*その序章
ノインはベリルにキスをする──ベリルに対する負の念はすでに消えていた。
『あたしは彼にとって特別な存在なんだ』
ベリルの秘密を知った事で、ノインの心にそんな感情が生まれていた。
「あたしはベリルの態度に一喜一憂して弱くなったと思った。けど、違うんだね」
いぶかしげな顔をしているベリルに、
「ベリルは、誰かを守るために強くなった。だったら、あたしも強くなれる」
ベリルを守るために、彼が愛した人たちのために──
「弱さは強さを生む。強さが生むのは険しい心だ」
ささやくように発したベリルを見つめる。
「うん」
今は、それがよく解る。
「ごめんなさい。痛かったでしょ」
ベリルの服にある血に触れた。
「お前が傷つくよりは」
ベリルの言葉に驚いて一瞬、顔をほころばせた。
「そういうコト、誰にでも言うんでしょ。タラシだと思われるよ」
「そうなのかね?」
ベリルは眉をひそめた。
「荒療治で引っかき回して、あたしまで引っかき回されたわ」
「! 上手いな」
「褒めるな」
呆れて溜息を吐いたあと、ベリルの胸に顔を埋める。
「ね、あたしが甘えたいときは甘えてもいい?」
ベリルの顔を見上げて問いかけた。
「私が許せる範疇なら」
ベリルが許せない範ちゅうなんて、あるんだろうか? ノインは首をかしげる。
その夜は、再びベリルの腕の中で眠りについた。
次の日──
「おはようノイン!」
朝の挨拶もそこそこに、麗奈は週末の事を話し始めた。
「ねね、ベリル先生んちには土日のどっちに行く?」
「え。どっちでもいいよ」
「あ! センセイのメルアドとかも聞いといた方がいいよね」
この子はどうしてこう、落ち着きが無いのかな……麗奈の言動に半ば呆れていた。しかし、次の言葉にノインは硬直する。
「ベリル先生、きっとノインのこと好きだよ」
「えっ!?」
「こないだの拉致事件のこととかさ、センセイってノインのことよく見てると思うの」
「拉致って……」
冗談交じりなのは解ってるけど、周りで聞いてる人たちはびっくりするわよ。
でも、麗奈の言葉でベリルがあたしに全然無関心てワケじゃなかったコトに、少し嬉しく思った。
それに気付いたこの子も大したものだわ。
「センセ~イ!」
講義と講義の間を利用して、麗奈がベリルを見つけ出した。
「なんだね」
「あのっ、携帯のアドレス教えてください」
「アドレス?」
「はい。今度おうちにお邪魔するのに色々とメールのやりとりしなきゃいけないし」
ベリルは、ああ……とつぶやき、携帯端末を取り出し赤外線でアドレスを交換した。
「ノインには私から渡しておきます」
「頼む」
笑顔の麗奈と無表情のノインを一瞥し、ベリルは遠ざかった。
「やった。アドレスゲット!」
凄い喜びようですね、麗奈さん……ノインは黄色い声を上げる麗奈に溜息を漏らす。
そのアドレスって、きっとプライベート用とか仕事用とかとは違う別のアドレスだと思う。案の定、麗奈からもらったベリルのメールアドレスはあたしの携帯には登録されてない。
言うなれば“表用”なんだろう。
「!」
ベリルは、一度仕舞った携帯をバックポケットから取りだした。すると、着信を振動で伝えていた。
「そうか、うむ」
通話を切ったベリルの瞳が険しくなる。
その夜──
「え、準備が出来た?」
「うむ」
ベリルのマンション、そのリビングでくつろぐノインに飲み物を差し出す。
「アジトが判明し、その準備を進めていた」
ブランデーのグラスを傾け、右にあるソファに腰掛けたベリルをノインは睨み付けた。
「……」
どうして怒っているのかしばらく解らなかったが、ノインの隣に座り直すと途端に笑顔になった。
「先に暗殺者を育てる組織を潰すんじゃないの?」
「同時に遂行する」
「同時に!?」
驚くノインに、
「メンバーも揃えておいた。育成組織は『サイス』という名だが、奴なら壊滅させられるだろう」
「奴」というのが誰か解らないが名前を聞いても解るハズもないし、彼が信頼してる人がリーダーらしいのでノインはそれ以上聞かない事にした。
「サイスはヒュドラと直結した組織ではない。オメガが流れていると推測する必要も無いだろう」
「いつ出発?」
少し曇った表情で問いかけた。
それに気付いたベリルだが、彼女がどの項目に対してその表情を浮かべたのかを図りかねた。
「一ヶ月ほど余裕はある」
「! ホント?」
「最終チェックは入念に行う」
ブランデーを傾けるベリルを、ノインはじっと見つめた。
「ねぇ」
胸に手を乗せ、いつもより色香を漂わせて上目遣いに──
「抱いてくれる?」
「子どもを抱く気はない」
即答にノインは頬を膨らませた。
「ベリルと6つしか違わない」
「外見だけならね」
これで我慢しろ、とキスをする。
上手くはぐらかれたような気がするけど、ベリルのキスは腰が砕けるほどだから、つい許してしまう。
次の日──
「ノイン、おはよ~!」
相変わらず忙しない麗奈に、ノインは軽く笑顔を返した。
そうか、彼女ともしばらくお別れなんだな……そう思うと、なんだか胸が少し苦しかった。
「それでさ、今度の日曜にセンセイんちに行かない?」
「うん、いいよ」
「じゃあメールするね!」
あたしは、いつの間にかこの生活に慣れていたんだ。昨日のベリルの言葉に違和感を感じたくらいに……でも、側にベリルがいるから、あたしは耐えていられたんだと思う。
1人じゃ、きっとまた血を求めてる。ベリルから傭兵の技術を学んだら、あたしはきっと変われる。大学を卒業すれば、もっと楽しいコトが待っている。
それを楽しみにしているから、あたしは耐えられているんだ。





