1、幽閉された少女
プロローグ
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「おい、大丈夫か? 死にそうな顔して。ちょっと振られたくらいでくよくよすんなよ」
「誰、ですか?」
「知らなかったのか? うーん、まぁいいや、ピエロって呼んでくれ。いいか? 今のお前は弱すぎる、こんなメンタルじゃ自害だのなんだの言われたい放題だ。だから、俺はお前を助けてやる」
「助ける? 私を?」
「ああ。お前、この体だともう人の前も歩けないと思ってんだろ? 俺に任せろ! お前の痛みや苦しみ、辛さや寂しさ、全部俺が引き取ってやる。お前はその間で休めばいい。どうだ、いい話だろう?」
「でも……」
「はやく小此木に会いたいだろう? なら俺に任せとけって」
「でも傷がっ!」
「安心しろ、傷くらい。どうにでもなるさ。約束する、小此木にだけはお前の傷跡を絶対に見せたりしないさ」
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神は俺に使命を与えた――あの子を守れと。
高校生にでもなると人の性格や、社会適合性は大体決まる。なにせ高校はがきんちょを社会人に加工する工場でもあるからだ。
工場である以上、どうしても不良品は出てしまうわけだ。人間は社会性動物ゆえ、社会適合性のない人間は不良品と品定められる。
人間の不良品、つまり廃人だ。
しかし高校という工場はその役割とは矛盾した仕組みで作られている。学生は入学して数日、それぞれのグループを結成し、後々はグループ間も助け合ったり、いがみ合ったりするけど、メンバー交代は滅多に発生しない。
つまりだ、一人ぼっちの人はいつまで経っても一人ぼっちなのだ。
学校に入ったのに? 加工されないまま不良品として卒業してしまうのだ。
俺はぼっちだ。
あえてぼっちになったのだ。ぼっちでなければならない理由があるんだ。
右手に手袋をはめる。髪の毛を顔が隠せるほど伸ばす。マスクをつける。
あらゆる手段を使って自分の周囲にATフィールドを展開した。
もちろんここまですればもう俺に構う物好きな人などいない。
はずだった。
「おはよう、優」
何なんだ、この如何にも俺と仲よさそうな朝の挨拶は?
しかし俺は動揺しない。俺はすでに「近寄るなっ」オーラ―を全開していた、これは何の間違いだ。例えばあれは「おはよう、YOU」のちょっと変わった英語を使う人とか。
気にせず俺は再びこの世界の不条理についての瞑想に入る。
が。
「優、どうしてまた学ラン?」
この人はぴったりと俺の前に止まった。「お前に話しかけてんだよ」とでも言ってるように。
頭おかしいのか? 学生が学ラン着てどうしてもこうしてもないじゃないか。ちょっと暑く感じるのは否定しないが。
それよりも下の名前で呼ばれたことに腹が立った。
なれなれしく呼ぶんじゃね! と視線で訴えながらあいつの顔を睨んで手を握り締める。
「ご、ごめん」
そう言って、まだ俺の視界から離れようとしない。
なぜ分からない? 俺はお前の謝りなどこれぽっちも欲しくない! はやくここから離れて俺を一人にしてくれ!
そしたら後ろに女の声がした。
「タっくん! もう、優ちゃんだっていろいろ事情あるのよ」
男の腕を引っ張りながら、女は後ろの自分たちの席についた。
ふぅ、ようやく息継ぎが出来た。
俺はあの二人が離れた後、大きく息を吐いた。別に話しかけられで緊張したわけではない。ただ不愉快なだけだ。
特にあの男を見ていると、体が自然に警報を鳴らして強張る。
この世に最も嫌いな人間が二種類ある。何でもできて、周りにちやほやされる人間、それと何でもできる人間に少しでも媚びようとちやほやする人間。これらの人間によって世間の殆どの道徳、倫理、常識が決められ、こいつらに逆らえばそれだけで手前は常識外れ、クズになり下がる。
男の名は小此木辰彦、何でもできる人間だ。イケメン、成績優秀、スポーツ万能、性格も優しい、クラスでは国宝級的に男女全員に好かれている――ごく一部を除く。
だから俺はこの人が大嫌いだ。顔、頭、体? こんなの全部親からもらったもんじゃないの、いい気になるのも甚だしい。性格? 笑わせるな、この偽善者、お前の腹の中に何を考えてるのかお前自身が一番分かってんだ。
クラス全員が俺のぼっち様を認めてくれたのに、こいつだけが何事もなく俺に話しかけてくる。いい加減呆れてくる。鬱陶しいったらありゃしない。
机にうつ伏せ、視線を脇の下までに潜らせた。斜め後ろに立ち話している先の二人を見る。足しか見えないが、それでも彼らの関係を伺うのに十分だ。
彼らは間違いなく友達以上の関係を持っている。
別に可笑しな話ではない。美少年は美少女と付き合う、そんなのもはやテッパンじゃないか。そのままやつらの美しい青春恋愛物語を小説にでもしたらさぞ売れるだろう。
俺はもうこういうベタな物語を見飽きた。そもそもその主人公たちを好きになれない。こんなやつら、きっと一生掛かっても孤独という言葉の意味を理解できないでしょう。だから小此木はぼっちな俺を理解できないし、ぼっちなあの子をも理解できない。
しかし気に入らない。この男、また彼女出来たのに、なぜいまだにあの携帯ストラップを使っている!?
HR中、担任は始終なんか言いたげに俺をちらちら見ていた。そしてHRが終わると放課後に職員室に来いと俺に言った。
いつものことだ。担任の心情は十分すぎるほど理解している。彼は学校側の人間として、不良品の俺を更生させようとしているだけだ。全部無駄だっていうのに。実に嘆かわしい。
――俺は自分の意志でぼっちの道を選んだ。
あの子のために。
そう、ぼっちな彼女をもっともっと理解するために、傷だらけの彼女を癒すために、俺はぼっちでなければならない。
彼女さえ救えれば、俺は手袋を捨て、マスクを捨て、髪も切って、いくらでも更生してやる。
これは俺と彼女だけの秘密であり、契約でもあった。
だから今はまだ駄目だ。
クラスの連中は俺が呼び出されたことで驚いたりはしない。そもそも俺に関心を持つ人なんていない。人は皆自分がいる輪の中が無事ならば外の他人がどんなことに会ってもまったく気にしないんだから。人間は自分が一番かわいいんだ。
斜め後ろにちらっと目を配ると、やはりそこで彼の視線と合った。
訳が分からない。
あの男はなぜ自分に拘るのか、なぜ他のやつらと一緒に自分を無視してくれないのか。
気に入らない。
彼の存在そのものが俺を不愉快にさせるように、若しくは俺の存在も彼の機嫌を損ねているのかもしれない。
昼休み。
あの子の作ってくれたお弁当はいつも俺好みの物ばっかりだ。味付けもさることながら、盛り方は乙女の真心が込められているくらい丁寧で可愛らしかった。つくづく彼女はいいお嫁さんになれると思う。
他のクラスメイトは皆何人かでのグループになって机を並べて昼食を取っているが、俺の周りだけは真空状態だ。
願ってもないことだ。人間のこの冷たい優しさについ感謝した。
「一緒に食べていい?」
いきなり自分の聖地に踏み入れたこの男にびっくりした。
机と並行するくらいに顔を伏せたまま、俺は嫌悪丸出しで箸の動きを止めた。
しかし彼は俺に追い出される前に自分の机を俺の前に並んで、向かいに座った。
「久しぶりだな、こんな風に一緒に優とお昼するのは」
陽気に話しかけてくるのを俺は無視する。
「相変わらず優の弁当はすごいなぁ。俺もいつかまた優の弁当食べたい、なんて」
鬱陶しい! こいつのせいで大好きなあの子の弁当もちっとも喉に通らなくなった。
俺が小此木を追い払う方法を考える途中に、ドン! と小此木の横にまた机が一脚並んだ。
「美咲……」
小此木は少し困ったように横に来ている女子を見る。
なるほど、そういうことか。俺は上目で小此木を睨んだ。
わざわざぼっちをリンチするためにリア充アピールしに来たのか。まあ、好きにするがよい。お前らのような浅はかな関係を、俺が羨むわけがない。
「タっくんったら、つれない! 優ちゃんと二人だけ仲好くなろうなんて」
女は小此木の横に座ると俺を一瞥してすぐ小此木に向けて笑顔になった。
仲良くなる? 冗談にもほどがある。俺はお前ら上面だけの人間と慣れ親しむつもりはないし、お前らもきっと心底から俺を嘲笑っているに違いない。これらのどこに仲良くなる必要がある?
小此木は自分の彼女の笑顔をよそに、少し辛そうな表情になって俺を見る。
これはいと可笑しな光景であった。
クラスで最も人気のあるペアがクラスで一番嫌われてる人と一緒に食事をしている。これだけでも十分インパクトあるのに、彼は可愛い彼女をほったらかにして、殆どまともな会話もしたことのない人に話しかけようとしている。
だからこいつが嫌いだ。何考えてるのか全く分からない。
何を言われるのか、怖いのだ。
「なんか、変わったね」
何が?
俺は箸の動きを速める。
「タっくんもそう思う? でも仕方ないよ、私が優ちゃんだったらもっと変わったのかも」
「ごめん」
「別にタっくんが悪いわけでもないでしょう? 優ちゃんもきっと分かってるよ」
「俺があの日優を止められたら」
「タっくんのせいじゃないよ。あんな天気だったし。誰のせいでもない。折角優ちゃん学校戻れたのに、もっと楽しい話しようよ!」
ここは俺の座席なのに、こいつらが勝手に会話を始めた。しかも話題の中心が俺みたいだが。何この疎外感?
なんてな。
俺は奴らの話してることに興味ないし、奴らの目に俺がどう映っても俺には関係ない。わざわざ俺の席まで来て三文芝居しなくても、俺は十分クラスから浮いているし、疎外感などを改めて思い出させてくれなくても、十分ぼっちの自覚あるのさ。
「やはり怒ってる? もう昔のようには戻れない?」
俺は素早く残りのご飯を口に放り込み、弁当箱を片付けて席を立った。
あいつが傍にいるだけで気が散るそうなので、俺はすぐ教室の外に出た。
出る時目の端に映ったのは呆然としている小此木と、その横で一心不乱に自分のおやつを彼の弁当箱に移してる美咲だった。
担任に言われた通り、放課後、俺は生徒指導室に来た。
学校というのは実に面白いところだ。学生がお金払って来てるのに、学校側の人間はちっとも有り難いと思っていない。国公立はともかく、私立なら完全に学生がお客様となるのに、営業スマイルが全くできていない。
――担任は面倒くさそうな顔して、動物園から逃げ出してきた猿を見るような眼で俺を睨んだ。
よく考えたら、お金を出している人は親なわけで、学生本人はお客様でも屁でもなかった。親の見えないところで学生にどんな態度を取ろうか全く問題ないのだ。営業にもよくあることじゃないか。
「この前の事故は、クラスの皆が君のことを心配したよ。勿論私もだ。こうして君が無事に退院できて、学校に戻ってきたことも、良かったと皆は思っているよ。だから、変な格好しないで、クラスの皆と仲良くしてやって、ね?」
まるで俺が孤立したのは全部自分が悪いような言い草だ。いや、否定はできないが。
「君たちには大学受験も控えているから、勉強以外のことに気を取られてはいけない。君は大人しい学生だったよ。先生は知ってる。あの事故のせいで君が悩んでることも、先生は全部知ってる。だから、もし不安なことがあればすぐ先生に相談して。クラスの皆に頼ってもいいのよ? ね? だからまず自分の制服着て。ほら、君が変な格好するから、皆に気遣われてるじゃないか」
ぺらぺらと聞こえのいい建前を言っといて、要するにお前は目障りだ、周りの迷惑だ、てことだ。
見苦しい。これが大人か。
俺は上着を脱いだ。
襟の裏を翻して担任の前に突き出した。
すると彼は嫌そうな顔して後ろへと身を引いた。
「先生、ほら見て、ちゃんと俺の苗字書いてあるでしょう」
わざと目を見開いて前髪越しで担任を睨みつけた。
「わ、分かった。もういい」
担任は顔を逸らしながら俺の突き出した制服を押し戻した。
「分かりますよ、先生のこの気持ち」
人間は誰しも自分の理解できないことに対して恐怖を抱いてしまう。担任が俺に対しても、俺が小此木に対してもこんな気持ちだ。
わざとふふふって笑ってみせた。
担任は薄気味悪い物を見るように横目で俺を一瞥し、「もう帰っていいよ」と俺を追い出した。
人格破綻者。
そう思われても結構。
この世の中に理解者なんてあの子一人いれば十分だ。
教室に戻り、帰りの支度を終えたところ、廊下から物音が聞こえた。
出てみると、小此木とその彼女だった。
ところ構わず発情する高校生とはまさに彼らのことだ。
まあ、彼らを咎めるつもりはないが、とにかく不愉快だ。
見なかったふりして彼らの横を通った。
小此木はすぐに俺を追おうとしたが、美咲に抱き付かれて振りほどくのに時間がかかった。
いつの間にか俺はすでに走っていた。
家に着くとすぐに自分の部屋に入った。
――彼女が待っている。
「ただいま」
「お帰り。今日の学校どうだった?」
俺を見るなり、彼女は聞いてきた。
「んー、普通かな。ちょっとだけ先生を怒らせたかも」
「へ、どうして?」
「説教がつまらないから」
「面白い説教なんてないよ」
そりゃもっともだ。また目を付けられるのも面倒だから、とにかく明日からはちゃんと自分の制服着よう。
「辰彦と話せた?」
と彼女がさりげなく聞いてきた。
「あー、話せた」
「何か聞かれた?」
「いや別に」
「そっか」
ほっとしたような、がっかりしたような、彼女は頭を下げた。
俺は物心がついたときからずっと彼女を見つめ続けてきた。誰よりも彼女のことを理解していると自負できるくらいだ。それゆえに誰よりも彼女のことを愛しているつもりだ。
しかし彼女は小此木が好きだ。幾度か泣きながら辰彦に会いたい、ここから出してって俺にお願いしてきた。無論、いくらなんでも最愛の彼女を監禁するほど、俺は狂っていない。ただ彼女が自らの力では俺の部屋から出られなくなっただけだ。かつて二回彼女は俺が寝てるあいだ外に出ようと試みた。俺が起きたときは彼女はすでにリビングの前に倒れていた。どうして自分だけがこんなひどい目に合うんだろうと、彼女が再び起きたらただただ泣いた。
どうしてだろう。悪いこと何一つしてないのに。
全部あいつのせいだ。
小此木は彼女を裏切り、傷つけ、一番つらい思いをさせた。
彼女がどうしてこんなにも小此木を好きになったのかは、俺には分からない。出来れば、彼女の思い通りに彼女と小此木に会わせてやりたかった。
出来れば。
しかしあの男はとっくに別の女と出来ている。
なぜか俺は彼女に真実のことを言えないでいる。小此木の新しい出来た彼女可愛いよと、それだけで彼女が諦めてくれるかもしれないのに、頭の奥がこのことを彼女に教えちゃいけないと告げてくる。
俺はマスクを外した。
俺が素顔を見せられるのは彼女だけだ。
そっと彼女の顔に手を当てる。
ひどい傷痕。
彼女が小此木と会ってはいけないもう一つの理由。この傷痕を小此木に見せたらきっと彼女は正気を失うだろう。このことだけは全力で阻止しなければ。だからたとえ鬼になっても、俺は小此木から彼女を守らなければならない。
もっとも、彼女の顔がどうなろうと、小此木はもう彼女に見向きなんかしないと思うが。
「ごめんね、いつも嫌なことばかりさせちゃって」
彼女は項垂れて言った。
多分学校のことを指しているのだろう。
「いいんだよ。俺はお前なんかより何倍もタフにできているからさ。ちっとなことで傷ついたりしないよ」
すると彼女は安心したように笑みを綻ばせた。
お世辞を言っても彼女は可愛い部類には入らない。普通な顔立ち、普通な栗色の両目、唇も平たい感じだ。しかし彼女が笑うと、そう言った平凡な雰囲気とは真逆に、なにかドキっとさせるような、人に安らぎを与えるような、そんな不思議な感じがする。
彼女は笑顔がよく似合う女の子だ。
けどそれも半年前の話。
今は顔の半分が傷痕に覆われて、笑うことすら困難になった。でも俺には分かる、人の一番重要なところは外見ではない、その中身だ。彼女の中身が一番輝いていると俺は思う。
「私がもっと強くなれたらいいのに」
と彼女は呟いた。
強くなって、小此木に会いに行くの? そんな分かり切った悲劇の幕上げ、俺がさせないよ。
「お前はこのままでいい。障害を全部駆逐したらお前はここを出ても大丈夫。でもその前はずっとここにいろ、いいな?」
「でも……」
何か言おうとして口ごもった。
病院にいる時と同じ。彼女はすぐ自分のことを否定しようとする。だから他人からの願いや要求は嫌でも頷いてしまう。彼女のそのやさしさに付け込んだ俺も実に嫌な奴だが、そうやって彼女をたぶらかした小此木を思うとやはりいい気分ではない。
「でもはない。お前がきっちりと自分に向き合えるまで、ずっと俺の言うとおりにしろ」
「……うん」
その時、一階から母の声がした。
「優、ご飯出来たよ、下りてきなさい」
なだめるように彼女に笑って見せた後、俺は自分の部屋を後にした。
「一人で部屋に何ぶつぶつ言ってるの? またお友達と電話してた?」
階段を降りると母が不審そうに俺を見て言った。
あの子が俺の部屋にいることは誰にも知られていない。家族にもだ。
「うん。電話してた」
だから俺は平気で嘘をつく。
「また兄さんの制服着て。父さんが帰る日は必ず着替えてね。また怒られちゃうから」
ごく普通な家庭だ。父は教育に厳しい。仕事が忙しいらしく、出張も多い。母は専業主婦で内職もやっている。父と比べては優しいほうだが、子供のことは殆ど口出ししない主義だ。三つ上の兄は離れて大学を通っている、二つ下の弟はまだ中学生。
「ぶさいく」
横に座ってる弟がぽつりと言った。
「ほら健!」
母は手を伸ばして、弟の腕を軽く叩いた。
弟が悪気あってそんなこと言ったんじゃない。そのことは十分理解している。
彼は多分俺に失望したんだと思う。
俺は小此木のような端正な容姿を持っていない。頭もそこそこ悪いほうだ。体も弱い。そして性格が最低に悪い。
昔はこんな風じゃなかった。
気がする。
きっとあの事故で俺は変わったんだ。
子供のころから男子が苦手だった。気に入らない人をすぐ殴るし、弱い人をすぐいじめる。
私は割と大人しい性格だったので、そんなに嫌われたことはなかった。
小学五年までは。
高学年になったらたちの悪いいたずらがどんどん増えた。そしていつからか、私はすでに男子たちの的にされていた。
ブスって言われるし、巨乳って言われるし、大人女って言われる。ほんの少し発育が早かっただけなのに。
いじめられただけなら私はまだ大丈夫だったと思う。しかし段々女子からも嫌われるようになって、仲良かった友達も自分から離れた。
少しでも注目から逃げようと、私は長い髪を切り、ショートカットで地味なパッツンにした。近視でもないのにダサいメガネをかけて、服も地味なのばかりを選んだ。
効果抜群だった。いじめはぴったりと止んで、中学の時は完全に無視されるようになった。
辰彦とは中学二年の時に通っていた塾で知り合った。
私は頭がよくないほうだからとにかく一生懸命勉強して、偏差値の高い桜南高校を目指した。成績は良くても悪くても中の上、ぎりぎりセーフの感じだった。
辰彦はあの時からずっと塾の一、二位を競う成績で、それなのにいつもふざけてばかりで、授業は真面目に聞かないし、宿題も適当なことしかやらない。
こんな辰彦に憧れて、実は嫉妬もした。
神様はいつだって不公平。彼のような完璧人間を作ったのに、私のような何のとりえもなく、悲惨としか言えない人間をも作った。生まれた時点で私は彼のような人間の引き立て役にしかなれないとそう決めつけられた。
辰彦に恋愛感情なんて少しくらいも持ってなかった。私は頭が悪いから、想像力も悪い。こんな白馬の王子のお姫様になれるのは間違っても私のような人間ではない。
だけど、ある日。
「佐伯さんはいつも勉強熱心そうだな。たまには息抜きに遊ぼうよ! これからカラオケに行くんだけど、一緒にこない?」
塾ではあまり辰彦と話したこともなかった。彼の周りは私にとって眩しすぎて、近づくにも勇気が要た。それでも誘われて、嫌な気はしなかった。いいえ、多分嬉しかった。
頷いて、塾の帰りに近くのカラオケに行った。
学校でもぼっちで、遊びも滅多にいかない私は、家族とだけ数回カラオケに来たことがある。それも殆ど父と母との演歌デュエットを聞かされるだけだった。
私が歌う番になってくると急にどうしようか分からなくなって、混乱した。私は地味の上に、趣味もあまりない。音楽なんて殆ど聞かない、他の人みたいに格好いい曲知らないし、知っても多分うまく歌えない。
だから私は腹を括った。
どうせ笑われるんだから、いっそそっち方面で曲を選んだ。
テレビCMで流されたお笑い芸人が歌う童謡っぽい曲だった。
受けがよかったのか、一緒に来た人は大笑いした。
私も笑ったが、心のどこかがでとても痛い気持ちもあった。
「へえ、佐伯さん、こんな風に笑うんだ」
辰彦のこの言葉に顔が引きつり、自分がとんでもないバカなことをしたと自覚した。まじまじと見つめられて、私は自分が耳まで赤くなっていくのが分かった。
「ほら、なんか佐伯さん塾でずうぅっと笑わないから、今日誘ってきて得した。こんな素敵な笑顔見れてよかった」
辰彦は変声期特有の声で言うと、私の肩を叩いた。
彼の目を、私は見ることができなかった。
怖い。
もしこの人を好きにでもなってしまったらどうしよう。
悔しい。
せめて自分は美声に生まれてほしかった。
あれから自分の番に回ると、私は何かと理由を付けて、トイレ行ったり、飲み物取りに行ったり、自分の番を流した。
あの日結局辰彦との会話はこれっきりだった。素敵な笑顔ってほめてくれた言葉も実は彼が私を誘った責任を感じたから言った。そんな気がした。
それでも私は次の日に本屋へ行って、辰彦が聞きそうなCDばかり買った。
カラオケに誘われたのはこれが最初で、最後だった。