*女心と秋の空
ノインを寝かしつけたあと、ベリルはリビングで琥珀色の液体を傾けていた。
「……」
苦い表情を浮かべる──このままでは、ノインを大学に通わせるのは難しいかもしれない。
護衛を付けて通わせるか。それとも、彼女の腕を信じて自分でなんとかしろと単独で大学に通わせるか。
それとも──
「大学に行かなくてもいいよ」
「!」
ノインは応えて、ゆっくりベリルに近づく。
「一度しようと思った事を途中で投げ出すのかね」
「そう言われると弱いけど……」
「ふむ」
ベリルはブランデーを味わうと、
「荒療治も良いかもしれんな」
ぼそりとつぶやいた。
「え?」
朝──
「えええええっ!? 一緒に大学に行くですってぇ!?」
ノインは、素っ頓狂な声を上げてベリルを凝視した。
「そちらは生徒、私は先生」
おたまで示す。
「ばっ、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
「情報が得られないのだ、仕方なかろう」
しれっと発したベリルに、
「仕方がないからって、なんであんたまで大学に行くのよ!」
キッチンテーブルをバンバン平手で叩きまくる。
「ガードを付けるよりは良かろう」
「そういう問題じゃないわよ!」
あんたが来たら絶対、女子大生が騒ぐに決まってんだから! “25歳”で先生よ? さらに騒がれるじゃないっ!
「?」
ベリルは、どうにも複雑な表情で黙り込んでいるノインに首をかしげた。そんなベリルに苛立ったノインは、言い聞かせるようにゆっくり口を開く。
「いい? 狙われてるのはあんたなのよ。あの『物質X』を使われないとも限らないんだから」
「そんな危険を冒す訳がなかろう」
「ほ、他の組織が狙うかもしれないじゃない!」
「ならば“表”にいた方が安全だ」
くっ、だめだ……あたしなんかの頭ではベリルに勝てない。
「住処は大学の近くだ、丁度良い」
それにノインはピクリと反応した。
「ちょっと待って! もしかして、あたしもそこに住むの?」
「家賃が浮いて良いだろう」
「だめっ! 絶対ダメ!」
周りに知れたら同棲してると思われる。ていうか、あんた絶対、自分がモテるコトに気付いてない。
あんたに出来る取り巻きに逆恨みされたか無いわよ。
それよりも何よりも、ベリルがモテるのが本当はイヤ……ああっ! あたし、なにオトメしてんのよ!
「大丈夫かね」
1人で頭を抱えて唸っているノインを心配そうに見つめた。
「大丈夫よ!」
誰のせいだと思ってんのよ! ノインはギロリとベリルを睨み付けた。
「ならば、近くでマンションかアパートを借りてやろう」
「それならいいけど……ってちょっと待てぇい! 根本的に反対だって言ってんでしょ!」
「何がだめだと言うのだ」
ベリルが困惑気味に問いかけた。
「うう……」
言える訳無いじゃない、そんな恥ずかしいコト。ああもうっ! ちょっとくらいナルシストでもいいんじゃないの!? 自覚無い訳じゃないわよね!?
「ベリルのばか!」
「へ?」
叫びながら自分の部屋に駆けていった。
「あ、おい、朝飯は……」
結局、ベリルを説得出来なかった──
「……」
ノインは、朝に作られた料理を昼食としてキッチンテーブルで食べながら電話中のベリルを見つめる。
電話で大学の講師になる手続きをしているようだ。そのやり取りを眺めつつ、呆れたように溜息を吐いた。
しかし、一体どうやって『表の世界』に入る気だ? あんた、戸籍とか出生証明書とかも無いでしょ。
「!」
そうか、偽造する気だな。
「さてと」
電話での手続きを終えたベリルは通話を切り、日本に行く準備を始めた。
「なんか“箔の付く”ようなモノあるの?」
「MITの卒業証書くらいなら」
「はあ!?」
ノインはそれに目を丸くした。
MITってマサチューセッツ工科大学ですか? あんた傭兵でしょ、どこまでぶっ飛んだ頭してんのよ。
「論文とかも提出したの?」
「いくつかね。卒業試験を受けたのは17歳の時だが、聞きたいかね」
「いい、遠慮しとく」
「む……」
「どしたの?」
「住処は使えんな。私もどこかに部屋を借りる必要があるのか」
表札の名前は別人だ、何かの拍子に誰かが訪れて来るかもしれない。
「金持ちなんだから別にいいじゃん」
「金銭の問題ではない」
「じゃあ、止めれば?」
「先にお前を卒業させた方が動きやすい」
「あのね……卒業には4年かかるのよ。相手が4年も待ってくれると思ってるの?」
「動きがあれば休学すればよい」
臨機応変に対応しろってか。
「てか、あんた単位とかとれたの?」
「特別院生扱いだったが」
つまり、かなり優遇されていたってコトか。
「大学にはどれくらい通ってたの?」
「一週間ほどか」
「! い゛っ!?」
ベリルは昔を思い出しながら、
「表に出た時のために、一応は何か持っておけと師が言うものでね。出来るだけ短期間で証書がもらえる大学を探した」
「へ、へえ~」
普通あり得ないんですけど、絶対あんたは特別だって……しかしふと、ベリルの言葉に気付く。
「! 師って?」
「ん。15の時に出会った傭兵がね」
「へえ……」
子供の時から兵士だった訳じゃないんだ。でも、どうして傭兵なんかになったんだろう。言葉遣いとかからして、お金持ちの家にいたっぽいのに……と、怪訝な表情で見つめるノインを一瞥する。
「気になるかね」
「うん」
教えてくれるのかと身を乗り出した。
「教えてやらん」
「! ケチッ!」
ベリルは喉の奥から笑った。
そして付け加えるように、
「お前が考えているような生まれではないよ。いや、ある意味そうか」
「どっちよ」





