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黄昏の彼方~碧き蠱惑のミューゼ~  作者: 河野 る宇
◆第8章~新生活
17/27

*日常という事

 それから一週間後──2人は日本の土を踏んだ。

 ベリルは、非常勤講師としてノインの大学に務める事となっている。どうしてだか、ベリルの卒業証明書は8年前のものだ。

 大学の上の人間は、ベリルが不老不死だって事を知っているんだろうか……と思わずにいられない。いや、確実に知ってるんだろうな。

 そうでなければ、どうやってMITから卒業証明書をもらえるのか説明がつかない。在学していた時は不死じゃなかったって言ってたけど、不死になったと知った時の大学側はどんな顔をしたんだろう。

 そうして一端、危険な荷物をベリルの住処に預けて2人の新たな部屋に向かう──お互いが借りたマンションとアパートは近く、歩いて1分もかからない。

 それぞれ合い鍵を渡し、部屋を確認する。ノインはアパート、ベリルはマンションだ。

「割と普通のマンションなのね」

「普通ではないマンションが知りたい」

 ベリルは眉をひそめた。

「あのさ……」

 ノインはベリルの後ろを見やり、

「日本なんだから、銃は持たない方がいいんじゃないの?」

 目立たないようにヒップホルスターで携帯しているようだけど、何かの拍子に見られたらどうするんだ。

「それではガードにならん」

「持つならもっと考えてよね」

 その3日後、ノインが大学に通い始めた。ノインの5日後にベリルが務める事を予定している。


 3日もすれば大学にも慣れ、それなりに顔見知りも増えてきた。

「!」

 講義を聴いているノインの左肩を、誰かがチョンチョンと叩く。振り向くと、可愛い顔をした女性がニッコリと笑いかけた。

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

「綺麗なオレンジの目ね。私、南部みなべ 麗奈れな

「あたしは、ノイン・ツバクラ」

 大きな漆黒の瞳で麗奈と名乗った少女は、背中までの黒髪を後ろで束ね、ノインに上半身を近づけた。

「留学生? 昨日からあなたを見かけて、気になったんで話しかけてみたの」

「まあそんなトコ」

「日本語上手ね。母国で習ったの?」

 ノインは、はっきりとは答えず微妙に頷いた。

本当はお父さんが日本人なんだけどね、血はつながってなかったけど……さっそく話しかけられるとは思っていなかったため、ノインはちょっと戸惑った。

 引っ込み思案の日本人が多いなか、いきなり気さくに声をかけられるなんて驚いたが、講義が続けられている間も彼女の質問は止まらなかった。


「ちょっと青みがかってるのね、金髪。綺麗」

 講義も終わり、帰り支度をしているノインにまだ話しかけている。

 さすがのノインも、少し眉をひそめた。

 ちくりとカレンを思い出す──カレンと同じようにならないだろうか。もしくは、組織が送り込んできた暗殺者かもしれないと色んな感情が渦巻く。


 今日は、この講義で終わりだが、どうやら彼女もそうらしい。

 アメリカ人並のフレンドリーさだわ……ノインは呆れて何も言えずにいた。大学を出ても、おしゃべりは終わらない。

「寮じゃないの?」

「え、うん」

 寮だとベリルが来れないし、あたしも簡単に外に出られなくなる。2人で話し合うコトだってあるから。

「!」

 彼女のおしゃべりを聞き流しながら歩いていると、前からベリルがこちらに向かってくるのが見えてノインは慌てた。

 ヤバイ、彼女をどうにかしないと! ここで話しかけられたら怪しまれちゃう。

 そんなノインの様子を察したのか、ベリルは道を曲がった。ノインはホッと胸をなで下ろす。

「どしたの?」

「なんでもない」


 それから数日して、ベリルが非常勤講師として大学を訪れた。

 外国語の講師として務める事になっているのだが……さっそく女子大生たちが彼に目を付けた。

「ベリル先生ぇ~」

 通路を歩くベリルを呼び止める。止まったベリルに、嬉しそうに駆け寄った。

「あ、あの……」

 はにかみながら、可愛く上目遣い。

 女子生徒の言葉を待っていたら、あっという間に取り巻きが増えてベリルは眉をひそめた。

「あーあ」

 ほらね、取り巻きがすぐ出来た。ちょっとは自覚しやがれ……遠巻きに眺めつつノインはほくそ笑んだ。

 自業自得だ。ノインは心の中で高笑いを響かせて立ち去った。

「ノイン!」

 呼ばれて前を向くと、麗奈が手を振って近づいてくる。ノインもそれに、軽く手を挙げて応えた。

 彼女については、ベリルに話をしている。ベリルも麗奈について調べたが、不審な点は見受けられなかったらしい。

 疑ってしまった事に、ノインは少し悪い気がしていた。

 次の講義に向かいながら、

「ねね。新しい非常勤講師のセンセイ、カッコイイよね」

「え、ああ……そうね」

 麗奈は、参考書を胸に抱きしめて目を輝かせた。

「なんていうか。あの目がスッゴク綺麗でさ」

 やっぱり、最初はみんな目の色に惹かれるのね。

「緑の目の人なんて一杯いるけどさ。なんか、神秘的っていうか~」

「そうね」

 ノインは、複雑な心境で麗奈の言葉を耳に流す。

 こんな感覚は初めてだった──ベリルが注目を浴びるのは気持ちが良いけど、なんでだろう胸が痛む。

 キリキリと痛んで、女の子に囲まれてるベリルを見ると、なんだか無性に寂しい気分になる。


 講義も滞りなく終わり、世界がオレンジの光で包まれていく──ノインと麗奈は大学の門をくぐった。

「!」

 バイクのエンジン音に顔を向けると、大型バイクが視界に入る。

「あれ……?」

 あの体格は、ベリル……?

「! ノイン?」

 バイクに駆け寄るノインに、麗奈は首をかしげつつ追いかけた。

「あ……」

 駆け寄って声をかけようとして喉が詰まる。

「どうした」

 ベリルは、フルフェイスのヘルメットを脱いでいつもと様子の違うノインに怪訝な表情を浮かべた。

「なんでもない」

「きゃ~! ベリル先生!」

 ベリルに気がついた麗奈が、嬉しそうに走ってくる。笑顔で応えるベリルに、麗奈はノインの腕を小さくこづいた。

「なんだ、ノインも先生に興味あるんじゃん」

「え、まあ」

「なんの話だ」

「なんでもありません~」

 満面の笑みと共にバイクを見つめる。

「それにしても大きなバイクですね」

「小回りと安全性を兼ねてね」

「先生のしゃべり方って面白いですよね」

「そうかね?」

 この子って時々、相手のコト考えないで口を開くわよね。ベリルはそんなコトで怒らないけど、人によっては怒られると思うんだけど……ノインはあっけにとられた。

 でも、あたしたちの住んでるとこって大学の近くよね。バイクとか必要無いのに、なんで乗ってるんだろ?

 そんなノインに、ヘルメットが渡された。

「へ?」

「乗れ」

 それだけ発すると、ヘルメットを被る。

「え、えっ?」

 麗奈が驚いて2人を交互に見やった。

「ちょっ……!?」

 ちょっと、他の子が見てる前で何してんのよ!

 驚いたノインだが、ベリルは空気の読めない人間じゃない。それなりの理由があってのコトなんだ。

 ノインはそう納得付けてヘルメットを被り、ベリルの後ろにまたがった。

「彼女を少し借りるよ」

「あ、はい」

 颯爽と走り去るバイクを、呆然と見送った。

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