*少し、お別れ
日曜日──ノインはベリルのマンションを知っているが、知らないフリをして麗奈がベリルに聞き出した道を後ろからついていく。
「あ! ここだ……大きい」
「建物全部じゃないんだから」
「そ、それはそうだけどさ~」
戸惑いながら、さっさと入り口に向かうノインの後を追う。
煉瓦造りの壁が高級感を漂わせているが、それほど高級なマンションという訳ではない。マンションの玄関ドアを開き、設置されている数字のボタンの前に立った麗奈がベリルの部屋番号を押した。
<はい>
ベリルの声がスピーカー越しに響いた。
「あっ、センセイ!」
麗奈の声と顔を確認したのか、ガラスの扉が開かれる。
「ドキドキするね~」
嬉しそうに発する麗奈にノインは小さく笑みを浮かべた。エントランスを抜けると、非常階段とその隣にエレベータが2つあり、右のエレベータに滑り込む。
エレベータを降りて、『ベリル・レジデント』とカタカナと英語で表記された表札がかけられた部屋の玄関のベルに手を伸ばす──鳴らす前にドアが開いて、ベリルが顔を出した。
「迷わなかったかね」
「はい。大丈夫でした~」
中へ促されると、まず玄関には上品な絵画が飾られている事に気がつく。
「高そう」
「私が描いたものに価値は無いよ」
「えっ!?」
これにはノインも驚いた。
「以前に気が向いて描いたものだ」
星空の描かれた油絵に麗奈は目を丸くした。
フローリングの廊下を抜けると、カウンターキッチンとリビングが目に入る。隅々まで綺麗に整頓されたそれらに、再び麗奈は呆然とした。
そんな彼女に、ノインは苦笑いを浮かべる。
彼女の気持ち解るわ……なんか、女として立つ瀬がないというか。そんな気持ちになるのよね。
リビングのソファに促され、2人は素直に腰を落とした。
焦げ茶色の革が張られたソファセットに、白いクローゼットが映えている。品の良い色のカーペットは全体的ではなく、ソファとテーブルの下のみに敷かれていた。
トレイに乗せたコーヒーカップとお茶菓子をベリルがテーブルに並べていく。
「あ、お気遣いなく~」
とか言う麗奈の顔は、明らかにベリルの動きを追っていた。
あんまり見ると、また女として情けなくなるよ……ノインは思って、目の前に置かれたコーヒーに手を伸ばす。
案の定、麗奈の目は点になっていた。
斜め隣の1人掛けソファに腰掛けたベリルの上品な身のこなし、コーヒーカップを傾ける仕草は、自分が女だという事が恥ずかしくなる。
ノインはむしろ、
「その方がいいかも」と思っていた。
彼の生活を見れば、自分はふさわしくないと思って離れてくれる。寄ってくる虫を予防出来るというものだ。
そうなのだ──ベリルは甘えさせてはくれるけど、恋人という関係じゃない。彼は、誰にでも優しい。
「それが誤解されるんだっつの」
ノインはぼそりとつぶやいた。
「何か言った?」
「う、ううん、なにも」
「他の部屋も見ていいですか~?」
「構わんが大したものは無いよ」
あっちこっちに武器、隠してあるけどね……麗奈の後に続きながら、ノインはその場所に目を移していった。
「さっき、リビングにオーディオセットありましたよね。音楽とか聴くんですか?」
「クラシックをね」
「わ。センセイにぴったりです!」
確かに、ベリルがロックとか聴いてる姿は見たくないわ。
あちこち動き回る麗奈は、最後にキッチンの冷蔵庫を開けた。さすがに初めての訪問でそれは失礼過ぎるだろうと、ノインは慌てて止めようとする。
「わっ、これケーキ?」
「うむ」
「可愛い~、どこのケーキ屋さんですか?」
「私が作ったものだよ」
「えっ!?」
麗奈とノインはベリルを凝視した。
「ケーキは嫌いかね?」
2人同時に目を丸くされ、ベリルはやや眉をひそめる。
そういう意味で見たワケじゃないんだけど、と女たち2人は顔を見合わせた。
「食べるかね」
「はーい」
麗奈は嬉しそうに手を挙げて足早にリビングに戻っていった。ノインは、ベリルに笑顔を見せて麗奈の後を追う。
豪華に飾られたチョコレートケーキと、ハーブティの香りがリビングに充満した。2人は、ケーキにフォークを立てる。
「! 美味しいっ」
「…ホントだ」
「それは良かった」
そう発して2人に微笑んだベリルに、ノインはハッとする。
あたしは免疫がついてるけど麗奈は──思いながら麗奈を見やると、予想通りベリルの笑顔に腰砕けになっていた。
自覚無く女たらしてんじゃないわよ……ノインは頭を抱える。
でもベリルがケーキ作ってる姿は、あんまり見たくないわね。とノインはフォークを噛みながらベリルを見つめた。
ああ、でも有りかな。なんか、可愛いかも。
夕刻──
「お邪魔しました~」
麗奈とノインはベリルのマンションをあとにした。
「楽しかった~。ね、ノイン」
「あ、うん」
ノインは立ち止まり、
「麗奈」
「なに?」
「いつまでも、友達でいてくれる?」
「! どうしたの? 急に、当り前じゃない」
麗奈の言葉に、ホッと胸をなで下ろす。
「ありがと」
「どうしたのよ~?」
あたし絶対、戻ってくるから──夕日に染まる麗奈の笑顔が、ノインの心に焼き付いた。
2人を見送ったあと、ベリルは仲間と電話でこれからの事を話し合っていた。
「そうか、すまんな」
玄関のドアが開く音が聞こえる。麗奈と別れたあと、ノインは再びベリルのマンションに戻ってきた。
ベリルの横に腰掛け、通話しているベリルをジッと見つめる。
「週間後に大学を抜ける。お前はその一週間後に休学届けを」
電話を終えて携帯を仕舞う。
「解った」
「無理をする必要は無い」
少し沈んだノインに柔らかな口調で発した。
「ううん、行く。決着だけは付けたい」
カレンの仇は討ったけど、あたし自身の決着はまだ付いてない。それまで、麗奈……少しだけお別れ。





