるのが分かってから、僕は人の姿を持つようになったんだ」

少なからずとも、人間の半不死身化のような現象の因果関係に、シャッテンの存在があるということだ。

「人間が死ななくなったのが判明したのは、いつからなんだ?」

「十年前くらいかな。丁度その頃、僕は、俺と……」

「俺と?」

「な、なんでもないっ!」

一体全体、どうして顔を赤らめているのだろうか。

人間同様に、虚実体とやらも、風邪を引いたするならば、風邪の可能性がある。

「熱でもあるのか?」

俺は、俺らしくない手際で、シャッテンのおでこに右手を、自分のおでこに左手を当てた。

「う、うひゃっ! いきなりなにをすりゅっ! てをはなしゃないと、おこっ、おこるゅ」

いくらじたばたして抵抗をしていても、呂律の回らない滑舌では怖さを感じない。

「何もしねーよ。ただ熱があるのか調べたいだけだ」

だが、ほんのちょっと、シャッテンをおちょくるのは楽しい。

女の子に対して、こんな余裕綽々な態度を取るなんて、出生して以来初めてかもしれない。

「うーん、特に異常はなさそうだな。格段熱があるようにも見えないし」

「もー、そーいうことなら先にいってよ! 僕は、病気になったりしないの! 言ったでしょ、僕は人間じゃないって」

「しかし、擬人化といった。なら、シャッテンという生命体の構成ベースは人間にあるってことだ」

「そうだよ。でも……」

「分かった。お前は、人間とは違う。けど、論理的な思考や、知識を持ってる。立派な人間じゃないか」

出会った時とは違う自分の態度の変わりように驚きつつも、自分がシャッテンのおかげで殻を少し破ることが出来たような気がした。まだまだ浅いのに、シャッテンと話していると、最初から一緒にいるようだった感覚になってしまう。

「なんだか、風邪の話と関係ないような……。でも、ありがとう。僕を人間として、見てくれて。本当の僕を知っても、ヴァールは僕を温かく包み込んでくれたら嬉しいな」

「意味深な事をおっしゃりますね……。まぁ、お前が話すその時まで、俺は、シャッテンについて、無理に追求しないさ。だから、いずれ話してくれよ」

「ヴァール……。俺は、優しすぎるよ。『昔』もこうして、いってくれたっけ」

「ん、なんだ?」

「何でもない! さ、早く霧裂さんを見つけにいこ!」 

まだ、俺が知らない情報が数多あり、不安な気持ちが残っているが、何よりも霧裂の安否が最優先だ。

何かが起きてしまったのなら、その都度考えればいい。

シャッテンは難しげな術式を唱えて、再度俺を転送した。

数秒浮遊感を味わった後、俺は、今度こそ、現実世界へと帰還したことを、公園の遊具が無事な状態から悟り、シャッテンのナビゲーションの下、公園の周辺を捜索し始めた。


▲▲▲


あてもなく、ひたすら街をさまよい歩いていたのを、舞宮蓮という、照れ屋で、打たれ弱そうな男性に会い、脅かして逃げさせようとしたのに、逆に私を素性も訊かずに匿い、最後まで私を守ろうとしてくれた。

そんな彼の優しさに甘えようとしていた自分が許せなかった。

私は、私が所属する組織の上層部の命令で、野に放たれた餌に過ぎない。私が奴らの手下に見つかれば、確実に殺され、転生させないように、私の魂を監禁もしくは、魂ごと喰らい尽くし、喰った者の体内で《怨体》として、扱われるだろう。

《念力》を持つ私は、敵に抗うことなど、朝飯前なのだが、今回の命令は、敵の拠点を割り出すこと。

私が敵に捕まらなければ、作戦の意味が無くなる。

後悔は、してない。

別に、この世に未練などないし、私がいなくなろうが、困る人はもういないのだ。

離れたくない思い人がいる訳でもない。

しかし、私が罵詈雑言をいった彼に対して、せめて謝罪はしたい。

彼が、私に偽善的なことを言ったのは真実だ。口だけなら何とでもいえるし、嘘も方便というくらいだ。

でも、彼は、一時的にも、味方からも敵からも監視されている私を隠れさせてくれた。

だからこそ、これ以上彼を私の我が儘に巻き込みたくない一心で、罵ってしまったのだと思う。

私に残された選択肢はもうない。

私の運命は、幼いときから定まっていたのだ。

形は違えど、母と同じ道を辿ることと。

「……どうして、私なの、お母さん」

覚悟はしていたつもりだったが、自分の涙腺が刺激され始めていることを知った時には、既に遅かった。

抑えようにも、それを上回る速さで涙が溢れてくる。

「うぅぅっ……。なんでぇ……っ」

思わず、地面に座り込み、感情の赴くままに、涙を流し続けた。

分かっている。泣いた所で、私の成すべきことは変わらない。私は、進まなければならない。だから、今は泣いて、泣いて、泣いて。

それで、自分の甘さへの区切りをつける。

私は、最期まで命令に従い、少しでも組織に情報を享受したい。利用されていたとしても。

それは、母の為でもあり、私の為でもあるのだ。

涙を拭い、訣別の意を新たに定め、私は立ち上がる。


「私は……私は、負けない! あなた達のような卑劣な集団なんかにっ!」


私は、立ち上がった際、目の前に佇んでいた長身の男に盛大な挑発を言い放った。

「面白い。お前のような力がどこまで俺に通用するか、試させてもらおう。《口裂け女》もとい、霧裂千尋」

闇に同化している漆黒のスーツ姿の男は、憎そうに私の名を呼び、臨戦態勢に入った。

住宅街への影響をなるべく減らすため、人気のない木に囲まれた公園に誘い込み、草むらの陰に身を潜め、男の様子を探る。 

男は私の居場所を虱潰しに探しているのか、公園に入ってから全く気配を捕捉出来ていない。

見つかった以上、あの男は必ず私を仕留めるまで、追い続けるだろう。

単に、見つかって殺されるのが、組織にとって、一番都合が良い。

《念力》のランクが特別な私は、抗争に必要な種類なのだが、それを理解してもらえず、偵察用にまわされている。

霧裂家の先祖は《口裂け女》だったらしく、その血筋は、代々、《口裂け女》の儀式を受け、先代たちに敬意を表明している。

世間の印象から考えれば、《口裂け女》は人間を脅かして喰うという共通認識が存在しているのは確かだ。

だが、《口裂け女》は決して人間を貶めることはせず、陰謀がある輩に注意を促す役割を果たしているだけなのだ。

他にも、子供が夜遅くに外出して、事件や事故に遭わないよう、《口裂け女》として子どもたちの前に躍り出て、恐怖を演出をし、それを見た子どもたちが道を引き返して帰ることによって、未然に防いできた。

つまり、《口裂け女》は世界に存在しない虚実体であり、霧裂家が、人間を保護する為に、《口裂け女》になっていたのだ。

儀式を受け、先代から継承した者は、善霊に憑かれやすい《怨体》保有者───《陽因子》として、悪の道を進む者と対峙する運命となる。

《口裂け女》に化け、暫時、自分の《怨体》を活発化させて、《怨体》反応に釣られた敵を影から倒すという一連の流れ、即ち、隠密行動ならぬ怨密行動が霧裂家に伝わる戦い方だ。

ただの人間が見たら、私を《口裂け女》だと認識するだろう。

それだけ、都市伝説とまでのし上がった程の恐ろしい虚実体である。

だが、霧裂家の由緒ある名誉は、私の先代───私の母で途絶えてしまった。 

母こと霧裂紗織は、身体が弱い方だったのだが、家の為に命さえ賭け、社会を裏から支えていたのだ。

そんな逞しい母の姿を見て、私は、気遣われなくても、世界の見えない所で支柱となることを憧れていた。

しかし、全てが順序よく進む訳ではなかったのだ。

母の病が進行し、敵との交戦中に意識を失ってしまう。

そのまま捕らえられた母は、成す術なく、惨殺されてしまった。

霧裂家で初めて失敗という結果を残して消えてしまった母。私達は死んでも転送世界にいける訳でも、魂に還ることも出来ず、永遠に半死状態となる。

死ねない苦しみを一生抱えながら。

そんな母の心情など、欠片も考えず、霧裂家の汚点として、その娘である私までもが非難の矛先となった。

以降、私は儀式も受けさせて貰えず、ただの奴隷に近い雑用係として、汚れ仕事を強制的にやらされてきたのだ。

私は母を失った悲しみより、身内を馬鹿にする親戚たちに憎しみの念を抱いたし、一時期は皆殺しにしてしまおうとも考えた。

だが、悪しき思考を捨て去ってくれたのが、意外な人物だったのだ。

『ダメよ、ちーちゃん。恨みなんて考えちゃ』

制止を促した声は、幻だと思っていた。でも、それを短慮だと気付かせたのが、二度と私の前に現れないはずの母の姿だった。

そこは、二人だけの空間で、何もなかった。

『いつかね、お母さんはこうなると思ってた。こうなってしまったらきっと、あなたを傷つけてしまうと思ったの。だから、私はこっそり、私の《怨体》の一部をあなたに移しておいたのよ』

『え、どういうこと……?』

『私の魂が閉じ込められる前に、《怨体》として、あなたの《怨場》に還れるようにしておいたの。善霊の加護を受けている私達は、還る場所を好きに決められるのよ。だから、私は一生あなたを守ってあげたいって思ったから、こうして、ちーちゃんに遺伝していた私の《怨体》に戻ってまた会えたのよ。《口裂け女》という虚実体としてね』

信じられないことだったが、日を重ねていく内に、私の中にいる《怨体》が母のものであることを確信した。

母がいつも側にいることによって、私は負けずに毎日を生き続けることが出来ている。

しかし、今日で、それが最後になってしまうかもしれない。

とうとう不要と認定されたのか、私は捨て駒として派遣されてしまった訳だ。

どこまで私の消滅が、霧裂家の得になるか、分からないが、きっと、敵の拠点を割り出してくれるのだろう。

『千尋、さっきの男、近くに来るわよ』

母の忠告によって、私の意識は現在の緊張した状況に引き戻された。

「分かった。……少しくらい、本気出してもいいよねぇ」

『えぇ、大丈夫よ。……今更だけど、ごめんなさい。あなたまで、私の道を歩むことになるなんて。あなた、芯は強い子だけど、さっきみたいに泣き崩れちゃうでしょ。私、あなたに何もいえることがなかったわ。不甲斐ないわね』

「もう平気だよ。ぎゃふんといわせてやるんだから。それに、私は、お母さんを憎んだりしてない。だから、もうちょっと、娘の言うこときいてくれる?」

私のお願いを母は、一拍間を置いてから、答えた。

『うん。愛する娘の頼みだもの』

私は、音をたてぬように、すぐに立ち上がれるよう、態勢を変えた。

革靴の音が、私が隠れている場所へとはっきり近づいている。

相手からは、私を見えていないはずだ。

ならば、今しかない。

「───《怨体調和》(ベゼッセンハイト)!」

せっかく、私の為に、母は、こっそり儀式を行ってくれたのだ。

今使わずして、いつ使うのか。

唱えた句に反応した私の《怨体》が、身体から飛び出し、私を《怨体》が構成したクリーム色に光る直方体が、足元から頭にかけて覆っていく。

その中で、私の身体の表面に無数の《怨体》がまとわりつき、私の服装を変化させ始めた。

形状は純粋な白色のワンピースで、丈は膝下。

生地が若干薄めで、透けて見えそうだが、これが私の《憑護》による防御正装であるので、仕方がない。

《念力》を使うにあたって、いくつかのスタイルがある。

まず、私の《憑護》タイプ。力の発動を表す言葉を叫ぶと、自動的に媒体を保護する服装が出現する。見た目は、媒体の信念に基づいて決められ、《怨体》がイメージを構築するのだ。

頼りないものに見えるが、きちんと己の防御力を格段にアップさせ、受けたダメージを大幅に減少させる効果を持つ。

《憑護》は防御が主旨なので、攻撃のアシストはない。つまり、攻撃は《念力》使いに委ねられているのだ。

私は、お母さんが愛用していた銃剣を応用している。対《念力》使い用にカスタマイズされた銃剣は、Sig sauer mosquitoをモチーフにしており、《怨体》をベースに作られた特殊な弾丸は、相手をホーミングする機能がある。

銃口の下に装着してある刃渡り二十センチのコンバットナイフは装着したままで使うのが普通だが、銃で威嚇射撃をして、相手が動揺している所を、取り外したナイフで切り刻む手法が私───いや、母の戦い方だ。

元々母の戦い方は暗殺を実行するための戦闘術なので、敵と一対一で戦うには分が悪い。

しかし、一時的に、《怨体調和》による自己強化により、使われていない《怨体》を自身の加速の為にまわし、物理的に、生身の人間が移動できない速さで動き回ること可能になっている。これは《怨体》がある限り有効になるのだが、長期戦になると、疲弊して、逃げることさえ不可能になりうる。

要は、如何にして、相手を退けるかがターン二ングポイントになってくるのだ。何せ、殺したとしても、転送世界から戻ってこれるのだから。

また、《憑護》タイプは、防御に秀でている反面、弱点がある。

物理攻撃には最大発揮する形態なので、特殊系統の攻撃───俗に《怨魔法》という魔法を使うタイプとは相性が悪い。

《怨魔法》を使う者は、武器などを持たず、《怨体》から抽出されるエネルギーを使って様々な魔法を使う。この魔法は、《怨魔法》といい、《怨体》があればあるほど強力な力を使用出来る。

遠距離の攻撃が主力であるので、近接戦に優れている《纏器》持ちには劣ってしまう。

《纏器》は、《怨体》のエネルギーを反映させる事ができる代物で、適合者に一番合うものを《怨体》が自動生成してくれるのが一つの特徴だ。

攻撃力に特化しているので、一撃必殺なども十分あり得る。

しかし、《憑護》タイプにはあまり攻撃が効かない上、《纏器》使用適合者は、数少ない。

どのタイプに属するか、自分の意志で変更することは無理で、《怨体》の性質によってタイプが隔てられている。

私は《憑護》なので、他の二つについては詳しく分からない。

今まで、どのタイプとも戦闘はしたが、《念力》をうまく使いこなせている者は見たことがなく、大抵巨大な力に飲み込まれて転送されるか、《怨体》に還る者だけだった。

たが、今戦おうとしている相手は、《念力》を使いこなしている強者だろう。

私の《念力》発動に反応して、位置を特定したのだから。

「《憑護》か。残念だったな。俺はお前のかなわない相手だ。抗えることすら出来ずにお前を殺して、永遠に形がないまま生き続けさせよう。だから、無駄な抵抗は止せ、《口裂け女》」

男は、《憑護》系統の私を見て、すぐ捕縛されるように促した。

はいそうですか、とでもいうと思っているのだろうか。

仲間には悪いが、多少抗ってみせる。

「随分と余裕なんですね。甘くみてたら返り討ちにあいますよぉ?」

私は虚勢を張って、男を挑発した。

実際、男は私より数段も強いと思う。

幾つもの修羅場を潜り抜けてきたような、強烈な力を感じさせる。

しかし、不自然な気もするのだ。

強さは感じるが、それが、本当なのだろうかと。

「そのまま返そう。降参するなら今だ」

関係ないことより、今は戦闘について、考える方が良さそうだ。

相性が悪いということは、相手は《怨魔法》使いであろう。相乗して強いとなれば、ますます私の勝ち目は無くなってしまう。

だからといって、諦めたりはしない。

「私は……降参なんて、しません!」

私は、草むらから出て、男との距離を保つことにした。

あまりにも長く接近し過ぎると、《怨魔法》の的中範囲に入ってしまうからだ。

男は、私が降参せずにいるからか、ため息をつくとともに、《念力》使いを象徴する言葉を発した。

「あくまでも、抗いを所望するならば、望みを叶えよう。──《怨体干渉》」

瞬間、男の後方に、約二メートルくらいの大きな魔法陣が出現し、魔法陣は、男をスキャンするように男を通過すると、魔法陣は縮小して、男の身体に吸い込まれていった。

間違いない。この《念力》のタイプは、《怨魔法》だ。

「……《梔子の猛獣》!」

刹那、男の両足にそれぞれ梔子色の炎状のような輪っかが掛かった。

「まさか、加速魔法!?」

《念力》は、《怨体》を消耗するので、いくら人間の生活に必要なくとも、身体の一部を削っていくので、高密度のものを《念力》として使えば、激しい脱力感と、倦怠感が襲ってくるはずなのだが、力を発動した男は、躊躇いなく、一直線で私に急接近して来た。

「は、速いっ……! これじゃ、すぐに間合いを詰められちゃうっ」

私と男の距離が約五十メートルあったのだが、数歩で、私から十メートル近い距離までやってきたのだ。

「まずは、一発。女だからといって容赦はしない」

男は、《怨魔法》使いとは思えない超接近型のようである。右手に握り拳を作っているということは、打撃を与えるつもりなのだろう。《憑護》に物理攻撃は効かないことは、流石に知っているはずだ。なのに、わざわざ素手で掛かってくるとは、何か手があるのだろうか。

「壊れよ、《銀の堅撃》!」

「きゃ……っ!?」

銀色に輝く突き出した男の拳を完全に回避出来ず、右の腰に堅い衝撃が伝わった。

重く、のし掛かるような一撃。それは、《怨魔法》で強化された物理攻撃に他ならない。

《憑護》の効果で、負荷を軽減したが、金属製のバットを叩きつけられたような感覚は消えない。

やはり、《怨魔法》を装填した物理攻撃は完璧に防ぎきれないようだ。

「物理攻撃と《怨魔法》の合わせ技……。正直危ないなぁ」

すかさず、私は自分のポテンシャルの限界を突破させることを決意した。

《念力》に秘められし奥義ーーー《憑義》を今こそ発現させる。

「我が《怨体》に眠りし《口裂け女》よ、我の限界を超えさせたまえ!」

力一杯に唱えると、すぐさま身体中に力が漲り、視界が良好になり、そして、身体が軽くなっていく。

母から受け継いだ私の奥義《錯速》。速すぎる移動で相手を錯乱させ、《口裂け女》の恐怖を染み込ませさている残像に翻弄されるがままになる。

「くっ、体が……震える……」

男がそういうのも無理はない。私の《怨体》が男の《怨体》に恐怖という感情を与えているのだから。

速さを肉体の限界をまで向上させた私は、追撃を試みた相手の手が自分に触れる寸前、光速並みの速度で、後方に退いた。

普段のままなら、肉体が消滅していただろう。《憑護》と一過性の《怨体》でコーティングしたおかげだ。

無闇にバックした訳ではなく、聳え立つ林に身を置いて時間を稼ぐことによって、少しでも私に有利な条件を導く作戦を思考する為に。

案の定、私の姿を見失った男は、目の前に立ちふさがる木を適当に薙ぎ倒しているのだろう。

次々と木が倒れる音が反響している。

「せいぜい持って十分かな。そのくらいで私の《怨体》がゼロに近くなる」

『千尋……もう、無理は───っていっても、聞かないわよね。私の娘だし』

「お母さん……」

『私はあなたの《怨体》。私がどうこう出来ないのが悔しいわね。せめて、あなたの彼氏を一目みたかったわ』

「え、縁起が悪いこといわないでよぉ……」

今日、私は殺される。《怨魔法》の使い手によって。

普通の生活が一度してみたかった。

朝起きて、朝食を取って、学校に行き、勉強したり、クラスメイトと会話したり。

休日は友人と出かけたり、あわよくば、恋人とデートしたり。

「……はは、やっぱり、ちょっと後悔してるなぁ。もし、私が普通の人間だったら、どうなってたんだろ」

『きっと、あなたを護ってくれる素敵な殿方と生活しているわよ。楽しいに決まってるわ』

「そう……かな」

『ええ、だって、私の娘だし、いい男をひっつかまえるわ』

お母さんはそれ以上何も言わなかった。

それは、最期の覚悟をしなければならない信号のようなものにも受け取れる。

だけど、感傷的になって、泣き崩れたりしない。

代わりに、私は地を駆けた。母の形見を握り締めて。

「……小賢しい。闇に潜った所でお前に勝ち目はない」

男は右手を高く掲げ、《怨魔法》を使用した。

「全てを焼き尽くせば、見晴らしがよくなる。《碧い怨炎》」

掲げた右手に青と白が混ざっている炎が召喚され、炎が自ら周囲の木に向かって飛散していく。

木に着いた炎は、瞬く間に木全体に広がり、木を延焼させている。

「ウソ……炎が、木を食べてる……っ」

私は、林の中を走りながら、奇怪な光景を見ている。その光景は意識がある炎が、自分自身に取り込むように、燃え広がっているようだった。

足を止めたらそれが私の終末だと思う。

しかし、一矢報いるのが私の望みであるので、確実に一本取るには、相手に向かって直進するしかない。まさに、捨て身の攻撃だ。

正面から突っ込んだ所で、私の一撃が届く保証はない。要は、相手の隙をつけるか、である。

男は攻撃系統と補助系統それぞれ一つずつの《怨魔法》を使った。

推測だが、後、もう一セットの《怨魔法》は少なくともあるだろう。

逆説的にいえば、実力を持っているから、普通では考えられない《念力》の使い方を熟知しているということになる。

だから、実力的に考えて、力を秘めていると予想出来るのだ。

「なら、あれでいくしかない……!」

《念力》を使われたら勝てないというならば、《念力》使わせずにダメージを与えればいい。

私は、腹を括って林を飛び出して、男の背後を取る為に、駆け寄りながら、銃剣を構えた。

「《牽制弾》っ!」

照準がやや乱れたが、二発の弾を男の背中に向けて発砲する。

二回の発射感覚が左手に残り、違和感を感じるが、構わず接近を続け、その時を待つ。

「当たるわけがない。全く、お前で二度目だ」

男は、悠々と二発を避け、こちらに振り返った。

「二度目……?」

私の前に、誰かと戦ったというのか。

まさか、その戦った相手はもう───。

「お前を殺せば、ヤツは俺の前に姿を現すはずだ。胸糞悪いヤツを早くこの手で滅したい」

どうやら、男が指す相手は存命しているようである。私が死んだら現れるとは、どういうことなのかは見当もつかない。

「ふふっ。そんな隙だらけなんて、油断しすぎですよぉ」

しかし、おかげで、男に一瞬の隙が出来た。

私は、銃剣から外した藍鉄色のコンバットナイフを男の頭部を狙って投射し、男の懐に潜る。

ナイフの的中はどうでもいい。その後が大事だ。

乱雑さも際立って、いとも簡単に男はナイフを避け、右手を空に挙げている。

「分かりやすい捨て身だが、俺には通用しなかった。終わりにしてやる」

男の眼前で俯いて動きを止めている私に向かって、右手にまた生み出した対象を喰う炎を私に接触させようと一歩踏み出した。

それが、私の陽動だと知らずに。

「……っ!? 身体が……」

機敏だった男の動きが、突如鈍くなり、終いには身体を硬化させて動きを停止した。

それは当然で、私が撃った相手の行動をしばらく制限する弾の効果が働いている為だ。

「な……ぜっ!」

男は悔しそうに、事の顛末を尋ねてきた。

「私はあなたに撃ったじゃないですかぁ。二発」

「それは確実に避け…………いや、まさか」

「ええ、あなたは確かに避けました。一回だけはですけど」

私がさっき撃った二発の銃弾が外れたのは事実だ。

しかし、それは男の避けたという確信を与える為に過ぎず、弾が戻ってくるとは考えもしなかったのだろう。

「先入観……だというのか。この俺が」

「実力はあるみたいですけど、自分に酔ってるから気づけなかったんですよぉ」

勝てる。

男は、身体は全然動かせないので、攻撃を叩き込む事が可能だ。

「どうやら、私の方が上手ですねぇ。そろそろ決着をつけましょう」

私は、備えのコンバットナイフを銃口の下に取り付け、銃剣を突き付ける。

「切り裂け、《双撃》っ!」

終止符を打つ為、私は、右手に構えた銃剣を斜め左下から発砲と共に切り上げる高速の斬撃を行った。回避は諦観するのみ。

右手に、肉を切り裂く独特の感触が銃剣を通して伝達されるのは、嫌な事だが、自己防衛には、必須の止めだからしょうがない。

腹から大量に流血した男は、瞳孔を開きっぱなしにしながら重力に従って倒れた。

俯せに倒れ、男の血が溢れ出ていることによって、血の海が出来上がっている。

「……違った人生を送れるといいですね」

私は、《念力》を解き、押し寄せる虚脱感に負けないように、踵を返して重い足を動かし始めた。

「どうしよう、倒しちゃった」

『千尋、よくやったわ。でも、安心しちゃダメよ。すぐに追っ手が来るから、一度どこかに隠れましょ』

「結構疲労来るなぁ。次の戦闘は本当にダメかも」

《念力》の超過使用からか、鎖に縛られたかのように身体が重い。

息は切れるわ、視界が霞むわ。

果たしてこんなに酷い副作用が今まで働いた事があったのかといえば、一度もない。

併用したのは初めてだけれども、身体がいうことをきかないまでになるのだろうか。

『っ! …………ち、ひろ』

「どうしたの、お母さん。お母さんも辛い?」

《怨体》まで重荷がのしかかってしまっているのは《怨体》の量が減少する為で、一つあたりの《怨体》に加わる負荷は増大しているからだ。

《怨場》に最低限無ければいけない量より不足していると、下手をすれば、《念力》を使えなくなるし、死の際まで近づくのである。

『に……て……』

しかし、母の様子はおかしすぎる。

掠れきっている声で、何かを訴えてくるのだが、理解不能だ。

「ねぇ、お母さんったら! 一体どうし……」

呼びかけに応じない母の身を懸念していると、突然、頭の中が空っぽになった。

自分の思考が誰かに制限されているという表現が的確である。

「なに、これ……」

身体の感覚が、冷たいものに蝕まれ、だんだん身体をうまく動かせなくなっていき、ついに、身体が、私の指示を聞かなくなってしまった。

立ってバランスを保っていることが不思議でならない。

「ようやく、静かになったか」

静寂が支配していた空間で、私の聴覚で捉えたのは、金輪際聞くはずのないテノールボイスだった。

私の背後で、うずくまっていた男が、平然と起き上がったようで、服をはたく音が聞こえる。

「くだらない茶番だったが、どうだ。勝った気になれたか?」

ぞっとする悪寒が背中に感じる。凍てつくような、獲物を狩る獰猛な何かのような。

「苦労した。お前の銃弾をわざとくらって、仕留められた振りをするのは。お前に切られるのが分かっていなければ、血糊も用意出来ずに、本当に切り殺されていた」

それを聞いて、私は呆然とした。

私が優勢に見えたのは、男の芝居のせいなのか。

私に、わざと、隙を作らせたのか。

最初から、私は、男の手の平で踊らされていたのか。

「どこからお前の負けが決定したか、教えてやろう。俺が最初に接触した時からだ。お前が右手に意識が向いた瞬間に、《血赤の鎖》をお前の《怨体》に流し込んだ。どうやら、《陽因子》らしいが、夢が役に立ったおかげで、《陽因子》にも内部拘束が出来た。ヤツには感謝しなければな」

そして、男は高らかに嘲笑した。

勝者の雄叫びのように。

敗者の私はここまでのようだ。

このまま私の《怨体》を封印し、仮死状態にするのだろう。

「まずは、お前を気絶させなければならないな。加速魔法《梔子の猛獣》!」

男が加速魔法を唱えた刹那、男の高速タックルが炸裂し、私の身体は林の奥深くまで飛ばされた。

「…………っ」

男の間近にいた為、初めの爆発的な加速により、桁違いの力を受けてしまったようだ。

多数の枝が折れる音が木霊し、やがて私に働いている運動エネルギーは、背中に衝撃を残して消え去った。

僅かな力だが、ギリギリで《憑護》を発動し、奇跡的に太い幹の木に背中からぶつかってそのまま腰が地面に着いたので、視野領域内は見渡せられたり、致命傷にはならなかったりと、幸運に見舞われたが、身体は全く動かせない。

見開いた私の眼に映っているのは、ゆっくりと近づいてくる男の姿で、右手に不気味な炎を宿している。

「夢だと、俺は小石を加速させてお前に当てていたようだが、ほとんどを避けられていた。ならば、最初から、違うやり方でお前を追い詰めればいいだけの話だ」

夢で思い当たるのは、未来を見せる《怨夢》。

種類としては、最悪を見せる《陰怨夢》だろう。

しかし、それはとある条件ではないと発生しない。

一つ目は、夢を見る媒体が、抽象空間に存在すること。これは、人間が本来見る夢の中や、特殊な元で構成された空間───現実世界と転送世界の狭間にある《三途空間》の一角にいる時だ。《三途空間》とは、三途の川に文字って、両世界を分断している空間に名付けられた名前である。

二つ目は、媒体が《因子》に属していることだ。

つまり、《陽因子》か《陰因子》であることは絶対的な条件で、これは、男がどちらかであることを裏付けることにもなる。

悪意のある行動から、悪霊に《怨体干渉》を強いることによって、逆に服従させる《陰因子》であるのは間違いない。

悠然と近づいてきた男は、勝利を宣言した。

「フィニッシュだ。《口裂け女》」

身体は動かない。

私が出来るのは、炎に喰われて痛みに悶えることのみ。

《憑護》はすぐに消滅し、やがて、反乱分子の私は、永遠の死に行き着くだろう。

「………………」

刑が実行されると思いきや、男の足は目の前で止まり、私の右手をちらりと見た。

「……お前の武器か」

吹き飛ばされてもなお、私は銃剣を右手に持っている。感覚はゼロだが、男が私の右側にしゃがみ、銃剣を手にして立ったので、確実にあったのだろう。

それは、希望か絶望か。

針は後者に傾いている。しかし、望みが消えた訳ではない。

千載一遇のチャンスが、まだ私にあったのだ。

やるなら、今しかない。

「ぐっ……あぁ……っ!?」

私の銃剣を手にした途端、男は苦しみもがき始め、左手で右手を抑えるようにして立て膝をついた。

「お……お前、はっ!」

剣呑を露わにしながら私を睥睨する男は、余程の辛苦なのか、時折顔をゆがめている。

次第に、私の拘束も緩くなり、身体がいうことを聞き始めた。

「なに、を……何をしたぁぁぁぁあっ!」

男は、銃剣を捨てようとするが、腕を振ったり、左手で取っ払ったりしようとしても、うんともすんともいわない。

「良かった、あなたが……知らなくて」

声が出せるようになり、背中の木に沿って若干の重さが残る身体を奮い立たせる。

「あなたは、私に止めをさすことに固執するあまり、ロジックに気づかなかった」

または、知らなかったのかもしれない。

《陽因子》の力が加わっている物に《陰因子》が触れると、触れさせた側から触れた側へ、《怨体》および、思念体の力を流し込むことが出来ることを。

一見、相手に力を譲渡しているともとれるが、陽と陰は相反する為、陽は陰の、陰は陽の力が流れると、それぞれの力を打ち消す作用が働き、長い鈍痛の後、《怨体》の枯渇により、身体の組織が消滅していく。

+と-が出会えば、力は打ち消されてしまうというのは、理科で一度は習ったはずだ。

つまり、陽の力を私の銃剣から流されていて、どんどん《怨体》を消失していっている。

「可哀想な方…‥」

いくら敵とはいえ、少し儚い気もする。

誰も死なない世の中で、死に近い状況になるのだから。

そもそも、人間に死をもたらすのが、私達の役目で、男の組織の目的は、人間を永遠に生き長らえさせ続けることである。

聞こえは、男の組織の方が、欲にまみれている人間にはもってこいだ。

しかし、アフリカや中国では昔から人口が多いとお婆様から聞いたことある。

このまま世界各地で人間が生き続け、人間が増えていったら、食糧難になるのは避けられない道なのだ。

やがて、奪い合いが始まり、戦争が始まり、最終的に世界───そして、地球が崩壊する。

この星に罪はない。私利私欲な人間達のせいで、地球が滅びたら元も子もない。

だから、私達───ジークムントは、人間の死を取り戻す。

人間は、定められた寿命を全うしてこそ、人間である。

限定的な時間の中で、人生の生きがいを見つけ、楽しむことこそが、真の人間であるのだ。

私達が人間に死を与え、次世代の人達が私達に死を与える。現時点では暗中模索だが、きっと自然に死ねる日が来るはず。

「うぅ……っ」

私は、身体の内部をかき回されている気分がし、同時に力が抜けていく。

当然、男に《陽因子》としての力を流しているのは私だ。

男の手と私の銃剣が癒着しているので、目まぐるしい勢いで流出している。

物理界には、コンデンサーという電気を貯める装置があり、貯められた電気量に従って使用可能な時間の中で、電池の役割を担うことが出来る。

何がいいたいのかというと、コンデンサーと同じで、《怨体》は補充と解放が可能なのだが、キャパシティに依存している備蓄が尽きるともう流すことは出来ない。

例え、男の生命活動を停止させても、必ずしも私が生きたままだとは限らないのだ。

私が先に力尽きるか、男が消滅するか。

持久戦勝負という訳である。

「こんな……とこで、まだ……」

相当苦しいはずなのに、男は、諦めずに、起死回生を目論んでいるようだ。

「あ……き……っ。どこ……だ」

何かに縋るように、右手を宙に挙げている。

私にとって、這い蹲っている男は敵以外に該当しない。

私の母を永久半死に一歩手前まで追いやったのは、男の所属する組織だ。

決して、許してはならない。

この男は、私まで手にかけたのだ。どんな慈悲深い人でもかなり堪えるだろう。

「……ここ、までなのか……っ。もう、他の場所にも……」

「……………っ」

だが、私の心情は明らかに狂っていた。

この男には成すべきことがあるから、見逃すべきなのでは、と。目的は、人間の永存維持ではないのではなかろうかと。

流石に、お人好し過ぎる見解だと、自分自身でさえ感じた。

ただ、一戦交えて、他の人間とは違う雰囲気があったのだ。

無論、私の想像に過ぎないが、何かが異なっている気がする。

事情さえ、話してもらえれば、すぐには無理でも、協力出来ることなら協力してあげたい。

「……あなたの目的は何ですか」

直接的に、男の目的を問うが、素直に話す訳がない。

「お前なんぞに答える、義理はっ……ない……」

「ということは、少なくとも、あなたの組織の目的以外に、あなた自身の目的があるということですか。この戦いに」

「…………仮に、それを肯定したら……お前は」

「あなたを解放します」

「っ!? 正気かっ……。お前を殺そうとしたんだぞ」

「あなたには、違和感を感じていました。強いのに、知らないことがあることを。きっと、事情があるんでしょう。大きな、何かが」

「お前は、バカなのか……鋭いのか」

「両方ですよ」

「……きいた話と大分違う。本当に憎むべき……」

男は独り言をぶつぶついっているが、何かに辿り着こうとしているのだろうか。

私は、ふらつきながら、銃剣を拾い上げ、左腰の専用ホルスターに収納した。

取り上げてすぐに、血の流れが良くなったような軽い感覚が戻り、男も立てる程に回復したようだ。

「どうしますか? この後」

私は、気軽に今後のことを尋ねた。

解放してしまったので、私は戦う気がない。

ジークムントの仲間や、親戚が聞いたら私をどう思うだろうか。

親戚は、帰ってきた私を糾弾し、彼らの手で私を屠るか、第三者を寄越してその人に私を殺めさせる手をうちそうだ。

ジークムントの皆は、私の生存を温かく向かい入れてくれ、二度と私を外に出さないと思う。

ジークムントには助けられた恩があり、親戚達が私に目を付けていることは分かっている。だから、アジトに軟禁されることは拒めない。

「……この後、か」

男も、戦意を喪失してるのだろう。俯いて、表情が見えない。

「そうだな……もう、お前と争うのは止めだ」

「なら、あなたは組織を止めて私の組織に来たらどうです?」

きっと、ジークムントは男の事情を話せば、快く歓迎してくれると踏んでいる。

「それはダメだ。俺の存在条件に反し、二度とこの世界に来れない」

しかし、男は訳の分からないことを告げ、困っている顔を見せた。

「え……? あなた、何をいって───」

「だから、許してくれ」

許してくれ。

そう男が言った直後、私の身体は再び硬直状態に陥った。

「お前の武器に、鎖を繋いだ。これで、本当に何も出来やしない。お前には悪いが、お前の死は必要条件に変わりない。だから、俺の為に───」



死んでくれ。



私は、やってはいけない、敵に情けをかけることをしてしまった。

男が、事情を話し、協力を要請してくると思ったからだ。

なのに、まんまと裏切られてしまった。

私は、とことん、愚かな人間であることを自覚せざるをえない。

「なるべく、一瞬で葬ってやる。お前の死は、俺に役立つのだから」

例の炎が、男の両手の平に宿された。

そして、それを私に。

全てが終わり、私は死へと誘われる。はずだった。

「───がっ!?」

突然、眼前の男が私の視界から消えてしまったのだ。

私の左側の林から、林の中を轟く衝撃が聞こえたということは、飛ばされた男の衝突点から音が響いたのだろう。

だが、一体なぜ。

自然現象ではない。男が飛ばされる瞬間に、私の使っているものと同じような《怨体》が詰まった銃弾が男の左脇腹にヒットしていたので、《念力》によって、故意的に吹っ飛ばされたのは確実だ。

誰が、私の窮地にやってきたのか。

男の仲間が来たのか、それとも───。

男が離れたせいか、身体は動かせるようになっているが、確認の為に動かす必要はなかった。

なぜなら。


「ふう、タイミングがよかった……。まるで、ヒーローみたいな登場シーンだな」


この声は聞き覚えがある。

私の《憑護》を違う形で見破ったあの人。

打ちのめしたはずだった。二度と巻き込ませない為に。

しかし、駆け寄ってきたその少年は、私に手を差し伸べ、こういったのだ。


「行動で示してみせるさ、霧裂っ! 後は俺がなんとかする!」


少年───舞宮蓮は、私にぎこちない笑顔を見せた。


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