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《口裂け女》1

thotです

よろしくお願いします!


表現など、語彙不足が目立ちますが、閲覧ください


連載ペースは勉学もあるので遅延しますが、なるべくピッチをあげます


目にとまったらどうぞ、見てください!

都市伝説。



それは、古くからいると語られている妖怪や、数多なる人々が妄想や恐怖によって作られた虚偽なる存在を示していたり、ありもしない情報のことである。

無論、現実世界には一欠片も存在しておらず、敢えて存在するとするならば、二次元世界の中や、妄執に取り付かれている人々の心中であろう。

しかし西暦二○三○年現在。

それらの存在について大いに揺るがす驚愕の事実が判明した。


「ほんとにみたんですっ! あの───を!」



「酔いがまわってて幻覚だとワシゃ、思ったんじゃが、あれはモノホンだったんじゃい!」



「僕怖かった……っ。だって腕を掴まれたんだよ……うぅ」



「マジパネェ! 一気に血の気ひいたわ……」




多数の証言を元に、見えざるものが現実世界をさまよっている……と。

これまでにない目撃証言が集められた事や被害届が出されたが為に、前代未聞の警察介入取り決めまでもが決まったのだ。

全世界を釘付けにさせている都市伝説の内の一つ。


それが、《口裂け女》だった。




▲▲▲



「あのぅーすみません」



同年六月中旬。

梅雨に入って毎日のように雨が降りしきることに関して萎えまくりの俺こと舞宮蓮は、夕飯の材料の買い出しの帰り道で、通りすがりの女性に話しかけられた。

市販のビニール傘を右手に持って、もう片方の手を帽子の上に置いて、顔を隠している様は、何とも近づき難い雰囲気だった。

夕飯の支度をしなければならない俺は、話が長期化するのを避けるため、さり気なく会話を切ることにした。

「何か用ですか? あぁ、ちなみに最近ここに越してきたばっかなんでどこに何があるとか全然分からないんで他の人に聞いて下さい。では」

機械じみた応答に、女性は少し頭を震わしたが、特にうんともすんとも言わなかったので、踵を返してさっさと立ち去ろうとした。

「……待ってください」

しかし、すぐに女性は淀みのない透き通った声で俺に静止を促して、数秒溜めてからカーキ色の帽子を取って顔を上げた。

「…………っ」

綺麗な人だなぁ。

ふと、そう心で呟いてしまった。

女性の服装が夏場前なのにクリムゾンレッド一色のダウンコートで身を包んでいた事や、頭を伏せっぱなしていたからネガティヴで変な人なのかもしれないと考えていた。

たが、一度顔を拝借してみると、どこぞの芸能人かと思ってしまうほど別嬪さんで、一瞬たじろいでしまったのだ。

「あ、止まってくれた……よかったぁ」

しっかり手入れをしているのだろう。

艶やかな栗色の髪を肩甲骨まで下ろし、髪の末端にかけてウェーブを施している。

正確に長さを揃えた前髪の下には、絵に描いたような切れ長の瞳と整った鼻が肌白い顔に備え付けられている。

ただ、風邪なのか、マスクをしているのは個人的に好感度が下がってしまうので残念だ。

マスクがなければな、と喉まで出かけたが、そんな上から指摘なんてできないから、飲み込んで咳払いをした。

「ゆ、夕飯……帰って作らなきゃならないんで、いいたい事あるならさっさと言って下さいよ」

俺は素っ気なく言葉を返すと、視線を横にずらした。

動揺して視線までずらしたのは、綺麗な人を見ると反射的に顔が紅潮してしまう癖があるからだ。

要するに、一般論からいって俺は照れ屋なのである。

女性と話せない訳ではないが、緊張してしまうのが昔から全く改善されないのだ。

横目でもう一度、目の前の女性の全体像を視認すると、こちらの様子に不思議そうな素振りを見せているが、特段引いている様子もなく落ち着いた状態がうかがえる。

それにしても全く、美貌を持つ人は心臓に悪いものである。

「ちょっと尋ねたい事があって……良いですか?」

こちらが少し冷静になってきたのを見越してか、そう女性は話の切り口を開いた。

「自分に答えられることなら。でも本当に道はこれっきし分からんですよ」

「大丈夫です。聞くのは道なんかではなくて私のことですから」

「道じゃなくてあなたのことですか……って、へ?」

女性がそのように告げると同時に、偶然なのか上空の雲の色が黒々しく変わってゆき、やがてポツポツと降雨が降り始めてきた。不気味な事に、雷までなる始末である。

「こりゃ、やばいな……。これ以上雨が強くなったらお互いびしょ濡れになっちゃうんで雨宿りしませんか?」

家で妹がお腹を空かせているに違いないが、折角買った食材を雨に濡らすわけにはいかないので、我慢してもらおう。

当たりを見渡して雨宿り出来そうな場所を探したが、十字路がひたすら続くだけで、羽を休ませる場所はなさそうだ。

近くに喫茶店が一応あるにはあるが、あまり顔を出したくないし、商店街まで戻るには中途半端な距離だし、家まで少なくとも十分はかかる。

困ったものだと首を傾げていた俺に、意図も構わず女性はすぐ終わりますと発言した。

「で、聞きたい事とは?」

俺はポケットの中で振動する携帯端末を無視して女性の返答を待った。

雷鳴が激しく鳴り響き、近辺に大きな稲妻が走った直後、右足を前に出し、帽子を持った手を胸に当てながら、女性は声を発した。

「単刀直入に申しますね。…………私って───」



綺麗ですか?



再び雷が目視できる距離に轟きながら落ちた。

風までもが吹き始める中、余りにも予想の斜め上をいく質問に、俺は言葉を失った。

ある程度質問を予測していたが、まさか女性の客観的容姿を尋ねてくるとは夢にも思わなかった。むしろ、そんなことを誰が直ぐに予見できるだろうか。ストレンジャーに話しかけられたことすら稀なのに、幾分かハードルが高すぎだ。

しかし、訊かれたのだから、責任を持って答えなければならない。答えは言われるまでもないが。

綺麗です、と一言申せばよいだけの話だ。

俺は深呼吸をして、心を落ち着かせてから、気を引き締め、返答した。


「き、綺麗ですよ。てか可愛いしうん」


「えっ……」

多少口が滑ったが、事実なので思い切って思考したことを素直にそのまま伝えてみたが、間もなくクサいセリフを吐いた羞恥心と猜疑心がわいてきた。

そのためか、女性は帽子で顔を隠して、面を合わせたくない意思を示しているではないか。

「あ……その、ははは……」

恥ずかしさに絶えきれなくなった俺は、そこで初めて何度も振動している携帯を取り出し画面を開いた。

メール三十件、電話十件。

大半は痺れを切らした妹からだった。早く帰ってこいやら、お腹へったやら。

世話が焼ける妹だと飽き飽きしながら、画面をスクロールしていると、一通のメールの差出人だけは違っていたことに気づいた。

「ん? これは……」

差出人は、幼き頃からの友人で、添付ファイルつきメールを寄越してきた。

用件に即閲覧すべしと記載されていたため、すぐさまファイルを開いてみた。

ファイルの中身がいかがわしいものでなければいいのだが、彼に限ってそれ以外はなかろう。

過去、このようなファイルを開いて赤っ恥をかいたことがある。

一番酷いのは、満員電車の中でいわれるがままに開示したところ、女性のいかがわしい姿が露わになっている画像が表示され、慌てるあまりに携帯を落としてしまい、不幸なことに、拾ってくれたのが女性で、当然ながら怪訝な表情を露骨にし、それだけではなく、なぜか俺の周囲がドーナツ化現象を引き起こしてしまったのだ。満員電車なのに。

それでも、送信者を恨めないのは、散々助けられたからであって、借りがなかったら、俺は間違いなく激怒したのだろう。

呆れが九十九%、興味が一%の割合でしぶしぶ開いたファイルに目を向けた。

「なっ、これは!?」

だが、中身は全くの見当違いであった。

ファイルの画像を見たとき、俺は目を疑う以外に何も出来なかったのだ。

画像には、俺がいるような十字路に、不気味な姿が映っていた。

所々真っ赤な飛沫が飛び散ったかのようなシミがある白色のワンピースを着用し、不健康そうな肌と、荒れに荒れている漆黒の長髪を有している。

だらしなく垂れている不均等な長さの前髪の隙間から血走った眼が垣間見え、そのまま口元を見ると、両耳まで広がっているのではと見受けられる口角を吊り上げ、牙のような歯を剥き出しにしている。

人々の畏怖から誕生した幻の存在。

これは、紛れもなく───。

「何かあったのですか?」

顔を上げて見ると不思議そうにこちらを女性が見つめていた。

「あ、まぁちょっと……」

俺は苦笑いしながら、下を向くなり、内容文に目を通した。


メールの内容文はこうだ。


「画像の女は都市伝説の《口裂け女》だ。そいつがこの街を徘徊してるらしいから気をつけろ。もし話しかけられても相手にせず、ポマードと唱えるか、飴ちゃんあげてすぐ逃げろ。いいな? 間違ってもヤツの口を見て綺麗じゃないと言うなよ」


「なんだよあいつ。こんな画像送ってきやがって……」

俺は女性に気づかれぬよう、独り言を呟いた。

彼が画像を送ってきた理由に心当たりはなくもない。

彼は俺が通う学校では、とある二つ名で有名になっている。

巷で噂の都市伝説に関して、誰もが知り得ない情報を収集しているところから《歩く都市伝説》と、生徒会長から命名されたのだ。

なぜ、生徒会長からというと、彼の情報のおかげで、様々な都市伝説にまつわる被害を免れた生徒達が多数いるため、生徒会長が勲章という名目で与えたのである。

どのように情報を収集しているのか、何度も尋ねたことはあるのだが、秘密だとはぐらかされる。

訊いたところで、膨大な情報を扱える気がしないが。

わざわざ俺にこの画像を送ってきたということは、こいつが徘徊しているということなのかもしれない。

撃退法まで記されているとは、もはや退治したことがあるのだろうか。

「よくないことでもあったんですか? ふふっ」

「え?」

不意に、身体中に悪寒が走った。

女性は微笑している。

それだけなのに、一体この嫌な雰囲気はなんなのであろうか。

「最近、物騒ですもんね。可笑しな格好して町をふらふら歩いてる人がいるって」

「で、ですね。それも、実体がないとかなんとか。はは、ありえませんよね」

「ふふふっ」

言葉にうまくできないが、人間の本能というべきなのだろうか。

女性を取り巻く何かが、俺に恐怖を覚えさせる。

綺麗だけど、おしい人。それが、女性の第一印象だった。

だが、今は違う。

俺の中で、得体の知れないものを秘めている存在という認識に置き換わっている。

「まさか……」

写真と眼前の女性の姿が俺の脳内に、悲惨な状況を彷彿とさせた。

髪の色など、いろいろかけ離れているが、セリフと様子がどうにも女性と例の存在を引きつけている。

もし、彼女がそうであるならば……。

「──────っ」

顔面が蒼白していくのが自分でも分かる。

一目散に逃げ出したい気分だが、足が竦んで動かない。

今まで気づかなかった自分がどうかしている。

「ドウシマシタ?」

不意に女性は俺の様子を伺うように訊ねた。

「……っ!? い、いやー妹から早く帰ってこいと仕切り携帯がなるもんで、はは……」

「カオイロワルイデスヨ?」

「っ……」

話し方や、振る舞いが友人や様々な人からの情報を、現状に照らし合わせてみると、あまりにも例の者に酷似し過ぎている。


今や世間を騒がせている《口裂け女》にだ。


「うふふ…っ」

一歩ずつ、女性は俺に歩み寄る。

逃避したくても、金縛りにあったかのように俺の体は鉛と化し、硬直している。

錯乱して整理がつかないが、かろうじて機能している口を震えながらも開け、何かを言わなければと、声を振り絞った。


「こ、これはですね、あなたが可愛い過ぎて汗が止まらないんですよ!」


もう何が何だか分からなかった。

この状況で《口裂け女》を口説いたなんて友人に話したら大笑いされそうだ。

俺の生命活動が損なわれていなければの話だが。

「へっ!? あ……こほん…………。ホ、ホントニ?」

「…………?」

気のせいだったのだろうか。

一瞬《口裂け女》がマスク越しでもわかるくらいに頬を赤く染めたように見えたのだが、まず有り得ないだろう。

「ジ、ジャァ、コレデモ?」

低音で静かに告げ、マスクに手をかける。

「ちょ……っ」

俺は反射的に瞼を閉じ、身構えた。

そして、《口裂け女》は躊躇いもせず、マスクを勢いよく取り払ってしまった。


ダメだ。殺されてしまう。


対処方法を行うにも、間に合わない。

まだ《口裂け女》を激怒させるような言葉を口にしてはいないが、非日常的な状況は自分自身の死を悟らせるには十分であった。

「……っ」

もう何も出来ないならば、最後にもう一度《口裂け女》を見てからこの世を去ろう。

恐怖の象徴である極悪な存在を認識するために。

俺はゆっくり、伏せた目を開けて、死を覚悟した。

もっといろんなことをやっとけばと今更後悔が滲み出ている。走馬灯とかいうものだろうか。

喫茶店のマスターにもう少し心を開いてもよかったのかもしれない。

幼なじみや妹にも、不貞不貞しい態度を取らなければよかった。

齢十七、彼女なし。

リアルが充実してないわけでもなかったが、最愛の人と結婚して、子どもを育てて、いろいろしたかった。

もしまた人間に転生したら、その時は狂ったように勉強して、マッドサイエンティストになるのも面白そうだ。

天国に逝けるといい。


ワタシ、キレイ?


遠のく意識の中、霞む視界に女性のメイクしたような大きな口がはっきりと映し出されていた。

本当にメイクのようだった。




~fin~





「ん? …………メイク?」

飛びかけた意識を無理やり戻して覚醒状態へと帰還した後、自然と言葉が出た。

そして俺は、頰を軽く叩き現実に戻ったのを再認識してから目の前に棒立ちしている女性に向かって、棒読み気味にこう発した。



「え、それメイクじゃん」



刹那、場が静まり返ってからすぐに、どす黒い雲の塊は嘘のように消え去り、本降りになろうかという雨はたちまち止み、炎々と燃え盛る太陽が季節を思い出したかのように姿を現した。

「え…………」

「…………」

烏の集団が馬鹿にするように鳴きながら、俺の頭上を飛び交い、やがて飽きたのか、どこかに飛び去っていった。

お互い黙り込んだまま、いくばくか時間が経ち、先に女性が沈黙を破った。

「……き、きれ……」

「メイクじゃん」

「きれ……」

「………………………………はぁ」

無駄に粘る女性に対して、俺は呆気にとられていた。既に恥ずかしさなど消え去っていたので、たたみかけるべく、攻撃を開始した。

「いや、だからそれ、メイクですよね?」

「………………私きれ……」

「英語で、化粧するって言い方何だっけ?」

「えっと……メイクアップ」

「英語で、理解するは?」

「メイクセンス!」

「英語で、物を改めるって何だっけ?」

「リメイク……?」

「イケメン好きは?」

「メイクイ……じゃなくてっ、面食い!」

「ラーメンを……」

「それはただの麺食いですよ! 全然メイクとつながらないですぅ! 私のメイクに掛けて───」

単純な言葉の応酬の結果、ついに女性は口を噤んだ。

「はぅ……」

小さな手で口を覆い隠そうとするが、必死に隠しても、横に広がった口は隠せない。

俺は止めをさす為に、一言申し上げた。

「で、メイクだなんだな?」

「…………はい」

何とも呆気なかった。

都市伝説の《口裂け女》の口はただのメイクだという。

下らない子供の遊びのような───怖がって誰もやらないが───情報に世間は躍らされていたのだ。

悪事千里を走るというし、非難が集中するのはいわずとも知れる。

「マスコミにこの情報提供しようかな」

「そ、それは……っ」

真実を知れば、みな怒りを心頭に表すことは間違いない。

人々を騙したのだから、それはそれは大荒れで、謝った所で火に油を注ぐだけであるし、某有名週刊誌や新聞などのマスコミは一面記事でこのことを取り上げるだろう。

「では、警察所へ参りましょう」

半ば冗談めかしでいったのたが、女性は大きくかつ、小さな口を小刻みに開閉しながら、涙を浮かべて手を左右に振りながら差し出してきた。

「あわわ……そそそれだけはっ、だ……ダメですからぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

「忙しい人だな……」

もう恐怖だとかいう感情は持ち合わせていない。

そんなことよりも、どういった経緯かは計り知れないけれども、《口裂け女》の風貌で町をさまよい歩いていることに関して、何より彼女自身の身を心配すればするほど許せなかった。

「……あのー、怒って…………ますよね? あぁ、なんてお詫び申し上げたらっ」

「そりゃ、世間を騒がしているからな」

うぅー……と女性が低くうなだれて、ついには電柱の隅っこに座って隠れてしまった。

だからこんなことしたくなかったのにとか、もう嫌だとか、一人でぶつぶつと愚痴をいっている。

俺はうずくまっている偽《口裂け女》の態度に、思わず頬を掻いた。

「まぁ、あなたが本物じゃなくてよかったよ」

「え、どうしてですか?」

「だって、もしあなたを殺傷しようっていう危険な奴に襲われたらどうするつもりだったんだよ。それに、風の噂じゃ、都市伝説にまつわる存在を抹消しようと動いてる組織があるとかないとか」

この情報も友人からである。

警察は、実体なき存在を見つけることに難攻しているらしい。

言わずもがな、それは無理に決まっている。

警察が動いただけでも奇跡なのに。

だが、様々な手を尽くして、警察よりも遥か先をいく組織があるというのだ。あくまでも噂の域を出ないが。

すると俺が説教じみたことをいったからなのか、きょとんとした表情を露わにした後、女性は右手を自身の口に当てて微笑した。

「私を心配しているのですか? ……ふふっ、おかしな人ですね」

「あっ、あなただけにはいわれたくないです……」

自分でいったクサいセリフに加えて、メイクで加工された大きな口が小刻みに動いて不気味だったので、思わず顔を背けた。

それを見せられると、いくら憤った所で、こちらとしても放っておく訳にはいかない。多重の意味で。

「とりあえず、そのメイク落としてもらってから話を訊きましょうか」

メイクだと分かっているのだが、一刻も早く落としてもらいたい。

すると、女性は分が悪そうに苦笑した。

「あ、あのー。落とすのは構わないのですが、あまり人目につきたくないんですっ。まだバレる訳には…………。だから───」

女性は言葉を一度切ると、俺の顔を覗き込むように近づき、爆弾を投げつけた。


「だから───匿ってくれませんか?」


「はぁ? 匿うだって!?」

「だって、他に頼れる人がいないんですよぉ。それに、口外しなささそうですし」

「別にバラせるからな! 甘く見るなよ!」

正直迷った。

《口裂け女》の正体をバラすか否か。

でもそれを決めるのは彼女の話を聞いてからの方が適当だろう。

何かしらの事情があるのかもしれないし、如何なる理由であろうと、一方的に押しつけるのは良くない。

それに思い返してみれば、まだ《口裂け女》が人を殺めたというニュースはなく、あくまでも驚かされたという程度だ。何故そんなことをしているのか不明ではあるが。

「どーするべきかな……」

匿うことはとりあえず保留しといて、今はメイクをどこで落とすかだ。

数メートル先に、公園の公衆トイレがあるが、誰がくるか分からない。

他にいくあてもないのならば、仕方ないかもしれない。

「……顔隠して俺の後ろについて来て下さい。ちょっと歩きますけど、俺の家で落とせば問題ないですよね?」

渋々提案してみると、女性は立ち上がり、尊敬の眼差しを俺に向けてきた。

「ありがとうございますっ! あぁ、優しい方でよかったぁ……」

調子が狂う。

別嬪さんなことに変わりはないので、近くで顔を合わせると、メイクした口なんか忘れて見入ってしまう────ことはなく、数秒で現実の表情が鮮やかに出没し、視線を外すが。



気がつくと、辺りは夕暮れ時であった。

日照時間は延びたとはいえ、昼間はしゃぎ回っている子ども達の姿は皆無だ。

コンクリートが濡れてないとなると、天気が急変したのは《口裂け女》と邂逅した付近だけなのだろうか。

梅の花弁が風に乗って空中を浮遊しているのを無意識に見つめていると、しばらく無言だった場を紛らそうとしたのか、女性が開口した。

「そういえば、私はあなたのこと何も分かってなかったですね、はは。なんて呼べばいいんでしょう?」

確かに、お互い名前すら知らないのはいかがなものかなので、少しでも素性を共有する上で必要なのかもしれない。

「あー、俺は舞宮蓮です。呼び名はなんとでも」

「じゃぁ、蓮君ですね! 私は霧裂千尋ですっ」

この会話だけを聴いている人がいたのならば、初対面のあいさつだと思うのが普通だ。

《口裂け女》の格好をしていた女性に驚かされた少年がこれから女性のメイクを落とすために、少年の自宅に向かうなんて分かる人がいたら、頭のネジが狂ってるに違いない。

「で、どうして俺を脅かしたわけ?」

今回の邂逅にあたって生じる至極当然な疑問である。

周囲に人は俺だけだったから、脅かすのに丁度よかったのだろうか。

それ以前に、目的がはっきりしていない。

リスクを伴ってまで、なぜ《口裂け女》を演じたのか。

「それは……はは…」

霧裂と名乗った女性は不自然な笑顔をつくった。



▲▲▲



周りの目を気にして歩くこと十分。

幸いなことに誰にも遭遇せずに、無事我が家に辿り着くことが出来た。

彼女を洗面所まで案内してから、俺は妹の部屋へと向かった。

帰りが遅いために拗ねて出てこない時が多々あるので、最近はすぐに呼びかけるようにしている。

「おーい、いるか?」

ノックを数回したが、返答が何一つない。

ドアを開けて部屋に入るのも一つの手段だが、ちょっとしたことで即喧嘩に発展しやすい仲なのでこちらとしても近寄りにくい。

多分空腹のあまり、寝てしまっているのだろう。

一度寝たら彼女自身が起きるまで断固として起きないのが億劫だが。

次に、霧裂が洗顔している間に、夕飯の下拵えを済ませようと、台所へ向かった。

下拵えといっても、季節外れの鍋で、昆布で出汁を取っておいて、軽く白菜やら葱やら豆腐やらを切ってざるに入れておくだけで、特に手間はかからない。

火を通してから、冷蔵庫にしまってあるしゃぶしゃぶ用の肉や切った野菜、うどんなどを投入して、頃合いにすくって、後は消費するのみ。実に簡単な料理だ。

加えて、冷蔵庫から昨晩の残飯を取り出し、キンキンに冷えた麦茶とともに並べておけば完璧に越したことはない。

「そういえば、お風呂沸かしたっけな」

夕飯の支度を終え、女性が出てくるまでやることがなく、テレビのチャンネルを変えて何か面白いものはないかと模索してるうちに、お風呂の湯張りを忘れていたことに気づいた。

「ん? あいつが張ってくれたのかな?」

リビングにあるモニターに表示されている湯の設定温度の上に小さな炎がゆっくり揺れている。

これは、既に湯張りが完了していることを意味している。つまり妹が部活から帰ってきて一汗流すついでにお湯に浸かったのだろう。

「あ、そうだ。洗面所からティッシュを一箱補充しないと。リビングの箱は空っぽだったな」

ついでに思い出したので、空のティッシュ箱を分解して捨てた後、俺はティッシュを取るため洗面所に足を運んだ。

洗面所には先程の女性が洗顔のために使用しているが、時間も数十分経過しているので流石に洗顔も終わってるはずだ。

俺は迷うことなく洗面所の引き手を引いて中へ入った。

「…………えーと、洗顔っすよね?」

洗面所に入った所で、間もなく眼前に広がる湯煙を目に映すと、どっと冷や汗が俺の体を覆いつくした。

考えてみれば、確か彼女が洗面所に入る際、お風呂借りますねと一言申していた気もしない。

俺は無意識に首を縦に振っていたようだった。

「──────っ!!」

言葉にならない悲鳴とはこのことみたいだ。

一糸も纏わぬ身体は、茹で上がったタコのように全体が火照っている。

モデルのような美脚は神々しい輝きを放ち、足から上半身にかけての肢体は筆舌に尽くし難い程美しすぎた。

着衣中、確認出来なかった豊満な胸の上に、煌びやかな光を纏った雫が、断続的に髪から滴り落ちている。

これはもう、芸術作品であろう。題名を付けるなら、《湯浴み後の女神》とでもつけよう。

完全な美体として申し分ないのだから。

湯煙の中でも強調されているボディラインも歪みがないので、アイドルと見間違えられてもおかしくない。

ある意味では、アイドルに変わりはないが。

「た、タオルは引き出しの一番下に入ってるんでっ! しっ失礼しま…………」

健全な男子高校生が、麗しい裸体をいつまで凝視してしまうのは仕方のないことだが、これ以上向き合うと、理性が暴発しかねない。

普段なら想像できない状況で、俺まで火照りかけたのでは面目もないので、退散しようと廊下に出かけたその時だった。


「ただいまー。あー、しんどかったわー」


玄関から、心底だるそうなアルト調の声が聞こえてしまい、引いていた冷や汗が、再びわき上がってきた。

「さ、最悪だ………………」

部屋に居ると推測していた妹は的中せずに、外出していたのだ。

「あれ、兄ちゃん帰ってんのー? もう、遅いからコンビニでアイスかって来ちゃったよー」

足音がどんどん洗面所に近づいてくる。

この状況がもしバレたら言い訳のしようがない。

「あのぅー……えと、凄く恥ずかしいのですがぁ……」

霧裂は一瞬の隙に、裸体にタオルを迅速に巻いて、顔を紅潮させながら上目遣いで俺に訴えかけた。

「───っ!」

何だ、この愛おしい表情は。

メイクがおちている潤いのあるさくらんぼ色の唇に、涙が今にも零れてしまいそうな瞳。

照れ屋な性格はどこにいったのやら、彼女の表情に目が吸い寄せられ、俺の心臓の鼓動がだんだん加速していく。

このまま抱擁してしまいたい、という普段の俺ならあり得ない思考が今頭を過っている。

つまり、理性を保っていられるのがもう限界に近いのだ。

しかし、今は様々な欲望が渦巻く俺の心境を、現状況打破の為の思考に取り替えなければ。

深呼吸してから瞼を閉じ、何者にも凌駕されぬ透明な空間をイメージする。

これは、俺の恥ずかしがり屋の元凶となった親父の請け売りで、精神を安閑な状態へと誘ってくれる。

「────っ」

落ち着きを取り戻した俺は、事態を簡潔にまとめた。

見知らぬ湯上がりの女性と二人きりの空間に、我が妹が闖入する。

「これは……俗にいう修羅場か」

ここで悲鳴の一つあげられていたらいっかんの終わりだったが、幸い声を挙げていない。

だが、妹が洗面所へと足を踏み入れた瞬間、バッドエンドになる可能性が非常に高い。

一体どうすれば…………。


「あ、もしかして兄ちゃんお風呂? 一緒に入ってあげようかー?」


妹は悪戯ちっくにくすくす笑いながら洗面所の寸前まで近寄ってきている。

「えぇぇっ…………!?」

と、小さく息を呑んだのは俺ではなく、霧裂だった。

「れ、蓮君の妹さんっ、妹さんですよね!? なのに一緒にって……あわわぁぁ」

「あぁ、そうだな」

よくよく考えてみると、実の兄が冷静で、見知らぬ女性がじたばたしている状況はシュール過ぎると其は思う。

「ん? 女の声…………」

引き手に手を掛けていると思われる妹は何故か決まって俺が自分以外の異性といるところを酷く嫌う。

今はそうでもないが、以前まで幼なじみすら毛嫌う程残忍だった経歴を持っているので、尚更状況説明は困難だと想定できる。

「くそっ、こうなったら───」

このままでは埒があかないと判断した俺はズボンを脱ぎ捨てて、女性を風呂場に押し込んだ。

「ふぇ、あのっ……ぐむむっ!?」

「ちょっと静かにしてて!」

霧裂をプッシュして湯船に浸からせ、俺が風呂場に入って扉を閉めて同じく湯船に浸かった瞬間だった。

「兄ちゃんっ! 誰か女が!?」

勢いよく扉を開け放った人物は染めた金髪をポニーテールでまとめていて、水色のシンプルなヘアピンを左目の上に付けていた。

体格は華奢で、童顔。

高校生には見えず、小学五年生くらいにみられるのが普通だ。他人が俺と妹を見たらとても一才違いなどには到底思えないだろう。

「……てか、何してんの? 意味わかんないですけど」

妹は、入浴している俺の格好を見るなり怪訝な顔をした。

そうなるのも無理はない。

何故なら、俺はTシャツとパンツ一枚を着用し、湯蓋を俺の体のギリギリまで閉じているからだ。

向こうからパンツまでは見えないが、着衣入浴と湯蓋を限界まで閉めている理由が意味不明だと首を傾げる他ない。

今更状況を改めて俯瞰した俺は、冷静さを失い、自分でも理解出来ない供述を始めた。

「こ、これはなぁ、着衣水泳ならぬ着衣入浴なんだよ! いやーついに俺の時代が来たものだ。なんせ俺は着衣入浴検定準二級を習得しているからなぁ! え、なにそれだって? 着衣入浴検定も知らないで生きてたの? お前よく恥ずかしくないな! 日本人なら老若男女問わず誰もが憧れる資格の一つだしな! てか、着衣入浴が人間の基準だから。できない奴らなんて全員木っ端微塵だし、生きてる意味ないしうん。今の内に資格とるべきだよ。そしたら、沢山の男が群がるぞ! モテモテになっ───ひゃいっ!?」

府の抜けた声を出したのは女性ではなく、俺だった。

馬鹿な説明をしている最中に下半身の方で何かがもぞっと動いたからだ。

「ひゃい?」

昔から勘の良い妹だ。俺が何かを隠していることを見抜いているのだろう。更に視線が鋭くなっている。

「ひゃ、ひゃいひゃいひゃいヤイヤイヤーって曲昔聞かなかったか? 急に歌いたくなってあぅ!?」

「ひゃいの次はあぅ? いろんな擬態語音楽がこの世に溢れてるんだねぇ兄ちゃん。ほかの曲も是非とも教えて欲しいなー?」

妹の口は笑っていた。

妹の目は笑っていなかった。わかりやすいくらいに。

「ま、また今度な。それより、早く扉閉めてくれないか? 妹に見られながら入浴なんて、お兄ちゃん恥ずかしいなー。だからリビング行ってくれないかな? 鍋も作っといたからさ」

鍋、と伝えると瞬時に妹のお腹が盛んに鳴った。

「…………じゃ、戻るよ」

顔をハリセンボンのように膨らまさせ、不服そうに洗面所を出て行った。

足音が遠ざかるのを待ち、聞こえなくなった所で湯蓋を開ける。

「はぁー……。寿命縮んだよマジで」

何を隠そう、俺の両足の間に俺を覆い被すような姿勢で霧裂がハイドしていたからだ。

湯船に浸かって五分も経たず内に全身から熱気をお互い別々の理由で放出しているのがよく分かる。

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