*それぞれの価値と重さ
格納庫の裏口から出ようと、2人の男が足早に歩く──
「こちらにヘリがあります」
「よ、よし」
1人は深緑の軍服に身を包み、別の1人の手には四角いジュラルミンケースが握られている。
「それはオメガかね」
「!?」
背後からかけられた言葉に驚いて振り返る。
「!」
振り返った1人に、ノインは見覚えがあった。
鋭い目をした長身の中年──「ベリルを撃て」と命じた元上官だ。50代間近の男は、未だその強さが健在のごとく軍服を着こなしている。
「ギュネイアスと言ったか」
「うん。そう」
自分の名をあげられ、男はピクリと片眉を上げた。
「特殊部隊を周りスカウトをしていたようだ」
「人殺しのスカウト?」
ベリルの言葉に、ノインは唇の端を吊り上げる。
「ギュネイの横にいるのは組織のボス?」
「おそらく」
いつの時代も、悪者は仲間を放って逃げるのね……ノインは肩をすくめた。
「仲間? いると思うかね」
薄く笑んで応えた。
そんな2人に、ギュネイアスたちは銃口を向ける。ノインはそれにさしたる関心を示さず、ボスの持っている銀色のケースを見やった。
「あんなのに入れて大丈夫なんだ」
「扱いは安易だと言ったろう」
「え、でも反物質なんでしょ?」
「似ているが異なるモノだと言ったハズだ。そもそも反物質は他の物質に触れた瞬間にエネルギー化してしまう。今の人類の科学力では反物質を維持させるのは不可能だ」
「そうなんだ。あ、でも空気中にプカプカ浮かせれば?」
「酸素も物質だという事を忘れていないか」
「じゃあ真空にすれば?」
「真空は酸素が無い状態であって物質が無い状態ではない。質問は後にしろ」
ベリルは眉間にしわを寄せる。
「ノイン」
ギュネイアスは苦い顔でノインを睨み付けた。
「そういえばあたし、本当の名前、知らないんだよね」
ふとつぶやいたノインをベリルは一瞥する。
「あたしは9番目だからノイン。何の9番目かは聞いたけど忘れた」
だから、今はこれがあたしの本当の名前……ノインは小さく笑った。そして、ギュネイアスを見据える。
「確か、あんたが付けてくれたんだよね」
「……」
ノインの強さを知っているギュネイアスは、オレンジの瞳をただ見つめた。
「逃げ場は無い。武器を降ろせ」
ボスとギュネイアスはベリルを睨み付けた。
「どのみち殺す気でいるんだろう」
「否定はしない」
問いかけたギュネイアスにベリルは薄く笑う。
「そんなことを言われて、降ろすバカがいると思うか」
「それもそうだな」
ボスの言葉に肩をすくめた。
「援護を頼む」
「わかった」
ベリルは体勢を低くし、ギュネイアスたちに駆け寄った──2人は慌てて引鉄を引くが、ベリルの後ろからノインが威嚇射撃を放ち、向かってくるベリルに照準を上手く合わせられない。
「くっ……」
ギュネイアスが1人で逃げようと、裏口に向かった。
「逃がさない」
ノインはつぶやいて、ギュネイアスに照準を合わせる。ギュネイアスがドアノブに手をかけた刹那──
「がふっ」
ノインの放った銃弾は、彼の胸を見事に貫いた。
「自分だけ助かろうなんて、あまいんだよ」
吐き捨てるようにつぶやく。
「くっ、来るな!」
ボスが必死の形相で叫ぶが、ベリルは構わずに駆け寄って筆箱ほどの大きさのケースをバックポケットから取り出す。
「!」
時限発火装置だ……ノインはすぐに理解した。
「!」
目の前まで接近されたボスは、見下ろすエメラルドの瞳に声も出ず呆然と見つめる。
ベリルは、固まっているボスに目を細めジュラルミンケースにソレを取り付けた。
「10分後に爆発する」
「なんだと!?」
必死に時限発火装置をはがそうとするが、ソレはぴたりと張り付いていて剥がせるものではなかった。
ジュラルミンの中身だけ取り出そうにも、フタとの境目に設置されている。
「貴様! よくも……」
「お前の顔はよく覚えているよ。10年前だな、中東の村を襲った者たちの中にいた」
ベリルは低く発し、鋭い眼差しを向けた。
「!?」
「え?」
ベリルは静かに口を開く。
「ヒューゴ・アンダーソン」
「!」
ヒューゴの指が引鉄にかかる──
「げぶっ!?」
男が引鉄を引くよりも速く、ベリルはオメガを放った。ヒューゴは胸の穴から血を噴き出し、ゆっくりと倒れ込む。
ノインは、オメガの入った銃を構えるベリルを横でじっと眺めていた。
洗練されたその構えは美しく、何者をも凌駕する強さが全体から溢れ出している。
「……」
ベリルは一度、目を閉じると武器を投げ捨て左耳を手で押さえた。
「早急に撤退」
出来るだけ遠くに──指示を出しノインに走れと促した。ヘリのある場所は向こうが崖になっているため、元の出入り口まで戻らなければならない。
駆けながらベリルがぼそりと、
「村の子に頼まれてね」
愁いを帯びた笑みを浮かべた。
10年前、ベリルが要請を受けて訪れた国は内戦の真っ直中にあった──あちこちに点在する村の住民たちを救うため、その救出部隊の1人として雇われたベリルの目に飛び込んできた光景に、彼は立ちつくした。
村人を次々と撃ち殺し、略奪していく一つの部隊……それは、内戦で複数に分裂した組織の一つが雇った傭兵部隊の一隊だった。
「仇……とってね」
ベリルの腕の中で、命の灯が消えかかる少年が彼につぶやいた最後のひと言──ベリルは、その傭兵たちを決して忘れないように、心に焼き付けた。
その中にヒューゴがいたのだ。
ベリルの指示を受け、メイソンたちは急いで撤退を始めた──ベリルの言葉から、かなりの危機的状況なのだと判断した。
「早くしろ!」
左耳に手を当てて、
「他のグループはどうだ!?」
<基地から100mほど離れた>
「だめだ! もっと離れろ。生きてる敵も一緒に連れてきただろうな!?」
例え敵でも、見殺しにする事はベリルは好まない。
メイソンは同じ班の仲間たちに敵を車に詰め込ませ、先に行くように指示をした。
「……っベリル、まだか」
基地の入り口でベリルを待つメイソンの顔は険しい。
もうすぐ基地の入り口にさしかかるベリルとノイン──
「走れ!」
「走ってるわよ! あんたとは、体力が違うんだから……ね」
ベリルは、荒い息を必死に整えながら走るノインの腕を掴む。
「ベリル! ノイン!」
「!」
業を煮やしたメイソンが車で迎えに来た。2人はそれに転がるようにして乗り込み、基地から全速力で遠ざかる。
「あと2分」
ベリルは腕時計を見下ろす。
ジュラルミンケースに入っていた量は解らないが、以前ベリルを撃った時の爆発とは比べものにならないだろう。
後部座席のノインが振り返った。
「時間だ」
ベリルが発してしばらくすると、今までに見たこともない爆発が目に入り遅れて爆音が届いた。





