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黄昏の彼方~碧き蠱惑のミューゼ~  作者: 河野 る宇
◆第9章~魅入られて
20/27

*揺れる心

 ベリルの住処に戻り、ノインはリビングのソファに腰を落とした。

「でもさ、一体何しに来たんだろう。あいつら」

「単なる脅しだろう」

 水の入ったグラスをノインに手渡し、自分はブランデーをグラスに注ぐ。ここで暮らしている訳では無いので、あるものと言えば水と酒くらいだ。

「脅し?」

「いつでも攻撃出来るという意思表示」

 ベリルは、壁に右肘をついて応えた。

「試作品の試射だけなら、ベリルをしつこく狙う必要無いのに」

「高額の報酬でも持ちかけられたのかもしれん。お前を殺す気でもいたようだ」

「あたしも?」

 当り前といえば当り前か……ノインは、水を口に含み険しい表情を浮かべた。

「あたしを殺すために、あいつを使ったの?」

 ノインの瞳に激しい怒りが灯される。

「だろうね」

「逆効果じゃない。怒ったあたしに殺されてさ」

「本当にそう思うか」

「え?」

 発したノインに、静かな冷たい視線を送った。

 あのとき──あの時、ベリルがあたしを突き飛ばしてくれなかったら、あいつの“糸”に切り刻まれてた?

 怒りで冷静さを欠いていた。

「あたし……」

 ベリルはグラスをシンクに置き、ノインの背中を優しく叩く。

「もう良い、戻れ」

 いつものように、ベリルが言う。

 静かな声──その声で心が落ち着いて、自分の部屋に戻れる。けど、今日は違った。

「ベリルの側で寝たい」

 ノインは、まっすぐベリルの目を見つめた。

 一瞬ベリルの目が戸惑ったように感じたけれど、でも、彼は断らない。断れるワケがない。

 あたしは、自分の心の傷を利用して、ベリルの側にいようとしてる……卑怯者だ。


 ノインは、ベリルのマンションに行き、彼の腕の中で眠りに着いた──心地よい温もりと胸の鼓動、この温もりを手放したくない。

 この感情が親への思慕の念なのか、恋愛感情なのかを彼女は計りあぐねていた。

 ベリルの暖かさに、両親の記憶が呼び覚まされる──同時に、彼の笑顔に心臓が高鳴る。

「……」

 眠れない、あんなキスするからだ。あたしがやらせたようなもんだけど、ホントにやるとは思わなかったんだもん。それだけあたしのコトに必死になってくれたってコトだけどさ……ノインはギュッと目を閉じ、ベリルにしがみついた。

 むくりと起き上がり、静かに寝息を立てているベリルを見つめる。

 起きてるんだろうな~、これだけ動いて気が付いてないワケない。今キスしたら、きっとびっくりするよね。

 あたしだけドキドキしたのって、なんか不公平だわ……眠っているベリルに顔を近づけた。

 もう少しで唇が触れる──という距離でベリルが目を開く。

「何の真似だ」

 ささやくように問いかけられたが、ノインは構わずキスをした。

「!」

 驚いて少し眉をひそめたのに気付いたけれど、そのまま深く続ける。長いキスに、口の隙間から互いに微かな声が漏れる。

「何の真似だと言っている」

 しばらくしてノインを引きはがし、眉をひそめた。

 何の真似だって? キスって、相手のコトが好きって以外に、何か言い表せるコトがあるワケ? ノインの心に、少しの怒りが湧く。

「昼間のお返し」と軽く言ってやろうと思っていたノインだったが、心が大きな音を立てた。

「何よそれ、普通はこれで解るもんじゃないの? それとも、解っててあたしを拒絶してるの?」

 立ち上がり、見下ろしたベリルの瞳は憂いに満ちていた。

「どうして言い返さないの?」

 あたしは、本当は解ってる──ベリルは優しい代わりに、誰かを愛するコトは出来ないんだ。

 それが解ってても、愛して欲しい。あたしにだけ、その優しい眼差しを向けて欲しい……そんな感情を、あたしが持ってるはずがない。

 ベリルはただ義務的にあたしを助けただけだ、解ってる。

 いつから、あたしはこんなに弱くなったの? いつから、こんなに誰かを求めるくらい寂しがりやになった? こんなの、あたしじゃない。

 ベリルといたら、あたしは弱くなる。

「もう、あたしに近づかないで」

 ノインは無表情に言い放ち、部屋から出て行った。ベリルは、そんなノインを追う事もなく小さく溜息を吐き出した。

 彼女の想いに応えられない自分が追えるハズもない。恋愛感情が欠落しているのは生まれた時からだ、相手を大切には思えても特別な感情が芽生えた事はない。

 こちらがいくら拒否しても、執拗に接してくる女性が最後には「冷たいのね」と言い捨てて去っていった事も何度かあった。

 初めから「特別な扱いは出来ない」と言って拒否しているにも係わらずのその返しは、溜息以外に吐いて出てくるものはない。


 次の日──

「ねえ、昨日のアレ。なんだったの?」

「あ、あれは、えと……」

 麗奈に問いかけられ、ノインは言葉を詰まらせた。

「なんかね、友達の妹が誕生日で、そのプレゼントを選んでくれって……バイクだったから1人しか誘えないし、急いでたから説明出来なくてごめんって」

「ふ~ん」

 く、くるしい説明だな……自分で言って冷や汗を垂らす。

「あ、そういえばさ」

 麗奈は講義中だというのに、ひそひそ話を続けた。

「ベリル先生のデスクの上。凄い数のラブレターがあったわよ」

 ズキリ……心が痛む。

「返事を聞きに来たコには、丁寧に断ってるんだって」

 そんな言葉にホッとする。

「ラブレターの中には、男の子のもあるってウワサよ」

麗奈は「気持ち悪っ!?」と、いうような顔をしたがすぐ、

「ま、男にもモテるのも解るけど。クール・ビューティーって感じよね」

 否定はしませんけどね……

「あ! ベリル先生~」

 講義を終え、通路を歩いているベリルを麗奈が見つけた。ノインはビクリと体を強ばらせる。

「プレゼントは買えました~?」

「ん?」

「!」

 あ、やばい。ついさっき麗奈にした言い訳をベリルに伝えるヒマもなく彼女が聞いてしまった。

「うむ」

 ベリルは、すぐに察して口裏を合わせた。

「今度、センセイのおうちに行っていいですか~?」

「!?」

 この子ってば突然なに言い出すのよ。

「面白いものは無いよ」

 微笑むベリルに、麗奈は顔を緩ませる。

「いいんです~、おうちに行ってみたいだけですから」

 断るに断れない状況になってきた。

「あ! もちろん」

 麗奈はグイとノインの腕を引き寄せて、

「この子も一緒に」

「え」

 彼女は2人の反応などまるで気付いておらず、さらにまくし立てた。

「ね、いいでしょ? いいでしょ?」

 ベリルは溜息を吐き出すと、

「私は構わんが」

「やったぁー! ね、やったねノイン」

「え、ああ……うん」


 大学も終わり、ノインは自分のアパートでクッションを抱えて悩んでいた。

「どうしよう」

 そりゃあ生徒として行くんだから、それなりの対応をしてればいいだけなんだけど、ボロを出さないか自信が無いよ。

 ベリルはきっと完璧に演技するんだろうけど……そんなとき、玄関の呼び鈴が鳴る。

「?」

 尋ねてくる人なんていないはず、とドアを開いた。

「はー……い」

 ドアを開けると、ベリルが立っていた。

 しばらく沈黙が続き、ベリルは入り口のへりに左肘を付いてノインを見下ろす。

「処で」

「確認せずにドアを開けるな。でしょ」

 ノインは大げさに肩をすくめて、後ろを向いた。それに続くようにベリルも室内に滑り込む。

「で、何の用?」

「特には無い」

「はあ?」

 しれっと答えたベリルは、カーペットの敷かれた床に座り込む。

 ノインの部屋は、ベリルのマンションに比べるとかなり狭い。ソファなど置けるスペースは無く、かろうじてダイニングキッチンとリビングを兼ねた寝室に、風呂とトイレが分けられたセパレートという造りだ。

 マンションなど借りていたら、怪しまれること間違いなしなので、わざとこんな部屋を選んだ。

 ノインは、ぶっきらぼうに麦茶をテーブルに乗せる。ベリルは、肩肘をベッドに乗せて麦茶を傾けた。

 それに眉を寄せ、溜息混じりにベリルの斜めに座る。

 とりあえず落ち着くと、ベリルはコップをテーブルの上に乗せて、

「他の傭兵を紹介しても構わんが」

「! 何それ。どういうコト?」

 ベリルの言葉に、ノインは声を上げた。

「傭兵の仕事を学ぶのは私でなくとも──」

「あたしが邪魔だってコト?」

 ベリルを睨み付けた。

「そういう意味ではない」

 いや、そうなのかもしれない。私は、彼女の想いを快くは思っていない……ベリルの眉が微かに動いた。

 その刹那──ノインが、ベリルにのし掛かるように彼の首に手をかけた。

「邪魔なら殺して」

 震える手をベリルの首から外し、その頬に添える。

「沢山、殺してきたんだ。どうせ天国なんかに行けっこない。死ぬなら、あんたの手で殺して」

「馬鹿な事を」

 ノインは、拒絶された感覚に目を見開いた。

「だったら!」

 ノインはナイフを取り出し、自分の心臓に突き立てようとした。

「! よせ!」

 きらめく銀色の刃に手を伸ばす──

「グッ、ウ……」

「ハッ!?」

 肉に突き刺さる感触と小さな呻き声に我に返り、目の前のベリルを見やる。その胸にノインのナイフが突き刺さり、じわりと赤い液体が広がっていく。

「っあたし……」

 愕然とするノインに、ベリルは痛みをこらえてキスをした。

「馬鹿者が」

「ベリル」

 今にも泣き出しそうな彼女を一瞥し、ナイフを引き抜いて荒い息を整える。

「1人で盛り上がるな」

「ごめんなさい」

 震えた声で発したノインの頬に手を添える。

「お前にはすまないと思っている。私には恋愛感情は無い。私といる事で、お前の障害になるのならと思ったのだが、返って混乱させてしまったようだ」

 目を閉じて小さく笑う。

「私はこういうものには不慣れでね」

 自分に呆れて右手で顔を覆い、溜息を吐いてノインをぐいと引き寄せた。

「これはお前を信じて話すのだ」

「え?」

「お前は私の全てを握る事になる」

 静かに発し、ゆっくりと語り始めた──造られた人間だという事。その施設が15歳の時に襲撃を受け、そこにいた人々が身を挺して自分を逃がしてくれた事。

 出会った傭兵が、自分の持つ技術の全てを学ばせてくれた事。25歳の時に不死になった経緯──ノインは、それを静かに聞き入った。

 彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。ベリルの言葉、一つ一つが胸を締め付ける。

「そんなにつらい過去があるのに、どうして笑っていられるの?」

 ベリルは、とぎれとぎれに問いかけるノインを一瞥し目を細めた。

「さあ、何故かな」

 ノインの頭を優しくなでる。

「彼らが、それを望まないからだろうね」

「え?」

「私が暗く沈んで生き続ける事を彼らは良しとはしない。そう思えるからだよ」

 今ここにいるのは、自分自身のためだけではない、彼らのためでもある。彼らが私に求めるものは、人を傷つける事ではなく人を守る事だ──ささやくように発したベリルの目は鋭く、何者にも揺るがない強い光があった。

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